火の無き所に煙は立たず
悪の組織が操る巨大兵器が破壊されて、暫く後。
世界を恐怖に陥れた兵器は、確かに爆散した。
さて、それで世界が平和になるかと言えばそうでもなかった。
何故かと言えば、別に悪の組織は滅んでいない。
とある国のとある街では、何とも言えない光景が広がっていた。
世界征服を企む悪の組織が、凝りもせずに巨大兵器に続いて放った刺客。
それは、なんと大型の人型ロボットである。
実用性がド外視された派手な意匠は、如何なる意味があるのか。
外観こそは派手なロボットだが、その動きはどうにもぎこち無い。
敢えて表現するならば、本来すべき事をせずに無理矢理に動いている、という風だった。
とは言え、十メートルを遥かに越えるロボットが闊歩していれば、街の人間は大パニックである。
半狂乱にあっちこっちに走り回る人々を見下ろす形で、ロボットの肩には派手な炎柄のパーカーを着た何者かが立っていた。
派手な色の髪の毛は見えているが、顔は一応は仮面にて隠されている。
そんな目立つ誰かは、バッと腕を前へと伸ばしていた。
「行け!! 都市破壊用ロボ!」
身も蓋も無い名前だが、一応は指示には従うらしい。
ドデカイロボットが、停まってる車を避けてえっちらおっちら歩く度に、道路には大きな足跡が穿たれていた。
このままでは、街の道路は穴ぼこだらけにされてしまいかねない。
それでは、車が通れずに街の人が困ってしまう。
そんな中、スッと現れる者が居た。
衣服は何処かで買ったらしい作業服に、顔を覆面で覆い隠す誰か。
顔を隠している以上、誰だが判別するのは難しいかも知れない。
とは言え、ロボットの肩に乗る悪の幹部は、それが誰なのかを知っていた。
「やっと出て来た! この野郎!」
叫ぶ声は怒っている様でも在りながら、同時に嬉しそうでもある。
それが何故なのか、本人にしか解らない。
甲高い声に、覆面は首を軽く横へと振った。
「わけぇお嬢さんが、この野郎なんて言うもんじゃあないぞ?」
覆面にすれば、巨大なロボットとそれに随伴する幹部を気にした様子は無い。
それどころか、少女の将来を心配して居た。
「るさい! こないだとは違うよ!」
「そうかなぁ? この前は幹部四人が総出だったろうに……」
多勢に無勢という言葉は在るが、覆面に取ってはどうと言うこともない。
寧ろ、今回は少女が一人しか来ていなかった。
仮面の下から、舌打ちが漏れる。
「……っ……バカにして! あんたなんざ、あたし一人でやってやるってんだ!」
そう言うと、少女はロボットの肩から平然と飛び降りる。
見ている分には、投身自殺さながらだが、少女は少女で普通でもない。
全身に炎を纏うと、その場から姿を消す。
直後、覆面の背後に火柱が立った。
「オラァ!!」
「……おっと」
覆面は僅かに声を漏らすと、お辞儀をする様に腰を折った。
直様、頭が本来在った場所へと火を纏う蹴りが空を切る。
「ちぃ!?」
必殺の蹴りを外した事が余程予想外だったからか、バク転にて距離を離す少女。
その間に、覆面は振り返っていた。
「残念だったなぁ……折角の新技だったのに。 でもよ、声を出したら背後に居るのが丸わかりだぞ?」
背後からの奇襲を仕掛けるならば、声は出すべきではない。
今から私は攻撃します、と言っては、その意味が無かった。
敢えてそうしたのは、少女の性格なのかも知れない。
「いっつも……上から目線で偉そうに!」
仮面にて顔は隠されては居るが、その裏は覆面には想像が出来てしまう。
怒った猫の如く、全身の毛を逆立て、牙を剥く様が。
だからか、急に覆面はペコリと頭を下げていた。
まるで工事現場の看板並みに丁寧なお辞儀。
「御迷惑お掛けてしてしまい、申し訳ございません」
「うぇっ!?」
虚を突かれた様に、少女の動きがビタリと止まる。
殺し合いの最中だと言うのに、覆面は丁寧な謝罪を繰り出す。
「な、何なんだよ、急に!?」
戸惑いを隠さない声に、覆面は折っていた腰を戻す。
「え? いや、だって、上から目線は良くないって言うからさ。 とりあえず謝って見たんだけど」
決して馬鹿にして居る訳ではない。
だが、相手の声が癪に障ったからか、少女は片足を上げて、それを勢いよく下ろす。
ドンという音と共に、火が舞った。
「どこまでも……馬鹿にしてぇ!!」
怒りを隠さず、覆面へと向かう大幹部。
果たして勝負の行方は。
✱
十分ほどが過ぎた頃。
「覚えてろ! コノヤロー……」
大幹部である少女が、そんな言葉を残しつつ何処かへと飛ばされる。
見る者が見れば、空にキラリと輝く星が見えたであろう。
さて、悪の組織が派遣したロボットだが、とっくに覆面によって倒されてしまい、無惨な残骸が街には転がっていた。
そんな光景を見て、街の人がどうしたのかと言えば、歓声が挙がる。
それぞれ口々に、ワーキャーと何かを言うが、悪を倒したであろう正義の味方は、ロボットの残骸の上で腕を組んでいた。
歓声を聞いているのかと言えば、そうではない。
覆面は、掛かってくる筈の電話を待っている。
程なく、作業服に入れて置いたスマートフォンが鳴り響いた。
