孤独な怪物
正義の味方という陣営から離脱した青年は、今の所は悪の組織にも属して居ない。
つまりその立場は、何者でもなかった。
「あ~あ、どうしたもんかなぁ」
とりあえず、当座の心配は無い。
悪の組織と結託して仕事を為したお陰で、暫くは遊んでいても問題は無いだろう。
とは言え、宿を探す必要に迫られていた。
その気になれば野宿で在ろうと出来なくはないが、宿無しというのも侘びしい。
今までは正義の味方として秘密基地に寝泊まりしていたが、今は帰れない事情が出来ていた。
勢いに任せて出て来てしまった。
無論の事、呑気な顔で戻った所で誰もが青年を止められない。
しかし、気まずい事この上ないだろう。
行く宛が無くなった。 天下無敵の怪物も、こうなると悲しい。
「カプセルホテル? いや、どうせなら、どっかの温泉とか」
この際、いっその事旅行へでも行こうかと思えてしまう。
その間に、悪の組織が跳梁跋扈するだろうが、ソレはそれでも構わないと思えていた。
暫くの間、仕事はお休みにして、世界を多少荒らさせる。
そうすれば、いずれはソレの打倒を望む声も挙がるだろう。
それまでは、骨休めをした所で罰は当たるとは思えない。
「偶には、どっかでのんびりしたって良いやな」
「それ……私も行って良い?」
「んぅ!?」
唐突な声に、バッと立ち上がる青年。
振り返って見れば、其処にはいつの間にか影女ことアヤが立っていた。
「こんばんは」
「え? あ、こんばんは……って、違うでしょ! いつの間に居たんすか!?」
いきなりの登場には、流石の青年も驚きを隠せない。
対して、唐突に現れたアヤはと言えば、フフンと軽く笑う。
「夜は、私の味方だから」
昼間では全力を出せないアヤも、夜に成れば話は違う。
影に溶け込める様に、夜の闇に紛れ込み、まるで吸血鬼の如く遠くまで移動する事も可能である。
「そらそうでしょう……いやでも、なんで俺が此処に居る事を?」
如何に夜を味方に付けられるとしても、誰が何処に居るのかまで全て把握する事は不可能だろう。
ただ、別にアヤは機械が苦手という訳でもない。
「この前、貴方のスマホに、チョットだけ細工した」
「はぁ? え、何をされたんで?」
「最近の機械は便利。 貴方が何処に居るのか、直ぐに解る」
言葉少ないアヤ。
ただ、言わんとする事は青年にも理解が出来る。
世の中には【追跡アプリケーション】という物も在り、それを用いれば、他人の居場所を把握する事は容易い。
専らは、恋人同士や夫婦が互いの信頼に基き使用されるべき物だが、なんとアヤは勝手に青年のスマートフォンに入れたと言う。
「えぇ、何勝手してくれてんすか?」
流石に、青年もコレには黙って居られない。 一応は抗議を申し立てる。
すると、アヤは如何にも困った様な顔を覗かせる。
「……ごめんなさい」
悪の大幹部が、元とは正義の味方に頭を下げてくる。
こうなると、青年も追求の手が止まってしまった。
「いや、頭上げてくださいよ。 まぁ、別に困ってないんで」
青年の声に、スッと下がっていた頭が持ち上がる。
そうなれば面と向かう訳だが、真っ黒なアヤはなんとも言えない妖しい色気を持っていた。
「……ところで、何故貴方は此処へ?」
アヤにして見れば、素朴な疑問と言える。
青年はその気に成れば何でも出来るだけの力を持ちながら、誰も来れない様な高い鉄塔の上で独りきり。
投げ掛けられる疑問に、青年はウームと鼻を鳴らす。
「いやまぁ、なんて言うか……ちょっと、在りまして」
誰にも相談出来ないかった青年だが、そんな困った顔を見てか、スッとアヤが近付いていた。
「私で良ければ……話ぐらいは聴けるけれど」
そんな提案は、今の青年にとっては有り難かった。
