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正義の味方、はじめました  作者: enforcer
8/30

普通の普通


 なんだかんだと乗り物にはあまり乗りたがらない少女。

 好き嫌いは人によると言うが、青年にとっては疑問も言える。


「変わってるよな?」

「何がだよ?」

「バイクは乗ってる癖に、乗り物苦手とかさ」


 素朴な疑問を呈すると、少女は唇を尖らせる。

 怒っていると言うよりは、困っている様であった。


「だってさ、あーいうのは、からだ、拘束されるだろ?」

「お? あ~、そら安全の為だな」

「ソレが……嫌なんだよ」


 青年の質問に、案外素直に答える大幹部。

 どういった経緯でそう成ったかまでは解らないが、要するに、少女は安全の為でも身体を拘束される事が嫌いという。


 人は、他人の人生を全て窺い知る事は出来ない。

 尋ねる事は出来なくはないが、深掘りする事でも無かった。


 誰にせよ、聞かれたくない、という事は往々にして在る。

 

「……そっか」


 敢えて素っ気なくする事で、話をはぐらかす。

 少女にしても、喋りたくない事をしつこくは問われずに済み、ホッとしたようにも見えた。


 普通にしていれば、派手なだけの少女。


 そんな大幹部が次に目を留めたのは、UFOキャッチャーである。

 硝子の仕切りの向こうでは、大きなクマがドデンと座っていた。


「なぁ」

「うん?」

「お前、あれ得意か?」


 ゲーム機の中でも、単純とは言え難しいのがUFOキャッチャーである。

 操作方法自体は難しい事はないのだが、究めるには簡単ではない。

 

 先程の格闘ゲームではボロボロにされた手前、なんとか自分の体面を建て直すべく、青年は奮起していた。


「得意って訳でもないが、まぁ、やってみるさ」


 操作方法自体は難しくはないが、中の商品を取るのは簡単ではない。

 というのも、そう簡単にポンポン取られては、店の方からしても得にならないからだ。

 

「うーん? あ~れ?」


 何度も何度も、キャッチャーの爪がクマを掴もうとするが、スルリと抜け出す。

 青年な悩みながら操作して居る間、少女はと言えば期待を込めた目線を向けていた。


「お?」

「あ!」


 何度かやっていれば、偶然と言う事も起こり得る。

 偶々運良く、クマの一部が爪に引っ掛かった。


 グイと持ち上げられ、少しずつ少しずつ、端の穴へと向かう。


 この間、少女は実に厳しい顔でクマの行方を窺う。

 取れるのか落ちるのか、ハラハラとして見ていた。


 程なく、青年の努力と少女の願いが通じたのか、クマが取れた。

 取り出し口からぬいぐるみを取り出す青年。 


「やぁっと取れた! 頑固な熊さんだぜ」


 大枚叩いた以上、名残の惜しいが、青年はスッと少女へと差し出す。

 どうぞと出されたクマに、少女は目を丸くしてしまった。

 

「……いいのか?」

「要らねぇのか?」


 欲しい欲しくないとは口では言わないが、素直に差し出されたクマを受け取る。

 ギュッと抱き締める様は、何とも言えない風情を醸す。 

 

 見ている青年ですら、思わず軽く微笑んでしまう程だった。


「……なんだよう」

 

 見られている事に気付いたのか、少女の眉がハの字を描く。


「いや、なんでもねぇさ」


 内心では御礼の一言も欲しい所だか、悪の大幹部にソレを求めるつもりは青年には無かった。


   ✱

 

