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戦慄サバイバル  作者: 結城 からく


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第1話 ここは生と死のグレーゾーン

 スポーツバッグを抱える僕は、窓の外の景色を眺めていた。

 三十分くらい前からずっと田んぼとか工場とか山が続いている。

 別に見ていて楽しいものでもないけれど、することがないのでぼんやりとしていた。

 僕はあくびをして首を回す。


(退屈だなぁ……あと二時間はこのままか)


 今は観光バスの中だ。

 周りの席ではクラスメートがはしゃいでいる。

 集合時間が早かったのに、よくもそんなに元気を出せるものだ。

 朝が苦手な僕はすでに疲れていた。

 担任の小松先生も少し眠そうにしている。

 うるさい生徒を注意する余裕もなさそうだった。


 今日から二泊三日の修学旅行が始まる。

 班ごとに観光地を巡り、ホテルで温泉にも入るそうだ。

 僕の班はテーマパークにも行くらしいので、その日の終わりはとても疲れているに違いない。

 まあ、ここまで遠出するのは久々なので少し楽しみでもあった。


 事前に配られた修学旅行のしおりを読み直していると、後ろの席から肩を叩かれる。

 振り向くとクラス委員長の八田さんがお菓子を差し出してきた。


「中島君、食べる?」


「ありがとう、一つ貰うよ」


「また欲しくなったら遠慮なく言ってね」


「うん」


 チョコを受け取った僕は、それを齧りながらしおりを読み進める。

 いつもは真面目な八田さんも、修学旅行という状況でテンションが上がっているようだった。

 彼女だけではなく、皆が大盛り上がりである。

 一緒にはしゃぐわけではないけれど、僕もこの雰囲気は好きだ。


 修学旅行は良い思い出になりそうだ。

 そう考えながら荷物を置いて目を閉じる。

 目的地に到着するまでにはまだ時間がかかるので、今のうちに寝ようと思う。

 着いたら誰かが起こしてくれるだろう。


 少し寝不足だった僕は、そのまま一気に夢の中へと引きずり込まれた。

 バスの心地よい揺れも手伝って意識が沈んでいく。

 そんな時、遠くから反響するように声が聞こえてきた。


「運転手が気絶してる!」


「なんだって!? 誰かハンドルを操作するんだっ!」


 誰かがひどく慌てていた。

 バスの揺れが激しくなった気がする。

 よく分からないけど、何が起きたらしい。

 肝心の内容までは聞き取れなかった。

 少し眠りづらさを感じて、僕は眉を寄せて息を吐く。


(うるさいな。寝かせてくれ)


 まだ到着していないはずだ。

 せっかく眠れそうだから、もう少し静かにしてほしい。

 ところが、バスの中の騒がしさは増す一方だった。

 やがて誰かがひときわ大きな声で叫ぶ。


「ま、まずい! ぶつかるっ」


 次の瞬間、僕は強烈な衝撃と浮遊感に襲われた。

 さすがに目が覚めて身体を起こすと、バスがガードレールを突き破って崖から飛び出したところだった。

 まるでスローモーションのように森に落ちていく。

 シートベルトを着けていなかったクラスメートが宙に浮いていた。


「え?」


 呆気に取られる間に、僕達を乗せたバスは森に突っ込む。

 とてつもない激突音を聞いた直後、意識が途切れてすべて黒く染まった。




 ◆




 骨まで冷えるような寒気で目覚める。

 僕は薄暗い室内に倒れていた。

 呆然としつつも、なんとか立ち上がって周囲を見回す。


「ここは……?」


 目が慣れてくると、室内の細かい様子が判明する。

 等間隔で並べられた机と黒板で、ここがどこかの教室であることに気付いた。

 黒板と反対側の壁には、習字や学級新聞が貼り出されている。

 ただし、あちこちがペンで塗り潰されており、個人名や学校名は分からない。

 少なくとも僕の学校でないのは確かだった。


 僕は窓の外を見る。

 空は真っ黒で赤い三日月が浮かんでいた。

 校庭には誰もいない。

 もしかしたら人がいるかもしれないけど、薄暗くて見えない場所が多かった。


 僕は教室のドアに手をかける。

 力を入れてみたがびくともしなかった。

 窓も同様に開けることができない。

 鍵が凍り付いたように動かないのだ。


 窓を割れば出れるかもしれないけど、それは最終手段として取っておく。

 この異常な状況でも、それをやるのは不味いと思う自分がいた。

 先生に怒られてしまう、と馬鹿な発想をしていた。


 教室から出るのを一旦諦めた僕は、机に座って考える。


(他の皆はどこにいったんだろう)


