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正義の味方、はじめました  作者: enforcer
9/30

今日の友は明日の敵


 時間とは、長い様でも短い。

 なんだかんだと二人で巡っている内に、日が暮れ掛けていた。

 

 その辺にある時計を見れば、時間どれだけ過ぎたのかが解る。


「お、もうこんな時間かぁ」


 得に予定は無いが、青年はどうしたものかと悩む。 


「おっと、そろそろ……」


 帰ろうと言おうとしたが、思わず言葉を飲み込む。

 その理由だが、少女は青年向けて酷く寂しげな顔をしていた。


「あ~……カエデ……さん?」

「なぁ……ヒデオ」

「んえ?」


 いきなり名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を青年が出すが、少女は気にしてない。

 今は、他の事が気掛かりであった。


「こっちにさ、来いよ」


 唐突な大幹部からの要望。

 少女にすれば、青年を悪の組織へと勧誘していた。

 

 個人的な感情抜きにしても、青年は戦力としては十分である。

 何せ、大幹部四人掛かりでも手も足も出せなかった。

 

 それ程の青年が味方に居れば、悪の組織は更に勢力を増せる。

 何よりも、手強い敵ほど味方にすれば頼もしい。

 

 少女の勧誘は非常に魅力的だったが、青年は【いいよ】とは言えなかった。

 別に正義の味方としての立場に拘りなど無い。


 今している仕事が重要かと言えばそうだが、別にやろうとすれば他の事もできるだろう。

 仮に土木工事にでも赴けば、重宝される筈である。


 なかなかに答えようとしない青年に、少女が半歩近寄った。


「良いだろ? さっきだって、別に正義の味方になんか拘ってないって言ってたじゃないか」

 

 観覧車での会話は、青年も憶えている。


「うん、まぁ、そんな事も言ったけどよ……」

「だったら、良いじゃないか」


 少女の声は、単なる誘いとは違う。 寧ろ、青年に向けた懇願と言えた。

 相手の言いたい事が解らない程に、青年も朴念仁でもない。


 但し、解ったからと言ってハイとは言えない事情もあった。


「なぁ、解ってるだろ? 俺達はさ……」


 正義の味方と悪の組織は、敵同士なのだが、それは言えない。

 業務提携の事もだが、目の前の少女に向かって【お前は敵だ】と言える程に、青年の精神は腐っても居なかった。


「なんでだよ? 正義の味方なんて、要らないだろ?」


 少女の上役である総統は、悪の組織と名乗っていても、其処まで悪党という訳ではない。

 人類の歴史を紐解けば、総統以上の悪など掃いて捨てるほど居た。

  

 その意味で言うと、悪党などは腐る程に巷には溢れている。

 誰もが【私は悪党です】と名乗って居ないだけでしかない。


「あたし、知ってるんだ。 あんたの手柄だって、あの卑怯でバカな二人に全部取られちゃっただろ?」


 以前の巨大兵器の破壊の実績は、実質的に青年の仲間の手柄と世間では言われていた。

 ただ、往々にして結果だけを見ても、そこに至るまでの経緯や内情を知ろうとする者は居ない。


「一生懸命やったってさ、誰も誉めてなんてくれないよ。 みんな、くだらない事とか、好き勝手な事をやってる奴ばっかり誉めるんだ。 そうだろう?」

「そりゃあ、まぁ……な」

「どいつもこいつも自分の事だけ、何処行ったって自分勝手な奴ばっかりだってのに、こんな世界、何処に護る価値なんてあるんだよ!」


 少女なりに、色々と世間を見て来たのだろう。 

 言わんとする事は、青年にも理解が出来ていた。


 給料の為とは言え、必死に成っている者が居るからこそ、世界は回る。


 何かの事故や事件が起こった際、それを何とかしようとする者が居るからこそ、時には解決され、助かる者も多い。

 誰かの為にと仕事をする者が居るからこそ、社会は維持される。

 

 しかしながら、実際に世界で評価をされるのは、寧ろ自己中心的な事をして居る者達であった。

 他者など顧みず、自らの事だけを尊重し顕示すれば、評価は勝手に付いてくる。


 全く同じ機能しかない腕時計でも、値段が違えば価値も違う。

 値段とは人の評価であり、働きが同じでも支払われる金額には雲泥の差が出てしまう。


 身も蓋も無い事だが、他者など顧みない方が人は幸せに成れる。


 事実として、その事に気付いたからこそ、青年は悪の総統と手を組んでいた。

 一生懸命に戦う事を辞め、一生懸命を演じる方が遥かに楽だと気付いてしまった。


 筋書きは既に出来上がって居るのだから、その通りにやれば良い。

 悪役がヒョイと現れたなら、善玉役がそれを倒すだけ。

 

