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06 森の塔

 少年二人が、森の小道へと向かっていく。

 次第にウィスプ――少年の言葉を借りれば――の明かりも届かなくなり、その後ろ姿は見えなくなった。それを見届けてから、デュークラインは座り込んだままの少女を振り返り、小さな声で「ごめんなさい」と言った少女の前に片膝をついた。


 見上げてくる少女の手を取り、見知らぬ布を()けると、そこに真新しい傷を見る。痛々しいその掌を見つめ、傍についていなかったことを、デュークラインは悔やんだ。


「デューク」


 少し舌足らずに名前を呼ばれ視線を上げると、不安げに見上げてくる瞳と目が合った。しかし、すぐに下を向かれてしまう。


「旦那、怖い顔してる」


 少女の傍でゴブリン――ルクが、自らの眉間に(しわ)を寄せて見せてきた。それに対し、今回全くと言っていいほど役に立たなかったことに文句を言ってやりたかったが、この場でこれ以上、少女を(おび)えさせたいわけではない。


「カイ」


 名前を呼ぶと、少女――カイの顔が(うかが)うようにして上がった。濡れたような瞳には、浮遊するウィスプの光が映り込んでは消えていく。それでも尚、闇深い色は変わらない。

 その頭に掌で触れ、少し癖のある柔らかな髪をいつものように撫で上げてやると、ようやくカイの表情が(やわ)らいだ。


「塗り薬がいるな。戻るぞ」


 怪我をした手に布を応急的に巻きつけながら、この布があの少年のものであれば礼を言うべきだったかと、今更思う。


 普段ならば放っておいても庭の端には行かず、ましてや手で触れたりなどしないカイだ。今夜に限ってそうしたのは、よほどあの少年に興味を抱いたのだろう。


「奥さまに、報告するのか?」

「しないわけにはいくまい」


 デュークラインは片膝を上げ、中腰でカイに手を伸べた。


「おいで」


 素直に出してきた、怪我をしていない手を取って引き上げると、そのまま膝裏に片腕を通し抱き上げる。大人しく腕の中に収まった少女の温もりに、デュークラインはようやく安堵(あんど)した。


 もし、やって来たのがあの少年たちで無ければ、今頃この子は殺されていたかもしれない。取り返しのつかないことになっていたかもしれないのだ。


「ルク、(しばら)く外を警戒していろ。あいつらが戻ってくるとは思えんが、他に誘われてくる奴がいるかもしれん」


 ルクに言いつけてから、デュークラインはカイを抱いたまま塔へと向かった。


 カイが伸ばした手に、小妖精(ピクシー)が抱き付くように触れている。そうしながら、何かをカイに訴えている。時折、その視線が向けられることから、おそらく自分のことを言われているのだろう。デュークラインは居心地悪く思いながらも、黙ってその様子を眺めた。


 カイは彼らの言葉が分かるようなのだ。しかしそれがどこから得た知識なのかは分からず、いつだかカイに聞いたことがあるが、明確な答えは返ってこなかったのだった。


 扉を開け放したままだった塔の入口が近付き、デュークラインは小妖精(ピクシー)を追い払おうと見下ろした。すると、小妖精(ピクシー)の釣り上がった大きな緑色の瞳と目が合う。それが揶揄(からか)うように細められたと思うと、小妖精(ピクシー)はカイから離れ、細かな光を撒き散らしながら、ウィスプの浮遊する森の中へと飛んでいく。カイの視線がそれを追っていることに気付きながらも、デュークラインは塔の中に入り、扉を閉めた。


 暗く狭い通路を五歩ほど歩くと、壁に沿って螺旋階段のある吹き抜けの小さなホールに出る。自分が初めてこの場所に来た時には、(すで)に塔の上部は破壊されていた。二階部分は階段が残っているだけで、部屋は埋まっており使えなくなっている。三階へ続く階段の途中で、瓦礫(がれき)が立ち塞がっている状態だ。天井が落ちていたのを板で修理し、なんとか雨が降り込まないようにはしている。地下への扉には、厳重に鍵をかけたままだ。


