普通の普通
なんだかんだと乗り物にはあまり乗りたがらない少女。
好き嫌いは人によると言うが、青年にとっては疑問も言える。
「変わってるよな?」
「何がだよ?」
「バイクは乗ってる癖に、乗り物苦手とかさ」
素朴な疑問を呈すると、少女は唇を尖らせる。
怒っていると言うよりは、困っている様であった。
「だってさ、あーいうのは、からだ、拘束されるだろ?」
「お? あ~、そら安全の為だな」
「ソレが……嫌なんだよ」
青年の質問に、案外素直に答える大幹部。
どういった経緯でそう成ったかまでは解らないが、要するに、少女は安全の為でも身体を拘束される事が嫌いという。
人は、他人の人生を全て窺い知る事は出来ない。
尋ねる事は出来なくはないが、深掘りする事でも無かった。
誰にせよ、聞かれたくない、という事は往々にして在る。
「……そっか」
敢えて素っ気なくする事で、話をはぐらかす。
少女にしても、喋りたくない事をしつこくは問われずに済み、ホッとしたようにも見えた。
普通にしていれば、派手なだけの少女。
そんな大幹部が次に目を留めたのは、UFOキャッチャーである。
硝子の仕切りの向こうでは、大きなクマがドデンと座っていた。
「なぁ」
「うん?」
「お前、あれ得意か?」
ゲーム機の中でも、単純とは言え難しいのがUFOキャッチャーである。
操作方法自体は難しい事はないのだが、究めるには簡単ではない。
先程の格闘ゲームではボロボロにされた手前、なんとか自分の体面を建て直すべく、青年は奮起していた。
「得意って訳でもないが、まぁ、やってみるさ」
操作方法自体は難しくはないが、中の商品を取るのは簡単ではない。
というのも、そう簡単にポンポン取られては、店の方からしても得にならないからだ。
「うーん? あ~れ?」
何度も何度も、キャッチャーの爪がクマを掴もうとするが、スルリと抜け出す。
青年な悩みながら操作して居る間、少女はと言えば期待を込めた目線を向けていた。
「お?」
「あ!」
何度かやっていれば、偶然と言う事も起こり得る。
偶々運良く、クマの一部が爪に引っ掛かった。
グイと持ち上げられ、少しずつ少しずつ、端の穴へと向かう。
この間、少女は実に厳しい顔でクマの行方を窺う。
取れるのか落ちるのか、ハラハラとして見ていた。
程なく、青年の努力と少女の願いが通じたのか、クマが取れた。
取り出し口からぬいぐるみを取り出す青年。
「やぁっと取れた! 頑固な熊さんだぜ」
大枚叩いた以上、名残の惜しいが、青年はスッと少女へと差し出す。
どうぞと出されたクマに、少女は目を丸くしてしまった。
「……いいのか?」
「要らねぇのか?」
欲しい欲しくないとは口では言わないが、素直に差し出されたクマを受け取る。
ギュッと抱き締める様は、何とも言えない風情を醸す。
見ている青年ですら、思わず軽く微笑んでしまう程だった。
「……なんだよう」
見られている事に気付いたのか、少女の眉がハの字を描く。
「いや、なんでもねぇさ」
内心では御礼の一言も欲しい所だか、悪の大幹部にソレを求めるつもりは青年には無かった。
✱
外へと出た所で、青年は周りを見渡す。
折角来たのだから、乗らねば勿体ないと考える。
ただ、連れはどうかと言えば、何かの方をジッと見ている。
それを見て、目線の先を追うと、其処には露店が在った。
考えてみれば、此処へと来てから何も食べていない。
時間が過ぎれば、超人とは言え腹は減る。
「よ、何か食べるか?」
「え?」
「何がいい?」
「あ、えと……じゃあ」
急な申し出だったからか、特に考えず少女は「あれ」と指す。
「よし来た、ちょっと待ってろ」
そう言うと、青年は店の方へとスタスタ歩いて行く。
そんな背中を見て、少女は何も言わずにその後ろへと続いていた。
程なく「ありがとうございました〜」との声と共に、青年に商品が手渡される。
「ほいよ」
そう渡されたのは、チュロスという揚げ菓子。
普段の戦いでは敵意剥き出しの大幹部も、この時ばかりは素直に青年からそれを受け取っていた。
早速とばかりに、自分の分をモグモグと食べる青年だが、見てみれば少女は渡されたソレをジッと見ている。
「なんだよ、毒なんか入ってないぞ」
「……あ」
「お?」
「……なんでもない」
茶化す青年に、少女は何故だかムスッとしながらも、渡されたモノを食べていた。
口にモノを入れると、頬が膨らむがまるで栗鼠である。
敢えて多めに口に詰め込むのは、喋らない為か。
何れにせよ、少女の本心は青年には見えるものではない。
腹拵えも済ませ、次に行こうとなるが、少女が絶叫マシンが苦手となると選ばねばならない。
こうなると、本人に聞いた方が速い。
「次、どうすっかなぁ……」
「アレは?」
もはや慣れたのか、次の乗り物として少女が選んだのは、観覧車だった。
ある意味では、観覧車は其処の顔と言えるだろう。
遠くからでも目立ち、其処には何があるのかを示す視標と言える。
何よりも、昇り降りは在れど絶叫マシンという訳ではなかった。
✱
乗り込むなり、徐々に徐々に二人を乗せたカゴは地上を離れて行く。
視界が高くなるに連れ、景色は広まる。
だからか、少女はクマを抱きつつ周りを興味深そうに眺めていた。
