何も無い日
二人の男女が、何処かの遊園地へと赴く。
これだけ見れば、特に目立った点は無い。
何処かの二人が偶々に遊びに来た、という程度である。
だが、実際には派手な格好の大幹部と、地味な正義の味方が、揃って歩いていた。
どちらかと言えば、青年の方が少女について行っているという方が正しい。
何せ、何を見るか乗るにせよ、青年は相手の好みを知らない。
同時に、仏頂面の少女と、少し困った様な青年という、何とも言えない二人であった。
「意外だわ」
「何がだよ」
「お前さんがこんなとこに来たがるとかさ」
「なんだよ、あたしが来たがったら変だってのか?」
「いんやぁ、べっつにぃ」
会話にしても、恋人同士の会話というよりも、偶々出逢ってしまった敵同士という風情が漂う。
「ところで」
「うん?」
「アレ、乗るか」
パッと思い付いたらしく、少女が指差すのだが、その先に在ったのは、ジェットコースターであった。
流石に仏頂面のまま歩くのは気が引けたのか、そんな事を提案して来る。
それに対して、青年は軽く笑った。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「馬鹿にすんなよ、伊達で大幹部なんかしてないんだ」
若干頬を膨らませる様は、寧ろ大幹部らしくはない。
誘われた青年にしても、普段から高所からの飛び降りはしょっちゅうやっていても、乗り物に乗るのは久しぶりであった。
✱
「お二人様ですね、こちらへお願いしま~す」
と、係員の声に誘導される青年と少女。
一見する分には男女のデートに見えなくも無いのだが、飄々とした顔と仏頂面が並んで座る。
他の客が席に着くのを待つ訳だが、その間、青年はチラリと隣を見た。
其処には、何とも言い難いと難しい顔を覗かせる大幹部。
「なぁ」
「なんだよ」
あいも変わらず大幹部の返事は不機嫌そうだが、声はそうでもない。
「悪い……やっぱ、何でもないわ」
聞いて置きながら、質問をはぐらかす青年。
そんな事をされれば、少女にすれば気になってしまう。
「なんだよ、なんか聞きたかったんじゃないのか?」
そんな声に、青年は内心で思う。
本当は【総統さんと来たかったんじゃないのか?】と。
しかしながら、三秒考えた所で、それを口にする事は無かった。
考えてみれば当たり前の事だが、少女は自ら青年を誘っている。
其処までしてくれる相手を疑うという時点で、失礼以外何ものでもないと、質問を飲み込んでいた。
「おま……わ」
反対に、今度は大幹部何かを聞こうとしたが、ちょうど二人を乗せたコースターが動き出していた。
最初はゆったりと、次第に、徐々に傾斜を登り始める。
カタカタとした音と揺れ。
青年にすれば、こういった事は久しく、胸躍る。
隣もそうなのかと、見てみると、少女は微妙な顔をしていた。
目は見開かれ、口は真一文字に閉じられている。
何処からどう見ても【私緊張してます】という顔だった。
「おいおい、大丈夫か?」
何故に、悪の大幹部はそんなに緊張して居るのかが気になった青年は思わず声を掛けていた。
今更に引き返せとは言えるものではない。
声を掛けられた少女だが、必死に自分の体を固定する安全装置を強く握っているのが丸見えだった。
「……何が、だよ」
振動のせいで声が震えていると言えなくもない。
ただ、そう言うには乗り物の揺れ自体はそう大きくもない。
その証拠に、青年の声は震えておらず、顔には緊張感が無かった。
「なんか、すっげー顔してるからさ」
「はぁ? ぜんっぜんよゆーだけど?」
大幹部曰く【私は余裕です】とヤケに甲高い声では言う。
だが、目は口ほどにモノを言うとも言葉もあり、少女の目は何とも言い難い感情を呈していた。
指摘はしたくもなるが、敢えて青年はそうはしない。
「そっか、俺の気の所為だったわ。 おっと、そろそろだな」
言われた少女は、慌てて顔を前へと向ける、その先には空が広がっていた。
当たり前の事だが、落ちないジェットコースターという物は無い。
