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正義の味方、はじめました  作者: enforcer
17/30

孤独な怪物


 正義の味方という陣営から離脱した青年は、今の所は悪の組織にも属して居ない。

 つまりその立場は、何者でもなかった。


「あ~あ、どうしたもんかなぁ」


 とりあえず、当座の心配は無い。

 悪の組織と結託して仕事を為したお陰で、暫くは遊んでいても問題は無いだろう。


 とは言え、宿を探す必要に迫られていた。

 その気になれば野宿で在ろうと出来なくはないが、宿無しというのも侘びしい。


 今までは正義の味方として秘密基地に寝泊まりしていたが、今は帰れない事情が出来ていた。

 

 勢いに任せて出て来てしまった。


 無論の事、呑気な顔で戻った所で誰もが青年を止められない。

 しかし、気まずい事この上ないだろう。


 行く宛が無くなった。 天下無敵の怪物も、こうなると悲しい。


「カプセルホテル? いや、どうせなら、どっかの温泉とか」


 この際、いっその事旅行へでも行こうかと思えてしまう。

 その間に、悪の組織が跳梁跋扈するだろうが、ソレはそれでも構わないと思えていた。


 暫くの間、仕事はお休みにして、世界を多少荒らさせる。

 そうすれば、いずれはソレの打倒を望む声も挙がるだろう。


 それまでは、骨休めをした所で罰は当たるとは思えない。


「偶には、どっかでのんびりしたって良いやな」

「それ……私も行って良い?」

「んぅ!?」


 唐突な声に、バッと立ち上がる青年。

 振り返って見れば、其処にはいつの間にか影女ことアヤが立っていた。


「こんばんは」

「え? あ、こんばんは……って、違うでしょ! いつの間に居たんすか!?」


 いきなりの登場には、流石の青年も驚きを隠せない。

 対して、唐突に現れたアヤはと言えば、フフンと軽く笑う。


「夜は、私の味方だから」


 昼間では全力を出せないアヤも、夜に成れば話は違う。

 影に溶け込める様に、夜の闇に紛れ込み、まるで吸血鬼の如く遠くまで移動する事も可能である。


「そらそうでしょう……いやでも、なんで俺が此処に居る事を?」


 如何に夜を味方に付けられるとしても、誰が何処に居るのかまで全て把握する事は不可能だろう。

 ただ、別にアヤは機械が苦手という訳でもない。


「この前、貴方のスマホに、チョットだけ細工した」

「はぁ? え、何をされたんで?」

「最近の機械は便利。 貴方が何処に居るのか、直ぐに解る」


 言葉少ないアヤ。

 ただ、言わんとする事は青年にも理解が出来る。


 世の中には【追跡アプリケーション】という物も在り、それを用いれば、他人の居場所を把握する事は容易い。

 専らは、恋人同士や夫婦が互いの信頼に基き使用されるべき物だが、なんとアヤは勝手に青年のスマートフォンに入れたと言う。


「えぇ、何勝手してくれてんすか?」


 流石に、青年もコレには黙って居られない。 一応は抗議を申し立てる。

 すると、アヤは如何にも困った様な顔を覗かせる。


「……ごめんなさい」


 悪の大幹部が、元とは正義の味方に頭を下げてくる。

 こうなると、青年も追求の手が止まってしまった。


「いや、頭上げてくださいよ。 まぁ、別に困ってないんで」

 

 青年の声に、スッと下がっていた頭が持ち上がる。

 そうなれば面と向かう訳だが、真っ黒なアヤはなんとも言えない妖しい色気を持っていた。


「……ところで、何故貴方は此処へ?」

 

 アヤにして見れば、素朴な疑問と言える。

 青年はその気に成れば何でも出来るだけの力を持ちながら、誰も来れない様な高い鉄塔の上で独りきり。


 投げ掛けられる疑問に、青年はウームと鼻を鳴らす。


「いやまぁ、なんて言うか……ちょっと、在りまして」


 誰にも相談出来ないかった青年だが、そんな困った顔を見てか、スッとアヤが近付いていた。


「私で良ければ……話ぐらいは聴けるけれど」

 