 そもそもこれは現実なのか。

 このシチュエーションは色々とおかしい。

 夢を見ているのだと解釈する方がよほど自然だ。


 きっとバスが落下したのも何かの夢に違いなかった。

 交通事故はよく聞くけど、まさか自分が巻き込まれるわけがない。

 しかもあれが本当なら、バスは高所から森に落下したのだ。

 乗っていた僕達が無事で済むはずがない。

 だからすべて夢である。


 考えれば考えるほど、なぜか心が落ち着かなくなってくる。

 手が震えるのはきっと寒さのせいだ。

 この教室は妙に冷えている。

 気分が良くないのは薄暗さが原因だと思ってスイッチをいじるが、電灯は消えたままだった。

 何もできないという状態が余計に心を押し潰そうとしてくる。


 いっそ叫びたくなったその時、天井の端にあるスピーカーから雑音が発せられた。

 やがてそれはアニメのキャラみたいに甲高い不思議な声になる。


「三年二組のみなさーん! こんにちはー! 戦慄サバイバルの時間でーす!」


 その声は教育番組のような口調で喋り出した。

 場違い感が僕に不快感と焦りを与えてくる。

 なんとなく、とんでもないことが起きていることを直感で理解した。

 そしておそらく夢ではないことにも気付き始めていた。


 僕の不安をよそに、スピーカーの声は勝手に話を進める。


「ぐっすり眠ってる子も起きてくださいね。今から大切な説明をしますから。説明はワタクシ、死神が進めさせていただきます。どうぞよろしくお願いしまーす!」


「死神だって……?」


 僕は怪訝な顔になった。

 突然の自己紹介に頭がついていけない。

 ふざけた内容だけど、それを信じた自分がいた。

 この異常な状況に死神が関わっているのなら納得できると思ってしまったのである。


「ここは生と死の狭間の世界です。最後まで生き残った人だけが現世に戻ることができちゃいます。制限時間は夜明けまでの六時間で、ただ生き残るだけでいいのです。シンプルですよねー」


 死神を名乗る声はマイペースに語る。

 その気楽そうな口調がかえって不気味だった。


 生と死の狭間なんて馬鹿げている。

 ただ生き残ることが目的なんて、どこかのデスゲームみたいだ。

 悪趣味なジョークだと笑いたかったが、僕の呼吸は速まるばかりだった。


「戦慄サバイバルとは、簡単に言うと鬼ごっこです。エリア内に鬼がいますから、彼らから逃げてください。ルールが分かりやすいように、みなさんがよく知っている遊びをベースにしてみました!」


 死神の話す内容を忘れないように記憶する。

 もう僕は現実逃避をやめた。

 本当に……万が一の状態に備えて、少しでも多くの情報を得ることにしたのだ。


「現在、みなさんは別々のスタート地点にいます。このルール説明の終了後、自由に行動できるようになります。ちなみに質問は一切受け付けませーん。ゲーム中になんとなく理解してくださーい」


 死神はゲームと言った。

 そして大事なルール説明なのにいい加減だった。

 訊きたいことがあったのに、それも教えてくれないなんて。

 ここが学校なら丁寧に答えてくれてもいいんじゃないか。

 僕は文句を言いたかったけど、罰を受けるのは怖いので我慢した。


 別々のスタート地点ということは、クラスメートは学校のどこかにいるのだろう。

 一人で行動するのは危険だ。

 なんとか合流したいところである。


 それから死神は、決定的な言葉を告げた。


「言うまでもないと思いますが、負ければ死ぬので覚悟してくださいね。じゃあいきますよー。戦慄サバイバル、スタート!」


 さっさと言い終えてスピーカーは切れた。

 これでルール説明は終了らしい。

 そう思ったら、もう一度だけ死神の声が聞こえた。


「あ、鬼は五分後に解放されます。倒しちゃっても大丈夫なので、自信のある人は戦ってみてくださいねー」


 今度こそスピーカーが切れた。

 もう雑音の一つさえ発さなくなる。

 取り残された僕は口元に手を当てて震えていた。


(本当に何が起きているんだ?)