 デュークラインは、ホールを右に抜けた。そこには今は火を入れていない暖炉があり、食事をする時に使うテーブルや椅子を置いている。更に前方と左側に一つずつ小さな部屋があり、左側はルクが寝起きをしている部屋だ。その奥から外に出れば、屋根で風雨(ふうう)がそれなりに防がれるようになっており、主に調理や洗濯をしたりする場所になっている。さらに馬舎や(かわや)など、生活に必要な設備は一通りは揃っているのだ。昔、ここで隠遁(いんとん)生活をしていた魔導士がゴーレムを操り作った塔らしいが、快適に過ごせるよう増設をしているあたり、()り症だったのかもしれない。


 前方の部屋の扉は開けたままにしており、そこは正面の窓側に大きめのベッドが一つ置いてある。つっかえ棒によって木製の鎧戸(よろいど)を上げている窓からウィスプの光が見えており、その奥に静かな湖面も見ることのできる、カイの部屋だ。


 デュークラインはひとまず、掛け布が無造作に丸められているベッドにカイを下ろした。シーツの下に敷き詰めてある(わら)が、微かに乾いた音を立てる。(かたわ)らの小さな卓上に置いてある、掌ほどの大きさの月光石(がっこうせき)を手にして卓に軽くぶつければ、それは月の光を閉じ込めたような灯りとなった。カイの白いローブが、その神聖さを主張するように、輝きを増す。


 カイが自分の動きを目で追っていることを感じながら、デュークラインは棚から小さな銅製の薬入れと包帯を取り出した。


 ベッド脇に置いてある背もたれのない椅子に腰掛け、膝上に置いた軟膏(なんこう)(ふた)を開ける。


「手を出せ」


 カイの右手に巻いている布を取り外し、その手を片手で掴まえておいてから、軟膏を指先に(すく)った。それを炎症部分に薄く伸ばすと、痛いのか、手を引こうとカイが身動(みじろ)ぐ。それを許さず、デュークラインは手早く塗り終え、包帯を巻いた。我ながら手慣れてしまったものだと、複雑に思う。


 薬入れなどを直した後、ベッド脇に戻ったデュークラインは、椅子には座らず床に膝をつき、正面から両手でカイの頬を包み込んだ。物事をカイに教え込む時には、こうして意識を向けさせておく必要があることを、この三年で学んでいるのだ。


「カイ。これからは、一人で外に出るな。出たい時は、私に声をかけろ。いいな?」


 そう言うと、カイの瞳が揺れた。少なからず困惑している様子が(うかが)える。


「デュークが、いない時は?」

「駄目だ」

「ルク、じゃ、だめ?」

「あいつでは、何かあった時に対処できん。裏の(かわや)に行くのはいいが、馬を出して遊ばせるのも駄目だ」


 悲しませたくはないが、約束させざるを得ない。もしまたここに誰かが迷いこんでも、カイの姿を見なければ踏みこんでくる可能性は減るだろう。そこにゴブリンがいたなら尚更だ。


「返事は?」


 頬を撫でて(うなが)すと、泣きそうな瞳が伏せられる。


「はい」


 小さいながら確かに返事を受け取り、デュークラインはカイを今度こそ解放した。


「いい子だ」


 軽く頭を撫で、包帯を外すなよ、と声をかけてから立ち上がる。とにかくも、報告をしなければならない。見知らぬ人間が迷い込んできたのは、由々しき問題なのだ。この三年余り、このようなことは一度たりとてなかったのだから。


 ふいに、カイの小さく咳き込む音が聞こえた。体を折り曲げながら更に咳き込み始めたカイに、デュークラインは足早に戸棚に向かい、今度は丸薬の薬瓶を取り出す。ベッドに戻って腰を下ろし、胸元から抱えるようにしてカイの体を起こすと、苦し気に息を吐く唇には血が付いているのが見えた。