 そんな提案は、今の青年にとっては有り難かった。


   ✱


 正義の味方の基地での経緯はそう難しいモノではない。

 謝礼金を貰っている事に憤慨した仲間が文句を言い、青年がそんな元仲間を薙ぎ倒して、基地を出た、というだけである。


 青年の話を聴き終えたアヤだが、特に反応はしない。

 ただ、スッと息を吸う。


「……そう」


 実に淡白な反応ではあるが、寧ろそれは彼女らしい。


「ま、だもんで、こんなトコでちょっと佇んでまして」

「……そう」


 やはりと言うか、反応は変わらない。


「あ、でも、裏は明かしてないんで、ソッチまでも迷惑は掛けないかと」


 一応は、青年は悪の組織が関わっている事は伏せていた。

 暴露しては、余計な迷惑が掛かってしまう。


 正義の味方が悪の組織の心配をするのは甚だしい疑問だが、青年は今や、元正義の味方である。 


 話し終えて、徐ろに横へと顔を向ける青年。

 流石にアヤの反応が淡白に過ぎていた。


 目を向けると、思わずギョッとさせられるが、なんとアヤはジッと青年を見ている。

 つまり、話している間、彼女はずっとそうしてのだろうか。


 ジッと見詰めてくる目に、青年は反応に困ってしまう。


「あの、ところで、俺からも聴いてもいいっすか?」

「なに?」


 言葉は少ないが、ソレは質問をする許可と言える。

 それを受けて、青年は顔を苦い物へと変えた。


「何でまた、こんな所まで?」


 青年もまた、アヤに自分がされたのと同じ様な質問を向ける。

 何故に、悪の大幹部がわざわざ青年の元へと訪れた理由を知りたかった。


「来たかったから」


 ポンと出される答えには、青年が困惑させられてしまう。

 言葉をそのまま受け取るなら、アヤは何かを思い立ち、青年の元へと訪れたと言う。


「あ、そうっすか。 でも……」

「なに?」

「なんでまた、俺ん所へ?」

「いけない?」

「いや、そらいけないって訳でもないんすけどね……ただ」

「ただ、なに?」


 質問を濁そうとする青年に、アヤは続きを促す。


「なんて言うか、俺は……ソチラの何人かを……」


 後悔を感じさせる青年の声。


 悪の組織と戦うに当たり、青年はそのやり方を変えた。

 あくまでも撃退こそすれど、決して相手を必要以上に傷つけようとはしない。


 ただ、それ以前は別の遣り方をしていた。

 悪の大幹部だが、何も今の四人だけとは限らない。

 

 以前には、大幹部達はもっと多く居た。

 その殆どが、正義の味方との戦いに置いて命を落としている。


 それを悔いているからこそ、青年は生き残った大幹部には可能な限りの手加減を惜しまない。

 でなければ、四人の内、数人か、或いは全員が死んでいた。

 

 それでも生きているのは、青年が如何に気を使っているのかという証明でもある。


「確かに、貴方は私の仲間を奪いもした。 でも、それは仕方の無い事」 


 アヤにせよ、青年を恨んだ事も在る。

 同じ釜の飯を食う同僚達の尽くは、無敵の超人に挑み、散っていった。


 だからこそ、アヤも何度も何度も青年に襲い掛かっている。

 仲間の仇を討たんと、執拗に。


 その想いも、以前の巨大兵器の事件の際に、転機を迎えていた。

 最初は青年の意図を疑いもしたが、その際は総統からの【悪の大幹部役】を引き受けても居る。

 

 実際には、事掛けてこっそり始末しようとすら画策すらしていた。

 うっかり手違いで殺してしまいました、と。

 

 だが、結局はアヤは撃退という形では在れど、生還した。


 気持ちの変化が決定的と成ったのは、ナオトとリアが襲撃を掛けた際の事であった。


 自分を逃がそうと、独り残るという青年に、後ろ髪惹かれたのは忘れていない。


 それからというもの、仲間の死も戦いの必然だと受け止められた。

 命を懸けて戦う以上、其処には怪我や死は付き物である。

 