✱
正義の味方の基地での経緯はそう難しいモノではない。
謝礼金を貰っている事に憤慨した仲間が文句を言い、青年がそんな元仲間を薙ぎ倒して、基地を出た、というだけである。
青年の話を聴き終えたアヤだが、特に反応はしない。
ただ、スッと息を吸う。
「……そう」
実に淡白な反応ではあるが、寧ろそれは彼女らしい。
「ま、だもんで、こんなトコでちょっと佇んでまして」
「……そう」
やはりと言うか、反応は変わらない。
「あ、でも、裏は明かしてないんで、ソッチまでも迷惑は掛けないかと」
一応は、青年は悪の組織が関わっている事は伏せていた。
暴露しては、余計な迷惑が掛かってしまう。
正義の味方が悪の組織の心配をするのは甚だしい疑問だが、青年は今や、元正義の味方である。
話し終えて、徐ろに横へと顔を向ける青年。
流石にアヤの反応が淡白に過ぎていた。
目を向けると、思わずギョッとさせられるが、なんとアヤはジッと青年を見ている。
つまり、話している間、彼女はずっとそうしてのだろうか。
ジッと見詰めてくる目に、青年は反応に困ってしまう。
「あの、ところで、俺からも聴いてもいいっすか?」
「なに?」
言葉は少ないが、ソレは質問をする許可と言える。
それを受けて、青年は顔を苦い物へと変えた。
「何でまた、こんな所まで?」
青年もまた、アヤに自分がされたのと同じ様な質問を向ける。
何故に、悪の大幹部がわざわざ青年の元へと訪れた理由を知りたかった。
「来たかったから」
ポンと出される答えには、青年が困惑させられてしまう。
言葉をそのまま受け取るなら、アヤは何かを思い立ち、青年の元へと訪れたと言う。
「あ、そうっすか。 でも……」
「なに?」
「なんでまた、俺ん所へ?」
「いけない?」
「いや、そらいけないって訳でもないんすけどね……ただ」
「ただ、なに?」
質問を濁そうとする青年に、アヤは続きを促す。
「なんて言うか、俺は……ソチラの何人かを……」
後悔を感じさせる青年の声。
悪の組織と戦うに当たり、青年はそのやり方を変えた。
あくまでも撃退こそすれど、決して相手を必要以上に傷つけようとはしない。
ただ、それ以前は別の遣り方をしていた。
悪の大幹部だが、何も今の四人だけとは限らない。
以前には、大幹部達はもっと多く居た。
その殆どが、正義の味方との戦いに置いて命を落としている。
それを悔いているからこそ、青年は生き残った大幹部には可能な限りの手加減を惜しまない。
でなければ、四人の内、数人か、或いは全員が死んでいた。
それでも生きているのは、青年が如何に気を使っているのかという証明でもある。
「確かに、貴方は私の仲間を奪いもした。 でも、それは仕方の無い事」
アヤにせよ、青年を恨んだ事も在る。
同じ釜の飯を食う同僚達の尽くは、無敵の超人に挑み、散っていった。
だからこそ、アヤも何度も何度も青年に襲い掛かっている。
仲間の仇を討たんと、執拗に。
その想いも、以前の巨大兵器の事件の際に、転機を迎えていた。
最初は青年の意図を疑いもしたが、その際は総統からの【悪の大幹部役】を引き受けても居る。
実際には、事掛けてこっそり始末しようとすら画策すらしていた。
うっかり手違いで殺してしまいました、と。
だが、結局はアヤは撃退という形では在れど、生還した。
気持ちの変化が決定的と成ったのは、ナオトとリアが襲撃を掛けた際の事であった。
自分を逃がそうと、独り残るという青年に、後ろ髪惹かれたのは忘れていない。
それからというもの、仲間の死も戦いの必然だと受け止められた。
命を懸けて戦う以上、其処には怪我や死は付き物である。
それが嫌ならば、そもそも戦いに出るべきではない。
