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26 襲撃

 村の礼拝堂が鳴らす五鐘ごしょうの音が、余韻を重なり合わせながら響いていく。それを聞きながら、ザラームは酒場のカウンターに座り、焼かれた肉を奥歯で噛み締めながら考えを巡らせていた。

 このケーラの村に来てから、三日目だ。今夜、丸い月が闇夜に上がるだろう。リュシエルが言っていた期日きじつが、今日なのだ。


 この依頼は、駄目だ。

 ザラームは早々に、結論付けていた。

 森に入り、塔を見つけた。そこに、暗殺対象の娘も確認した。しかし傍には護衛が付いている。あのデルバート・スペンスだ。


 様子をうかがっていた時、丁度、娘を連れてデルバートが出てきた。もう一人いたが優男やさおとこで、アルシラでは見たことのない男だった。驚いたのは、デルバートがこちらに気付いたことだ。完璧に気配をっていたはずだった。斬りかかっては来なかったが、下手へたに行動すれば命は無いと悟った。一歩下がるごとに全神経を使い、その場を退いたのだ。追っては来なかったことから、デルバートはこちらを完全に捕捉ほそくしていたわけではないらしい。それでも、あの男が付いている限り、あの娘を殺すことは難しい。


 あの塔から出てくれば、必ずこの村を通るはずだ。しかし二日待ってみても、あの男がここから出て行った形跡はない。あの塔に住んでいるらしいしゃべるゴブリンが馬車で村にやって来たのを先程さきほど見たが、あのゴブリンを人質に取ったところで、役には立ちそうもないだろう。どうせ奴隷どれいのように使われているだけの奴だ。森のどこかに火をけて誘い出すことも考えたが、そうなれば娘ごと移動してしまうかもしれない。それでは、意味がない。


 ゆえにザラームは、期日である満月の夜までに依頼を達成することは不可能だと判断した。あんな男に正面から挑むほど、命知らずではない。大金をもらっておいて手を引くのは少し気がとがめるが、勝てない戦はしない主義なのだ。


 面倒事に巻き込まれる前にここを去った方がいい。そう思い席を立とうとした時、ザラームの耳に興味深い話が聞こえてきた。誰かが裏切っただのと聞こえたため、そういううらつらみの話らしい。何気なくを装い振り返ってみれば、埋まった三つのテーブル席は其々《それぞれ》のグループに分かれていた。手前のテーブルには、村人と思われる者たちが酒を飲んでいる。給仕が食事の皿を持っていっているのは、奥のテーブルにいる二人組のところだ。二人共にフードをかぶっているが、はしから見える髪は明るい金髪と、暗い金髪に見える。腕や肩幅から推測すると、二人とも若い男だろう。明るい金髪の方はそこそこ鍛えている体付きをしており、腰の剣帯を見るに、もう一人の護衛だと思われる。暗い金髪の方は、おそらくは聖職者だろう。食事を始める前の祈りの様子を見れば、だいたいは分かる。姿勢が良いし、何よりその唇が音なくつづった神聖語だ。

 その隣のテーブル席を見れば、体格の良いがらの悪そうな男たちが五人、集まっている。年齢は二十代から四十代ほどで、ばらばらだ。面白そうな話をしているのは、彼ららしい。

 ザラームは席に重心を戻し、彼らの会話に耳を傾けた。


 しばらく男たちの話を聞いていたザラームは、自身の顎髭あごひげを親指で撫でた。

 隠語いんご混じりの彼らの話を繋ぎ合わせて推定すると、彼らは盗賊で、新たな隠れ家を探している最中らしい。領主が派遣した討伐隊に隠れ家をあばかれ、戻れなくなった。その際、数人が討伐隊に殺されあとりになった。その内の一塊いっかいが、あの男たちということだ。


 男たちの装備を見てみれば、それなりの武器は身に付けている。使い込まれたような皮鎧レザーアーマーを着ている者もおり、剣帯には小剣ダガー短剣ショートソード戦棍メイスだ。今まで生き延びただけの腕前は、見込めそうに思う。


 彼らの隣の二人組が食事を終えたのか、足早に酒場を出ていった。隣の連中が危険だと察したのかもしれない。脅威きょういから素早く逃げる姿勢は、生き延びるために必要なことだ。その脅威を取り除く、算段が無ければ。


