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22 光誕祭

 ――光誕祭こうたんさいの日。

 太陽が高く昇っている下で、人々は大通りに集まりつつあった。職人たちも手を休め、表に出てきているようだ。男も女も子供も老人も、例年の行列を観ようというのだろう。


 タオもサイルーシュを伴い、通りの端に来ていた。左前方には、ペレ・ルス聖堂が見える。その周りにも人々が集まっており、すでに人垣が出来ている。昨夜から大主教たちは、この聖堂にいるのだ。


 三鐘さんしょうの音が、鳴り響き始めた。それは大聖堂や西の聖堂のものと重なり合っていく。空を見上げれば、雲がまるでほうきで掃かれたようだ。


「そろそろね」

「うん」


 弾んだ声でサイルーシュが言い、タオはペレ・ルス聖堂の方を見た。正面の扉が開かれたようだ。しばらくして、人垣が割れた。先導する衛兵数人が、道を開けさせている。その後から、一人の司祭が吊り香炉を手に歩いて来るのが見えた。


 その司祭の後に姿を見せたのは、白いフードを被った大主教だ。陽光を含んで輝くような白のローブをまとい、その双肩そうけんには金糸で刺繍ししゅうほどこされた紫の帯がかけられている。帯の端から垂れる金の房が揺れるたび、細かな光が零れ落ちるかのようだ。


 フードの下の大主教の顔は遠目で見えないが、確か歳は五十代後半だと聞いている。その足取りはゆったりとしているものの堂々としており、辺りにおごそかな空気を作り出している。その右手に持たれているのは、彼の身長ほどもある主教杖だ。宝石を配された金色のそれは、陽光を浴びみずから輝いているかのように見えた。


 アスプロス大聖堂に入った後には、光と共にこうかれるのだ。香辛料のような香りが僅かに混ざったような煙は、仄かに果物のような甘さと酸味をも感じられる不思議な匂いがする。祈りの儀式の際によく使われるこうで、大主教のローブにもめてあるのだろう。彼が近付くにつれ、その香りが強くなってきた。


 大主教がすぐそこまで近付き、タオは周りの人々と共に頭を下げた。無闇に直視してはいけないと、教わっているからだ。

 落とした視線の先で、大主教の白いローブが通り過ぎていく。それに続くのは、同じ白のローブをまとった主教たちだ。肩から下げられている帯の色は赤い。大主教にぐ聖職者である枢機卿――主教の中から選出された六人であり、次代の大主教候補でもある――は、例年二人ほどが参加しているように思う。


 彼らが通り過ぎてからも、大主教一行の行列は、まだ続いていく。低くしたままのタオの視界には、聖職者のローブとは異なった服装の者たちが入ってきていた。主教たちの後に続いているのは、四人の男だ。腰辺りから下しか見えないが、それぞれ上等な衣服を身に着けていることは分かる。全体に刺繍ししゅうほどこされたつややかなマントが目の前を流れ、目を惹かれた。色は統一されておらず、様々(さまざま)だ。帯剣までしている。大聖堂騎士の誰かだろうかと思ったが、彼らならば、儀式でこのような服装はしない。昨年は気にも留めなかったが、彼らは何者なのだろう。


 その時、隣にいるサイルーシュにそでを強く引かれた。切羽せっぱ詰まったような小声で、「指輪」と言われる。彼女が見ているのは、白のローブ姿ではない例の四人のようだ。その内の一人の右親指には、確かに銀の指輪が見えた。


 タオは驚き、顔を上げた。四人はすでに通り過ぎようとしており、指輪をした人物は後ろ姿しか見えない。しかしその男の姿に、タオは既視感があった。その灰銀色の髪は後ろで一纏ひとまとめにされており、紺色の生地に金糸で刺繍をされたマントに垂れている。彼らの後ろを司祭たちや衛兵が続いていくため、その姿は早々に隠されてしまった。更に周りの人々がその行列に加わるようにして、移動を始める。


「タオ、やっぱりあれって……」

「うん」

「あの指輪、私、覚えているわ。黒い石の銀細工。全く同じかと言われれば、自信はないけれど」

「デュークラインさんだ、俺にもそう見えた」


 後ろ姿とはいえ、何度か対峙した彼の体格は見間違えようがない。


「どうしてこんなところに――」


 タオは混乱しそうになりながらも、思い出す。

 彼は仕事で塔を長くけることがあると、確かカイが言っていた。その仕事というのが、アルシラの聖職者に関わるものだったということだろう。しかも、大主教が主体となる教団の儀式に同行するような、それほどの高位な仕事に就いているということになる。


「ねぇ、タオ。お父様に聞いてみましょう? お父様なら、きっと誰だか知っているわ」

「うん、そうしよう」


 エリュースに伝えるにも、まずは確認しておくべきだろう。それに彼も、あの指輪の男を見るかもしれない。他人の空似の可能性も、ほんの少しだが、ないわけではない。 

 サイルーシュの提案に、タオはすがる思いで頷いた。




 大主教たちの行列を追う形で、タオはサイルーシュと共に大聖堂の丘へと来ていた。時折風が強く吹き、白いローブやマントも舞い上がる。


 大主教たちは、開かれたアスプロス大聖堂へ入っていった。多くの人々は、外で光がともるのを待つのだ。新しい光をたずさえた大主教が大聖堂を光で満たし、これからも続く光の加護を願い、祈るのだ。