ゆったりと景色を愉しみたければ、観覧車というモノが用意されている。
その意味で言えば、落ちることを楽しむ乗り物だろう。
登りきり、落ちる直前、少女の手が青年の手がガシッと掴む。
思わず、ウンと鼻を唸らせる青年だったが、なにか言うよりも早く、二人を乗せたコースターは落ち始めた。
後ろの方では、他のお客さん達がそれぞれにキャ~という声を張り上げる者も居た。
落ちる事の浮遊感への反応とでも言うべきか。
では、青年はどうかと言えば、その感覚には慣れたものである。
何せ空を飛べない以上、高く跳べば落ちざるをえない。
違いが有るかと言えば、体を固定されているか居ないかの差である。
「はっはぁ、やっぱこういうのも良いなぁ」
戦う為ではなく、楽しむ為に落ちる。
そんな気楽な青年に対して、お隣はどうかと言えば、実に厳しい顔を浮かべていた。
なにかとてつもなく苦いモノでも口にしてしまった様な少女。
それでも口を開こうとしないのは、自分の黄色い悲鳴を青年に聞かれる事を嫌がっているからかも知れない。
事実、彼女の手は青年の手を掴み、そのまま必死に握り締めていた。
加速を付けたコースターは、縦横無尽に動く。
時には捻りを加えて、左右へと走り回り、戦闘機でいう宙返りまで。
超人とはいえ、其処まで自由に空中を動けない青年にすれば、実に愉しい。
それに対して、乗ろうと誘った側は、最後まで何とも言えない顔を浮かべたままであった。
✱
走り回ったコースターは徐々に速度を落とし、次の客を乗せるべく戻って来る。
完全に止まってから、安全装備が外された。
スッと降り立った青年は、フゥと息を吐く。
「いんやー、偶にはこういうのも悪くないわな」
実に爽快といった青年だが、直後に降り立った少女は、実に難しい顔を浮かべていた。
まるで何かの拷問にでも掛けられた後の如く、晴々しいとは真逆である。
「お、どした?」
顔色を伺う青年に、少女は無理に笑っていた。
「べ、別に……」
誰にせよ、苦手とする物は在る。
その意味では、少女は実は絶叫マシンは苦手なのだろう。
他にも乗り物は多いが、過激なモノも多い。
では他の物はどうかと言えば、絶叫マシンが全てではなかった。
ウーンと腕を向き、鼻を唸らせる青年。
相手が如何に悪の大幹部とは言え、今は休日である。
であれば、折角誘ってくれた相手にも楽しんで欲しいというのが人情であった。
「まぁ、ほら、色々と在るからさ、見て回らないか?」
そんな言葉は、正義の味方が悪の組織に向けるべきものではないかも知れないが、立場を離れれば、二人はただの個人でもある。
青年の提案に、少女は若干ホッとした様な顔を覗かせた。
「……おう、お前がそう言うんなら、仕方ないよな」
如何にも仕方ないという大幹部。
だがどう見ても、次の絶叫系に乗ろうと誘われず、安堵が在った。
✱
元から仲が良いという訳ではない。
今更になって、青年は少女は何が好きなのかを知らなかった。
ただ、ふと気付けた事もある。
少女の目線は、チラチラとゲームコーナーの方を向いていた。
遊園地の一画には、乗り物が苦手という人が楽しめる様にとの配慮なのだろう。
目敏く少女の反応を見ていた青年は、スッと息を吸う。
「あ、あんな所にゲームコーナーとかあったんだ」
実にわざとらしいが、そんな声は少女にすれば朗報である。
中々に自分からは言い辛い事でも、相手から言ってくれれば気が軽い。
「な、ちょっと寄ってくか?」
される提案に、コクンと頷く少女であった。
✱
ヒョイと覗いて見れば、それぞれのゲーム機が発する音が混じり合い、賑やかな印象を与える。
特にゲームが得意という青年ではない。
だが、伴った少女はどうかと言えば、目をキラキラとさせていた。
「なぁ」
「お?」
「ちょっと対戦しようぜ」
何かを思い付いたらしい少女の誘いに、青年は目を丸くしていた。
正義の味方と悪の大幹部が、ゲーム機を挟んで向かい合う。
二人が選んだのは、対戦が出来る格闘ゲームであった。
「うーんと……」
考えてみれば、ろくにゲームなどした事が無い。