「はいもしもし? あ、振り込まれた? そっすか、じゃあまた後で」
そんな通話は、当たり前だが周りには、聴こえていない。
通話を終えると、持っていたモノをポケットへとしまい込み、その場からサッと立ち去る。
後に残された残骸は、片付けるのには手間が掛かるだろう。
ただ、そんな事を気にする正義の味方など居なかった。
✱
悪の組織と正義の味方が激しい戦いを終えたその夜。
現場から遠く離れたとある居酒屋の前に、一台の高級車が止まる。
後部座席から降り立ったのは、背広に着替えた悪の総統。
派手な衣装を着ていなければ、総統は端正な顔立ちの青年でしかない。
運転席の窓をコンコンと叩くと、それが合図なのか車は総統を置いて走り去ってしまう。
人通りが余り無いとはいえ、路上駐車を避ける為なのだろう。
サングラスを外すと、総統は居酒屋の縄暖簾を潜り、戸を開いた。
「らっしゃっせー」
中はそう広くない。
座席が十席程度に、お座敷が幾つか。
数人の客は居たが、総統の目的の人物は、奥のお座敷に居た。
先に待っていたであろう人物は、作業服に身を包み、如何にも仕事上がりという風情である。
そんな青年は、総統の顔を見るなり、持っていたグラスを上げた。
「よう、こっちこっち」
まるで、待ち合わせの様でもあるが、実はその通りである。
総統にしても、声を掛けたであろう者が誰なのか、知っていた。
コツンコツンと革靴の音を立てながら、奥の座敷へと向かうと、靴を脱いで上がる。
「どうも、お待たせした様で」
悪の組織の総統とは思えない声に、向かいに座る青年は軽く笑った。
「いんやぁ、独りで呑んでたからなぁ、構わんさ」
他の客や店の者にすれば、作業服姿の青年と背広姿の青年が席を共にしているとしか見えない。
ただ、実際は悪の総統と正義の味方が、席を共にしていた。
✱
「あい、煮込みにやっこ、お待ちどう」
そんな声と共に、総統の前には店自慢のモツ煮込みと冷奴が置かれる。
特に凝った料理ではないが、煮込みの独特な香りは食欲を掻き立て、白い豆腐に盛られた薬味は涼しげで在った。
空のグラスに、ビールが注がれる。
それをしたのは、正義の味方であった。
「あれ? もしかして、総統様はシャンペンとかワインの方が良かったか?」
勝手に注いで置いて、困った様に眉を寄せる青年に、総統はグラスを手に取っていた。
「いえ、お構いなく」
「そっかぁ、そんじゃまぁ」
二人の青年が、それぞれに持ったグラスを軽く当てた。
チンと澄んだ音が響く。
「「乾杯」」
ほんの数時間前には、戦った筈の悪の組織と正義の味方。
そんな二人が何故に居酒屋にて会合を果たすのか。
特別に凝った理由は無い。
極単純に、二人が仕事上がりだからである。
グッと一気にグラスを空にすると、青年は息を吐く。
「いんやぁ、仕事の後の一杯は良いねぇ」
そんな感想に、総統は苦味笑いを浮かべていた。
チビリと口を潤す程度には飲むが、一気にではない。
だからか、青年は鼻をウンと鳴らす。
「あれ? やっぱビールはお嫌い?」
問われた総統は、小さく首を横へと振る。
「いえ、そうではなく、これで良いのかと……」
世界征服を企む悪の組織の総統にすれば、今やっている事に意義が在るのか疑問であった。
端正な顔を歪めるからか、向かいの青年はハッとした様に顔を変える。
「あ! そういや、ぶん投げちまったけど、アイツは大丈夫だったか?」
唐突に、青年は自分が何処かへと放り投げた大幹部の事を思い出す。
問われた総統は、ハハと笑って見せた。
「あぁ、あの子なら大丈夫ですよ、ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「基地に帰って来た時には、物凄く悔しげにしてましたよ」
青年が天高く放り投げた少女の安否だが、問題無いという。
総統が嘘を付く理由も無いことから、青年はホッとしたようにグラスを傾けた。
「まあ、大丈夫なら良いんだけどよ」
敵である大幹部の心配をする青年に、総統は複雑な顔を見せる。
「ところで、今回の正義の味方代金は、ハチニで良いんだろ?」
「解ってますよ。 ただ、本当に2でいいんですか?」
総統の口振りから解る通り、正義の味方の取り分は2で、悪の組織は残りの8を取るという。
それに対して、青年は怒るどころかグラスにビールを注ぐ。
「良いも何も、そっちが多め取らなきゃな。 大変だろうが?」
組織を運営するのが如何に大変か、それは青年にも解っていた。
人が多くなればなるほど、何やかやと金が掛かる。
食事もさせねば成らず、賃金も出さねば誰もが嫌がるだろう。
更に言えば、悪の計画を実行するのも、無料とは行かない。
此処で解るのは、正義の味方である筈の青年は、悪の組織とつるんで世界へ向けた壮大なマッチポンプを仕掛けて居るという事だった。
火が無いならば、点ければ良いのだ。
悪の組織が火を点ける役を担い、正義の味方がソレを消して見せる。
もしも人々がそれを知ったなら、怒り狂うかも知れない。
だが、誰もが正義の味方と悪の総統が、場末の居酒屋で酒を酌み交わしているという事には気付きもして居なかった。