 外へと出た所で、青年は周りを見渡す。

 折角来たのだから、乗らねば勿体ないと考える。


 ただ、連れはどうかと言えば、何かの方をジッと見ている。 

 それを見て、目線の先を追うと、其処には露店が在った。


 考えてみれば、此処へと来てから何も食べていない。

 時間が過ぎれば、超人とは言え腹は減る。


「よ、何か食べるか?」

「え?」

「何がいい?」

「あ、えと……じゃあ」


 急な申し出だったからか、特に考えず少女は「あれ」と指す。 


「よし来た、ちょっと待ってろ」


 そう言うと、青年は店の方へとスタスタ歩いて行く。

 そんな背中を見て、少女は何も言わずにその後ろへと続いていた。


 程なく「ありがとうございました〜」との声と共に、青年に商品が手渡される。


「ほいよ」


 そう渡されたのは、チュロスという揚げ菓子。

 普段の戦いでは敵意剥き出しの大幹部も、この時ばかりは素直に青年からそれを受け取っていた。


 早速とばかりに、自分の分をモグモグと食べる青年だが、見てみれば少女は渡されたソレをジッと見ている。


「なんだよ、毒なんか入ってないぞ」

「……あ」

「お?」

「……なんでもない」


 茶化す青年に、少女は何故だかムスッとしながらも、渡されたモノを食べていた。

 口にモノを入れると、頬が膨らむがまるで栗鼠(リス)である。

 敢えて多めに口に詰め込むのは、喋らない為か。


 何れにせよ、少女の本心は青年には見えるものではない。


 腹拵えも済ませ、次に行こうとなるが、少女が絶叫マシンが苦手となると選ばねばならない。

 こうなると、本人に聞いた方が速い。


「次、どうすっかなぁ……」 

「アレは?」


 もはや慣れたのか、次の乗り物として少女が選んだのは、観覧車だった。


 ある意味では、観覧車は其処の顔と言えるだろう。

 遠くからでも目立ち、其処には何があるのかを示す視標と言える。


 何よりも、昇り降りは在れど絶叫マシンという訳ではなかった。


   ✱


 乗り込むなり、徐々に徐々に二人を乗せたカゴは地上を離れて行く。 

 視界が高くなるに連れ、景色は広まる。


 だからか、少女はクマを抱きつつ周りを興味深そうに眺めていた。

 些か纏う衣服の趣味が派手では在っても、そうしている分には大幹部でも普通の少女とはそう変わらない。


 青年もまた、チラリと景色に目をやる。

 いつもであれば、景色など見ている暇が無かったが、今はそうではない。


「おい」


 対面に座る少女の声に、青年は目を向ける。


「なんだよ」 

 

 あいも変わらず、二人の間に流れる空気は柔らかくはない。

 あくまでも、二人は休戦中でしかないからだ。


 ただ、少女は困った様な顔を見せる。


「教えろよ」

「何をだ?」

「なんでこの前、あたしを助けた?」

「はん?」


 少女の問い掛けは、巨大兵器の一件である。

 本来であれば、正義の味方が悪の組織を助ける筋合いは無い。


 打ち倒しこそすれ、助けるなど言語道断で在ろう。

 にも関わらず、青年は気絶した少女を担ぎ上げ、助け出していた。


「総統も他の三人もそうだけど……なんでさ?」


 少女の問いに、青年はフンと鼻を鳴らす。


「なんでって、なんで助けちゃいけねーんだ?」


 そんな答えに、少女は唇を噛んで眉を寄せた。

 彼女にすれば青年は命の恩人と言えなくもない。


 だが、如何に恩が在ったのは言え、青年は本来、倒すべき敵である。


「お前は、正義の味方じゃあないのか?」


 根源的な質問に、青年は悩む様に唸った。


「正義の味方ねぇ……どうなんだろうなぁ」


 果たして、正義の味方という定義が何なのか、答えるのは難しい。


 何故ならば、正義という旗はこの世で一番安い旗印だからだ。

 誰の中にもそれはある以上、人の数だけ正義とは存在する。


 自らを正義とそう名乗るのは、誰にせよ自由であった。


「違うのか?」

「違うって訳じゃあないんだが……拘ってないって言うか」


 総統と組んでいる事は、実のところ機密事項でもある。

 派手なマッチポンプを仕掛ける以上、ある程度は相手にも本気で悪役を演じて貰わねば始まらない。

 わーやられた~と安易に悪の組織が負けたならバレバレである。

 

