親子星(おやこぼし)
星の降る冬の空を見上げ、くうちゃんはひとり、泣いていました。
だれかと一緒に泣きたいけれど、ひとりぼっちだから、ひとりで泣いていました。
今日は、幼稚園の発表会でした。
今日のために一生懸命踊りを覚えて、いっぱい練習をして……。
きれいなドレスを着て、大きなリボンをして、舞台の上でにこりと笑えるようにがんばりました。だって、いつも幼稚園でがんばっている姿を、ママやパパに見てもらえるチャンスなんてなかなかないのです。
いつもは、出来事をお話するだけ。今日はあれをやったよ。これができたよ。
……それで、いつもほめてはくれるけれど、その活躍を実際に見せられたら、きっとママとパパはもっともっとよろこんでくれるはずです。
だって、ママもパパも、くうちゃんのことが大好きだから。くうちゃんも、ママとパパが大好きだから。
大きな舞台で踊ったら、きっと手を叩いてほめてくれるにちがいありません。
すごいねって。がんばったねって。かわいかったねって。
くうちゃんはサプライズも考えていました。踊ってる途中、ぜったいにママとパパを見つけて、小さく手を振るんだと。きっと、もっともっとうれしいはずです。
その顔を見るのが、くうちゃんは楽しみで楽しみで、今日は暗いうちから起きてしまいました。まだ真っ暗だけど、仕方ないからこっそり手を振る練習もしておきました。
だけど……くうちゃんは舞台の上で、ママやパパを見つけることはできませんでした。
一生懸命探したけれど、どこにもいませんでした。
……ママとパパは、発表会に来てはくれなかったのです。
ママとパパは病院でねむっていました。
ジコと言われても、くうちゃんには分かりません。車にぶつかったと聞いても、ふたりはねむっているだけのようです。
でも、自分だけが帰ることになると言われたときには思いきり駄々をこねました。なんでママやパパがここにいるのに、自分だけがおうちに帰るのか分かりませんでした。
「起きたら一緒に帰る。どうして別々に帰らなければいけないの?」
離れたくない。ママやパパと離れたくないから、泣いて、ベッドにしがみついて、くうちゃんはぜったいに帰ろうとはしませんでした。
……それから、あしたになってもあしたの次になっても、ママとパパは帰ってきませんでした。
三日たっても、一週間がたっても、帰ってはきませんでした。
発表会の朝、通園バスで手を振ったのが最後でした。
「今日は頑張ってね」と言われて、「うん」とうなずいたのが、最後の会話でした。
パパは見送りには来ませんでしたが、今日は発表会を見に来てくれると聞いて、特別はりきって幼稚園に向かいました。
特別はりきってドレスを着て、先生にパパが来てくれることを自慢しました。もちろんダンスも、特別はりきって踊りました。
舞台からは見つけることができなかったけれど、みんなで見てくれていると思ったから。踊りは、何度か間違えてしまったけれど、最後までがんばりました。ニッコリ笑顔もうまくできました。
おうちに帰ったらいろいろなお話をするつもりでした。
あそこを間違えてしまった。あそこはじょうずにできた。きっと楽しく笑うことができるはずでした。だって、ママもパパも、くうちゃんのことが大好きだから。
……だけど、おうちに帰ったら、ひとりぼっちでした。
いろんな人が来て、声をかけてくれたけれど……くうちゃんは、ひとりぼっちでした。
くうちゃんが発表会でがんばったことをお祝いするために、ママが先に用意してくれていたケーキがなおさら、くうちゃんをひとりぼっちにさせました。
二階の窓から見える冬の空は、とてもたくさんの星が瞬いています。
星たちはまるで川を作っているかのようにたくさん流れていて、空をせせらぐ音が聞こえてくるようです。
その音がとてもさびしげに聞こえるから、くうちゃんは泣きました。
静かすぎて、お話をしてもだれも聞いてくれなくて、帰ったらお話ししようと思っていたことばかりが思い出されて、くうちゃんはもっと泣きました。
あんなにがんばったのに、ママとパパに見てほしくてがんばったのに……それが悲しくて、泣きました。
パパやママにあいたくて、あいたくて、泣きました。
