新しい仕事
悪の大幹部ファイヤーガールことカエデと別れてから、暫し後。
とある日、この日は仕事の予定が在ったが、青年はその前に別の場所に呼び出しを受けていた。
✱
其処は、得に目新しい事もないファミリーレストラン。
場所は問題ではない。
問題なのは、青年を呼び出した相手である。
店に入る前に、一応は届いたメールを確認する。
【至急此方へ来られたし 影より】
単刀直入な文書は、それを送ったで在ろう者の為人を現していた。
それを見た青年はうーん鼻を鳴らす。
「……てかさぁ、誰だよ、勝手にアドレス漏らしたのは」
思い当たる人物は多くはない。
それを含めて、確かめるべく青年は店へと入って行った。
✱
明るい店の中では、軽い音楽が流れる。
その中では、めいめいが食事を愉しんだり、会話に花を咲かす。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
青年を見掛けた店員の声。
「あ、いや、先に……連れが来てる筈なんすよ」
「はいはい、ではどうぞ」
店員は違う仕事へと向かい、青年は待ち人を探す。
そして直ぐにある事に気付いた。
明るい筈の店内に、妙に空気が重い所がある。
まるで、其処だけ重力が変化でもしたかの如く。
そんな重苦しい空気の中心には、一人の女性が座っていた。
傍目に評価を下すなら【ゾッとする程の美人】とでも形容すべきだろう。
ただ、周りには誰も座ろうとしないのは雰囲気のせいかも知れなかった。
そして、青年に取っては、見知らぬ人ではない。
戦っている時は、眺めている余裕が無かったが、よくよく見れば見惚れてしまう。
とは言え、別に眺めに来た訳でもない。
「……んっんぅ……あ~、すみません、此方、宜しいでしょうか?」
咳払いを挟みつつ、一応は声を掛けてみる。
すると、伏せられていた目蓋が開いた。
グリッと目玉だけが動き「どうぞ」と、か細い声がする。
先だって出逢った少女に比べると、真反対の印象。
青年に呼び出しを掛けたのは、やはり大幹部の一人であった。
暫く後、店員の「お待たせしました」との声と共に、二人の前にはカップが置かれる。
「お、どうも」
カップを受け取りつつも、チラリと目をやる。
普段であれば、特には難しくは考えず、敵味方に別れて戦うだけ。
その筈が、わざわざ平時に呼び出されてしまう。
何故に大幹部が青年を召喚したのか、理由は謎だ。
「あ~、メールくれたみたいで、なんか用……ですかね?」
おずおずと座る青年に、対面に座る真っ黒な女はチラリと目を向けていた。
垂れ下がった前髪のせいで、半ば隠れているが、全く隠れても居ない。
「……今回の相手は、私だから」
どうやら、相手は青年と総統が結んでいる協定に付いて知っているのだろう。
口数が少ない故に、全ては把握できないが、青年は、あぁと声を出していた。
「はぁ、なるほど」
どうにもぎこち無い青年に、女は横に持参して置いて在ったらしいモノをスッとテーブルへと差し出す。
それは纒められたコピー用紙。
表紙にはデカデカと【台本】と手書きで書いてあった。
「え~と?」
「今日の段取り……良く覚えて」
快活なカエデと比べると、良く言えば落ち着いた、悪く言えば暗いという印象を与える女に、青年は何とも言えない思いであった。
一応は、露骨な敵意を向けられている訳でもない。
強いて言えば【よくわからん】という感覚である。
「これはまた、ご丁寧にどうも」
出された用紙を受け取りつつ、チラリと女を窺う。
見てみれば解るが、その目はジッと青年を見ていた。
感情豊かなカエデに比べると、どうにも反応に困る。
ただ、尋ねて置きたい事も青年には在った。
「えっと、ちょっと、聴いてもいいっすかね?」
「……なに?」
「俺と、そっちの総統が何してるか、知ってるん……ですか?」
何となく、敬語になってしまう青年に、女性は小さく頷く。
「知ってる」
「あ、そうですか」
