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正義の味方、はじめました  作者: enforcer
3/30

見えない努力


 警告音が鳴り響く兵器の中を、疾走する影が在った。

 余りに速すぎる為に、残像しか見えない。


 ただ、唐突に覆面は足を止める。


 速度が速過ぎたせいか、まるでタイヤ痕の如く跡と甲高い音が鳴っていた。


「やっべ……どっちだ?」


 意気揚々と乗り込んだは良いが、内部の構造など知る筈も無い。

 其処で、覆面は担いだままの総統の尻をペチペチと叩いた。


「おい! 起きろ! おーい!」


 そんな声に、ぐったりとした総統からは呻きが漏れる。


「どっかに脱出用の……あ~、ぽっど? ふね? もう何でも良いからなんかねぇのか?」


 覆面にすれば、例え身一つで大気圏に突入しても、生還自信は在った。

 ただし、そんな事をすれば総統は黒焦げでは済まず、蒸発するだろう。


「どうして…」

「はぁ?」

「何故、私を助けるんです?」

「んなもん後だ後! なんかねぇのか!」


 覆面の急かす声に、総統は顔をあげた。


「もう少し……先に」

「もうちょい? オッケイ」


 ヒョイと片脚上げると、それを振り出す勢いで走り出す。

 その加速度は、担がれた総統が今一度気を失う程だった。

 

   ✱

 

 総統の声に嘘は無かった。

 覆面の目にも【脱出用】という文字が見える。


 幾つか在る内の一つが無くなっていたが、ソレは気にすべきことではない。


 近付くと、開いている其処へと総統を投げ込む。

 相手も一応は悪の総統である以上、多少は頑丈だという事から配慮に欠けていた。


「よっしゃあ、そんじゃあまぁ、とっとと……」

 

 後は逃げ出すだけなのだが、ふと覆面はある事を思い出す。


「あ、やべ」


 問題として、何処かで誰かが倒れていたならどうなるか。

 地上ならば周りの人が救急車を呼んでくれるかも知れない。

  

 では宇宙にある悪の組織の巨大兵器の中ではどうかと言えば、電話したところで救急車は来ない。


「たくよぅ!」


 脱出せずに、また走り出す覆面。

 何故にかと言えば、自分が倒してしまった大幹部達を忘れていた。

 

 下手をすれば、数時間は気絶して居るかも知れない。

 このままでは大幹部達は兵器と共に木っ端微塵である。

 

 本来ならば、仮に見捨てた所で何も言われないが、覆面は慌てて大幹部達を回収に向かっていた。


 ただ、覆面が如何に急ごうとも、時間は無情に過ぎていく。

 それを告げる様に、音声が危険を叫んでいた。


『動力炉が危険な状態です! 搭乗員は速やかに退避してください!』


 いつ爆発してもおかしくはないが、後どれ位という表現が無い。

 その事からか、四人もの大幹部を抱えた覆面は声を荒らげていた。


「危ないなんて解ってんすけどねぇ!!」


 勢いを殺しつつ、脱出艇へと乗り込む。

 流石に減速無しに突っ込んでは、担いでいた四人がバラバラになり兼ねない。


 何とか全員を運び終えた所で、覆面は中を見渡すと、なんと赤くチカチカと光るボタンを見つける事が出来た。


「コレか!」


 バンと叩くと、開いていた出入り口がスッと閉まる。

 瞬き程の時間を置いて、脱出艇は動き出していた。


   ✱

   

 巨大な兵器の一部から、煙と共に小さな脱出艇が飛び出すが、あまりの大きさの差から、ほぼ目立たない。


 兎も角も、脱出を果たした艇の内部では、覆面と共に5人もの人間が乗り込んでいた。


 そんな中でも、意識を保っているのは総統と覆面だけである。

 急激な加速度にも関わらず、二人は顔を見合わせていた。


「やはり……不思議な人だ、何故彼女達を?」


 ガタガタと凄まじい振動は在るのだが、さして気にした様子が無い覆面は、フンと息を吐いていた。


「あん? 何も死ぬこたぁねぇだろ?」

「しかし、我々は悪の組織ですが?」


 総統の疑問に、覆面からは軽い笑いが漏れる。 


「どうだかなぁ? 俺からすれば、あんたら悪党っつーよりも、ワルって気がするけどなあ」

 

 悪の組織に対する自分の印象を明かす覆面。

 だが、その言葉だけでは、総統の疑問は解消されない。


「それは、どういう……」


 総統の声に覆面が答える前に、5人を乗せた脱出艇は、大気圏へと突入し火に包まれていた。


   ✱


 衛星軌道上の巨大な兵器は、本来の役目を果たす前に爆散する。

 ソレは、ある意味世界で一番大きな花火であった。


 対して、真っ黒に焼け焦げた脱出艇は、何処かの海へと墜ちる。

 大きな水柱を跳ね上げつつも、形は保たれていた。


 地球へと無事に帰還を果たした脱出艇。

 そんな出入り口が、ドカンと音を立てて飛ばされる。

 

