人食いの化け物
悪の組織に取って、正義の味方の三人の内、目の上のたんこぶなのは青年である。
如何なる大幹部や兵器を送り込んでも、ソレを倒されてしまう。
まだ対立していた頃も、総統は、それはそれは青年の事については頭を痛めていた。
特に目立った何かを出来る訳ではない。 何か特別な力を持っても居ない。
空も飛ばず、手から光線を放つ事も無ければ、火も吹かない。
元から丸腰であり、武器に何かの付呪をするという事も無い。
何も無いその代わりに、ただ単純に強いのだ。
そしてそれこそが、悪の組織を大いに悩ませた問題である。
単純に強いという事は、地味なのだが其処には欠点らしい欠点が無い。
アレが駄目、コレが駄目も無ければ、何かの触媒を必要ともしない。
ただただ、単純に強過ぎる。
其処に穴が無いのでは、弱点の突き様も無い。
巨大な岩や、頑強なダムですら、僅かの亀裂、ヒビで其処から一気に割れるという事も往々にして起こり得る。
だが、ソレが無ければ正に鉄壁であった。
だからこそ、悪の組織は総力を結集し、超巨大兵器にて最後の戦いを挑もうとした程である。
その結果から言えば、件が切っ掛けと成って正義の味方がバカらしく成った青年は、敵である筈の悪の組織と手を組む事を選んでいた。
ただ、其処には青年の持論が大いに関係して来る。
相手をどれだけ撃ち倒した所で、また次が現れ、その次を倒しても、また別の者が現れた、其処には際限が無い。
だからこそ、青年は悪の組織を全滅させず、程々に演じるという事を選択している。
そのまま、ソレが末永く続くと思われた所で、横槍としてあの二人が現れて居た。
このままでは、悪の組織が再び危機に見舞われてしまいかねない。
其処で、総統は脅威である青年を引き込む事を画策しても居た。
「如何です?」
総統の声に、青年は腕を組んで鼻を唸らせる。
正直な所では、別に悪の組織に加入する事は嫌ではない。
寧ろ、正義の味方などは馬鹿らしいとすら青年は考えている。
鼻をウームと唸らせる青年を、総統は真摯な目で見る。
総統である以上、組織の事はある程度は把握していた。
特に、自分の手足となって動いてくれる大幹部については知らねば始まらない。
その意味で言えば、大幹部達の変化は顕著と言える。
特に目立ったのはファイアーガールとシャドーレディの二人。
以前ならば、覆面で顔を隠した青年に大して、大幹部は露骨な嫌悪を示していた。
火吹き女ことカエデなど、事ある毎に【あの野郎、次こそぶっ殺してやる】と物騒な言葉を吐いては何かに八つ当たりをしてた。
アヤは見た目には怒っているのか平常心なのかは定かではないのだが、彼女の周りには霧の如く闇が浮かび、周りの者の視界が狭まる程である。
そんな彼女達だが、ある日以来、まるで憑物が落ちた様に落ち着き、変わった印象を周りには与えていた。
先ずカエデだが、休暇明けから色々と雑誌を買い漁り、インターネットであれやこれと調べては何かの研究を始めているという。
特に目立った報告は、まるで花嫁修業の様だ、と言ったモノすら在る。
次に影女ことアヤだが、如何に元々が綺麗な顔立ちで在っても、能面の如く無表情では色気に欠けてしまう。
そんな彼女も、先日の一件以来、無造作だった前髪は整えられ、時折見える顔に微笑みを称える。
元々の顔の造りも相まって、異様な色気を放ち始めて居た。
大幹部達の変化は、総統にすれば些か寂しくも在れど朗報とも言える。
何せ、二人を上手く出汁に使えば、無敵の青年を自分の手中へと収めてしまえる。
そうなれば、もはや敵など居ない。
残りの大幹部が多少は文句を言うかも知れないが、組織に置いて総統の命は絶対である。
後は、邪魔な正義の味方二人を片付けて、悠々と地球を治めれば良い。
非道い考えかも知れないが、元々彼は悪の総統である。
悪者である事には違いないのだ。
「……なぁ、総統さん」
「はい?」
通常、総統という事は敬称に【さん付け】はしない。
元々が相手を敬う呼び名なのだから。
だからか、呼ばれ慣れている筈の総統は目を丸くしていた。
「俺は思うんだよ」
「はぁ、何をですか?」
