正義の味方と悪の組織
四人の大幹部の正式名称は、当たり前だが在る。
炎を操るファイヤーガール。
影を操るシャドーレディ。
氷を操るアイスウーマン。
光を操るセイントフィメール。
それぞれが、一騎当千の大幹部達だが、実のところ、覆面は何度となく彼女達とは戦っていた。
実際には、悪の計画を実行しようとする彼女達の前に現れては、その邪魔をして来たのである。
さて、何度となく戦った筈なのに、彼女らはなぜ存命しているのか。
答えは単純に、覆面は彼女達を退けこそすれど、致命傷を負わせる様な真似はしていないからだ。
いざどうしてもぶつかる際にも、手加減は忘れて居なかった。
此処まで踏まえた上で、果たして四人の大幹部達は覆面を倒せるのか。
答えは、直ぐ出る。
✱
「むぎゅう……」
どうにも尻窄みな声だが、断末魔ではない。
四人掛かりでも、覆面を剥がすにも至って居なかった。
それだけでなく、四人共にほぼほぼ無傷にて、倒されてしまっている。
広間の至る所には、激戦の跡こそ在るが、それ等を行ったであろう覆面は、手でポンポンと叩いて埃を払っていた。
「で? これで終わりか? 満足したかお嬢さん方?」
まるで幼子をあやしたとでも言いたげな覆面に、火吹き呼ばわりされた少女がうつ伏せから顔を持ち上げた。
「この、やろう……あんた、いったい」
大幹部一人一人ではとても勝てず、不本意ながらも四人同時に仕掛けたにも関わらずやはり勝てない。
悔しげに唸る少女に、覆面はため息を漏らしていた。
「あのなぁ、おら別にお嬢さん達と喧嘩する気なんざねーんだわ。 ちょいとそっちの総統さんに、用事があるだけなんだって」
勝ち誇るでもなく、まるでお使いに来ましたと言わんばかりの声。
それを聞いてから、少女はゴトンと頭を床に落とす。
流石にそれを見て、覆面は慌てて少女へと駆け寄っていた。
下手に怪我を負わせない様には気を使ってこそ居ても、間違いという事もあり得てしまう。
サッとうつ伏せに転がる少女を助け起こすと、その胸は上下して息をしている事を示していた。
少女が生きている事からホッとしたした様に息を吐く覆面。
ソッと床に寝かせると立ち上がる。
「……待て」
「うん?」
聞こえた声に、スッと振り向けば、真っ黒と称された女がジッと覆面を睨んでいた。
「なんだよ、まだやる気かい?」
嫌そうな声に、唇が開かれる。
「なぜ」
「はい?」
「なぜ、私達を殺さない」
負けた側からすれば、疑問であった。
戦いとは遊びではなく、殺し合いである。
敗者は勝者に生殺与奪の権利を握られ、仮に嬲り殺しにされた所では文句は言えない。
その筈が、覆面は負けた相手を介抱すらしていた。
今の今まで、殺そうと挑んで来た相手にも関わらず。
そんな問いに、覆面は肩を竦める。
「別に、だってあんたら全員綺麗だからなぁ……もってぇねぇだろ?」
殺さない理由を答える。
それは悪の組織にしてみれば理解し難い言葉だった。
「そんな事で……」
「俺に取っちゃ大事な事さ。 あ、それに、女が死んだら寝覚めが悪いだろうに?」
それだけ言い残すと、覆面は影を操る女に背を向けてしまう。
しようとすれば、その背に向かって攻撃を仕掛ける事は出来た。
にも関わらず、ただ手を伸ばすだけで、その手からは何も放たれる事は無かった。
✱
悪の大幹部をそれなりに蹴散らし、更に奥へ奥へと進む。
一向に他の二人が追い付いて来ないが、覆面には気にした様子は無い。
それどころか、顔を覆う覆面からは呑気な言葉が漏れていた。
「さぁてさて、どうすっかなぁ……晩飯はカツ丼か、いや、折角だから、お祝いに焼き肉かなぁ」
地球の未来やその行く末といった事でなく、覆面が気にしているのは晩飯に何を食べるのかであった。
やる気が無いのかと言われれば、それは、本人にしか解らない。
ただ、仮に地球が滅んでしまえば、食べたい物は食べられなくなる。