ずっと正義の味方としてやって来て、戦いに明け暮れた。
格闘などは、自分の身体で嫌という程にやっている。
「おーい、速く決めろよ!」
「あいあいさーっと」
悪の大幹部の声に従ってしまう正義の味方というのも実に情けないが、別に其処まで深刻でもない。
『ラウンドワン! ファイ!』
どのキャラクターを使うのかを決めれば、いざ戦いが始まる。
但し、問題が無くはない。
「え~と……どうやんだ、これ?」
まず第一に、青年はゲームをろくに知らない。
何をどうすればこうなる、というのが解らなければ、マトモな試合に成りはしない。
更に言えば、熱くなる訳にも行かなかった。
青年は必死に自制を課すことで、日常生活を送る事は出来る。
だが、逆に言えば加減は必須であった。
もし間違えでもすれば、あっという間にゲーム機が壊れてしまう。
スティックを弄ったら、ボタンを叩いたら壊れました、では済むものでもないだろう。
だからこそ、普段は勝っている正義の味方も、画面の中ではボコボコにやられてしまう。
『KO!』
青年操るキャラクターだが、少女が操る女性キャラクターに為す術もない。
「あ~あ」
おっかなびっくりの操作では、如何に相手の動きが見えていようとも、対応が出来なかった。
あっという間に負けてしまうと、向こうからヒョイと少女が顔を覗かせる。
「どうした? もう一回やってやっても良いぞ?」
挑発というよりも、寧ろせがむ様な声である。
仕方ないと、青年はゲーム機に小銭を投入していた。
✱
「あ~あ、負けた負けた」
連続でやられてしまった青年は、多少悔しげにそんな事を言う。
これが普段の戦いならば、全く逆なのだが、この日は青年の負けと言えた。
勝った少女だが、実にホクホクとした顔である。
何度となく負けているという彼女にすれば、青年に一矢報いたというのが嬉しいのだろう。
「なんだよお前、全っ然弱いんじゃん! ぐうの音も出ないだろ?」
勝ち誇る少女に、青年はグムムと唸る。
「あ、出た」
青年のぐうの音を聴いて、ケラケラと笑う。
せめてマトモな操作が出来れば少しは戦えたのだが、何せ店の物を壊せない。
別にゲームに負けたからと言っても、何か損をする訳ではない。
だが、このままでは正義の味方としての沽券に関わる。
「よう、そろそろなんか乗りに行こうか?」
「……ぐう」
今度は、逆に少女が唸る。
悪の大幹部と名乗る以上、正義の味方に背中を見せられない。
「あ、アレやろ、あれ」
目敏く少女がアレと指差したのは、パンチングマシーンであった。
特に難しい事はなく、起き上がる部位を殴る事で、パンチの重さを測る。
「あたし先な」
言い出しっぺだから、少女は先にお手本を見せると言う。
腕を組んで待つ青年の見ている前で、大幹部のパンチが炸裂していた。
「うりゃあ!」
ドカンと派手な音がして、計測された数値は【678KG!】と表示される。
小柄な体格の割には、重いパンチだったが、少女はいまいち納得していないらしい。
「うーん……本気じゃあないからなぁ」
少女が本気になると、体中から火が吹き出してしまう。
だからこそ、彼女成りの加減はしたのだろう。
「よし、次お前な!」
ハイとボクシングで使う様なグローブを渡される青年。
ソッと手に嵌めると、機械を見た。
殴る為の機械とは言え、とてもではないが本気は出せない。
もし出そうとすれば、機械は施設の壁をぶち破って飛んで行くか、この場にて爆散する。
仕方なく「これくらい……かなぁ」と、かなり遠慮して小突いた。
加減はしたが、ドゴンと鈍い音がして機械その物が揺れる。
目を丸くする少女の目には、軽く小突いた割には【508KG】と映る。
少女よりも控え目な数字であるが、それは遠慮有りだからだ。
もし青年が加減をしなければ、どうなるか解ったものではない。
「よ、まだやるのか?」
そんな声を掛けられて、少女はハッとなる。
「あ~、いや」
ゲームコーナーを散策する二人だが、記録に残された本日1位は、少女のモノであった、