 ザラームはおもむろに立ち上がり、彼らに近付いた。


 前言撤回だ。

 彼らを使えば、デルバートを娘から引き離すことができるかもしれない。


「何だ? お前」

「丁度良い物件を、教えてやろうと思ってな」


 いぶかしげににらみ付けながら威嚇いかくしてくる男たちに対し、ザラームはおくすることなく、笑みを浮かべてみせた。



* * *



「思ったよりも、早くけそうだね」

「そりゃあな、足が棒になりそうだぜ。でも急がないと――酒場に危なそうな連中もいたし」


 そう言いながら、エリュースがゆるめる気配はない。タオはそんな親友の隣を歩きながら、辺りの警戒を続けた。夕闇がせまってきているが、石畳の道は、まだなんとか見えている。この速い歩調で歩き続ければ、日が暮れるまでには塔に辿り着けるだろう。ケーラの村で軽い食事と休憩を取ってきたお陰で、体力は残っている。

 

 エリュースにかされアルシラを出たのが、十二日前だ。カイが生贄いけにえにされるかもしれない――そんなことを聞かされれば、急がざるを得なかった。デルバートに会おうとしたが、彼はすでにアルシラを出た後だったのだ。


 ウィスプの森の調査依頼を再び受けたエリュースの護衛として、タオはサイラスの許可を得た。調査依頼は、大聖堂騎士ダドリー・フラッグに出してもらったのだそうだ。彼には手紙も預けたと、エリュースが言っていた。万一自分たちに何かあった時にアンセル司祭に渡してもらい、大主教のしていることをあばくためのものだという。サイルーシュからは、カイへの手紙を預かった。それは御守りのようにして、胸元に縫い付けて仕舞しまっている。


「ん?」


 後方から、きしむ車輪の音が近付いて来ている。激しい馬のひづめの音もする。随分と荒っぽい走りをしているようだ。


「エル、脇へ」

「ああ」


 タオはエリュースをうながし、脇の木陰こかげへ身を隠した。息を潜めながら、様子をうかがう。しばらくすると、近付いてくる馬車が見えた。


 その馬車をく馬を見て、タオは驚いた。あの馬には、見覚えがある。鼻筋に縦長の白斑はくはんがある、栗毛の馬だ。名前は忘れたが、サイルーシュとカイが笑い合いながら、小さな花冠を乗せた馬の内の一頭だ。


「ルク!!」


 タオは咄嗟とっさに叫び、木陰から飛び出していた。驚いたようにエリュースに腕を掴まれるが、目の前で止まった馬車を操っているルクを見て、力が抜けたようだ。

 

 手綱たづなを持ったままのルクの表情には、驚きよりも焦りが濃くうかがえる。

 そんなルクが、転がるように御者台から降りてきた。


「タオ! エル! 大変なんだ、すごく大変なこと! 旦那に早く、知らせないと! 嬢ちゃんにも、あわ、あわわ、お、おそろしい!」

「ちょ、ちょっと待ってルク!」


 混乱状態でわめき立てるルクに、タオは慌ててその両肩を掴んだ。尋常じんじょうではない慌てぶりだ。


「落ち着いて、順序立てて話して。何が――」

「怖い奴が……、とにかく大変なんだ! おで(・・)、買い出しに、頭にぐるぐるの、」


 ルクの混乱は落ち着きそうにない。肩に置いた腕をける勢いで、両腕をばたばたと動かしている。なんとかしてなだめなければと思った時、エリュースの手がルクの腕を掴んだ。


「とりあえず行くぞ! ルク、走らせろ!」

「わ、分かった!」


 明確な指示がすんなり頭に入ったのか、ルクが慌てた様子で馬車に戻る。エリュースにうながされ、タオも彼と共に馬車の荷台に乗った。すぐに、馬車が走り始める。


 激しく揺れる荷台から見る石畳の道は、歩いている時よりも狭く感じるものだと知った。まるで森の樹々が避けてくれている中を、走っているかのようだ。


「何があったんだ?」


 タオは舌を噛まないようにしながら、馬を操るルクの背中に再度、問いかけた。

 振り返ることなく、ルクの声が返ってくる。


「見たことない奴! 危ないんだ! 早く旦那に、言わないと!」


 ルクから出る言葉からは、大変だということしか分からない。

 何かが起こったのか、起ころうとしているのか、とにかく良いことでないことは確かだろう。後方に敵影はなく、今、誰かが追ってきているというわけではないようだ。

 エリュースを見ると、彼は荷台のふちに背を預けながら身を低くしていた。


「あっちに着いてからだな。デルバートも来ているようだし」

「そうだね」


 冷静なエリュースの声にも、緊張が感じられる。

 タオは彼に同意しながらも剣帯に下げた剣柄に触れ、警戒を強めた。

 


