化け物と化け物
「テメェ!! 何考えてやがんだ!?」
ナオトは周りの被害など一切合切を考慮していなかった。
そんな事をすればどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。
好き放題に技を放てば、街には被害が出てしまう。
そして其処が何らかの舞台装置でない限り、其処には当然の様に人が居る。
ダンと強く建物の壁を蹴って、跳び上がる青年に、空中のナオトは高らかに笑った。
「何がだよ? 正義の味方は悪もん倒すのが仕事だぜ? そうだろう?」
青年と総統がやっている事は、ある意味詐欺であった。
わざと悪の組織をけし掛けて、撃退する代わりに金銭を要求する。
それは、決して真っ当な商売ではない。
とは言え、今までは人的被害を出したことは無かった。
あくまでも、演技なのだから、死傷者を望んでいる訳ではない。
だが、正義の味方を自称するナオトはソレを平然とやっていた。
「ふざけんな、ボケが!」
以前ならば手加減を心掛けた青年も、今はそれを敢えて忘れる。
振り被った拳を、躊躇無くかつての仲間へと打ち込んだ。
周りの空気が弾けると同時に、ナオトの身体が弾丸の如く飛ぶ。
ドンと音を立てて、姿を消すのを、青年は見ていた。
程なく、地面へと降り立つ青年に、カエデとアヤが駆け寄って来る。
「なぁおい! アイツは? やったのかよ?」
結果を尋ねるカエデだが、覆面に隠された青年の顔色は冴えない。
以前のナオトならば、青年が本気で殴った時点でその身体を貫けた筈である。
だが、その結果は殴った本人が一番良く知っていた。
何も言おうとしない青年の代わりに、穿たれた穴からは人影が現れる。
それはナオトには間違い無いのだが、腕や脚、首までもがおかしな方へと曲がっていた。
明らかな致命傷にも関わらず、立っている。
「いってぇなぁ……やっぱり、お前はバケモンだわ」
辛うじて繋がっている首をからは、そんな笑いが響く。
まだマトモな腕で、グイと首を持ち上げると、首の辺りが発光していた。
「アレは……」
思わず、青年はそう漏らす。
回復する力は、本来はリアのモノの筈だった。
どうしたのかは知らないが、ナオトが平然とそれを用いている。
見る見る内に復元されていく肉体。
ソレは、青年の中にある言葉を浮かばせた。
【誰かを倒せば、より強い者が現れ、其処には終わりが無い】と。
全力で殴ったにも関わらず、ナオトはまだ生きている。
それどころか、壊れた肉体を直してすら見せた。
それはつまり、どんなやり方にせよ、ナオトはリアを喰ったという事になる。
「よっしゃ、それじゃ、第2ラウンドと行こうか?」
実に余裕綽々な様は、かつての青年を想わせる。
それはまだ、人食いの化け物だった頃の自分。
青年の横では、アヤとカエデが既に身構えていた。
そんな二人を、青年は死なせたくない。
かつての仲間が化け物へと変わったなら、止められるのもまた、化け物だけである。
地面を抉る程に蹴りつけ、前へと出る。
本来ならば其処までの全力疾走はすべきではないのだが、形振り構っている時ではない。
「はっ……地味な野郎だ」
凄まじい動きを見せる青年に対して、ナオトはそう感想を漏らす。
特に目立った事は出来ないが、青年もまた怪物であった。
走る速度、跳び上がる高さは、人のソレではない。
正しく、人の皮を被った怪獣である。
「いっ……けぇ!」
ブンと片手を振るって、雷を投げ付ける。
✱
壁を用いた三角跳びにて、青年は雷を避けるのだが、ナオトの放った雷は建物を容易に打ち崩してしまう。
そうなるとどうなるのか。
まだ下には右往左往と逃げ回る人も多いが、其処へと瓦礫が降り注ぐ。
小石程度ならばまだしも、ある程度の塊ともなれば、防げるモノではない。
「ヒィ……」
必死に頭を抱えて、うずくまる。
だが、ドカンと音がするだけで、瓦礫は降って来なかった。
恐る恐る顔を上げれば、其処には燃える様な少女。
落ち来る瓦礫を、カエデの炎が砕いていた。
「あ、あんたは……なんで」
奇妙な話である。
本来ならば、世界征服計画を実行中の筈の大幹部が、人助けをしていた。
「おら! 邪魔だからサッサと失せな!」
そう言うと、カエデはうずくまる人の尻を蹴飛ばす事で立たせる。
多少乱暴かも知れないが、命を失うよりもマシであった。
逃げ去る人の背中を見ながら、カエデはフゥと息を吐く。
「うっわ……めんどくさ」
悪の組織の場合は、本来ならば被害を考慮する必要は無かった。
だが、いざそれを考慮しながらとなると、途端に面倒が増える。