 それが嫌ならば、そもそも戦いに出るべきではない。

 それでも戦いに赴くのであれば、それは死ぬ事を厭わない、という事でもある。

 

 青年が喜々として人を喰い殺す怪物ならば、或いはアヤの憎しみは消えがなかったかも知れないが、寧ろその逆である。


 そう捉えて以来、彼女の中に蟠っていた暗い物は失せていた。

 

 考え方が変わって以来、別のモノが芽生えてしまう。

 それは、自分を【綺麗】と言った青年への想い。


 戦い続け、憎み続けたからこそ、その分だけ、反転してしまうと拭い去れない。

 膨らんでいた分だけ、それは外へと溢れ出て居た。


「だから、貴方は気にしないで良い」

 

 言葉少ないが、それでもアヤなりに声を掛ける。 

 そのお陰か、青年も少しは胸の内が軽く感じられた。


 正義の味方は辞めてしまったが、別に死んだ訳ではない。

 

「ありがとうございます」


 礼を言う機会が少なかったからか、気の利いた言葉が思い付かず、結局はソレを言うしかない。 

 ただ、ポンと出された礼の声に、アヤは一瞬目を丸くしたが、直ぐに顔を微笑ませる。


 こっそりとだが、アヤは青年の方へと体を近付けていた。


「ところで」

「はい?」

「何処に行くの? 私は温泉が良い」

 

 サラッと自分の要望を伝える悪の大幹部。

 ソレは、なんとなくこの場にいない少女を想わせた。


「いや、てか、良いんすか?」

「何が?」

「俺は、辞めちまったんで出て来たんだけど、黒木さんは、色々と……こう、在るんじゃないかと」


 一応は、アヤは悪の大幹部である。

 つまりはそれなりに高い地位の役職と言えた。


 その意味で言うと、彼女は立場を放り出して抜け出して来ている事に成ってしまう。


 青年なりに心配を呈したが、それに対しての反応は、不満そうな顔であった。


「えっと?」

「ずるい」

「はい?」

「貴方は、この前話した時はあの子を名前で呼んでた」


 凝った台本を書くだけあり、記憶力は抜群なのか、アヤは以前に青年と会話した時の事を忘れていない。

 その際、青年は少女の事を苗字や彼奴と言った言い方でなく、名前で呼んでいた。


 だからか、アヤは自分が苗字で呼ばれる事に不満を抱く。


「えぇ……や、まぁ」


 戦いの際には感情をあまり見せない筈の大幹部だが、この時ばかりはとソレを隠さない。

 青年にしてみれば、カエデは知り合いのお嬢さんであり、気軽に呼んでいた。


 今の所、妙齢の女性を呼び捨てに出来る程の仲ではない。

 とは言え、このまま不満そうな顔をさせているのも不憫である。


「……そんじゃまぁ、アヤさん?」

「なに?」

「いやいやいや、呼べって言うから呼んでみただけなんすけど」

「だから、なぁに?」

 

 別に要件が有るから呼んだ訳でもない。

 にも関わらず、アヤは執拗に青年に絡もうとして来る。


「参ったなぁ……」


 降参だという青年の声に、アヤの顔には笑みが浮かんでいた。

 ソレは単なる微小でなく、満面の笑み。


 今まで、ずっと悪の大幹部として畏れられこそすれど、ソレは化け物へ対する扱いと言えた。

 組織の誰もが、アヤを大幹部としては敬ってくれる。


 しかしながら、それが嬉しいかと言われればそうではない。

 彼女が怖いからこそ、線を引いて隔てる事であった。


【アレは怪物だ】と。


 それは何処へ行っても変わらない。 

 誰もが、黒木彩という女性を【真っ黒な化け物】として見ていた。

 例え口数少なくとも、別にアヤを人を辞めては居ない。


 誰からも【化け物】という扱いをされるのは、彼女に取っては辛い物も在る。


 常識離れした力を持つのだから、代償と無理やり自分を納得させる。

 それが普通だったのが、今は違った。


 偶々隣りにいる青年は、アヤを普通の女として見てくれる。

 カエデと同じ悩みを抱えていたからこそ、彼女もまた、青年に縋る様な想いを持っていた。

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