最終かも知れない決戦
無限に広がる大宇宙。
其処には蜘蛛の巣の如く張り巡らされたコズミックウェブが銀河郡を繋いでいた。
そんな銀河群の端の一つ、おとめ座超銀河団。
更にその中の小さな銀河の一つ、天の川銀河。
更に更にその銀河の端でも無ければ、真ん中でもない、微妙な位置にある太陽系。
其処では、宇宙規模で見ると小さいが、惑星規模で見ると大きな戦いが起こっていた。
✱
地球を手に入れんとする悪の組織。
その組織が、全てを注いで創り上げた超巨大要塞が、衛星軌道にて浮遊している。
「うわー!? 助けてくれー!!」
「いやー!? 地球はお終いだわ!!」
地上から目視できる程に巨大な兵器とも成れば、もはや地上は阿鼻叫喚である。
だが、そんな巨大な兵器に向けて、地上から一条の光が走っていた。
相手が余りに巨大な為に、今更ミサイルやら光線などで落とせる様ならば苦労はしない。
光の発信源が何かと言えば、小型の宇宙船であった。
知らぬ者達から見れば【何処の馬鹿だ?】と言うかもしれない。
さて、そんな小型の宇宙船に乗り込むのは誰か。
今まで世界を悪の組織から護らんとしていた【自称正義の味方】である。
敵が巨大な兵器を出したという以上、彼等を知る者は未来を託す他はない。
地上のあらゆる所では、巨大な兵器に向かっていく宇宙船を固唾を飲んで見守っていた。
ただ、問題が無くはない。
超が付く程に巨大な兵器相手に、小型の宇宙船は何が出来るのか。
何処かの研究所らしい場所では、若い眼鏡の助手らしき女性が、隣の老人を見る。
「博士! 彼等は大丈夫なんでしょうか!?」
そんな問いに、老人の鼻は唸っていた。
設計した者にすれば、あの宇宙船が片道切符なのは知っている。
武器らしい武器などは一切積んでいない。
何はさて置き、兎に角速くという相手に辿り着きたいという注文しか受けて居なかった。
「ワシらに出来るのは、祈ることだけかのう」
素直な感想であるが、それを聞かされた者が安心できるのかと問われれば、無理があった。
「祈るって……科学者の我々がですか?」
誰にせよ、困った時は神頼みという。
実際の所、世界中ではそんな祈りが一応は捧げられていた。
但し、祈りに意味が在るのかと言われれば、答えは否である
その証拠に、巨大兵器とぶつかったらしく、僅かに小さな輝きは起こったが、相手はビクともしていなかった。
「あぁ、そんな……」
膝の力が抜けた様に、しゃがみ込む助手に対して、博士と呼ばれた老人は、静かに画面に見入っていた。
✱
小さな輝きは世界中を落胆させた事だろう。
但し、乗っていた者が全滅してしまったのかと言えば、そうではない。
覆面にて顔を隠す何者かは、兵器の表面に取り付いていた。
特段に足に磁石といった物も無ければ、接着剤も用いて居ない。
では、どうやって取り付いて居るのかと言えば、僅かな凹みに指の先を引っ掛けて停まっていた。
「あ~らら、傷一つ付いてないじゃんよ」
本人は独り言を漏らしているつもりなのだろうが、当たり前の事として伝達物質が無い宇宙に置いて、音は通らない。
あくまでも、自分の中で聴こえる。
其処で、ふと覆面はうんと鼻を唸らす。
よくよく見れば、一緒に来ていた筈の二人が居ない。
「お? あいつ等、どこ行った?」
仕方ないと辺りを見渡すと、なんと仲間の二人は、手足をバタバタとさせながら無重力空間に漂っていた。
どうやら、着地と言わず着弾の際、接地に失敗したらしい。
このままでは、二人は何処かへとゆったりと漂い、宇宙の藻屑となるのは避けられないだろう。
「あ~あ、しっかたねぇなぁ」