「飲めるか?」


 問いかけてみるも、見上げてくる熱に(うる)んだ瞳には、その気力は見られない。腕の中の細い体も、支えていなければ崩れ落ちてしまいそうだ。


 デュークラインは仕方なく薬瓶を手放し、片手でカイの(あご)を引き上げた。そのまま、口付ける。


「ン……ッ!」


 一瞬抱いている体が強張(こわば)り、その両手が(すが)るように衣服を握ってくる。


 このやり方はあまり得意ではないが、自らの力を分け与えてやることで病状が治まることは知っている。以前この手を使った時は、薬を切らし慌てた末のことだった。それを伝えた時の女主人の顔は何か言いたげではあったが、実際に(とが)められることはなく、言いつけを守ったことへの誉め言葉を頂いただけだ。


 腕の中の体が弛緩(しかん)したことに気付き、デュークラインはカイから唇を離した。少しは顔色が良くなった気がする。ほんのりと上気した頬を指の腹で撫でると、黒曜石(オブシディアン)のような瞳から涙が溢れ、それは指の固い皮膚を濡らした。


「今日は午後から(ほとん)ど外に出ていたから、疲れが出たんだろう」


 デュークラインはカイが座っていられることを確認して慎重に体を離し、使わなかった薬瓶を元の場所に仕舞う。そして普段は首から下げて服の下に隠している、ペンダントを外した。鮮やかで深い青色の藍晶石(カイヤナイト)が、銀の装飾が為された台座に留められているものだ。それをカイの首にかけると、寝ているよう言い、デュークラインは部屋を出た。




 外へ出ると、すぐにルクの姿があった。扉のすぐ傍にいたらしい。振り向いた表情には、僅かに不安が見て取れた。


(じょう)ちゃんは?」

「手当は済ませた。(しばら)く中でカイを見ていろ。私は連絡を待つ」

「分かった」


 足早に中へ入っていったゴブリンに(なか)(あき)れながら、デュークラインは湖面が見える位置に移動し、カイの部屋の外側にあたる石壁に背を預けた。少し眩暈(めまい)を感じるが、原因は分かっている。時間が経てば回復するが、加減を少々間違えたかもしれない。しかし今、眠ってしまうわけにはいかない。


 デュークラインは眉間に力を入れ、光が漂う湖面から視線を上げた。肥え太った月が夜空に見えるが、ウィスプの光のお陰で霞んで見えている。それはとても好ましい光景に思われた。もうすぐ満月になろうとする月など、この不思議な現象の中で湖に落ちて沈んでしまえば良いのだと、そして二度と浮き上がってこなければ良いのだと思う。


 ふいに岸に近い湖面から、ウィスプとは違う光が生まれた。水の中から発光しているかのようなその場所に、デュークラインはすぐに向かう。岸辺に片膝をつき、輝く水面を(のぞ)いた。そこで、女主人の名を呼ぶ。それに呼応するように、薄明りに照らされた室内の天上部分が映し出された。


「夜分に申し訳ありません」


 そう告げると、ようやく女主人の顔が見られた。用心深い彼女は、こちらにいる者を確認してから顔を出すのだ。おそらく、自室の水盤を覗き込んでいるのだろう。うねりのある、赤毛の混じった金髪が、彼女の顔周りに覆いかぶさっている。


