大芝居
段取りが済めば仕事が始まる。
つまり、悪の計画が実行へと移されていた。
✱
道路と言えば、彼方此方を車が走り回るのが普通。
もし、そんな場所を闊歩して居る者が居たならどうか。
運転手は慌ててブレーキを踏むだろう。
道路のど真ん中を歩いていた奴をハネました、では言い訳でも通らない。
例え相手が道路を闊歩していても、悪いのは運転手とされてしまう。
そうなれば、運転手も鶏冠に来てしまう。
「おいゴルァ!! 何考えてんだぁ!?」
窓を開け放ち、運転手の怒号が響く。
怒り心頭の運転手だが、歩いていた真っ黒な人物はスッと足を止めた。
くるりと振り返れば、顔が窺える。
真っ黒な中に、まるで日焼けしていない白い肌が映える。
「……失礼」
一応は謝っているのだろう。 そんな声に、運転手は息を飲んでいた。
それ程の美人に、魅入られる。
一言入れてから、また歩き出す女にポカンとさせられる。
そうなると、渋滞に成ってしまうが、その意味は在った。
「……お、なんだ、雨か?」
急に空に影が指す。
窓から顔を出して見上げると、其処には何かが浮いていた。
✱
突然、街のど真ん中に怪しい飛行物体が現れたなら、どうなるか。
単純に、大混乱である。
何とも怪しい音を立てながら、ふわりふわりと浮いているソレは、悪の組織が放った浮遊兵器。
何本もの触手が垂れ下がる様は、海の中を漂う海月を想わせる。
何故に浮いているのかと言えば、前回の轍を踏み、道路への被害を避ける為であった。
「うわぁ!? また悪の組織か!!」
と、ソレを誰が言ったのか、コレは問題ではない。
悪の組織が現れた、というのを人々に認識させる事が重要であった。
当然の事として、侵略には機械だけではなく、それには大幹部が随伴するのが常である。
通常の軍隊に置いても、戦車には随伴歩兵が不可欠であった。
対施設に対して立ち回りは出来るが、機動兵器の欠点として細かい相手には対処が出来ない。
その為にも、ふわふわと浮かぶ怪しいマシーンの下では、真っ黒な如何にも怪しい女が闊歩して居た。
「と、止まれ!」
当たり前の事だが、街には警察署が在り、其処には警察官が常駐して居る。
例え相手が悪の組織や巨大兵器とは言え、出動出来ませんとは言えない。
誰がしたにせよ、通報を受けて大勢が駆け付ける。
何丁もの拳銃が向けられるが、女の顔は窺えない。
顔の殆どは、垂らした前髪に覆い隠され、見えるのは口元だけ。
実に妖しい紫色。 そんな唇が、微笑みへと変わる。
「……ん? なんだ」
何か異様な音がする方を見てみれば、警察官達の影が勝手に動いていた。
影が動くという事は、その持ち主はその通りに動かねば成らない。
「うわ!? か、身体が、勝手に!?」
自分の意思を無視して両手は広がり、銃を手放してしまう。
「怪我したい?」
脅しというよりも、忠告とも取れる声。
女の口からは、明確にこれ以上近寄るなと言っていた。
怪しい真っ黒な女は、組織での通り名はシャドーレディである。
直訳なら影女となる訳だが、その二つ名は伊達ではない。
影や暗がり、夜の闇が、彼女の武器であり防具でもある。
以前に青年と戦ったカエデに比べると、異質な者。
本人はただただ歩いているだけだが、大幹部としての異様を放っていた。
✱
怪しい女に加えて、空に浮かぶ異様な兵器。
街が大混乱に陥るには、十分だろう。
ただ、一際高い建物の屋上では、覆面で顔を覆い隠す青年がジッと出を待っていた。
「なんだかなぁ……やり辛ぇやな」
ぎこちないとしても、ほんの少し前に共に茶を飲んだ女と死闘を演じねば成らない。
ソレは、正義の味方役である青年に取って、気楽でもなかった。
互いに名乗る前、知り合う前ならば、平然と退けられた。
何せ向こうも青年を殺そうと掛かって来る。
そんな相手ならば、青年にも遠慮は要らない。
だが、今や青年は街を混乱に陥れている相手を知っていた。
それだけでなく、彼女には人を殺す意志は無い事も、街を破壊しようとするつもりも無い事まで知っている。
その証拠に、ふわふわと浮遊する兵器は道路には傷を付けて居なかった。
あくまでも、アヤと彼女に随伴する機械は、悪の組織を演じているだけである。
敵意の無い相手と、死闘を演じねば成らない。
ソレが仕事だとしても、青年にすればやり辛い事この上ない。
「ま、でも……待たせちゃ悪いよなぁ」
仕方ないと、自分を奮い立たせ、その場から跳んだ。
✱
特に何かをして居る訳ではないが、女はスッとある方へと顔を向ける。
すると、そちらの方角からやって来る者の姿が見えた。
「やっと来た。 待つのも疲れる……」
ぽそりと吐かれる言葉は余りに小さく、誰にも聴こえない。
ただ、声色は待ち人待っていたものである。
いつもであれば、道路の被害など顧みず着地を決める青年だが、この時はそうはしない。
建物の壁や屋根を伝い減速しつつ、機械の下、悪の大幹部の元へと急ぐ。
ストンと着地を決めるなり、青年は大幹部をビシッと指差した。