拍子抜けする程に、感情の起伏を見せない女に、青年の方が気圧される。
「でも、怒っては居ないん……すかね? ほら、何ていうか、裏でコソコソと言うか」
問い掛けると、女は僅かに目線を落とす。
実に重苦しい沈黙が、たっぷり十秒は続いた。
妙に息苦しいのは、なんの作用かは不明である。
「……別に」
怒っているのか居ないのか、いまいち判別が付かない。
ただ、其処まで気にしている様子も無かった。
そうは見えないだけかも知れないが、青年は読心術は使えない。
場が重苦しい事に加えて、反応に困る。
「あ~、そういえば彼奴……いや、カエデ……さんの方は?」
何となくあの後が気になった青年は、同じ大幹部である女性に尋ねて居た。
すると、ほぼほぼ無反応といえる女の眉が、ピクリと動く。
眉がだけでなく、目がギロっと動いて青年を捉えていた。
「……どうして、貴方があの子の名前を?」
「うぇ?」
言ってしまってから、青年はしまったと感じていた。
言われて見れば、今までに、互いに名乗り合う機会は無かった筈である。
にも関わらず、青年は大幹部の名前を知っていた。
本人が名乗りでもしない限り、それを知り得る筈が無い。
ただ、考えてみれば、目の前の女性は青年と総統の密約を知っていると言う。
であれば、今更に隠し立てをする事でも無かった。
「いやまぁ、この前にちょっと……色々と奢らされましてね」
青年の主観で言うと、少女との一日はデートとは思っていない。
精々が、親戚のお嬢さんに付き添った、という感覚であった。
少女の名を知った理由を聴かされた女性は、目を細める。
「……そう。 道理で、やけに機嫌が良いと思った」
ボソリと吐かれる悪の組織の内情。
どうやら、青年との一件以来、カエデの機嫌は上々と言う。
その意味では、今回の相手が彼女でないと解かれば青年もホッと出来ていた。
何せ、一日とは言えそれなりに二人は語り合っている。
そんな相手とは、青年も戦い辛い。
「あ~まぁ、ご機嫌麗しゅうなら、良ござんすけど」
「……ところで」
「はい?」
「あの熊は、貴方が贈ったモノ?」
垂らした前髪のせいで目線は殆ど見えていないのだが、どうやら女は案外色々と見ているらしい。
「……うーん」
果たして、悪の大幹部がどの様にクマを扱っているのか、贈った手前気にはなってしまった。
「えぇまぁ、なんか、欲しそうにしてたんで……」
当時の事を思い出しつつ、青年はそう語る。
すると、僅かだが女の唇が微笑んでいた。
「そう……だから、私が触ろうとしたら駄目って言ったんだ」
ボソリと出された言葉に、青年の頭の中では想像が浮かぶ。
何処かに在るであろう悪の秘密基地。
其処で、自分が持って帰ったクマを、他人に触れられる事を嫌がるカエデの姿。
微笑ましくも在るが、大幹部としてはそれはどうなのかとも思ってしまう。
青年がチラリと目を見ると、何かを思い出してか女は何とも言えない笑みを浮かべている。
邪魔するものアレかと思いから、手渡された台本の確認を始める。
「え~と……では失礼しまして、どらどら、と?」
表紙を捲り、中身を確認した所で、青年はギョッとさせられた。
細かい字にて、いつ何処で何をすべきなのかがびっしりと指示されて居る。
中でも、自分と女が、正義の味方と悪の大幹部を演じるに当たり、どの様な動きをすべきか、どの様な台詞を叫ぶべきかまでもが事細かく記されていた。
攻撃の際には何処に立ち、どの様な回避をし、次にはどう動くのか、その際の口上までもが羅列されている。
此等全てを演じきったなら、相当に派手な芝居だろう。
正に、一世一代の大舞台と称せる。
だが、とてもではないが数分やそこらで覚え切れる量ではない。
優秀な演技者かスタントマンが、たっぷりと時間を掛けて念入りに訓練すれば或いは可能では在るが、其処までの時間が無かった。
「え~と……あの」
恐る恐る、青年が声を掛けると、女性は顔を上げる。