 * * *



「だ、旦那ァ! 大変だ!」


 日が暮れようとする頃、慌ただしくルクが台所に飛び込んできた。帰ってくる音は聞こえていたが、ルクの様子がおかしい。さらに、タオとエリュースが共に来ている。

 ルクの様子に加え、予想よりも早かった少年二人の訪問に、デュークラインは驚いた。鍋をき混ぜていたの長いへらを手放し、彼らを迎える。


「一体、何事だ?」

「む、村で、ここを襲うって」


 ルクが荒い息の下から、言葉を吐き出した。その言葉に少年たちが驚いていることから、彼らはルクの事情を知らないようだ。


村人あいつらは、ここには近付かないはずだが?」

「ち、違う、布を、こうぐるぐると、ぐるぐるの、」

「一旦、落ち着け」


 ルクの話は要領ようりょうず、デュークラインは困った。とりあえずんできていた湧き水を、コップに入れて渡してやる。それを両手で飲んでいるルクを横目に、デュークラインは少年二人に向き直った。


「こんなに早くまた来るとはな。お前たちも、何かあったか?」

「それを聞きたいのは、こっちなんだが――」


 意味有りげな眼差まなざしを向けてきたエリュースが、ルクを気にしている様子を見せた。


「今はルクの話の方が先だな」


 そう言ったエリュースに、ルクがコップから顔をのぞかせる。

 エリュースの隣にいるタオも、それには異論がないようだ。


「俺たちからの話は、そっちが片付いてからでいいよ。デルバート卿(・・・・・・)


 投げかけられた名前に、デュークラインはエリュースを見た。ひるむ様子を見せない視線には、強い意志が感じられる。 


「――そうしてくれ」


 デュークラインは、否定せずに答えた。少年たちがこれほど早くにやって来た理由に、納得する。光誕祭こうたんさいの時にでも、見られたのだろう。そもそも、隠し通せるとは思っていなかったのだ。そうと知った上でここに来ているのならば、今更しらを切る意味はない。


「ルク。さっきの話をもう一度、落ち着いてしてみろ」


 ルクからコップを取り上げて問いかけると、ルクが顔をしかめて首を傾げた。水を飲んで忘れたのか、なんとか思い出そうとしているようだ。そんなルクを無言で見下ろしていると、顔を上げたルクと目が合う。途端とたん、ルクの顔がみるみる青褪あおざめた。


「そうだ! 旦那、頭にぐるぐると布を巻いた奴が、おで(・・)に言ったんだ。塔を襲ってやるぞって」

「何だと?」


 村の人間に、そういう恰好をする者はいない。ということは、外部から来た人間ということになる。


「え!?」

「それ、やばいじゃないか!」


 ルクの言葉に、少年たちが慌てた声を上げた。


「そういえば、村の酒場に妙な連中がいたぞ。どこかの盗賊団が領主の討伐隊に追われて散り散りになって――、新しい根城を探しているって」


 そう言ったのは、エリュースだ。彼は話しながら、確信を持ったようだった。タオの方は、驚いたような顔をしている。そんなタオに気付いたのか、エリュースが彼を見て、少し困ったように眉根を寄せた。


「危ないのが隣にいたと言っただろ? 隠語だらけだったけど、おおよそはこんな感じの話だったんだよ」


 また教えてやるから、とタオに言ったエリュースが、彼の肩を軽く叩いた。

 こちらに視線を戻したエリュースの表情には、危機感が表れている。


「デュークライン、奴らがこの塔に目を付けたんじゃないか? 確かにここは人目に付かないし、ちょっと村からは遠いけど、盗賊団の根城には持って来いの場所だ」

「そうかもしれないな。人数は分かるか?」

「酒場で見たのは、五人だった。でも、まだ仲間が別にいてもおかしくないな」

「そうか……」


 盗賊がここを襲うとして、いつやって来るだろうか。今日聞いた話なら、彼らが準備にかける時間はどのくらいだろうか。この塔にははいられたくないのだ。始末するなら、ここに近付かれる前に終えたい。