「そっちのさ、カエデからも誘われてんだけどさ、コッチに来いってよ」
「そう、ですか」
「でもよ、もし、今居る正義の味方全員ぶっ倒したら、どうなる?」
「それは……」
解らない。
そう答えようと思った総統だったが、言葉を止めていた。
青年から、自分達の以前にも悪党は居たという。
それら全てを打倒してもなお、新たに現れたのが総統率いる悪の組織であった。
そして、正義の味方とは呼び名が違うだけで、怪物である事に変わりはない。
偶々、その者達が何方の側に立っているのか、というだけだ。
そんな正義の味方を仮に全部倒した所で、次が出て来ないという保証も無い。
寧ろ、もっと強い者が現れるのが道理である。
宇宙の真理なのかは定かではないが、何処からともなく、ソレが湧いて出て来てしまう。
倒した所で、際限無く。
つまりは【終わりが来ない】という事に他ならなかった。
次から次へと現れる者は、少しずつ少しずつ強くなる。
勿論、戦えば何方かが負け、何方かが勝つ訳だが、その度に。
その意味で言うと、青年は今の所はその頂点に立っていた。
そんな青年だからこそ、程々の所で止めようと試みている。
今ならば、悪の組織と戦う正義の味方という芝居で済んでいるが、仮に青年よりも強い者が現れた場合、その被害は計り知れない。
「あまり、考えたくないですね」
「だろう? だからさ、程々の所で止めときゃ良いってのによ。
あのバカ二人には、そんな事はわかんねーだろうなぁ」
人の欲には、歯止めが無い。
何処まで何かを積み上げた所で、意味が無く、その実は穴の空いたバケツに水を注ぐ様なものである。
注いだその場から、下へと水は抜け落ちて残らない。
その意味で言うと、青年は自分が倒し続けた者達を思い返す。
宇宙に法則にもっと早く気付いて居たなら、多くの者を救えた筈だった。
知りませんでした、では通らない。
何せ、死んだ者はもう帰っては来ないからだ。
ソレを少しでも紛らわそうと、酒を呷る。
だが、青年に取っては意味が無い。
どれだけ飲んだ所で、水を飲んでいるのと同じだった。
「あ、そういや総統さん」
「はい」
「嫌いなモンって、ある?」
「え?」
困惑する総統を他所に「失礼致します」と声がする。
スッと開けられる戸口。
二人の間にある卓の上には、徳利が幾つかと、鍋とが並べられた。
「お待たせしました、どうぞごゆっくり」
入って来た時と同様に、また戸が閉められた。
「え~と、コレは」
「すき焼きだよ。 よくよく考えたんだけどさ、好み知らねぇって思ってさ」
前回は個別に二人の前に色々と並べられたが、今回は鍋であった。
カチッと音がして、卓上コンロから鍋に火が入る。
熱く成った所で、牛脂を投入し、脂を回す。
其処へ、牛肉が数枚敷かれた。
総統の見ている前で、ジュウと音を立てて焼かれ始める。
「すき焼きって煮るんじゃないんですか?」
「お? あぁ、関東風と関西風って選べたけど……ま、たまには良いかなぁってさ」
六割ほど肉に火が入った所で、肉の上に直接砂糖を振り掛け始める。
温度によって砂糖が溶けた所へ、サッと醤油を掛け回す。
酒も入れるが、あくまでも垂らすのみで煮るほどには注がない。
総統にすれば、何とも言えない光景であった。
天下無敵の超人が、悪の総統の前ですき焼きを作る。
「……ほい」
実に手慣れた様子で小皿に肉を取ると、ソレを差し出す。
「あ、どうも」
何となく、接待を受けている気分の総統は、そんな事を言ってしまう。
「卵付けるならソッチに在るからさ、好みに任せるけんど」
次を焼き始める青年に、総統は一応の気を使い渡されたソレを試していた。
直接砂糖を振っては甘過ぎるかとも思えたが、肉の脂と醤油の旨味と塩分がそれぞれ絡み合い、煮るのとは風味が違う。
味に付いて言えば、脂肪糖分塩分と相まって、不味かろう訳が無い。
その組み合わせは、古今東西、全ての人類が根源的に【美味い】と感じる組み合わせであった。
意外な一面を覗かせる青年に、総統はチラリと目を向けると、小皿を置いていた。
「こんな事を言っては失礼でしょうが、意外ですよ」