 だが、中にはその裏を知らない者も居る。 大幹部の少女もまた、その一人だった。


「だからさ! 一緒に、やろうよ……」

「……参ったな」


 今まで、それを青年が口にした事は無い。


 どんな相手で在ろうとも、全てを打ち倒してきた。

 そんな青年でも、少女の誘いにはそう言ってしまう。

 

 必死な訴えは、それほどの効果が在った。


 今まで何度となく対峙した二人だが、それまでのどの攻撃よりも、青年には効果テキメンである。


 それをした少女は、ジッと青年を見詰めたまま答えを待つ。

 

 真摯な目には、無敵の筈の青年も困らされた。

 内心では【よっしゃ悪の組織に入ります】と言いたい。


 何せ、今の今まで、此処まで異性に言い寄られた事が無い。

 何をしたところで、手柄の全てはこの場には居ない仲間の一人に取られていた。

 もう一人に期待しても、選ばれていないのは青年が一番良くわかっている。

 だからこそ、青年は覆面にて顔を覆い隠していた。


 その筈が、今や正義の味方は悪の大幹部に言い寄られてしまう。


「なぁ、今すぐ……返事しないと、駄目か?」


 今までに見た事がない程に困った様な青年。


「うん、今すぐ」


 少女にして見れば【誘いを受ける】という答えしか望んでいない。


 返答を急かされて、青年も大変に困っていた。

 断る事は出来ても、それでは少女の期待を踏み躙る事になってしまう。

 

 それは、今の青年に取ってはしたくない選択であった。


「頼むよ……少しだけ時間、くれないか?」 


 裏の事情を説明する事は、青年にも可能である。

 但し、それを聴いた少女がどんな反応をするのかは定かではない。


 もしかしたら、総統と青年の両方から裏切られたと彼女は感じてしまう可能性は大いに在る。

 何せ、少女自身は大真面目に悪の大幹部を張っていた。

 

 彼女なりに組織を思うからこそ、青年を誘っている。


 そんな彼女の意思を裏切れば、深く傷付く事は明白であった。


 この場では【答えられない】という青年の答え。

 それに対して、少女は、唇をキュッと結ぶ。


「……そっか。 うん、わかった」


 残念そうな声だが、少しホッとしたようにも見えなくはない。

 もしかしたら【断られる】という可能性も在ったからだ。


 それでも、この場で答えないというのであれば、可能性はあると少女は思っていた。


    ✱


 遊園地を出る二人だが、来た時とは違い、今度は青年にバイクに乗れとは言わない。

 サッと自分の背中に大きめのクマを括り付けると、ヘルメットを被ってエンジンを起す。


「おーい? おいおいおい、俺は?」


 自分を指差す青年に、ゴーグル越しの少女の目が向けられる。


「はぁ? あんたまだ敵だろ? それじゃあ、あたしの背中には乗せてやれないな」


 それだけ言うと、少女はバイクのアクセルを撚る。


「じゃあ! またどっかでな!」


 けたたましい音を立てながら、あっという間に走り去ってしまった。


 一人駐車場に残されてしまった青年は、困った様に頭を掻いてみる。


「大人の世界を説明するにゃ、まだ速えよなぁ」


 年を経れば、見たくないモノを見て、見なければ良かったモノも見てしまう。

 だが、その意味では少女はまだ純真無垢と言えた。


 だからこそ、その心にドブの汚れを流し込む様な真似はしたくない。

 今度とも関わるならば、接し方を変えるべきかと、青年は頭を悩ませていた。


 少女は青年を敵だとは宣ったが、ソレは半分正しく、半分は間違いでもある。


 何故ならば、少女の去り際の顔は笑顔を見せている。

 それだけでなく、またという次に会う為の言葉を残しつつ、青年から贈られたクマを大事そうに背中には背負ったまま去って行った。


 あの姿は、さぞや目立つこと請け合いだが、それを考慮していない時点で、彼女の気持ちは伝わる。 


 それ故に、青年は複雑であった。


 悪の組織を率いる総統やその大幹部の中にも、見えない善が潜んでいる。

 だからこそ、青年は彼等の命を助けていた。

 

 もしも彼等がぐうの音も出ない徹頭徹尾の悪ならば、平然と見捨てて居ただろう。

 それだけでなく、人々の中にも良心は在り、だからこそまだ世界は形を保ってもいる。


 人の中に善が無ければ、とっくに世界は死滅していただろう。


 それ故に、青年も自らの正義を捨て切れない。

 

「……参るぜ。 どうしたもんかねぇ」


 相談しようにも、相談出来る相手は居なかった。


   ✱


 青年を置き去りにした少女だが、悪気が有るのかと言えば勿論在った。


 悪の大幹部を名乗る以上、建前として正義の味方を助けるわけには行かない。

 