だからこそ、それを阻止せんと、覆面は巨大兵器の奥へ奥へと進んでいった。
通路の明かりは徐々に目減りし、暗さが増していく。
その様は、あたかもこの先に【ラスボス居ますよ】という雰囲気を醸し出していた。
「よーう、来てやったぞ!」
覆面が最深部へと到達すると、其処は何とも言えない空気を漂わせていた。
重苦しいというべきか、薄暗さも相まって実に物々しい。
そんな中にボウっと浮かぶ人影。
よくよく目を凝らせば、それは悪の組織の総統であった。
「おー、居た居た。 おっ始める前に、ちょいと聴きいことがあんだけど、良いかな?」
離れた場所にも聴こえる様にと、覆面からは大声が発せられる。
顔を覆い隠している正義の味方に対して、総統はその端正な顔を曝け出して居た。
「開口一番がそれですか? まぁ、死ぬ前に一つぐらい良いでしょ、なんです?」
遺言を聴いて置く程度の器量は在るのか、総統は静かに応えた。
「なんだってあんたのとこの幹部達って、女ばっかりなの?」
素朴な疑問である。
確かに、覆面が戦った大幹部橘、全員が女性であった。
そんな問いに、総統は目を丸くする。
「そんな事を、わざわざ尋ねる為に此処まで遥々来たと? 地球を離れ、宇宙船で突っ込んで来た理由はそれですか?」
総統にしてみれば、もっと色々と聞かれると思っていたのだろう。
地球を征服しようとする理由や、その目的、果てはその後に何をするのか。
一応は全てに応えられる用意がある。
だが、尋ねられたのは何故に大幹部は女性だけなのか、という事だった。
「ああん? 別に、気になったから聴いてるんだけどなぁ……良いだろ別に、なんか隠す理由が在るのか?」
どうやら、覆面は本当に他の事には興味が無いと言う。
何とも言えない相手に、総統は思わず笑っていた。
「……いえ、別に隠す理由なんて在りませんよ。 ただ、強いて言うなら、他の大幹部達は貴方が倒してしまったからでしょうな」
総統からの答えに、覆面は腕を組んで鼻を鳴らす。
考えて見れば、間違いでもない。
先程倒した四人以外にも、幹部達は確かに居た。
ただ、誰もがその身が砕け、死ぬまで戦い抜いたと言うだけである。
無論の事、覆面にしても殺すつもりは無かった。
それでも、如何に正義の味方が一生懸命に手加減をしたとて、時にはそれが及ばぬ事も多かった。
死にそうな相手を助けようにも、届かなかった事も一度や二度ではない。
過去を思い返してか、覆面からは悩む様な唸りが漏れていた。
「いや、俺だってよ、手加減しようとはしたんだぜ? でもなぁ、いっくら頑張ったってさ、加減が足りないって時も在ってな」
本人がどれだけ手加減をしても、相手が突っ込んで来てはどうにも成らない。
事実、今や居ない幹部の中には、覆面を道連れにせんと特攻を仕掛けた物も多かった。
その事に関しては、覆面は後悔を隠さない。
何とかしようにも、どうにも成らなかったと悔やむ。
顔こそ隠れて居ても、それは総統からも感じられた。
「不思議ですね、どうして貴方みたいな人物が、正義の味方なんてやってるのか……それだけの力が在れば、それこそ世界征服なんて簡単だったでしょうに」
悪の組織の総力を結集し、覆面に付いては調べた。
その結果解ったのは【兎に角やたらと強い】という事だけである。
空を飛べる訳ではない。
手からは光線や火を放てもしない。
格別な超能力も無ければ、神懸かりの運も無い。
在るのは、無尽蔵の力を持っている事だけ。
総統の声に、覆面からは笑いが漏れていた。
「世界征服ねぇ……んなもんして、なんか楽しいのか? 俺なんて、誰かが側に居てくりゃあ、そんだけで良いんだけどなぁ」
絶大な力を持ちつつ、正に歩く核弾頭とでも言わんばかりの超人ながらも、覆面はそんな胸の内を明かす。
「本当に不思議な人だ、貴方は」