誰にも聴こえないのだが、そう言うと覆面は平然と指を放し、足で蹴った。
あっという間に漂う二人を掴まえると、近場に漂っていた宇宙船の残骸を蹴り、その反動にてまた巨大兵器へと取り付く。
本来ならば、巨大な兵器にはありとあらゆる迎撃用の武器が積んで在る筈だが、標的が余りに小さい為に照準が付けられない。
悪の組織にしても、まさか生身の人間が乗り込んで来るとは想定していなかったのだろう。
自分に必死にしがみ付く二人を気にせず、覆面は兵器にの装甲へと貫手を放つ。
並の武器では傷一つ付けられないで在ろう装甲の筈が、苦もなく貫手は突き立って居た。
「よっこらしょ……と!」
掛け声に意味が在るのか無いのかは兎も角も、覆面が力を込めれば、無敵の筈の装甲が剥がれていく。
無理矢理に捲られた装甲からは、中の空気が漏れ出すが、覆面は気にせず中へと入り込んでいった。
✱
当然の事ながら、宇宙船に隙間が出来れば大問題である。
中の空気は凄まじい音を立てて外へと逃げて行く。
そんな事に成れば、中に誰か居たならば必死に何処かにしがみ付いて居ただろう。
幸いな事に、偶々入り込んだらしい通路には人影は無い。
そんな中を平然と進んでいく覆面と、それに離されまいとしがみつく二人。
如何なる原理にて吹き抜ける空気に抗っているかと言えば、単に力付くで進んでいた。
暫く進むと、流石に空気漏れが不味いと悟ったのか通路その物が隔壁にて閉鎖される。
其処で、ようやく空気の流れが収まっていた。
「おい? もう大丈夫みたいだけど?」
そんな声に、必死に張り付いていた二人が手の力を緩める。
ドタドタと床に転がるなり、頭に被っていたヘルメットを取った。
今まで隠されていた顔が露わに成るが、顔を見せたのは二人の男女である。
如何なる原理にてヘルメットに収まっていた筈の髪の毛がバッチリと整っているのかは定かではないが、ヘアスタイルは瞬く間に整っていた。
「オイこら、冗談じゃねえぞ!?」
「そうだよ! あんな全開で突っ込むとかさ!?」
開口一番にて放たれたのは、操縦していた覆面への文句であった。
どうやら、宇宙船は突っ込む予定は無かったらしい。
「あん? んなもん、エンジン全開で突っ込むってのが、お約束ってもんだろうが?」
未だに覆面を取ろうとしないが、周りに空気がその低めな声を辺りに伝える。
声の太さから、それが男性である事は聴けば解る。
そんな覆面の声に、二人の男女はそれぞれが苛立ちを隠さない。
「お前なぁ! 博士が色々と用意してくれただろ?」
「別に突っ込む必要なんて無かったでしょうに!」
敵の本拠地に突入した割には、不機嫌な二人に、覆面からは長い溜め息が漏れていた。
「はいはい、わたしが悪ぅ御座いましたってね」
言いながら、腰を手に当てる。
どう見ても、仲間は突入の際に力を使い果たしたらしく、床にへたり込んで動こうとしない。
「で? どうすんだ? 休んでくってんなら、それだっていいけどよ」
覆面にすれば、巨大兵器に突撃した事も、無重力空間での出来事も、空気抜けによる烈風も、大した事では無かったのだろう。
但し、仲間二人もそうかと言えば、そうでもない。
「少し待ってくれ……」
「まってて、今回復させるから」
スッと女が手を男へ向けると、手の平が僅かに光る。
どんな原理でそれがどうなっているのか、覆面に取ってはどうでもいい問題であった。
「あ~、じゃあまぁ、回復したら、追っ掛けてくれれば良いから」
このまま待っていても、相手の組織が待っててくれる保証は無い。
其処で、覆面は自分だけで進む事にした。
「なぁ、これが終わったらさ……」