「うん? あぁ、ヤモメが長いからな。 そりゃあね、コレぐらいは自分で造らないと食えないし」
ほぼ無敵の超人の割には、青年は無欲だと総統は感じる。
溢れるばかりの力を持っている筈なのに、ソレを顕示しようともしない。
もし暴れ回ろうものなら、誰も止められない筈である。
こうなると、疑問が湧いた。
「不思議ですよね」
「おん? 何が」
「もし、私が貴方だったら、もっと好き勝手やってますよ」
特に目立った何かを出来る訳ではない青年。
ソレを表現する為に、総統は彼を【食物連鎖の頂点】と捉えていた。
並ぶ者が居ない、絶対的な強者。 恐れるものなど何も無い。
「どうして、やらないですか?」
悪の総統としては、どうしても尋ねずに居られない。
もしもその気が在れば、青年はずっと以前から大幹部達を手籠めにする事も容易い筈である。
相手の意思など関係無く、貪り食う。
サバンナに置いて、一々シマウマに【食べていいか?】とお伺いを立てるライオンは居やしない。
襲い掛かった所で、誰が止められるのか。
「なんでって、総統さんは、寂しいって……わかるか?」
「は? それは、まぁ」
言葉としての意味でなら、総統も解っている。
心が満たされず、物悲しい。
だが、言葉の意味が解っていても、実感が在るのかと言えばそうでもない。
悪の組織を率いる以上、其処には大勢居る。
統率しなければ行けないのだから、部下を把握し、時には計画を練り、指示を与える。
必要とあれば、部下の尻拭いもしなければ成らない。
呼び名こそ違えど、総統は、悪の組織という会社の社長という立場であった。
一見する分には奥でドデンと座っている印象があるものの、それは総統の一部でしかない。
実際には多忙である。
「じゃあ、貴方は……寂しいんですか?」
単刀直入に聞かれ、青年は苦く笑う。
「なぁ、総統さんは、RPGってやった事ないか?」
青年が言う物は、ロールプレイングゲームの略。
その意味を言うならば、役割を演じるという事になる。
「多少は……」
「こうさ、魔王が居て、ソレを倒そうとする勇者? が、雑魚敵倒しまくってレベル上げる奴だよ」
「うんまぁ、そういう物でしょうね」
何気ない総統の声に、益々青年の顔は苦味を増す。
「次から次へとぶっ殺して、身包み剥ぎ取ってさ、ソレを売って新しい武器を手に入れて、またぶっ殺す。 どんどんどんどんレベルが上がってく、また新しい武器を手に入れて、次を探し回って殺して、また次へ。 もっともっと強いのは居ないのか……ってさ」
言いながら、青年は鍋の肉をソッと総統の小鉢へと置いていた。
次に野菜を鍋に入れて焼きつつ、酒を少しだけ注ぐ。
熱い鉄鍋に酒が触れた途端に、湯気と音が立つ。
「もっともっとって……そうやってる内にさ、おらぁ気付いたんだよな」
「何にです?」
続きを聞くべく、総統は促す。
「あ、化け物は、俺だった……ってさ」
幾ら大義名分を用意した所で、やっている事に実は差が無い。
立っている側が違うだけである。
「どうして、そう思うんです?」
「どうしてって……強くなった実感が欲しくなってさ、段々と魔物じゃあ我慢出来なくなって、人を食い始めるんだよ、そういう化け物ってのはさ。 同じ様な強い奴が居れば、ソイツを食い殺して、また探すんだ。 どっかに強いのは居ないのか、俺は強いぞってな」
何とも言えない何かを、青年は発していた。
空気が淀むとでも言うべきか、ヤケに重いのだ。
「最初はさ、楽しくて楽しくて仕方なかったんだ。
放っといても向こうから次から次へと来てくれんだ、笑いたくなるよな」
言いながら笑っていた青年だったが、いつしか重苦しい空気は消え、その笑みも失せていた。
「でもさ、もう誰も居なくてさ、しょうがないから、今度は自分から探しに行くんだよ。
もっともっと……ってさ」
其処で、落としていた顔を上げる。
「でだ、気付いた訳よ。 俺の方が他人を食い散らかす怪物に成っちまってたんだって」
総統が抱いていた印象とは、違う青年の姿。
本来ならば、もっと身勝手な正義を振りかざす姿を思い浮かべて居た。
だが、絶対的な恐怖を振り撒くはずの強者は、誰も居ない事を寂しいと訴えて居た。