心底疑問という総統。 そんな彼だが、顔の位置がズレる。
単純に首が取れた、という事ではなく、総統の周りが一斉に動き出していた。
「おーうおう、こりゃスゲエ」
覆面の見ている前で、総統は機械に囲まれて行く。
すっかりと姿を巨大な異形へと変えた総統に、覆面は拍手を贈る。
「こらまたエライもん拵えたな」
飄々とした覆面に、異形からは雑音が漏れ出す。
『此方からも、一つ尋ねたい』
「お? なんだい?」
『何故、待っていたんです? 待たずに攻撃すれば良いものを』
問われた覆面は、軽く肩を竦めた。
「なんで? 古今東西、変身中に攻撃なんてしたら失礼だろ?」
勝つ為ならば、本来は手段を問うべきではない。
勝てば官軍、負ければ賊軍という通り、勝ちさえすれば、後はどの様にでも出来る。
その為にも、先ずは勝たねば成らない。
にも関わらず、覆面は敢えて待っていた。
そして答えられた理由は、覆面なりの下らない拘り。
ソレを聴いてか、異形からは何とも複雑な音が漏れ出る。
溜め息の様でもあり、同時に感嘆の息でもある。
『貴方は……いや、もはや言葉では語るべきではないでしょう』
「おん? おう、そらそうだわな」
軽い言葉を合図に、異形と覆面が同時に前へと出ていた。
数秒と経たず、馬鹿げた光景が広がる。
鋼の塊とでも言わんばかりの拳が、覆面を襲うが、それに向かって自分の拳を合わせて行く。
体積、質量、速度と、どれを取っても、覆面が勝てる要素は無い。
その筈が、砕けたのは異形の拳であった。
雷の様な凄まじい音を立てながら、機械の塊が砕けていく。
この場に観客が居たならば、自分の目を疑うだろう。
「せい……や!!」
トンとその場を蹴って跳び上がると、蹴りを放つ。
傍目には単なる跳び蹴りなのだが、それだけで異形が全体が怯む様に軋んだ。
勿論、相手も巨大であるからこそ、多少の損傷では止まらない。
神話の様な光景が、巨大兵器の深部にて繰り広げられる。
一人の人間が機械の化け物と殴り合う。
其処には、一切の小細工は抜きで在った。
特殊な能力を使う訳でもない、原理不明の技も出さない。
持ち前の五体のみを武器として、ぶつかって行く。
物理的には絶対に勝てない筈なのだが、押しているのは覆面の方であった。
爆発音にも等しい音が響き渡る度に、徐々に徐々に、異形は壁へと押しやられて行く。
先に音を上げたのは、異形の身体の方であった。
金属の捻じれや軋みが悲鳴の様に唸る。
機械である以上、限界を超えてまでは動けない。
程なく、異形は凄まじい音と共に倒れていた。
それを見ても、覆面は別に勝ち誇りはしない。
ただただ、自分が殴り倒した相手を方へと目を向けていた。
「よう、終わりか?」
倒れた相手への追い打ちは、勝つ為にはすべきである。
是が非でも勝たねば成らない筈だが、覆面はそうはしない。
しんと静まり変える深部。 其処へ、緊急事態を知らす音が響いた。
「あ? なんだよ」
ビービーと鳴り響く音に、覆面は思わず耳を塞ぐ。
『警告します! 警告します! 動力炉が損傷を負いました!』
機械の告げる音声に、覆面は「は?」と声を漏らす。
どうやら、一向に付いてこない二人が、勝手に何処かで何かをしていたらしい。
『動力炉破損の為、爆発の危険があります! 搭乗員は、3分以内に脱出してください!』
「カップ麺じゃあるめぇに!」
実にご丁寧な退去を促す声に、覆面は動いた。
先程、殴り倒した異形へと近寄ると、そのひしゃげた装甲を海老の殻でも剥くように剥がしていく。
「あー! どんだけだよ!」
剥がしては押し退け、また剥がす。
おおよそ十秒程で、中で気絶しているらしい総統が見えた。
「居た居た、たくよぅ、もっと薄く作っとけよな」
壊れた異形から、悪の総統を引きずり出すと肩に担ぐ。
トンと降りるなり、覆面は担いだ者の重さなど感じないかの如く駆け出していた。