怪物の中の人
正義の味方が絶体絶命かと言えば、そうでもない。
何せ、青年は別に二人を殺そうとは思っていなかった。
そんな事をすればどうなるか。 ソレは、青年が一番良く知っている。
世界から非難された所で、それは問題ではない。
問題なのは、直ぐに次が現れるという点であった。
悪の組織と正義の味方には、近いこそ在れども実はそう大差は無いと青年は思って居る。
精々が、誰がどんな旗を掲げているのかの違いでしかない。
戦場に置いて、どんな旗が翻ろうと、其処には差が無かった。
離れて見れば、二つの旗が揺れているだけである。
その意味では、以前の青年は【正義の味方】と印された旗の元に居た。
だが其処に居ても何も得られない。
重宝に扱われこそしても、道具以上の扱いは受け取れない。
だからこそ、青年は別の旗の元へと行こうか悩んでいた。
其処に行けば、自分を必要としてくれる人が居る。
それだけでなく、必死に来いと叫んでもくれた。
それは、如何に無敵の青年でも抗いがたい誘惑である。
かと言って、悪の組織へ加入もまた問題と言える。
何故ならば、青年には世界征服への興味が無かった。
何方にも属さずに居るという事も選択肢では在るが、今思うのは、目の前の相手をどうすべきかでしかない。
「ほら、どうした? まだやるのかやらねぇのか? 俺もそれなりに忙しいんでな」
正直の所、青年にしてみれば相手の二人などはどうでも良かった。
掛かって来られた所でどうという事も無く、関係を絶ってくれさえすればそれはそれで良い。
要するに、今後とも邪魔をしないのであれば、放置した所で、問題は無かった。
対して、ナオトとリアの二人に取って、青年は放置出来ない。
只でさえ強いのに、それが悪の組織へでも寝返ってしまえば、もはや二人ではどうにも出来なくなる。
どうしても、この場で決着を付けねば成らなかった。
「リア、やるぞ」
「本気? だって……」
「もう遠慮してる場合じゃない」
話し合いを始める二人だったが、そんな二人に対して、青年は長い溜め息を吐く。
何故ならば、今三人は戦っている筈だった。
刹那をやり取りする中で、ああでもないこうでもないと話すのは愚か者のやる事である。
そんな事をしている合間に、相手はその隙きを逃さず攻めるだろう。
にも関わらず青年がそうしないのは、端的に二人を敵としては見ていなかった。
偶々歩いて居たら、足元に大きな石が転がっているので避けるべきか蹴って退かすかを悩んでいるだけである。
「「はぁぁあああ!!」」
ナオトとリアが揃って気合を入れ始め、すると、二人の身体には光が走る。
如何にも【パワーアップします】という風情だが、青年は覆面の中でハァと息を吐いていた。
「どうせなら最初っからやってくんねぇかね? そういう用意が要るならさ」
サッサと突っ込んで二人をぶん殴ればそれで終わりなのだが、一応は待つ。
余裕ぶっているのかと言えば、その通りであった。
程なく、広がっていた光が二人へと収束し、辺りは暗くなる。
たっぷり十秒は待ったところで、青年は首を横へと振っていた。
「おーい、もう良いかーい?」
戦闘開始の掛け声としては、余りにやる気が無い。
対して、二人はと言えば、如何なる原理か衣装の端々が光を帯び、持っている武器も光を放っている。
端から見ていれば、如何にも主人公が本気を出した、という見た目。
ではソレを見て青年が動揺するかと言えば、そうでもない。
ある程度の変化は、悪の大幹部達でも出来る。
「良い気なるなよ……こっから、が!?」
口上の途中ながらも、ナオトがもんどり打ってバタンと倒れる。
「ナオト!? どうして……」
何事かと見れば、当たったらしい石が転がっていた。
では何処から飛んで来たかと言えば、青年が投げたモノである。
投石と言うと原始的だが、実は強力な武器であった。
何せ神話に置いて、ダビデがゴライアスという巨人を打倒している。
青年は別に神話の登場人物ではないが、怪物である事に代わりはない。