 緑の瞳を持つ目が、(いぶか)しげに細められた。


「どうした、デュークライン。二度目の連絡とは珍しいのぅ。明日の朝まで待てなんだか」

「ここに、侵入者がありました」


 端的(たんてき)に、デュークラインは伝えた。釣り上がった目に射貫かれる気がしながら、当然聞かれであろう重要な情報を続けて口にする。


「カイは無事です。手に怪我はしておりますが」

「侵入者によるものか?」

「いえ、おそらく、自分で結界に触れたようです」

「自分で? あの子が?」


 眉根を寄せた女主人が難しい顔をした。次に問われることも、分かっている。


「それで、始末は付けたのであろうな?」


 予想通りの問いに、デュークラインは僅かに頭を下げた。


「教団の調査隊を名乗っており、手を出せませんでした。それに、その場にカイもおりましたので」

「ふむ、なるほどな」


 考え込むような間の後、ふと、彼女の視線が動いた。それが自分の背後に漂う光の玉なのだと、デュークラインは気付く。


「まだ、おかしな現象が続いておるのか」

「は。その調査隊の者がウィスプ、と呼んでいました。この調査に来たと」

「分かった、詳しく聞こう。今からそちらへ行く」

「クラウス様は大丈夫なので?」


 話だけで終わるかと思っていたため、デュークラインは慌てた。しかし当の女主人は、すでにシアンを呼びに行かせている。


「なに、旦那様はまだ仕事中でな。問題ない」


 そう言うなり、水面の光が失われた。来るというなら、今にも彼女は来るだろう。

 デュークラインは出迎えるため、その場から移動した。




 結界の外側、塔の裏手から少し離れた樹々に囲まれた場所に、その転送円(てんそうえん)はある。雑草が短くなっているのは、それに(たくわ)えられている魔力のせいらしい。六か所で円を描くように黒塗りの短い(くい)が打たれており、その大きさは一歩半ほどしかない。


 デュークラインは、その外側で待った。ウィスプのお陰で周りが明るいのは、幸いだ。体が重くなってきた感覚があるが、今は耐えるしかない。


 杭が光り始め、そこから伸びる青白い光が繋がり、交わり、古代魔法王国時代から受け継がれてきたとされる文字が描き出された。複雑な光の円陣が地に浮かび上がり、それは縦方向に光を伸ばしていく。


 ほどなく、その光の中に二人の姿が現れた。手前にいるまだ若い男は、この転送円を管理している結界士であり、その後ろにいるドレスの(すそ)をまとめて持っている女性が、我らが女主人だ。彼女の視線が辺りに向けられ、その紅を引いた唇から感嘆の声が漏れた。


「ほぅ、これは見事なものよ。これほどのものとは思わなんだぞ」


 そう言った彼女の手から、ドレスの(すそ)が離される。それは足元に広がり、彼女の足を覆い隠した。


「のぅ、シアン」

「はい。(まこと)に」


 (うやうや)しく頭を下げて同意した結界士――シアンも、興味深そうに辺りを見回している。

 デュークラインは向けられた女主人の視線を受け止め、右手を左胸に当て、(こうべ)()れた。




 二人を先導して結界内に戻り、塔の左裏にある馬小屋の横を通って正面に回る。扉を押し開けて中に入ると、ルクが目を丸くして飛び上がった。そういえば伝える暇がなかったなとデュークラインは思ったが、このくらいはいいだろうと思い直す。


「おぉルク、久しいの。旦那様に元気であったと伝えておくぞ」


 微笑をルクに投げかけてやってから、女主人は慌ててランプに火を(とも)したルクを(ともな)い、奥の部屋に入ってくる。シアンの姿が見えないことから、彼は彼女に指示され、外を見張りでもしているのだろう。


 恐縮しながらも喜んでいるルクを横目に、デュークラインはベッドの傍で彼女を迎えた。


 ベッドにはペンダントを首にかけたままの少女が丸くなっており、その手には藍晶石(カイヤナイト)が握り込まれている。お前の()に似た色だからと選ばれた、その小さな石に(すが)っているかのように見える(さま)に、デュークラインは小さな胸の痛みを覚えた。何故(なぜ)なのかは分からない。分からないが、その小さな頭を、今すぐ撫でてやりたい気持ちになった。