「ちょっと、そう言うのって死亡フラグってんだよ? 縁起でもないこと言わないでよ」
背後から二人の声が聞こえはしたが、覆面は振り返ることなく、黙々と足を前へと進めて居た。
✱
巨大兵器だが、其処は敵本拠期を兼ね備えているという。
と云うのも、わざわざ悪の組織が兵器を世界にお披露目する前に、堂々と宣言をしていたからだ。
【我が組織が総力を結集したこの要塞に、ひれ伏すが良い!】と。
つまりどう言う事かと言えば、敵の組織は今此処に集まっているという。
それは、覆面にしてみれば有り難い事だった。
地球という星は、外から見れば案外小さくも見えるが、実際に歩いてみれば途方もなく広い。
世界あっちこっちと巡り、組織と戦うのも一苦労なのである。
その意味で言えば、例え相手がどれだけ居ようが、一箇所に集まってくれた方が覆面に取っては楽なのだった。
✱
通路をずんずんと足早に進む中、勿論の事、侵入者への対策は見受けられた。
固定の光線銃や、重機関銃、火炎放射器。
世界の特殊部隊をかき集めても、突破出来るのかは怪しい。
そんな中を、覆面がどう進むのかと言えば、歩くだけであった。
特に何かをする訳では無い。
全身に光学迷彩を纏い、風景に溶け込む事もしなければ、目にも留まらぬ動きに回避もしない。
ただただ、真っ直ぐに歩く。
並の人間ならば、即座に死ぬだろうが、そんな環境にも関わらず、覆面は平然と歩みを止めなかった。
妨害は多々在ったものの、一切を意に介さず進む。
進む内に、通路とは比べ物に成らない所へと足を踏み入れていた。
「おん? なんだぁ此処は? ライブホールかな!」
空間が広いからか、覆面の声はよく響いた。
そんな声を合図にか、広間の高い所に照明がパッと灯る。
光る証明の数は、全部で四つ。
それ等は、それぞれが誰かを照らしていた。
照らし出される四人の顔に、覆面からはふーんと鼻の唸りが漏れていた。
「おうおう、誰かと思えば……悪の組織の大幹部様達じゃあないか」
そう言いながら、平然と広間のド真ん中へと覆面は立った。
「火吹きに真っ黒、かき氷に大道芸と揃い踏みだぜ」
正式な名前は在れど、覆面にして見ればそれが大幹部達の印象である。
特に、火吹きと言われたからか、派手な髪色の少女は歯を剥き出しにしてギリリと軋ませる。
「誰が火吹きだ!?」
そんな声と共に、少女の身体の至る所から火が吹き出す。
派手な格好と相まって、人型のキャンプファイヤーと言えなくもない。
熱り立つ少女に、かき氷と言われた女性はフンと鼻を鳴らす。
「あんな挑発に乗っちゃうとか……やっぱり子供ね」
フゥと息を吐くが、空気は寒くないにも関わらず、息が見えた。
同意なのか、真っ黒と言われた女性もまた頷く。
「……怒って勝てるなら、苦労なんてしない……」
真っ黒とは言うが、実際には顔しか見えていない。
光に照らし出されて居る筈なのだが、その全身は朧気であった。
最後に、大道芸と言われてしまったのは、先の影の様な女とは正反対に黄色と白と派手だかそれだけではない。
僅かに手を挙げれば、その両手には光が集まっていた。
「雑談は後にしろ! 総統からのお達しを忘れたか!!」
そんな声を合図に、高所に立っていた四人が一斉に飛び降りる。
四方を囲まれている訳だが、覆面は別に何もしない。
ただただ突っ立ち、肩を竦めて息を吐いていた。
「たくよう、懲りねぇお嬢さん達だ。 何度やったら止めるんかねぇ……」
そんな声は、戦う前のモノにしてはやる気が欠けていた。
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