それでも戦いに赴くのであれば、それは死ぬ事を厭わない、という事でもある。
青年が喜々として人を喰い殺す怪物ならば、或いはアヤの憎しみは消えがなかったかも知れないが、寧ろその逆である。
そう捉えて以来、彼女の中に蟠っていた暗い物は失せていた。
考え方が変わって以来、別のモノが芽生えてしまう。
それは、自分を【綺麗】と言った青年への想い。
戦い続け、憎み続けたからこそ、その分だけ、反転してしまうと拭い去れない。
膨らんでいた分だけ、それは外へと溢れ出て居た。
「だから、貴方は気にしないで良い」
言葉少ないが、それでもアヤなりに声を掛ける。
そのお陰か、青年も少しは胸の内が軽く感じられた。
正義の味方は辞めてしまったが、別に死んだ訳ではない。
「ありがとうございます」
礼を言う機会が少なかったからか、気の利いた言葉が思い付かず、結局はソレを言うしかない。
ただ、ポンと出された礼の声に、アヤは一瞬目を丸くしたが、直ぐに顔を微笑ませる。
こっそりとだが、アヤは青年の方へと体を近付けていた。
「ところで」
「はい?」
「何処に行くの? 私は温泉が良い」
サラッと自分の要望を伝える悪の大幹部。
ソレは、なんとなくこの場にいない少女を想わせた。
「いや、てか、良いんすか?」
「何が?」
「俺は、辞めちまったんで出て来たんだけど、黒木さんは、色々と……こう、在るんじゃないかと」
一応は、アヤは悪の大幹部である。
つまりはそれなりに高い地位の役職と言えた。
その意味で言うと、彼女は立場を放り出して抜け出して来ている事に成ってしまう。
青年なりに心配を呈したが、それに対しての反応は、不満そうな顔であった。
「えっと?」
「ずるい」
「はい?」
「貴方は、この前話した時はあの子を名前で呼んでた」
凝った台本を書くだけあり、記憶力は抜群なのか、アヤは以前に青年と会話した時の事を忘れていない。
その際、青年は少女の事を苗字や彼奴と言った言い方でなく、名前で呼んでいた。
だからか、アヤは自分が苗字で呼ばれる事に不満を抱く。
「えぇ……や、まぁ」
戦いの際には感情をあまり見せない筈の大幹部だが、この時ばかりはとソレを隠さない。
青年にしてみれば、カエデは知り合いのお嬢さんであり、気軽に呼んでいた。
今の所、妙齢の女性を呼び捨てに出来る程の仲ではない。
とは言え、このまま不満そうな顔をさせているのも不憫である。
「……そんじゃまぁ、アヤさん?」
「なに?」
「いやいやいや、呼べって言うから呼んでみただけなんすけど」
「だから、なぁに?」
別に要件が有るから呼んだ訳でもない。
にも関わらず、アヤは執拗に青年に絡もうとして来る。
「参ったなぁ……」
降参だという青年の声に、アヤの顔には笑みが浮かんでいた。
ソレは単なる微小でなく、満面の笑み。
今まで、ずっと悪の大幹部として畏れられこそすれど、ソレは化け物へ対する扱いと言えた。
組織の誰もが、アヤを大幹部としては敬ってくれる。
しかしながら、それが嬉しいかと言われればそうではない。
彼女が怖いからこそ、線を引いて隔てる事であった。
【アレは怪物だ】と。
それは何処へ行っても変わらない。
誰もが、黒木彩という女性を【真っ黒な化け物】として見ていた。
例え口数少なくとも、別にアヤを人を辞めては居ない。
誰からも【化け物】という扱いをされるのは、彼女に取っては辛い物も在る。
常識離れした力を持つのだから、代償と無理やり自分を納得させる。
それが普通だったのが、今は違った。
偶々隣りにいる青年は、アヤを普通の女として見てくれる。
カエデと同じ悩みを抱えていたからこそ、彼女もまた、青年に縋る様な想いを持っていた。