「ルク、他には何か言っていなかったか? よく思い出せ」


 そう言ってルクを見据みすえると、ルクが赤い目を見開き、大きく口を開けた。


「そうだ! 今夜!」

「何?」

「今夜、襲うって言ってたぞ!」

「そういうことは先に言え!」


 デュークラインは足早に裏の扉を押し開け、中に入った。カイの部屋に入ると、ベッドの上でカイが体を起こしている。


「デューク、今、タオとエルの声がした」

「ああ、二人が来ている」

「ほんと!」


 自分の後ろからエリュースとタオが入ってくると、カイが顔をほころばせた。カイの方へタオとエリュースを行かせ、デュークラインは考えを巡らせる。この前に感じた視線は、盗賊たちの斥候せっこうだったのかもしれない。あれから鼻をかせて探ってみたら、確かに人間ののこがあったのだ。あれほど気配を隠せるほどの手練てだれならば、あなどるわけにはいかない。


「あ、」


 少し驚いたようなカイの声が上がり、デュークラインは顔を上げた。カイの視線を辿たどり暖炉の部屋の方を振り返れば、そこには笑顔のスバルが立っている。


「お前、いつの間に、」

「あれ? ノックはしたはずだよ。いや、忘れてたかな? まあ、いいや。やぁ、君たちも来てたんだね!」


 にこやかに手を振るスバルに、デュークラインは頭をかかえたくなった。静かに迎えたいと思っていたこの夜が、想定外に賑やかになったものだ。


「何かあったのかい? 深刻そうな顔をしてるけど」

「ここが襲われる」

「え! そうなの? えぇーせっかく来たのになぁ」


 残念がるスバルが、カイの方へ寄っていく。カイは知った人間が多くなり、喜んでいるようだ。


「ルク!」


 呼びつけると、すぐにルクがやって来た。


「お前はここでいろ。私は外で迎え撃つ」

「だ、旦那」

「ここには近付けさせないが、万一あれば、叫べ」


 何度もうなずくルクを確認し、タオたちを見る。ぐにこちらを見ているタオは、付いて来る気でいるようだ。エリュースも同様に、立ち上がっている。


「迎え撃つなら、この塔を使った方がいいんじゃないですか?」

「いや、ここは駄目だ。カイに近付けたくない。塔ごと、火を掛けられるおそれもある。手を貸してくれ」


 自分一人では、討ち漏れが出る危険性もある。あの斥候せっこうのこともある。わざわざ宣戦布告をするほどだ。腕に自信はあるのだろう。


勿論もちろんです!」

「俺も行くぜ。治療の手はあった方がいいだろ?」

「頼む」


 二人の申し出を、有難くデュークラインは受け取った。


「じゃあ、僕はここでお姫様を護ってるよ」


 明るい声で言ったのは、スバルだ。カイのいるベッドに、腰を下ろしている。

 それに対し、デュークラインは首を振った。


「お前も来るんだ」

「えぇっ!」 


 嫌そうな顔をしたスバルが、カイにり寄るように体を寄せた。


「嫌だよ。だって危ないし、外は寒いしねぇ」

「その腰の剣は飾りものか?」


 微かな苛立いらだちを隠し、デュークラインはソードを抜いた。驚いたようなタオたちに構わず、剣先をスバルに突き付ける。それを、スバルはまるで怖がっていないように見えた。


「ん? これって、行かないと殺されるってやつなの?」


 スバルの様子は、おどしをものともしないほど自信があるのか、はたまた何も分かっていないだけなのか、判断が付かない。


「こいつは強いのか?」


 やや困惑してデュークラインは、タオたちに問いかけた。エリュースの視線も、タオに向けられる。視線が集まるのを感じたのか、タオが頷いた。


「強い、と思います。俺は太刀筋を見ていませんが、グールを一撃で倒したので」

「そうか……」


 それなりの腕はありそうだ。そうデュークラインは判断した。

 それとは別にある懸念けねんを、今度はスバルに問う。


「お前、人を斬ったことはあるのか?」

「ん?」


 不思議そうな顔をしたスバルが、少し笑った。


「さっきの話を聞いていなかったのかい。グールってヒトだろう?」


 スバルの発言に、デュークラインは少し驚きはしたが、納得をした。グールが元人間なのは違いない。斬ることに躊躇ためらいは持っていないようだ。


「ならば、一緒に来てもらう」 

「ええーっ」


 デュークラインは、スバルを一戦力として数えることにした。スバルに関しては、大聖堂騎士ダドリー・フラッグのところへ出入りしていることくらいしか分かっていない。タオやエリュースほど信用は出来ないが、このさいだ。


