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正義の味方、はじめました  作者: enforcer
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正義の本質


 時間が過ぎ、座敷机の上には何本もの空き瓶が立っていた。

 少し酔いが回ったのか、総統はネクタイを外して居る。

 

 向かいに座る青年だが、あいも変わらず飄々として居た。


 少し座った目で、正義の味方を睨む悪の総統。


「さけ、お強いんですねぇ」


 若干呂律が回っていないが、無理も無い。 

 正義の味方に負けまいと、総統も相当呑んだのだが、正義の味方は一向に酔った様子を見せる事が無かった。


 問われた青年は、鼻を鳴らす。


「いや、酔った気はすんだけどなぁ……」


 言う程には酔った様子が無い。


 アルコールとは何なのかと言えば、微弱な神経毒である。

 その効果に因って、アルコールが脳に到達した人は、軽い麻痺を酔いと呼ぶ。


 その意味で言うと、青年には酔いが無い。

 酔わないのではなく、酔えない。


 何故ならば、その身体には毒というモノが効果を示さないからだった。

 いくら飲んでも、胃に溜まるだけである。

 

「まぁ、気分だけでも……な」 

 

 残念そうな青年に、総統はフゥンと鼻を唸らせる。


「なんて言うか、便利そうですけどねぇ」

 

 堅苦しい雰囲気は何処へやら、砕けた印象の総統。

 そんな総統は、チラリと青年へと目を向けた。


「ところで、聞きたかったんですけど」

「お? なんだ、スリーサイズなら極秘だぜ?」


 茶化す青年にムッとしつつも、直ぐに顔を元へと戻す。


「なんで、私を助けたんですか?」


 酔った勢いに任せてか、総統は以前に青年が自分を助けた理由を知りたがった。

 大幹部達に付いては言われているが、総統は女性ではない。

 中性的かつ端正な顔立ちながらも、男性である。


 される質問に、青年は眉をヒョイと上げる。


「あぁ、それな……ま、簡単に言っちまえば、あんたが悪党でなく、ワルだからさ」

「前にもそれ、言われましたけど、どう違うんです?」 


 続く問いに、青年は首を傾げた。


「質問に質問で返しちゃ失礼なんだが、逆に聴くぜ? なんだってあんなデッカイので脅しなんか掛けたんだ?」


 青年の言うのは、以前に悪の組織が行った計画の一つ。

 超大型兵器にて、人類を脅かす。


 だが、そんな計画は正義の味方によって辛くも防がれてしまった。


「もしよ、本当に人間が邪魔だったとして、殺すだけなら簡単だろ? そうだな……神経ガスのドラム缶十本も空からばら撒けば、街一つぐらい簡単に落とせんだろうに」


 言いつつ、クイとグラスを呷る。


「いや、寧ろ脅しなんか掛けねーでサッサとボカスカ発電所やら道路にでも爆弾叩き込むべきだろうな……それだけだって、もう殆どの国は終わりさ」


 都市生活の維持に必要な命綱(ライフライン)

 電気、水道、ガス、通信、輸送。

 無理に人を殺傷せずとも、それらを断つだけでも、生活を維持するのは難しい。


 特に現代の生活に置いて、電気を止められた場合、それだけでも不便どころの騒ぎでは済まない。

 道路一本、電気一つ取っても、阿鼻叫喚が始まってしまう。

 

「……だってのに、なんだってあんな無駄な事をしてたんだ?」


 青年の問いに、総統は難しい顔を覗かせる。

 ムッとしているようにも見えるが、寧ろそれは苦悩と言えた。


 語っては居ないが、そんな後ろに見え隠れする本心が、青年には透けて見えていた。


「コレは、俺の勝手な妄想なんだけど……あんたは優しいんだよ」


 指摘された総統は、ハッとした様に青年を見る。

 指摘した方はと言えば、目を瞑って笑いながら煮込みをつまむ。


「たぶんさ、本気でやっちゃったら、人が困るよな……って、思っちまうんだろうな。

 だから、やろうとすれば出来る癖に、手が止まる」


 笑ってこそいても、それは総統を馬鹿にしては居ない。

 何処かで聴いた面白い話が頭に浮かび、思い出し笑いをして居る様であった。


「ワルじゃないホンモンの悪党なんてのはさ、表になんか出て来ないって。 そうだな、今頃もコソコソコソコソ、他人の後ろに隠れてな、人の事なんか無視して狡い真似しながら血眼に成って銭掻き集めてるだけだろうよ」