 開けるのが面倒だったのか、覆面が中から蹴り開けていた。


 ヌッと身を乗り出すと、外を眺める。


「うーん……見渡す限り、大海原ってな」


 そう言うと、覆面はチラリと後ろを振り返る。 

 まだ意識を取り戻しては居ないが、そんな大幹部達を介抱する総統。


「んじゃあ、まぁ、さっきの話、考えて置いてくれよ?」


 そう言う覆面に、総統は顔を向けると目を丸くした。


「此処から泳ぐつもりですか? 陸までどれだけ在ると」

「あ~、別にソレは良いんだ。 それよりも、そっちのお嬢さん達が目を覚ましたら、面倒臭い事になるだろ? そうなる前に、俺様は退散させてもらうぜ……っと!」

 

 別れの挨拶とも呼べない言葉を残すと、覆面はパッと脱出艇から跳び出す。

 総統からは泳ぐ気かと問われたが、別にそんなつもりは無い。

 

 水面を走る事が出来るのか言えば、物理的には可能である。

 バジリスクという蜥蜴は、1秒間に8回も水面を蹴る事で、水上歩行を可能にしていた。


 但し、それは軽い蜥蜴だからの話である。


 では、覆面はどうかと言えば、一蹴りの勢いが違った。 

 ドンと水面を蹴る度に、機雷でも爆発した様な水柱を跳ね上げながら、水上を走って行く。

 

 そんな光景に、総統は唖然とさせられた。


「あんな怪物に、勝てる者は居るんですかね……」


 負けたからこそ解る、覆面の異様な迄の強さ。

 怪物振りをまざまざと見せ付けられ、総統は息を吐いていた。


   ✱


 何処かの島。


 其処には、偶々船で漁をしていた老人が網を引く訳だが、ふと老人は何かに気づいた。

 

 遠くから、派手にブチ上がる水柱。

 よくよく目を凝らせば、水上を駆けてくる者が居る。


 実に非日常的な光景にポカンと口を開ける老人だったが、水の上を走っていたであろう人物は、ドンと大きめに跳ぶと、船の上へと降り立った。


 腰を曲げ、膝に手を付き、息を荒くする。

 傍目には何処かで全力疾走でもして来た様だが、間違っては居ない。

 ただ、走って来たのが海面である。


「あんれまぁ、あーた、水の上走ってたんか?」

「え? あ~、まぁ、そっすね」


 ハァハァと肩で息をして居るが、老人にして見れば実に相手は怪しく見えていた。

 そんな覆面で顔を覆い隠す人物は、ふと顔を上げる。


「あー、すんませんけど、日本って……どっちですかね?」


 まるで道を尋ねる様な口振りにて、そんな事を聴いてくる。

 老人にすれば、何を聞かれて居るのか疑いたく成った。


「ニッポン? ずーっと北東の方だけんども?」


 地球の地理に付いて言えば、世界地図程度は見た事は在った。

 その意味で言えば、老人は別に嘘は付いていない。


 ただ、正確な距離に付いては知ろうともして居なかった。


「北東かぁ……じゃあ、まだ掛かるなぁ」


 まるでコレから歩いていくとでも言わんばかりの覆面だが、流石に疲れていた。


 既に数百キロは海面を走っている。

 それで疲れない方がどうかしているだろう。

 

 早速行くべきか迷う覆面だったが、偶々老人が聴いていたらしいラジオの音に気付いても居た。

 古めかしいラジオからは、雑音混じりの歓声が聴こえる。


『……皆様! ご覧いただけましたか!? あの空に浮いていた要塞が木っ端微塵に爆散したのです!』


 どうやら、先程起こった爆発は目立っていたらしい。

 

『お! 今、世界を救った救世主が、降り立った様です!』


 ラジオからは救世主の帰還を告げる声が響く。

 そんな声に、老人をハハァと声を出していた。


「はぇ~、世の中にゃあ、偉い人が居るもんだなぁ」


 全く関係が無かった老人にすれば、何が起こっているのかは知る由もない。

 ただ、聞こえた事への感想を漏らすのみ。


 ただ、同じ船の上でそれを聴いていた覆面はと言えば、ストンと腰を落として座り込んでいた。


「お? 兄ちゃん? どした急に?」


 心配そうな老人に、覆面は顔を覆う布を取り去る。


「いや、なんか、疲れました」

「そらそうだろ、どうやってた知らんけんども、海の上なんぞ走ったら、そら疲れるわなぁ」

「はは、そっすねぇ……」


 老人の気遣いに、青年は乾いた笑いを漏らす。

 疲れたと言えばそうなのだが、その疲れは実は直ぐに消えていた。


 無尽蔵の力が在るからこそ、身体の疲れは無い。

 それでも座り込んでしまったのは、精神が疲れ果てたからだった。


 確かに、自分達正義の味方は、悪の組織を倒しはした。

 ただ、方法として青年の仲間二人は、組織と戦うのではなく、敵の巨大兵器を中から壊す事で達成しようとしていた。


 問題なのは、それをする前に一切の連絡が無かった事である。

 青年には何も言わず、動力炉を壊して自分達だけサッサと脱出したであろう二人。


 そんな二人だが、地球を救った者として称賛を受けている。

 其処には、覆面で顔を隠した青年の活躍に対する言葉は無い。


 その事が、青年に脱力感を与えていた。


 真っ青な空の下、青年は鼻を鳴らす。


「ばっかくせぇよな、正義の味方なんざ、やるもんじゃあねぇや」


 手柄わ取られたからの愚痴ではない。

 見えない努力は報われないという事への想いだった。

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