「しょうがないなぁ。でもまぁ、黒騎士が出るんなら、白騎士も出動するしかないかぁ。お姫様のためだしね」


 ようやく立ち上がったスバルが、騎士よろしくカイの手を片手ですくい上げ、うやうやしく腰を曲げて礼をした。

 黒騎士、と言われ、デュークラインは自身の衣服を見下ろしてみる。確かに鈍色にびいろと黒の服装で、スバルの方は白に近い。

 エリュースが、あきれたように溜息を吐いた。


「スバル、お前は騎士じゃないんだろ? 何だよ、白騎士って」

「いいじゃないか、詩的表現ってやつだよ。いい響きだと思わない?」


 カイから手を離し、得意そうにスバルが笑みを浮かべる。その緊張感の無さと調子の良さが気にさわったが、デュークラインは苦言くげんを言うことなく放置した。せっかく行く気になったものを、翻意ほんいされては困るからだ。


 ソードを収めてカイを見れば、毛布を抱き締めるようにして不安げにしている。そんなカイを放っておけず、デュークラインは近付き片膝をついた。両手で頬を包み込み、視線を合わせる。黒曜石オブシディアンのような瞳がはっきりと自分を映していることに、デュークラインは安堵あんどした。


「カイ。ここで、ルクといるんだ。私が戻るまで、絶対に外に出るな。裏に出るのも、駄目だからな」

「デューク」

「大丈夫だ、すぐに戻る」


 笑みと共に頬を撫でてやると、ようやくカイが小さく頷いた。




 

 日はすでに落ち、森には暗い影が落ちている。煌々(こうこう)とした月明かりが、その影を更に濃く見せているようだ。

 デュークラインは、塔からそう遠くない場所で迎え撃つことにした。カイには近付けたくないが、自分がカイから離れているのも落ち着かないのだ。


 タオとエリュースには石畳の道を行かせ、夜目よめくというスバルと自分はそれぞれ少し離れて、森の中を進んできた。敵の進行が早く、網を張る前に遭遇そうぐうする可能性もあるからだ。意外なことに、実際、スバルは樹々に足を取られず進んでいる。夜目が利くという点においては、真実らしい。

 

 何事もなく迎撃予定の場所に着いたため、デュークラインはタオとエリュースにも身を隠れさせた。この辺りは緩やかな谷になっており、左側は崖だ。もし足を踏み外せば、まず無事ではいられまい。満月に照らされている危険な道の形状は、敵にも見えるはずだ。彼らの行動範囲は、自然とせばまるだろう。


 デュークラインは、タオたちから離れた森の中でいた。木陰に身を寄せて立ち、腕を組んで目を閉じる。敵の気配に集中するためだ。その時、ふと視線を感じて目を開けると、少し離れた位置にいるスバルの姿が見えた。敵を待ち伏せしているとは思えない、背を樹の幹に預けながら両足を伸ばし腰を下ろした格好だ。まるでのんびりと、昼寝でもするような様子にさえ見える。そんなスバルを、デュークラインはそこはかとなく(・・・・・・・)気持ちが悪く感じた。スバルの位置取りは、全く悪くないのだ。むしろ、敵の様子と味方を同時に確認できる位置は、最適とも言えるだろう。しかし、その完璧とも取れる行動の裏に、何かがあるように感じてしまう。スバルという人物は妙に底が知れない。それが、歯に何かがはさまったような苛立いらだちを感じさせる。


 しばらくして、左方の石畳の方から声が上がった。そこかしこが隆起している森の地形と樹々のせいで様子は見えないが、タオの声が、高らかに相手に向けて発せられている。


 デュークラインは、敵が石畳の道を堂々とやって来たことに驚いた。と同時に、タオたちの機転に感心する。相手に姿を見せて足止めし、名乗りを上げることで自分達の方に敵が来たことを知らせているのだ。


 タオたちの方へと向かいながら、デュークラインは耳を澄ませる。相手の声は五人分だ。他に気配が散っていないことから、それで総勢なのだろう。それならば、協力して一気に片付ければ良い。