「カイ」


 ベッド脇から、柔らかく(なめ)らかな黒髪を撫でる。起こす意図を持って触れると、それだけで、カイはいつも目を覚ます。その視線は、自分を探して上がるのだ。


伯母(おば)様が来られている」


 そう伝えると、カイが少し視線を彷徨(さまよ)わせた。そして彼女を見つけると、表情を僅かに(ほころ)ばせる。


伯母(おば)様」

「カイ。無事で何よりだ」


 藍晶石(カイヤナイト)の銀の指輪が(はま)っている女主人の右手が、カイの頬に触れる。(いつく)しむようなその仕草に、安堵する自分がいる。


 ベッドに腰かけた彼女がその豊かな胸にカイを抱くと、カイもそこが気に入っているのか、心地良さそうな顔をした。


「少しは娘らしくなってきたな。ちゃんと食事はしているようだ。それにしても……また髪を切られたのかえ?」


 短い髪を撫でながら言う彼女に、カイの返答はない。不思議そうに自らの髪を片手で()まんでいる。

 それに対し彼女は怒ることなく、あやすようにカイの頭を撫でた。胸元から解放され、再び眠たげに横になり丸まったカイの手には、やはり藍晶石(カイヤナイト)が大事そうに持たれている。女主人が優しい手つきでカイの頭をほんの少し持ち上げ、チェーンだけを首から抜いてペンダントを取り上げると、カイは自らの両手を抱くようにして更に丸くなった。


「付けておけ」


 優雅な腕の動きで差し出されたペンダントを、デュークラインは両手で受け取る。それを首にかけて肌着の下に仕舞うと、重かった体が少し楽になった。


「髪が伸びれば、もっと女らしくなるだろうにのぅ」

「世話がしやすいもので」


 この件に関しては、出来ればこのままにしておいて欲しい、とデュークラインは思っていた。むしろ、そう言われたから、こうしているのだ。


「まぁ、良い。では、まずは詳しく聞こうか」


 軽く笑った女主人に事の経緯を(うなが)され、デュークラインは一通りの説明をした。自分が見聞きした少年達のこと全てだ。


 それを聞き終わった彼女の表情は、予想に反した笑みを(たた)えていた。


「ふふ、面白い子供達だ。それに、お前を(おど)した方の子供は、なかなかに頭が切れる。この子を見て、すぐに分かったのであろうよ。禁忌(きんき)の子だと」

「あのような子供が、あの予言を知っているとは思えませんが」

「知っておらずとも、隠されていることは分かる。森の奥、結界、そして今は決して見ることのない容姿の娘。そうであろう? お前に(ひる)まぬとは、度胸もいい」


 少年を褒めた彼女が、そこで眉根を寄せた。


「名前は聞いたかえ? よもや、聞かなかったとは言うまいな」


 彼女の質問に対し、デュークラインは返す答えを持っていなかった。カイが塔に入れば、あの場で彼らを斬るつもりだったためだ。


 鋭くなった女主人の目に喉が引きつった時、小さな声が聞こえた。


「タオ・アイヴァーです。伯母(おば)様」


 はっきりと、カイがそう言った。その開かれた目は、真っ直ぐ彼女に向けられている。


「相手がお前に名乗ったのかえ?」


 彼女が微笑(ほほえ)みながら、カイの頭に手を伸ばして撫でる。一瞬、悲しそうな目をしたカイが、小さく(うなず)いた。


「賢い子だ。それに、いじらしいの」


 女主人から、ちらと視線を寄越(よこ)される。それに()えて反応を返さず、表情を変えないよう努力しながらも、デュークラインはカイに助けられたことを自覚していた。


 あの時、ルクに(うなが)されても動こうとしなかったのは、カイなりに少年たちを護ろうとしていたのだろう。そういえばカイの前で(ソード)を抜いたのは初めてだったが、何が(おこな)われるのか分からなくとも、発していた気配で不穏なものを感じ取ったのだろう。普段はぼんやりとしているが、周りの気配には驚くほど敏感なところがある子だ。それなのに、今度は少年の名前を口にした。それはおそらく、自分(デューク)のために。


「お前を護るためなのだ。分かっておくれ、カイ」


 (さと)すように柔らかい声でカイにそう言った後、彼女の視線が上がった。向けられた表情は、主人然としたものだ。


「デュークライン。タオ・アイヴァーなる者を調べよ。その者が分かれば、おのずともう一人も分かるであろう。素性は知っておくに越したことはない。いざとなれば……分かっておるな」

「仰せのままに。女主人(マイ・レイディ)


 デュークラインは暗に指示されたことも含め、絶対的な彼女の命令を、(こうべ)を垂れて受諾した。



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