 青年は、(ワル)と悪党に付いての自分なりの解釈を語る。


 悪の組織としての評価が良いのか悪いのか、総統にすれば解らない。

 ただ、ふと疑問も湧いてくる。


「では、もし私が貴方の言う本物の悪党だったら、どうするんです?」


 試す様な声に、青年はトンとグラスを置いた。

 スッと顔を上げると、真摯な目で総統を見る。


「ん? あんたがもし悪党だったら? あの場で挽肉(ミンチ)にしてたよ」


 冗談にも聴こえるが、それは決して冗談ではない。

 青年がしようとすれば、それは可能であった。


 泥酔していた筈の総統だが、こめかみ辺りに冷たいモノを感じる。


 総統が悪に成りきれないワルだったからこそ、青年は彼と大幹部達を助けていた。

 逆に言えば、文句の付けようが無い悪党だった場合、悪の組織はあの場で皆殺しだった事になる。


「……ジョークにしては、面白くはないですよね」

「そうか? でも、あんたは生きてるだろ?」


 悪の組織は死なないどころか、正義の味方と組んで居た。


「あ、でも、そう言えば、どうしてこんな事を提案したんです?」


 話を変えるべく、総統は別の話題を振る。

 すると、青年は空いたグラスに中身を注ぎつつ、ウーンと唸った。


「どうして? んまぁ、簡単に言えば、あんた等の前にもさ、色々と居たんだよ。

 悪党がね」


 言いながら、青年の脳裏には過去に屠った者達が思い返される。

 倒した来た誰もが、それぞれに思想信条は持っていたのだろう。

 ただ、もはや居ない者にそれを問う事は出来ない。


「次から次に、ポコポコ湧いて来てな……あれって、気付いたんだわ」

「何にです?」


 何かの気付きが在ったと言う青年に、総統はソレを問う。


「卵が先か、鶏が先かって奴さ。 悪党が居るから、正義の味方が出て来るのか? 

 俺は違うと思うんだよ」


 グラスの中身グッと呷る訳だが、やはり青年は酔えない。


「実際は逆だよな? 化け物が居るから、ソレを倒そうとする奴が出て来るんじゃあないかってね。 でだ、どんだけ倒した所で、次から次へと出て来ちまうってんなら、どっかで誰かが止めなきゃな? きりがねぇだろ」

 

 青年は、正義の味方とも悪の組織とも言わず、ただ化け物と形容した。

 

 対峙したからこそ、ソレは総統にも解る。


 正義の味方にせよ悪の大幹部にせよ、もしポンと其処に居たらどうかと言えば、ソレは単なる怪物に他ならない。


 人知を遥かに超えた力は、普通に暮らすには有り余ってしまう。

 有り余る力にもそれなりには使い道は無くはないが、果たして、それだけで我慢出来るのかと言えば難しい。


 真っ正直に生きるというのも有りだが、どうせなら、その力で何かをしたくなるのが人情であった。

 事実、総統はそうして居た。


「俺だってよ、こう思う時も在るんだよ? 