 樹々の隙間に、松明たいまつの炎が複数見えている。タオに向けた彼らの声に混じり、デュークラインは神聖語の詠唱が低くつむがれていることに気付いた。それが途切れた瞬間、石畳の方向が昼のような眩しさになる。彼らのいる場所が、デュークラインにはっきりと見えた。近付くにつれ、盗賊たちの姿も樹々の向こうに見え始める。エリュースの『奇跡』に動揺している様子だ。二の足を踏ませることに成功している。


「ま、魔法使いか!?」

「兄貴、ちょっとまずいんじゃあ――」


 早速さっそく怖気おじけづいた者もいるようだ。

 そんな仲間を鼓舞こぶするように、前に出る者もいる。


「あんなもの、こけおどしだ! いきがったガキ共は俺が叩き斬ってやるぜ!」


 威勢の良い罵声と共に、タオと盗賊の一人が交戦に入った。石畳の道は、馬車がぎりぎり通れるほどの道幅だ。タオ一人で迎撃することも不可能ではないだろう。思った通り、後ろの連中は、戦いに参加することが出来ていない。


「あいつを先にやってやる! 付いて来い!」

「ああ!」


 声を上げた一人が、先導するようにして森に入って来た。それを、デュークラインは見逃さなかった。迂回うかいしてエリュースを先に殺そうというのだろうが、生憎あいにくそうはいかない。

 エリュースの光のお陰で視界が利く中、こちらの姿を認めたのか、相手の足が止まった。


「あいつらの仲間か!?」


 驚いたように後ずさった男の足が、樹の根に取られる。

 デュークラインは迷うことなく、一気に距離を詰めた。ソードを抜くと同時に下方から斬り上げる。男の手から、振るわれることのなかった短剣ショートソードが落ちた。

 

「な、んなんだよ……、先客がいるなんて、聞いてないぜ……ッ」


 男の掠れた声が、恨みがましく上がった。その言葉に、デュークラインは違和感を覚える。


「何だと?」


 倒れ込んだ男の胸元の衣服を掴み上げるが、既に男は絶命していた。盗賊たちは、自分たち(まちぶせ)がいることを知らなかったようだ。堂々と石畳の道を、固まってやって来た。松明たいまつまで持ち、まるで隠れる気がないようだった。手練てだれと思われるような斥候せっこうを出しておきながら、これではまるで――。


 デュークラインは、辿り着いた答えに愕然がくぜんとした。彼らはおとりで、ただの捨て駒だ。ルクを使って、今夜襲うことを自分たちに知らせた。それは、自分たちを塔から離すためのものだ。


「さすが黒騎士さん。一人減ったね。あと二人かな」


 スバルが、後方から姿を現した。抜いた右手の短剣ショートソードで、辺りのやぶを切り散らかしている。散歩でもしているかのような、軽い物言いだ。スバルの視線の先を見れば、先程絶命した男について森に入ってきた二人の男がいる。森の中にも待ち伏せがいるとは思わず、一人が斬られたために怖気づいたのだろう。


 デュークラインはソードを収めた。不思議そうな目で見て来る彼に、視線を合わせる。

 何を考えているのか分からない奴だが、今は、頼るしかない。


「スバル。ここを頼む!」

「え? ちょっと待っ……! ええー!」


 スバルの制止には応えず、デュークラインは駆け出した。タオたちに合流して伝える余裕はない。一刻を争うのだ。


 敵の標的は、カイに違いない。

 ルクの叫び声は、まだ聞こえてこない。

 塔への最短距離を全力で駆け抜けながら、デュークラインはカイの名を呼んだ。



* * *



 盗賊である男――ガロンは、戦棍メイスを握り締めた。仲間のリイルを殺した手練てだれの騎士らしい男が何故なぜか去って行き、細身の男一人が残されているのだ。まだ若く見え、騎士の従者といったところだろう。彼の右手には短剣ショートソードが持たれているが、自分の敵ではない。


「兄貴、あいつなら……」


 言い切らなかったが、言外にれると言ったマールが小剣ダガーを手にした。

 ガロンは、マールへ男の背後に回るよう手で指示を出す。あの魔法使いが辺りを明るくしたお陰で、この森の中も視界が利く。


「二対一かぁ」


 若い男が、小さな溜息を吐いた。その左手が、腰の剣帯からもう一本の短剣ショートソードを引き抜く。


「じゃあ、牙をもう一本だね」


 それぞれの手で短剣ショートソードを手にした若い男に、マールが足を止めた。明かりを反射し、男の両手に持たれたそれらが、ひややかな光りを帯びている。


 双剣使いか、とガロンは身構えた。しかし、若い男が取った体勢に、動揺してしまう。短剣ショートソード逆手さかてに持たれており、前屈みに腰を落とした体勢は、これまでに見たことのないものだ。男の目はこちらを見ているが、剣の先は地面を引きずりそうになっている。男の足はそのままうろうろとサイドステップを踏み、こちらの出方をうかがうように移動し始めた。