ただの石ころでも、怪力にて投げれば立派な武器足り得る。
「いい加減にしろよお前ら? ペラペラペラペラとよ」
言いながら、次の石を拾い上げると、構える。
「話がなげーんだ……よ!」
狙いを定めると、石を放った。
放り投げたとは言え、凄まじい速度でソレは飛ぶ。
直撃を避けようと、斧を構えるリアだったが、着弾の瞬間、彼女は後ろへと数メートルはふっ飛ばされていた。
戦車の砲撃かと疑いたくなる程の威力。
「……ちぃ」
なんとか踏ん張り、斧を構え直そうとするのだが、斧が動かない。
何事かと見てみれば、既に接近してた青年の手が長い柄を掴んで抑えていた。
「な!?」
「あのなぁ、俺はよ、別に怯んだ相手を待ってるほど優しくないぞ?」
そう言うと、青年は柄を掴んだまま斧を振る。
当然、リアも武器を取られまいと握り締めるが、それはかえって事態を悪化させていた。
圧倒的な青年の膂力は、斧を持ち主ごと振り回す。
青年が放せば、リアも体勢を整えたかも知れないが、この時はそうはしなかった。
悪の大幹部相手には手加減を欠かさない青年でも、この時は僅かに怒っていたのだろう。
相手が斧にしがみついている事を知りながらも、そのまま地面へと叩き付ける様に振り降ろす。
ズドンと派手な音と共に、爆弾でも爆発した様な土埃が散った。
✱
土煙が晴れる。
其処では、大の字成ったリアが寝ていた。
寝っ転がるリアを、青年はジッと見下ろす。
「サッサと武器なんざ放しゃいいもんをよ」
取られたら最期とでも思って居たのか、それとも離せなかったのか、何にせよリアは失神していた。
よくよく見れば、胸は上下している事から息は在る。
叩き付けこそしても、バラバラには成っていない。
それはつまり、青年が【手加減】をしたという証拠である。
フンと息を吐くと、斧を放り出す。
持ち主から離されたせいか、放っていた光は散ってしまう。
しゃがみ込むと、耳を澄ます。 すると、微かに呻きが聴こえた。
「さぁて、どうしたもんかなぁ……」
言いながら、青年は先に投石にて倒したナオトを見る。
余程強く当たったのか、未だに寝ている。
この時点で、決着は着いていた。
青年が悪の大幹部であれば、詰みである。
負けた正義の味方をどうしようが、それは相手が決められた。
とは言え、別に青年は倒れた二人をどうこうするつもりは無い。
仮にこの場で二人を始末しても、次が現れる事は予想が出来ている。
それは青年の経験による勘がそう言っていた。
何人も何人も、誰を倒した所で、直ぐに次が出て来る。
倒しても、倒しても、終わりが来ない。
現れる敵を打ち倒して行く内に青年の力は増していった。
いつしか、自分が敵を食い散らかすだけの怪物なのだと悟った時、青年はソレを止める方法を模索して居る。
倒しても駄目ならば、何処かで歯止め掛けねば終わらない。
だからこそ、二人へとトドメを刺すつもりは無い。
「さぁてと、じゃあまぁ、とりあえず……」
それでも、釘を刺す必要は在った。
今後とも悪の組織と上手くやっていく為には、二人は邪魔でしかない。
であれば、多少脅しを掛けてでも、今後は邪魔をしないと確約させる必要が在る。
しかしながら、端から見て居ると、覆面で顔を覆う怪物が、正義の味方へとトドメを刺す為に近寄る様に見えてしまう。
其処へと誰かが駆け込んで来る。
「待ってください!」
未だに昏倒しているナオトへと近付く青年の前には、リアとは別の誰かが立ちはだかって居た。
ソレは誰なのか。
悪の組織に構成員がそれなりに居る様に、正義の味方の秘密基地にも多少は人が居る。
そして、その人物は、かつて悪の巨大兵器へと正義の味方を送り届ける為に、尽力した一人でもある。
白衣を纏う女性は、両手を広げていた。
その様は、如何にも【私が守る】とでも言いたげだが、別に青年にはトドメを刺すつもりは無い。
にも関わらず、女性の目は明らかに青年を非難していた。
「この人は、仲間じゃないんですか!? どうして、こんな事を」