 その意味では、少女は裏を知らされては居なかった。

 

 知らないからこそ、少女は大幹部として総統の命令には従う。

 そして、派遣された何も知らない彼女を、正義の味方役の青年が多少派手に撃退して見せる事で、多額の報酬を受け取っていた。

 

「なぁ、別にお前さんの命助けちゃいけないって事もないだろ?」

「なんでだよ、敵だろ? あたし達」

 

 敵同士とは言う少女だが、内情は複雑である。 

 青年を本気で敵視して居たなら、そもそも観覧車に乗ってなど居ない。


「そうは仰いますけどね、じゃあなんだって俺なんか誘ったんだ?」


 敵と見做しているなら、顔を見合わせるなり、その場で戦えば良いのだ。

 だが、結局は戦わず、青年を誘ってしまっている。


 悪の組織の大幹部という立場よりも、少女は自分の意思を尊重して居る証拠であった。 


 押し黙る少女はウーと唸る。 威嚇ではなく、悩みの唸り。

 それを聴いて、青年は軽く笑った。


「ま、深く考えるなよ。 気楽にやろうぜ」


 正義の味方と言う割には、青臭い持論は語らず実に飄々とした青年に、少女はまた目を向ける。

 今でこそこうしては居ても、いずれはまた戦わねば成らない。

 そんな立場が、少女を悩ませる。


「なんでお前は、正義の味方なんかやってるんだ?」

「なんでっつわれてもな……なんでだろうなぁ」


 いつからソレをして居るのか、青年はいつしか忘れていた。

 多くと戦う内に、記憶からは失せてしまう。


「そう言うお前さんは?」

「え?」

「なんだって悪の組織なんかやってんだ?」


 問われた少女だが、何処か淋しげな顔を見せる。

 グッと唇を噤みながら、何かに耐える様に。


「なぁ、なんでだ? おま……」

「お前って言うな」


 急に顔を上げるなり、少女は青年の言葉を遮っていた。


「えぇ……そっちだって散々お前お前って言ってたじゃないか」


 言われて見れば、その通りである。 

 この日ずっと、少女は青年を【お前】と呼んでいた。


「じゃあ、なんていうんだよ。 名前」


 思い返して見れば、自己紹介など交わしていない。

 問われた青年は、スッと息を吸う。


山田やまだ……英雄ひでおだよ」


 ポンと出された青年の名に、少女は眉をヒョイと上げていた。


「なんか……普通だな」

「悪かったな、普通でよ。 で、そちらは?」


 ムッとしつつも、青年が少女の名を問う。

 返す刀で問われた少女は、唇をモゴモゴとさせつつも、目をそらしていた。


「……カエデ」

「お?」

小鳥遊(タカナシ)(カエデ)だってば」


 如何にも渋々といった様子で応える少女に、青年はふうんと鼻を鳴らす。


「なんだよ? 変だってか?」

「いや、そっちも普通じゃあないかって……そう思ってな」

「うっさい……バーカ」


 褒めるべきだとは思いつつと、素直な感想を述べてしまう青年。

 ただ、普通と呼ばれた少女は、抱えるクマで口元を覆い隠していた。

 ギュッと抱かれるクマは些か苦しげだ。


 そうされると、顔の全貌は見えないが、見えている部分だけでも雄弁に語っていた。

 眉はハの字を描くが、目は必死に泳ぎ、僅かに頬が染まる。


 何故にそんな反応を見せるのか、少し考えれば答えは出た。

 悪の組織に属し、大幹部と恐れられる少女だが、別に彼女は殺人マシーンではない。

 

 何処へ行こうとも、全身から火を吹く人間を周りの人々は普通とは言わないだろう。 

 敢えて形容すれば、立派な化け物である。


 だからこそ、普通と呼ばれた事に、少女は戸惑っていた。

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