逃避行
「うーむ……」
何を何処で間違ったのか、青年は腕を組んで悩む。
さて、そんな青年の悩みは何かと言えば、隣であった。
青年は自前の脚で何処へでも行けるだろう。
アヤにしても、夜の帳が下りている限り、何処へでも行ける。
では、そんな二人がどうやって移動をして居るのか。
特に超人的な何かを披露はして居ない。
では何かに乗っているかと言えば、列車であった。
別に拘りが在った訳ではない。
それこそタクシーであれ、バスであれ、普通であれば良い。
そんな中、アヤが選んだのは、観光地行きの列車である。
夜だからか、他の客は多くは無い。
にも関わらず、青年はアヤの隣で唸っていた。
当然の事ながら、唸って居れば隣には丸聞こえである。
「どうしたの? さっきから唸ってる」
余程難聴でもない限り、唸りは聞こえる。
「いや、ぶっちゃけお綺麗なねえさんの隣と言うのは悪くないんですがね」
一端言葉を区切ると、青年は横を向く。
すると、ジッと自分を見ているアヤと目が合った。
「良いんすかね? 俺達これで……」
事情を知らぬ者が見れば、男女二人組が何処かへ出掛けている、と見えなくもない。
が、実際には元正義の味方と、現役の悪の大幹部の二人である。
青年の疑問に、アヤは少しは首を傾げて居た。
「別に、私は構わない」
以前から、青年はアヤに【よくわからん】という印象を抱いて居たが、やはりと言うべきか解らない。
理解に苦しむと言えば、その通りである。
「だって」
「はい」
「あの子だって、貴方と行楽地に行ったのでしょ?」
名前こそ言わないが、誰の事を指しているのかは言うまでもない。
この場には居ない筈だが、青年の中にはヤケに不機嫌そうなカエデの顔が浮かんでいた。
「まぁ、確かに」
「だったら、私が同じ事しても良いでしょ?」
「そんなもんすかねぇ?」
「そ……そんなもの」
実に気楽な大幹部の声に、青年は理解が及ばない。
内心では、悪の組織とはとても緩いのではないと思えてしまう。
実際にはアヤは組織の掟など【知った事か】とばかりに抜け出して青年の元へと訪れていた。
無論の事、そんな事が公に成った暁には大問題ではあるのだが、その為の保険は既に掛けていた。
同じ大幹部であるコユキとセラには、言伝をしてある。
【前回は私が出ましたので、次は出ません】と。
それで理由がまかり通るかと言えば、通らなくは無い。
何故ならば、今の悪の組織の計画は青年との協定ありきだからだ。
総統にせよ、何らかの行動を起こす場合は事前に青年への連絡を欠かす事は無いだろう。
つまりは、何らかの事態が無い限り、二人は自由と言えた。
✱
二人が選んだ、と言うよりも、アヤの要望にて訪れたのは温泉地である。
夜に訪れて、宿が取れるのかと言えば、宿による。
夜間受付を受け付けてくれる宿ならば、ソレは特に問題でもない。
ただ、好きな部屋を取れるのかと言えば無理がある。
そんな中で、此処しか空いておりませんと二人が通されたのは、お高目の部屋であった。
高い天井に、二人用にしては広い畳敷きの床。
部屋の内装は格調高く、オマケとばかりに個室用の露天風呂まで備え付け。
だからか、とりあえずと座った青年は、腕を組んでうーむと唸っていた。
黒木アヤに関して言えば、元々の顔立ちと色を除けば上品な服装と相まって実に画になる。
対して、青年は自分の作業服を摘む。
「……どうかした?」
青年の鼻の唸りに気付いて居たのか、アヤが小首を傾げる。
「いやまぁ、なんと言いますか……」
言葉に詰まる青年だが、何をすべきか、で悩んでいた。
カエデとのお出掛けの際は、解り易い彼女の為にと色々と出来たが、温泉宿となると難しい。
元々から宿とは休む場所と言える。
日々の喧騒や忙殺される事から離れて、静かでゆったりとした時間を楽しめば良い。
そうなると困るのは、青年はアヤに何も知らなかった。
何かの話題を振ろうにも、アヤ自身がペチャクチャと喋る方でもない。
「何したら良いのかなぁ……とか」
「別に」
実に困る反応である。
一言にて切り捨て御免では、話が続かない。
「あ~……」
言葉が出て来ない青年だが、対面に座るアヤは、クスッと笑う。
能面の様な顔から、そんな笑みが覗くと、青年とドキッとさせられた。
「私も、お喋りが得意じゃないから」
口数が多くない事は知っていたが、そう言われてしまうと、益々青年も困った。
そんな二人の部屋へと「失礼致します」と声がする。
いつの間にか注文したのか、仲居が小鉢と瓶を盆に載せ静々と入って来た。
「どうぞ、ごゆっくり」
そんな声と共に、パタンと襖が閉じられた。
提供されたのは霜が掛かる日本酒の瓶と二つの盃と小鉢の肴。
何処からどう見ても【晩酌セット】である。
先ず動いたのは、アヤの手だった。
スッと瓶を持ち上げ底に手を添える。
「……とりあえず、ご一献」
「あ、どうも……」
勧められるのだからと、盃を持てば、其処へと酒が注がれる。
呆然とする青年を他所に、アヤは自分の前の盃にも注いだ。