内情を知らない外野は、時に平然と持論を呈するが、ソレは青年に取っては不快でしかない。
かと言って、言い訳をする気も失せてしまう。
「はぁ……仲間ねぇ」
先に手を出したのは、ナオトとリアであり、青年はそれに対して少し対応したに過ぎなかった。
それでも、ほぼ一方的に二人を倒している事には間違い無い。
「で?」
ナオトを庇う女性研究員に、青年は鼻を鳴らす。
「……えっと」
「いやだから、どうすんの?」
その気になれば、女性を退かす事は難しくは無い。
ちょっとすみませんと箱でも片付ける様に退いて貰えば良い。
見た目にはただの人間ながらも、青年は小さな怪獣でしかない。
生身の人間が止められるのであれば、悪の組織の誰もが苦労はしなかった。
「お……」
「お?」
「お願いします! ナオトさんを……許してあげて!」
逃げ出す事も抵抗する事も出来ないとなれば、もはや打てる手は多くは無い。
そして女性研究員は、その中から【懇願】を選んでいた。
一切合切をかなぐり捨て、命乞いをして相手の慈悲に縋り付く。
怪獣相手にソレの効果は期待出来ないが、相手は覆面で顔を隠していても、青年であった。
必死な懇願に、青年はと言えば長く息を吐く。
それでも、顔は覆面に隠されて見えていない。
「やっぱりかぁ……」
酷く残念そうな声と共に、青年は退こうとしない女性に背を向けてしまう。
元々から殺すつもりは無いが、それ以上に、未だに転がる仲間を庇う声が辛かった。
命懸けで相手を護ろうとするのは、並大抵の覚悟で出来る事ではない。
ましてや、小さくとも怪獣の前に身を晒すのだ。
その行動は、相手の意思を現している。
「えっと、あの……」
戸惑いを隠さない女性に、青年は軽く片手を挙げていた。
「どうせ暇なんだろ? だったら、介抱でもしてやれよ……じゃあな」
この場では、自分が必要とはされていない事に、気付いてか、青年の寂しげな顔は覆面で隠されていた。
✱
ナオトとリアの二人を並べ、容態を窺う。
気絶こそして居ても、二人は死んではいない。
投石の直撃を受けたナオトの額には痛々しいコブが出来ているが、命に別状は無さそうである。
リアにせよ、勢いよく叩き付けられた事で昏倒しては居ても、その内意識は戻る。
ホッとする女性研究員だが、ふと、近付く者の気配に気付く。
「やってしもうたのう、珠姫君」
「博士」
女性の名を呼んだのは、秘密基地の所長兼任の博士。
専らの仕事は、正義の味方の為の武器や装備の開発である。
「やってしまった……とは、どういう意味です?」
「わからんか? 最近のおなごは男心には無関心でいかん」
「ですから、どういう意味でしょう?」
「やれやれ……これでは、彼が去るのも無理も無い」
どうにも要を得ない博士の声に、研究員はムッとする。
「彼も人じゃろう? それなのに、誰からも見向きもされないと知ったら、どうする?」
「そんな事を、言われたって……」
そう言われた所で、全ては後の祭りであった。
結局の所、誰も彼もが派手なナオトへと目を向けはするが、逆に地味な青年には目をくれなかった。
もしも、正義の味方の陣営の誰かが青年に目を向けて居たならば、或いは結果は違ったかも知れない。
しかしながら、既に青年は去っていた。
「最も、ワシもその責任の一端だから、言えた義理もあるまいか」
黙って我慢してくれる事を良い事に、博士の青年に対する対応も御座なりであったことは拭い去れない。
意気消沈するタマキ研究助手と博士。
そんな中で「博士」との声がする。
ハッとした二人が見てみれば、ナオトが意識を取り戻していた。
「おぉ、流石は正義の味方、頑丈よのう」
「そんな事より、俺を、彼奴より強く出来ないか?」
ナオトの申し出に、博士の鼻が軽く鳴る。
「無茶言うわいのう、あんな怪物と並ぼうと言うんかい」
「頼むよ」
必死な顔を見せるナオトを抱きかかえる研究助手と、見下ろす博士に寝込むリア。
この場の誰もが、居なくなってしまった青年には気を向けて居なかった。