 戦慄サバイバルだって。

 負ければ死ぬ鬼ごっこらしい。

 本当に夢であってほしいけど、頬をつねっても目は覚めなかった。

 これでバスの中で起きれたらどれほど幸せだったろう。


 僕は教室のドアに触れる。

 先ほどまでと違って、何の抵抗もなく開いた。

 鬼ごっこが開始したから、自由に行動できるようになったのだ。

 電灯も点きそうだけど、居場所を知らせる形になりそうなのでやめておいた。

 僕はそっと教室のドアを閉める。


(たぶんドッキリとかじゃないんだろうな。本気でやらないと、死ぬかもしれないんだ)


 迷っている暇はなかった。

 ここは冷静に状況整理をしてみよう。

 何か分かるかもしれない。


 僕は死神の主催する死の鬼ごっこに巻き込まれた。

 六時間後まで生き延びていれば、無事に脱出することができる。

 おそらくクラスメートも校内にいて、同じ状況に陥っている。


 どこまで信じていいのか不明だが、ひとまずルールに従うしかないだろう。

 とにかく殺されたくないから、どうにか打開策を見つけないといけない。

 僕にできるのはそれだけだ。


 まずは教室内の探索から始めた。

 何か役立つ物はないか気になったのである。

 校内を丸腰で歩く勇気はなかった。

 せめて武器になりそうな物が欲しい。


 手始めに教卓の中を覗くと、横長の紙箱が入っていた。

 試しに持ってみて、その重量感に驚く。


「なんだこれ」


 僕は箱を開いて中身を確認する。

 そこに収められていたのは黒光りする拳銃だった。

 レンコンみたいな弾倉が付いたリボルバー式で、ちょうど西部劇に出てくるようなフォルムである。

 弾と説明書も同封されていた。

 僕は恐る恐る拳銃を取り出して握ってみる。


「ほ、本物だ……」


 エアガンとは違う。

 間違いない、本物の銃である。

 僕は説明書を読みながら弾を装填した。

 装弾数は六発で、予備弾を含めて二十四発が箱に入っていた。


 予想以上に強力な武器を発見してしまった。

 これは幸先の良いスタートだろう。

 死の鬼ごっこを生き抜く上で必ず役立ってくれる。


 僕は教卓の裏に座って説明書をじっくりと読み始めた。

 いざという時に使い方が分からないのでは洒落にならない。

 咄嗟の場面でもすぐ撃てるように内容を暗記する。

 学校のテスト勉強の数倍は集中していた。


 説明書をめくるタイミングで、スピーカーからチャイムが鳴った。

 ただし不協和音の気味の悪い音色だ。

 何かの合図だろうか。

 そこまで考えた僕は、死神の話を思い出す。


(確か五分後に鬼が解放されるって言ってたような……)


 教室のドアが勢いよく開かれた。

 誰かが教室に入ってきた。

 ぎょっとした僕は、教卓から覗き込むように相手を窺う。


 ふらつきながら現れたのは、ジャージ姿の男だった。

 頭は遊園地にいるようなウサギの被り物で覆われている。

 どうせなら首から下も統一したらいいのに。

 なぜか僕はどうでもいい感想を抱いてしまった。


 ウサギ頭の男がこちらを見た。

 ぴたりと、目が合う。

 教室内に沈黙が訪れる。

 ヤバいと思ったその瞬間、男は助走を付けて跳びかかってきた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作ありがとうございます! あの『バトル・ロワイヤル』以後に限っても、プロアマ問わず数多の人間がデスゲームものを描いてきましたが、 描き手によっては、「まだ見ぬ興味深いパターン」が有るの…
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