それを実感してか、カエデはナオトへと向かう青年を見た。
「アイツは……ずっとこれ独りでやってたんだ……」
暴れ回る悪の組織と正義の味方の間では、覆面の青年が忙しそうに走り回っていたのを見た事ある。
そしていざ自分がそれをやると、その大変さが身に沁みた。
力を持つ者が周りを気にするという事は、それ程に煩わしい。
「……そうね」
いつの間にか近寄っていたアヤも、正義の味方と戦っていた時を忘れては居ない。
目立たないだけで、青年が彼方此方へと必死に動き回る。
今更に成って、その意味を知った。
「それよりも、助けないと」
「解ってる!」
アヤとカエデはお互いに声を掛け合い、青年を追った。
✱
「いい加減にしろ! このバカ野郎!」
周りへの被害など、一切考慮しないナオトへと罵声を飛ばす。
同時に、自分の身体を弾丸として飛ぶ。
だが、当たる前にヒラリと躱された。
「おっと、あっぶね」
実に軽いナオトだが、言うほどに顔には焦りが無かった。
寧ろ、新しい力を愉しんでいる節すらある。
建物の壁に張り付く青年。
どうやって張り付くのかと言えば、壁に少し穴を穿つ事でソレを支えにしていた。
「こんの野郎」
唸る青年を見て、ナオトは軽く笑う。
「お前さ、そうやってると虫みたいだよな?」
安い挑発には別に怒る青年ではないのだが、怒ってもいた。
既に被害を出ている。
その一因は、青年にも自覚は在った。
もしも、青年と総統が【正義の味方ごっこ】をしなければ、死なずに済んだ筈である。
だからこそ、今すぐにでもナオトを止めねば成らないという自覚も在った。
「上等だ! この場で終わりにしてやるよ!」
何としても、かつての仲間を倒さねば成らない。
そう思い動く青年なのだが、問題がある。
頭に血が登り過ぎて、細かい事を忘れていた。
常識外の力を持つ青年なのだが、他には何も無い。
一度空中へと出てしまうと、軌道が変えられないのだ。
そして、それは飛び道具を持っている者にすれば、絶好の標的と言える。
「バカの一つ覚え……ってな!」
飛び掛かって来る青年目掛けて、雷が放たれる。
青年もまた、慌てて腕で身体を庇うが、その雷は槍の如く青年を撃ち抜いた。
電撃とは、其処には実体が無い。
銃弾ならば弾けても、雷はそうは行かなかった。
最初の雷にも弾かれたが、今度もやはり青年は弾かれてしまう。
「……んが!?」
威力が増したからか、青年は全身の痺れに呻いた。
そして、当然の様にそんな隙きをナオトも見逃さない。
「お前は甘いかも知れねぇけど、俺は違うぜ?」
身体の痺れが抜け切らない青年に、ナオトが肉薄する。
今までならば、如何なる攻撃にもびくともしなかった青年も、流石に目を剥いた。
青年はナオトに情けを掛けて命までは取ろうとはしなかった。
但し、だからといって相手がそれをしないかと言えば、それは違う。
寧ろ、復讐を果さんとトドメを刺しに来る。
「死ぃ……っと!?」
ナオトが剣を突き出そうとした途端、大きな火の玉が割って入った。
慌てて避けたからこそ、青年は死んでいない。
では、誰が邪魔をしたのかと言えば、カエデだった。
「誰がやらせるか!」
もはや悪の組織や正義の味方といった事を考慮している場合ではない。
陣営がどうだ、仕事だどうだといった事などかなぐり捨てて、カエデは青年を助けようと動く。
ダンと跳び上がるカエデの横では、力無く青年が落ちて行く。
二人はすれ違うが、僅かに目は合っていた。
少女の目は実に力強く【任せろ】と言っている様に見える。
何とかしようとするも、落ちて行く青年。
地面に当たるかと言えば、そんな衝撃が来ない。
何事かと見てみれば、アヤが青年を受け止めていた。
「アヤ……さん」
痺れが薄れた事から、何とか声を出す。
青年に名を呼ばれたアヤだが、その顔には安堵が在った。
「良かった。 でも、大丈夫?」
「なんとか……もうちょいすれば、痺れが取れそうっす」
「そう、でも、少しは休んで」
青年を気遣うものの、アヤもいつまでもそうはして居られない。
カエデ一人では、今の正義の味方を相手にするには不利に過ぎる。
青年を横たえるなり、アヤもカエデを追って跳んだ。
大幹部二人も凄まじい力を持っては居るが、果たして今のナオト相手に勝てるかと言えば、難しい。
以前の戦いに置いては、青年は四人の大幹部を向こうに回していた。
その半分の人数では、より不利である。
「んぐぁ……くっそ……こんなもんで……動け、動けってんだよ!!」
死物狂いで力を込めると、青年の手が動き出し、拳を握り直していた。