 あ~めんどくせぇ、その辺の街、更地に変えちまおうかなぁ……ってさ」


 本気なのか冗談なのか、何方にせよ、青年にはそれが可能である。

 無尽蔵の力を思う存分に振り回し、大型の怪獣の如く破壊して回る。


 そんな想像に、総統は思わず唾を飲んでいた。


「でも、そんな事はしてませんよね?」


 事実として、青年は力を誇示しては居ない。

 寧ろ、使うべき時とそうでない時は分けていた。


「そらよ、なーんも無くなったとして、其処で何すんだ?  だーれも居ない。 美味いものも無けりゃ見る物も無い。 そんなもん、何が面白いかねぇ」


 気の向くままに、破壊の限りを尽くす。

 その結果が見たければ、宇宙にはそんな超空洞(グレートヴォイド)と呼ばれる何も無い空間も在った。

 

 暫くの間、二人の間に会話は無かった。

 それぞれが、それぞれに思う事もある。


 そんな中、先に口を開いたのは、総統だった。


「……あ、そう言えば、お仲間の二人は?」

 

 巨大兵器を破壊した際、青年は二人の男女を伴って居た。

 悪の組織と戦ったのは青年だが、兵器自体を破壊したのはその二人である。

 

 総統にすれば、目の前の青年よりも、そちらの二人の方が気掛かりと言える。


 平然と悪の組織と手を結んでしまう青年に比べて、他の二人は、正にバカ正直な正義の味方と言えた。


 総統の心配を他所(よそ)に、問われた青年はハッと鼻で笑う。


「あぁあぁ、彼奴等な、ま、今頃どっかで、ハネムーンでも決めてんじゃあないか?」


 なんと、悪の巨大兵器を破壊した正義の味方二人は、新婚旅行をしているという。

 それには、総統も面食らっていた。


「え? しんこんりょこう?」

 

 信じられないという顔。


「だってよ、この前出掛ける前に、こんな事言っててな……」

 

 スッと息を吸うと、青年は顔を変える。

 どうやら、なるべく似せたつもりなのだろうが、顔の造りまでは変えられない。


「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……だったかな?」


 聞く者が聞けば、バリバリの【死亡フラグ】と言えた。

 事実として、もしも青年が居なかったなら、あの二人は突入の際に死んでいただろう。


 結果から言えば、二人は辛くも兵器を破壊した後、青年を置いてとっとと自分達だけで脱出を果たしている。

 世間に置いても、兵器を壊した二人を英雄と見る向きは多い。 


 往々にして、目立つ者には人は気を向けるが、逆に目立たない者には気付かない。


 その意味で言えば、逆に青年はやり易くも在った。

 何せ、悪の組織と結託し、マッチポンプを仕掛けても誰もが気付いても居ない。


 更に、其処の総統と居酒屋にて酒を飲んでいたとしても。


「ま、だからさ、当分は帰ってこねぇと思うよ? 今頃まぁ、しっぽりと仲良くしてんじゃあないかなぁ」


 正義の味方と呼ばれる割には、余りに杜撰と言えなくもない。

 だからか、総統は唸る。


「良いんですかね、正義の味方がそれで」

  

 悪の組織に心配される時点で正義の味方失格の様な気もするが、青年は大して気にした風は無かった。


「そんなもんだろ? 正義の味方なんてさ。 どいつもこいつも、何かが起こってからじゃないと役に立たない怪物の癖に、自分の気分が向かなきゃ戦わない。 そんなもんさ」


 強きを挫き、弱きを助け、多くは求めない、と言うのは昔の格言である。

 そんな言葉を思い出した総統は、青年を見ていた。


 ある意味、それが出来るのは、真に欲目が無い者だけである。

 ただ、目の前の正義の味方は、あまりやる気が感じられなかった。


   ✱


 暫くの後、二人の青年が居酒屋から出て来る。


「良いのかい? ご馳走に成っちまって」

「まぁ、それぐらいは命の恩って事で」

 

 総統の声に、青年はふぅんと鼻を鳴らすと、背を向けてしまう。 


「んじゃ、また次の仕事ん時は呼んでくれな」


 颯爽と言うよりは、ゆったりと去っていく青年。

 そんな後ろ姿に、総統はやれやれと首を横へと振っていた。


「平然と敵に背中を見せてしまう。 それだけ信頼されているのか、それとも、敵だなんて見てもらえて居ないのか、どっちですかね」


 総統の吐いた疑問は、誰に聞かれるでもなく空気に混じって消えた。

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