「気味悪い動きをしやがって……!」


 ガロンは手にしていた戦棍メイスを両手で振り上げ、スバルに向かって踏み込んだ。もう何年も、これを振るってきたのだ。ソードを向けて歯向かってきた相手も、全て叩きのめしてきたのだ。ガロンには、絶対的な自信があった。


 振り下ろした先に、若い男の体はなかった。するりと左脇を抜けられたのだ。戦棍メイスの勢いに腕を持っていかれながらも、ガロンは男の姿を追って振り返った。その時、目の端で、男が背後の樹の幹を駆け上がるのが見えた。その足が幹をった瞬間が、ガロンが見た最期の光景となった。



* * *



 タオは断末魔の叫びを聞きながら、視界の利く森の中で起きた出来事に驚いていた。スバルの剣の使い方は独特だ。奇妙な――まるで肉食獣が追い詰めた獲物をねぶるような――体勢で、盗賊の男が振り上げた戦棍メイスを難なく避けた。前進して男の脇を擦り抜けたように見えた。そのまま男の背後にあった樹の幹を駆け上がり、そこから男に飛び掛かったのだ。スバルが逆手さかてに持つ短剣ショートソードが、男の首元に深々と突き刺さったのが見えた。


「もう、一人――片付けた? 早いし、すごい」

「あと一人だな」


 答えたエリュースの視線は、タオの腕に戻される。今、タオは彼の癒しの光に包まれて、仄かな温かさを感じていた。

 一人ずつを相手にして戦ったため、二人目では随分と体力を消耗した状態で戦うことになったのだ。そのために防御がおろそかになり、腕や足に傷を負ってしまった。相手もそれなりの腕前で、皮鎧レザーアーマーを着込んでいた一人目が特に手練てだれだった。率先して向かってきただけのことはあったのだ。


 今、タオの足先には、盗賊が二人、倒れている。タオは彼らを眺めながら治まってきた痛みに息を吐いた。

 人を斬ることに躊躇ためらいがなかったわけではない。しかし、この人数を相手に手加減して戦えるほどの余裕が自分にはないことを、タオは充分に理解していた。それに、グールと戦った時、自分が不甲斐ふがいないとどういうことになるのかを思い知ったからだ。こんな奴らがカイを見つけたら、どうするのかは目に見えている。ここで逃がせば、また仲間を連れてやって来るかもしれない。その時に、自分やデュークラインがいるとも限らないのだ。


 タオは近付く気配を察知し、エリュースをかばい立ち上がった。ソードを持ち、右の森から飛び出してきた男の前をふさぐ。咄嗟とっさソードで斬り伏せる必要があるほど、男に勢いはなかった。まだ若そうに見える盗賊の男は、短い悲鳴を上げながら、腰が砕けたようにその場に崩れる。その手に持たれていた小剣ダガーが、離されて地に落ちた。


 タオは落ちた小剣ダガーを踏みつけ、男の首にソードを突き付けた。男の全身が大きく震え、恐怖からか、その顔を引きらせている。その震える両手が、おがむように組まれた。


「こ、降参だ、もう俺たちの負けだ、頼むよ、命だけは、勘弁してくれ」

「ここのことを、誰に聞いた?」

「し、知らねぇ、知らねぇ奴だ。もう二度と、こんなところには来ないからさ、頼むよ。命だけは、助けてくれ……!」

 