些か纏う衣服の趣味が派手では在っても、そうしている分には大幹部でも普通の少女とはそう変わらない。
青年もまた、チラリと景色に目をやる。
いつもであれば、景色など見ている暇が無かったが、今はそうではない。
「おい」
対面に座る少女の声に、青年は目を向ける。
「なんだよ」
あいも変わらず、二人の間に流れる空気は柔らかくはない。
あくまでも、二人は休戦中でしかないからだ。
ただ、少女は困った様な顔を見せる。
「教えろよ」
「何をだ?」
「なんでこの前、あたしを助けた?」
「はん?」
少女の問い掛けは、巨大兵器の一件である。
本来であれば、正義の味方が悪の組織を助ける筋合いは無い。
打ち倒しこそすれ、助けるなど言語道断で在ろう。
にも関わらず、青年は気絶した少女を担ぎ上げ、助け出していた。
「総統も他の三人もそうだけど……なんでさ?」
少女の問いに、青年はフンと鼻を鳴らす。
「なんでって、なんで助けちゃいけねーんだ?」
そんな答えに、少女は唇を噛んで眉を寄せた。
彼女にすれば青年は命の恩人と言えなくもない。
だが、如何に恩が在ったのは言え、青年は本来、倒すべき敵である。
「お前は、正義の味方じゃあないのか?」
根源的な質問に、青年は悩む様に唸った。
「正義の味方ねぇ……どうなんだろうなぁ」
果たして、正義の味方という定義が何なのか、答えるのは難しい。
何故ならば、正義という旗はこの世で一番安い旗印だからだ。
誰の中にもそれはある以上、人の数だけ正義とは存在する。
自らを正義とそう名乗るのは、誰にせよ自由であった。
「違うのか?」
「違うって訳じゃあないんだが……拘ってないって言うか」
総統と組んでいる事は、実のところ機密事項でもある。
派手なマッチポンプを仕掛ける以上、ある程度は相手にも本気で悪役を演じて貰わねば始まらない。
わーやられた~と安易に悪の組織が負けたならバレバレである。
その意味では、少女は裏を知らされては居なかった。
知らないからこそ、少女は大幹部として総統の命令には従う。
そして、派遣された何も知らない彼女を、正義の味方役の青年が多少派手に撃退して見せる事で、多額の報酬を受け取っていた。
「なぁ、別にお前さんの命助けちゃいけないって事もないだろ?」
「なんでだよ、敵だろ? あたし達」
敵同士とは言う少女だが、内情は複雑である。
青年を本気で敵視して居たなら、そもそも観覧車に乗ってなど居ない。
「そうは仰いますけどね、じゃあなんだって俺なんか誘ったんだ?」
敵と見做しているなら、顔を見合わせるなり、その場で戦えば良いのだ。
だが、結局は戦わず、青年を誘ってしまっている。
悪の組織の大幹部という立場よりも、少女は自分の意思を尊重して居る証拠であった。
押し黙る少女はウーと唸る。 威嚇ではなく、悩みの唸り。
それを聴いて、青年は軽く笑った。
「ま、深く考えるなよ。 気楽にやろうぜ」
正義の味方と言う割には、青臭い持論は語らず実に飄々とした青年に、少女はまた目を向ける。
今でこそこうしては居ても、いずれはまた戦わねば成らない。
そんな立場が、少女を悩ませる。
「なんでお前は、正義の味方なんかやってるんだ?」
「なんでっつわれてもな……なんでだろうなぁ」
いつからソレをして居るのか、青年はいつしか忘れていた。
多くと戦う内に、記憶からは失せてしまう。
「そう言うお前さんは?」
「え?」
「なんだって悪の組織なんかやってんだ?」
問われた少女だが、何処か淋しげな顔を見せる。
グッと唇を噤みながら、何かに耐える様に。
「なぁ、なんでだ? おま……」
「お前って言うな」
急に顔を上げるなり、少女は青年の言葉を遮っていた。
「えぇ……そっちだって散々お前お前って言ってたじゃないか」
言われて見れば、その通りである。
この日ずっと、少女は青年を【お前】と呼んでいた。
「じゃあ、なんていうんだよ。 名前」
思い返して見れば、自己紹介など交わしていない。
問われた青年は、スッと息を吸う。
「山田……英雄だよ」
ポンと出された青年の名に、少女は眉をヒョイと上げていた。
「なんか……普通だな」
「悪かったな、普通でよ。 で、そちらは?」
ムッとしつつも、青年が少女の名を問う。
返す刀で問われた少女は、唇をモゴモゴとさせつつも、目をそらしていた。
「……カエデ」
「お?」
「小鳥遊楓だってば」
如何にも渋々といった様子で応える少女に、青年はふうんと鼻を鳴らす。
「なんだよ? 変だってか?」
「いや、そっちも普通じゃあないかって……そう思ってな」
「うっさい……バーカ」
褒めるべきだとは思いつつと、素直な感想を述べてしまう青年。
ただ、普通と呼ばれた少女は、抱えるクマで口元を覆い隠していた。
ギュッと抱かれるクマは些か苦しげだ。
そうされると、顔の全貌は見えないが、見えている部分だけでも雄弁に語っていた。
眉はハの字を描くが、目は必死に泳ぎ、僅かに頬が染まる。
何故にそんな反応を見せるのか、少し考えれば答えは出た。
悪の組織に属し、大幹部と恐れられる少女だが、別に彼女は殺人マシーンではない。
何処へ行こうとも、全身から火を吹く人間を周りの人々は普通とは言わないだろう。
敢えて形容すれば、立派な化け物である。
だからこそ、普通と呼ばれた事に、少女は戸惑っていた。