並々注がれたソレが、スッと持ち上げられる。
「それじゃ……乾杯」
「じゃあまぁ、かんぱーい」
なんの気無しに、グッと盃を空ける青年とアヤ。
空いた器はトンと置かれる訳だが、次が注がれる前に、二人の目が合っていた。
「これで、盃は交わされた」
「はい?」
盃を交わすという言葉には幾つかの意味が在った。
文字通り誰かと酒を酌み交わし、愉しむという意味も在るのだが、もう一つはまた別の意味が含まれている。
そのもう一つは【重要な約束を交わす】という意味が含まれていた。
とは言え、別にアヤはソレを青年に言うつもりも無い。
ただ彼女の中で、ソレが在れば良い。
「あの、なんか在りましたっけ?」
困惑する青年に、小さく頭が左右へ揺れる。
「気にしないで、私事だから」
首を傾げる青年に、今度はアヤが盃を持って見せる。
「それよりも、今度はそちらの番」
酌を要求された青年からすれば、アヤの真意は読み取れない。
それでも、別に良いかと瓶から中身を注いだ。
✱
全くアルコールにが作用しない青年とは違い、アヤはその点は普通の人間とそう変わらない。
だからか、白い肌にはほのかに紅がさしていた。
何度か酌をし合う内に、二人は取り留めの無い会話を交わす。
特に凝った話題ではなく、目玉焼きには醤油かソースか、チョコ菓子ならキノコかタケノコかといった当り障り無い。
少しずつ 少しずつ、互いを知ろうとする。
おっかなびっくりであった青年も、少しはアヤに慣れて来ていた。
「なんつーか、意外っすよね」
「なにが?」
「こう言っちゃ悪いんすけど、前は、もっと怖かったなぁ……って」
怖いと言う青年だが、それも無理はない。
何せ、アヤは悪の大幹部として青年をずっと殺そうとしていた。
殺意が在るのだから、ソレに恐れを感じるのも無理はない。
しかしながら、今の彼女からは殺気が無かった。
怖いと言われてか、アヤは少しは苦笑いを浮かべる。
「ソレを言うなら、コッチも意外と思ってる」
「ははぁ、そらまたなんで?」
「貴方は……ずぅっと覆面で顔を隠してた」
言われて見れば、青年はずっと顔を覆っていた。
専らは目線を見せないや動揺を隠す為でも在るが、別の意味も在る。
「どうして?」
言葉は少ないが、アヤは青年に顔を隠す理由を問うていた。
この質問には、青年が顔を苦くする。
以前の仲間であるナオトと、悪の総統の二人だが、ハッキリ言って美男子と言う言葉がピッタリと合っていた。
何方かと言えば中性的であり、整っている。
青年も自分の顔は知っていたが、競べるだけ虚しい。
「どうしてって……まぁ」
顔に自身が無いという事は、カエデには既に言っていた。
ただ、それは話し易いからポンと出ただけだが、いざ問われると答えを出し辛い。
なかなか答えようとしない青年に、アヤがクスッと笑う。
「貴方は、もっと自信を持っても良いと思うけど」
ソレは単なる御世辞ではなく、彼女なりの青年のへの評価であった。
✱
静かな夜に、そんな静けさを吹き飛ばすが如く爆音轟く。
さて、そんなはた迷惑な事をして居るのは誰なのか。
愛車であるバイクを駆り出し、ソレを吠えさせるのは、悪の大幹部である。
夜間に爆走して近隣住民の皆様に騒音問題を撒き散らす計画かと言えば、そんな事を悪の組織はしない。
そして、別にカエデに夜に疾走する趣味も無かった。
では何故にバイクを走らせるのかと言えば、急ぎの用事在るからに他ならない。
走行風を遮るカウルが無い以上、痛い程に空気が当たる訳だが、そんな事を大幹部は意に介して居なかった。
と言うよりも、焦り過ぎで些細な事は気にして居られない。
悪の大幹部が異様に焦る理由だが、一通の置き手紙に由来する。
偶々、同僚の様子を覗いに赴いたカエデだが、その折に彼女はアヤの自室にて【捜さないで】と記された紙を見てしまった。
捜すなと言われれば、捜したくなるのが人の性であろう。
オマケとばかりに、アヤの様子が変わったのは奇しくも青年と戦った後である。
第六感とも言える直感から、カエデは同じく秘密基地から慌てて飛び出していた。
とは言え、果たして何処に居るのか解らない相手を見つけ出せるかと言われれば、ソレは難しいだろう。
但し、アヤは何も置き手紙だけを残しては居なかった。
理由は定かではないが、彼女の部屋には私物である筈のスマートフォンが残されていたのだ。
特に鍵が掛けられて居なければ、中身を検める事は難しくは無い。
そして、悪の大幹部はあるモノを見てしまう。
ソレが何かと言えば、青年の居場所を伝えるアプリケーション。
何故にアヤがそんな物を端末に入れているのか、コレは問題ではない。
残された手紙と、その組み合わせに問題が在る。
悪の大幹部が総統の許可も無しに勝手に何処かへ出掛けたという事も問題だが、昨今の同僚の様子を見ていた少女にすれば、断じて見過ごせない。
「あの馬鹿! 見つけ出してとっちめてやる!」
果たして、ソレが誰の事を指しているのか、それは少女の胸の内にしか答えは無かった。