「やい! この……えっと……シャドーレディ……さん」
どうにもしどろもどろな台詞。
これから戦う相手に【さん付け】してしまう青年。
それを聴いてか、女は唇を少しだけムッとさせる。
「……大根」
「んぐ……」
か細い声は青年の演技力不足を指摘する。
そんな声に、青年は息を吸い込んでいた。
「此処で遭ったが百年目! 今日こそお命頂戴いたーす!」
何となく、読み覚えていた句を口にする。
すると、大幹部の髪が蛇の如く持ち上がっていた。
「それ、私の台詞」
「あ……」
「もういい」
スッと片手が挙げられると、上で浮いていた機械が応じた。
触手の一本が、青年の方へと向けて振られる。
見た目は兎も角も、それなりの質量と体積が在れば、その威力は凄まじい。
「おっとぃ」
パッと跳んで触手を避ける訳だが、その重さと威力を示す様に、道路からは、埃が舞っていた。
最初の口上の不出来は置いておくとしても、機械の攻撃を避ける青年の姿は派手だった。
ブオンブオンと風斬り音を立てながら振り回される触手は、的確に青年を狙っている。
ただ、機械が狙うのはあくまでも青年であり、街の構造物やその辺に乗り捨てられた自動車は的確に避けていた。
元より、大型の機械で小さな人間を狙うのは効率が悪い。
周辺への被害を無視するならば、もっと派手に機械は立ち回れるが、そうも行かない事情が在った。
「あ~……そろそろかなぁ」
伸び来る触手の一本を、青年は捕まえる。
ドンと派手な音がして、数メートルはズリ下がるが、それを止められる青年の膂力の強さを示していた。
「せぃ、や!」
触手を掴んだまま、一本背負いの要領で身体を動かす。
浮いている筈の大型兵器が、グラリと揺れた途端に、急速に振られる。
このままでは、悪の秘密兵器は一巻の終わりと成るだろう。
ただ、随伴する大幹部も、観光に来た訳ではない。
機械を道路に叩き付け様とする青年の影から、何かが飛び出していた。
「うおっと!!」
慌てて触手を放し、回避に徹する。
影とは、地面からは離れられない以上、青年が飛び退ればそれ以上は追えない。
半ば墜落し掛けた機械も、何とか体勢を整え、落ちるのは免れる。
そんな機械の上へと、建物の壁を蹴って乗る青年。
程なく、正義の味方を追うように大幹部も機械の上に立った。
「バカ」
「んな!?」
急な暴言に、正義の味方は憤慨するが、大幹部はご立腹らしく腰に手を当てている。
「まだ数分しか経ってない」
予定されている時間がある以上、そう簡単に機械を壊されては困るのは大幹部であった。
機械を見せびらかす事で、ソレを脅しとして使う。
その筈が、簡単に壊されたのでは脅しに成らない。
「……あぁ、そっかぁ」
「仕事でしょう、ちゃんとして」
大幹部の声を機に、大型兵器の頭上は即席の舞台と化す。
持ち上がった触手は青年を叩こうとし、その間撃を縫って大幹部が攻撃を仕掛けて来る。
その様は、見ている側に実に派手な画で在った。
そして、して居る側にしても大変である。
「おいおい……本気で殺しに来てないかぁ?」
言葉の割には焦っては居ない。
それでも、何度となくアヤと対峙した青年にすれば、相手の本気を窺っていた。
影を操るという時点で厄介なのだが、大幹部の力はそれだけに留まらない。
実体が存在しない筈の影から、棘が飛び出して来る。
生身の人間ならば、あっという間に串刺しで在ろう。
「どう思う?」
思わせ振りな声と共に、大幹部からは笑いが漏れる。
実に反応に困る答えだが、青年の足が止まっていた。
「……んが、影縫いか」
警察官を止めた時と同様に、青年の影が青年を抑えてしまう。
ただ、規格外の力まで抑えきれない。
動かない筈の身体は、青年の意思によって動く。
だが、動きが鈍ればそれはそれで十分であった。
大型兵器の触手が振り上げられ、青年を叩こうとする。
見ている者達にすれば、正義の味方の窮地に見えていた。
そんな時である。
何処からともなく、何かが飛んで来る。 それは槍の様な物。
ドンと音がして、大型兵器からは火を噴き出していた。
グラリと揺れる機械はバランスを崩し、建物へとぶつかってしまう。
初めての街への被害が出たが、コレは二人が意図したモノではない。
「んな!? どうなってんだ!?」
本当ならば、ある程度は戦った後に、青年が機械をそれなりに壊し、やんわりと道路に着地させる筈だった。
それならば、街には大した被害は出ない。
「……来た」
「きたぁ?」
大幹部の声に、すわ何事かと青年も視線を追う。
すると、其処には居ない筈の二人が立って居た。
「みずくせぇじゃないか! 戦ってんなら、呼べよ!」
「そうだよ!」
そんな声を張り上げるのは、青年の仲間と言える二人。
どうやら、いつの間にか旅行から帰って来ていたらしい。
覆面で顔を覆っている以上、隠されては居る。
だがその中では、青年は露骨に嫌な顔を浮かべていた。
「あのバカ共が、余計な真似しやがって」
それは、仲間へと向けるべき言葉ではなかった。