「なに?」
「これ、とってもじゃあないんすけど覚え切れないかと……」
記憶力が弱い云々以前に、書いてある内容全てを暗記し、寸分の狂い無く演じきる自信が青年には無かった。
弱音を吐く青年に、女は初めての眉をハの字にして見せた。
「そう? 正義の味方なら、簡単だと思ってた」
返って来た感想に、青年の鼻がうーむと唸る。
「いやぁ、これ用意したのが誰か知りませんけど……」
「それ、私が書いた」
女の声に、青年は言葉を止めて居た。
危うく、コレを書いた奴は【どうかしてる】と言い掛けたからだ。
流石に本人を目の前にそれは言えない。
「なる、ほど。 えっと、まぁ、もう少しこう……簡単に……いや、初心者向けというか」
如何に超人とは言え、無理は無理と言わねば成らぬ。
もしも失敗しようものなら、相手が大怪我を負いかねない。
台本にケチを付けたくはないが、改変を要求する青年。
要求された女は、スッと片手を上げると、顎に当てる。
極僅かに小首を傾げると、鼻を微かに唸らせていた。
どうやら、思案して居るらしく、青年は固唾を飲んで返事を待つ。
カエデとは普通に接していたものの、別の大幹部相手には恐る恐るであった。
以前に戦って居た時などは、平常心のままだった筈が、今では、まるで面接を受けている気分である。
程なく、女はスッと顔を上げた。
「解った」
「はぁ」
「貴方は、アドリブで良い」
これもまた、反応に困る答えと言える。
やたらと細かい台本を渡したと思えば、今度な自由にやれと言う。
「良いんすかね、それで……なんて言うか」
やたらと念入りな台本を拵えてきた筈の女だが、ポンとそれを変えて良いと言う。
「無理に憶えろとは、言えないから」
困り顔の青年に対して、女は大して気にした風もなく、自分の前のカップを持ち上げ、口に当てていた。
真っ黒な事を除けば、何処かの令嬢が優雅に茶を嗜んでいると見えなくも無い。
同時に、青年はある事を思い出していた。
悪の大幹部として彼女と相対する際、青年は彼女の事を【真っ黒】と見たまんまに呼んでいる。
かと言って【お前】や【貴女】とも呼び辛い。
「あ~、こんな時にこんな事を尋ねるのもアレっすけど、お名前、お聞きしといても?」
青年の声に、女はカップ口から離す。
多少前髪に隠れては居ても、目を丸くしているのは見えた。
「え~と、あのう?」
困惑する青年から目を離し、女はカップを受け皿へと置いた。
「そう言えば、私達はお互いに名乗って居なかった。 それに、貴方の顔も、初めて見た」
言葉を一旦止めると、スッと息を吸う。
「私は……黒木、アヤ」
ポンとされた自己紹介に、青年は面食らう。
尋ねたのが自分とは言え簡単に答えてくれるとは思っていない。
なんだかんだと理由を付けて、本名をはぐらかされると思っていた。
「あ~、山田、英雄です」
自分の名を名乗った女に続いて、青年もそれに対して応えていた。
名乗り終えてから、自分もと茶を口に含む青年。
紅茶の芳しい香りが鼻孔を擽る。
チラリと見てみれば、アヤと名乗った女柔らかい笑みを顔に浮かべていた。
「そう、だからあのクマには、ヒデって名前が付いてたんだ」
ぽそりと出された思いがけぬ言葉に、青年は噎せていた。
意外な反応を見せる青年に、アヤの唇派柔らかい曲線を描く。
「……ところで、貴方のスマホ、貸して貰える?」
「あぇ? そりゃあまた、なんだって」
「連絡先を知らないと、困る」
「あ~、はぁ、そっすか」
あまり頓着が無いからか、青年は悪の大幹部に自分のスマートフォンを渡してしまう。
もしも相手が詐欺師ならば、大問題へと発展しかねない。
「貴方は、少しでも台本を覚えて欲しい。 全部とは言わないから」
「はいはい、まぁ、そっすね」
アヤの言う事に素直に従ってしまう様は、正義の味方とはとても思えない。
事実、アヤが青年のスマートフォンに何やらしていても、ソレは見えていなかった。