 とは言え、悪の組織とは言っても、完璧に無法者の集団という訳ではない。

 其処には、護るべき規律ルールは在った。


 だからこそ、少女は青年を自分達の方へと引き込もうと画策して居る。


 不器用だからこそ、曖昧な態度しか見せなかったが、その本心はほぼほぼダダ漏れであった事に本人は気付いていない。


 一応は、あくまでも【さり気無い勧誘】を心掛けては居たつもりである。

 

 そんな少女だが、意気揚々と帰路の途中であった。

 

 明確に青年から【私は悪の組織へ加入します】という返事は受け取れては居ない。

 それでも、即座に【入る訳ねぇだろ】という言葉も無かった。


 つまり、少女にして見れば、青年が加入に対して悩んでいるという証明と言える。

 それは、彼女にとっては大きな収穫と言えた。

 

 巨大兵器での一件に置いて、助けられる前。

 少女はずっと、顔を隠した青年を単なる敵としてしか見做していなかった。


 互いに、悪の大幹部、向こうは正義の味方として、何度も何度も対峙する。

 その度に、少女は軽くあしらわれる事に憤慨したものである。

 

 だが、その怒りは青年への興味を(もたら)して居た。

 

 好きと嫌いは表裏一体であり、決して相反する感情ではない。

 もし本当に嫌ならば、そもそも関わろうとはしないだろう。


 その嫌いが反転したのは、青年が命の恩人だと知ってからである。


 それまでは【殺したい程に嫌い】という気持ちが、手の平を返す様に反転してしまった。


 そんな気持ちを信じられず、あくまでも青年は自分の敵だと思い込もうとする。 

 その筈が、逆に思えば思う程に、意識してしまう。

 

 募った想いは、少女を駆り立て、本屋へと赴かせて居た。

 もしも、あの場で青年が偶々現れなかったなら、少女は産まれて初めての恋文を(したた)めていただろう。


 想い人本人がその場に現れたからこそ、手紙はこの世には無い。


 その代わりとして、少女は一日掛けて精一杯自分の気持ちを青年へとぶつけて居た。

 不器用でも、必死に。


 結果だけを見れば、少女に取って悪くない一日であった。


 曲がりなりにも、青年と二人きりでデートをしている。

 半ば無理矢理に誘った形ではあるものの、少女に取って過程は重要ではない。


「……むふ」


 口は閉じて居ようとも、思わず笑みが漏れてしまう。

 そんな時、ゴーグルに赤信号が映る。


 ブレーキを握り、バイクを停めていた。

 この間、少女は周りからは丸見えである。

 

 本人が派手な上に、改造も派手、更には背中にはクマを背負っていれば、否が応でも目立った。


 周りの目など気にせず【速く青に成らないかな】と思っていると、背後の方から別のエンジン音が響いていた。

 その特性上、停車中の車を追い抜くバイク乗りは多い。

 

 そうなると、必然的に、数台のバイクが少女の周りには停まっていた。


「お! おねえさん! かっこいいじゃん!」

「もし良かったらさ、遊ばない?」


 少女のモノとはまた違う改造を施されたバイクに跨る数人は、目立つ相手に声を掛けて見る。

 ほんの少し前まで笑っていた少女だが、露骨に舌打ちを漏らしていた。


「……っ……失せな、お呼びじゃないよ」

「えぇ、そんな事言わずにさ、楽しくやろうって」

 

 折角の良い気分を台無しにされては、少女も良い気はしない。

 ただ、雑な対応をされても相手は食い下がろうとする。


 愛車の加速にて、煩い相手を置き去りにする事は出来るが、ふと思い付いた少女は、相手に顔を向けていた。

  

「ホントに? コレでも遊ぼうって?」


 妙に優しい声を出す少女に、男達は応えようとするが、直ぐに何か異様に熱い事に気付く。

 見てみれば、少女の瞳は爛々と発光し、手足や口から火を吹き出していた。


「ヒィ!? バケモンだ!」


 相手が普通でないと解った途端に、信号など無視して男達は逃げ去るように走って行く。


 それを見送った少女からは火が消え失せる。

 火の粉は直ぐに散り、言われた【化け物】という単語を気にしていた。

 

 如何に普通を装った所で、自分が普通ではない事は解っても居る。

 だが、そんな自分を、青年は普通と言ってくれていた。


 何よりも、自分と共に居ても平気なのは、青年ぐらいしか思い当たらない。


 信号が青に変わった途端に、少女が操るバイクは唸り声を張り上げていた。

 軽く前輪を浮かしつつ、一気に加速して行く。


「……いぃぃぃいはぁぁぁぁ!!」


 背中には青年は居ないが、その代わりとして彼から贈られたクマが居てくれる。

 だからか、少女は過去のカウボーイの様な声を張り上げていた。

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