 涙を流して命乞いのちごいをする男に、タオはソードを使えなかった。こうして武器を手放し、戦意喪失した者の命を奪うなど、想定していなかったのだ。

 傍にいるエリュースは、何も言ってこない。


「あれ? まだ生きてるの?」


 軽い足取りで、スバルがやって来た。まだ、その両手には短剣ショートソードが持たれたままだ。


「あ、そっか、生け捕りにしちゃったってやつだね」


 妙に軽く言ったスバルが短剣ショートソードを片方仕舞(しま)うと、かがみ込み、若い男の顏を覗き込んだ。そんなスバルに対し、怯えたように男が腰を引く。


「せっかく生きているから、聞いておきたいことがあるんだけど――盗賊をやってて、今まで命乞いのちごいをしてきた相手の声を、どれだけ聞いてきたのかな」

「え、」


 男の口から、上擦うわずった声が漏れた。

 明かりに照らし出されたスバルの顔が、笑みを形作る。


「ほら、命乞いするでしょ? 盗賊きみたちに襲われた人たちって」

「あ、そ、それは……まぁ、」


 しどろもどろになりながら、若い盗賊が震える唇を動かそうとしている。反抗の意思はすでにないと判断し、タオは突き付けていたソードを引いた。この男には、ここのことを喋らないよう約束させなければならない。確約を得るにはどうすれば良いか――そう考え始めた。


「ハハ、まぁ、君の答えがどうであれ、僕の答えは同じだけどね」


 次の瞬間、スバルの右手の短剣ショートソード順手じゅんてに持ち変えられる。その刃が、躊躇ちゅうちょなく男の胸元に突き入れられた。あごを上げた男から、くぐもったうめき声が上がる。


「スバルさん!?」


 タオは驚き、スバルの右腕に左手を掛けた。見れば、力を込めて止めるまでもなく、すでに刃は押し込まれた状態だ。もう助からないだろう。

 男の見開かれた目尻からは、涙が伝い落ちている。


「手を離さないと、返り血を浴びるよ」


 そう言われ、タオは手を離すしかなかった。スバルによって短剣ショートソードが引き抜かれる。血を流す男の体は、地面に倒れ込んだ。


「どうして、」


 命乞いをしている男を殺したのだ。そう、タオは言いたかった。しかし立ち上がったスバルの静かな眼差しに、言葉が出ない。


 エリュースが男の右側にかがみ込んだことに気付き、タオは彼のする動きを見つめた。片手で男の顏に触れ、目を閉じさせてやっている。彼の唇が、音を立てずに祈りの言葉をつむいだ。


「タオ。やり方は悪趣味だが、スバルのしたことは間違っていないと、俺は思うよ」

「エル……」


 タオは、エリュースの言葉に気持ちを抑え込むほかなかった。自らのソードを、鞘に収める。

 納得は出来ないが、理解はできるのだ。逃がした男が、ここのことを誰かに喋る可能性は、限りなく高い。盗賊相手に確約など、出来るはずもない。


「ここは知られちゃいけないんだろ?」


 さも当然のように言い、スバルが血を振るい落とした短剣ショートソードを剣帯の鞘に収めた。

 それから、ふと首を傾げる。


「黒騎士さんって、案外優しいんだねぇ」

「え?」


 スバルの言う意味が分からず、タオは聞き返した。

 目を細めたスバルが、微笑わらう。


「だって、僕なら君たちを殺してるから。この森で出会った時にね」

「スバルさん――」


 背筋が冷たくなるのを、タオは感じていた。仲間のように思っている気持ちが、ひるんでしまう。

 そんな気持ちが伝わったのか、立ち上がったエリュースに肩を掴まれた。エリュースを見れば、彼はスバルに強い視線を向けている。


「スバル。間違っても、師匠のことは裏切るなよ」

「アハハ、裏切るだなんて!」


 可笑おかしそうに、スバルが笑い声を上げた。


「あの物知りなお爺さんと僕はね、互いに利用し合ってるだけだよ」

「お前……!」

「それはそうと――、早く戻った方がいいんじゃない?」

「何?」


 スバルの提案に、タオは気になっていたことを改めて認識した。デュークラインの姿が、見えないのだ。


「デュークラインさんは? 戻ったんですか?」

「うん、なんだかねぇ、ものすごく慌ててたよ。一人斬っただけで、早々に戻っていったけど」

「え! それって」


 タオはエリュースと顔を見合わせた。


「と、とにかく戻ろう! カイが心配だよ!」

「ああ!」


 エリュースの同意を得て、タオは駆け出した。

 嫌な予感がする。あの盗賊たちに抜かれたつもりはないが、彼は何らかの危険を察知したのだろうか。盗賊を迎え撃とうとしたデュークラインが、彼らの全滅を確認しないまま塔に戻るなど有り得ない。余程よほどの理由があるのだ。彼ら以上の脅威きょういが塔に迫っているとしか、考えられない。


 石畳の道に出て、月明かりを頼りに走る。

 エリュースが付いてきていることを確認しながら、タオは不安で圧し潰されそうな気持ちをふるい立たせた。

 



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