他の家はみんな、部屋の電気がついています。その電気の数だけのおしゃべりがあるのでしょう。くうちゃんのお部屋はまるで氷のよう。……寒さと静けさが、くうちゃんの身体をふるわせました。
空にはたくさんの星たちが流れています。ふたご座流星群。毎年、クリスマスを前にしてたくさんの星を降らす、三大流星群の一つです。
でも、くうちゃんには、そんな空が、今日は泣いているように見えました。
「どうして泣いているの?」
くうちゃんは聞きました。お空もさびしそうです。頬を拭いたくうちゃんは、不思議と、優しい気持ちになれました。
「わたし、踊りが踊れるよ。楽しいよ。だから泣かないで。見てて」
くうちゃんは踊り出しました。いっぱいいっぱい練習してきたダンスです。
ドレスではないけれど、音楽もないけれど、ママもパパも見てないけれど……。
だけど、踊るほどにママの声が聞こえてきました。パパがほめてくれているように思えました。だからくうちゃんはもっともっと踊りました。
発表会の時よりもじょうずです。空に広がる星たちも笑いだしました。
くうちゃんがようやく踊りを終えると、星の一つが「ありがとう」と言い、
「お礼にお願いをかなえてあげる。流れ星は一つだけ、どんなお願いもかなえることができるんだ」
くうちゃんの頭には、すぐにずっとほしかったお化粧セットが思い浮かびました。最近までずっと"パヘ"だと思っていたイチゴのパフェも思い浮かびました。お願いを聞いてくれると言われれば、ほしいものはたくさんあります。
だけどそうじゃない。くうちゃんがお願いしたいことは、そうじゃない。
「ママとパパにあいたい」
星はくうちゃんの手を取りました。
そしてその手を引くと、くうちゃんは窓からふわりと浮かび上がりました。
星はお空へと帰ります。くうちゃんの身体は夜空に高く舞い上がって、他の星たちをいくつも追い越しました。
そしてその先に……ママがいました。パパがいました。
「ママ! パパ!」
二人は、こんなところにいました。くうちゃんはそれがもう、うれしくて、うれしくて……。
ママの胸に飛び込んで、たくさんたくさんお話をしました。パパもとなりで笑っています。
こんなところにいました。でも、どうしてこんなところにいるのかなんて、くうちゃんは聞きませんでした。
温かいママの身体。それを見守る、パパの瞳。……それで、くうちゃんは、やっと……元通りに笑うことができました。
やがて夜が明けます。ママはくうちゃんに言いました。「ごめんね……」
「え?」
「もう帰らなくちゃ」
「どこへいくの……?」
「くうちゃんの胸の中よ」
ママはくうちゃんの手を取ると、笑顔を作りました。
「いつでも一緒にいるから、さみしくないからね」
その手が少しずつ薄れていきます。くうちゃんは必死になって叫びました。
「いやだよ! 一緒に行く! ママと一緒に行くっ!」
ママの笑顔は崩れました。その瞳からこぼれる涙が、新たな流星となって地球を照らします。その頬をキラキラと輝かせて泣くママは、ひたすらに謝りました。
「ごめんね! ごめんね!!」
「連れていって! わたしもつれていって!!」
「そんなの……」
ダメです。ダメに決まっています。でも……
ダメだと言えない、ママがいました。
ママはその一瞬でどれほどのことを考えたのでしょう。透きとおった腕でくうちゃんの身体をたぐりよせました。
そしてもう一度、抱きしめました。
だれよりも、なによりもたいせつなくうちゃん。そんなくうちゃんがどうしたら一番しあわせなのか、ママもパパも分かりません。
……そして……夜が明けました。
朝、くうちゃんの姿は、一階の庭にありました。
一階の庭で冷たくなっていました。
どうしてそういうことになってしまったのかは、誰にも分かりませんでした。
大人たちは、そんなくうちゃんを見て、口々に「かわいそうだ」と言いました。事情を知れば、みんなそう思いました。
けれど……くうちゃんの、ねむっているようなその顔は、とてもしあわせそうでした。
夜露に濡れる身体は朝日を浴びて、静かに光を反射しています。光を帯びたくうちゃんの身体はまるで……地上に落ちた流れ星のようでした。
娘の発表会を見に行ったんですよ。
一生懸命踊っている娘、満面の笑みを浮かべている姿を見て、失う怖さを感じました。
親とは、エゴなものですね……。