 いつもは同じようにそれを心待ちにしているサイルーシュに、そちらを気にする様子はない。彼女にとっても、あの男の正体の方が気がかりなのだろう。


「タオ! ルゥ!」

「エル!?」


 耳慣れた声に、タオは振り向く前にエリュースの名を呼んでいた。珍しく慌てた様子を見て、彼が駆けてくるのを待つ。


「お前たちも、見たのか?」

「そういうエルこそ!」


 何を、と言わずとも、エリュースのすことが分かった。彼が視線を送るのは、人だかりの大聖堂だ。まだ続々と、人々がこの大聖堂前の庭に集まってきている。

 心なしか、エリュースの顔色が悪い。


「今から師匠に聞きに行こうと思うんだ。エルも来てくれる?」

「ああ。ダドリーはいないし、おじさんでも分かるか……。確かめないと」


 呟くように言ったエリュースが、足早に騎士団本部に入っていく。

 タオはサイルーシュをうながし、彼を追った。





「――ああ、それは、大主教の侍従じじゅうたちだな」


 サイラスが、頷きながら答えてくれた。

 三階にある執務室の開け放たれた窓からも、ほんのりとこうの匂いが入り込んできている。


 質問するべく入室するとサイラスとトバイアがいたが、仕事の手を休めてくれたのだ。椅子も用意されてエールも出してくれ、乾いていた喉がようやくうるおっている。そうしてくれたトバイアは、今はサイラスに休憩を与えられ、外出中だ。


「大主教様の、侍従……」


 確か、塔へ行くために途中まで同行させてもらった大主教一行の中に、そういう者がいたはずだ。

 そうだ、と隣でサイルーシュが、思い出したように声を上げた。


「旅の途中で、馬車に乗らないかって言いに来てくれた方が、確か、そうだった気が……」

「ああ、あの時に来ていたのは、レノックス・ガーティンだ。グラスター伯爵の次男でな、なかなか優秀な人物だと聞くぞ。確か、侍従たちをまとめているのも、彼のはずだ」

「赤で金糸の派手なマントの人が先頭を歩いていたわ。じゃあ、あれが、あの時の方だったのかしら」


 納得するように、サイルーシュが頷いた。

 タオは、彼女の観察眼に驚く。そんな視線に気付いたのか、サイルーシュが小さく笑った。


「彼らは大主教の傍近くに仕えているんだ。大主教の手足となって動く秘書のような役目をしていてな。大主教が動くと彼らも動く。どこへ行くにも、誰か一人は必ず付き従っているはずだ」

「どんな人がなっているんですか?」

「そうだな、大聖堂付属学校を成績優秀で出た者がほとんどだ。もっとも、成績が良くても大主教に選ばれなければ手が届かん職だがな。彼らが大主教の伝言を伝えに来たりもするからな、下手な扱いは出来ん。主教でさえ、大主教を彼らの後ろに見てこうべれることもある」

「すごいんですね」


 素直を感想を述べると、かたわらからエリュースの咳払いが聞こえた。


「おじさん。その侍従の中で灰銀色の髪の――」

「ああ、それは、デルバートだな」

「デルバート」


 サイラスの口から出た名前を、エリュースが繰り返した。彼から視線を寄越よこされ、タオは苦笑いを返す。あの夜に聞いた名前なのか、と問われているのだろうが、生憎あいにく、自分の記憶力に自信がないのだ。

 仕方ない、というようにエリュースが溜息を吐いた。


「あいつが、どうかしたのか?」


 レノックスのことを言った時よりも砕けた物言いに、タオは驚いてサイラスを見た。


「師匠は、その、デルバートさんをよく知っているんですか?」

「よく知っているほどではないな。昔、何かの折に一緒に酒を飲んだくらいだ。ちょっと面白い経歴の持ち主でな。会えば話す程度だが、ここ何年かは忙しそうだ。見かけること自体が少ないな。そうか、さすがに戻ってきているのか」


 可笑おかしそうに、サイラスの口角が上がった。

 どうやら『デルバート』に対して、悪い印象は持っていないらしい。


「あいつは、元ノイエン侯爵という肩書かたがきの男でな。今でもノイエン候と呼ぶ者もいるが、デルバート・スペンス――デルバート卿と呼んでおくのが無難だろう。半島の中央を占めるノイエン公爵領の当主の長男であるにもかかわらず、今は爵位を持たない、ただのデルバートだそうだからな。先の戦争が奴の初陣だったんだが、その時に行方不明になったんだ。戦争が終わっても失踪状態で、誰もが死んだと諦めていたどころか、もうあいつの後釜あとがまえられた後で、帰ってきたのさ。カークモンド公に連れられてな」

「カークモンド公爵が?」

「ああ、カークモンド公が、領内の建築現場で人足として働いているデルバートを見つけたらしい。読み書きができることで目立ったことが切っ掛けでな。記憶を失くしていたし、随分と外見も変わっていたようだが、話をするうちに、少しは思い出したようだ。それで、デルバートが落ち着くのを見計みはからって、ノイエン公の元へ帰してやった。というわけだ」

「ということは、前線から逃げ出して――記憶喪失で戦争難民みたいにして流れ着いたのが、最南端のカークモンド領だったってことか……?」


 エリュースが首を捻りながら、呟いた。


「いくら目立ったからと言って、よく見つけましたね。その、カークモンド公爵は」

「それはまぁ、運が良かったのもあるだろうな。それに、カークモンド公はノイエン公と懇意こんいな仲だというのは有名な話でな。先の戦争で大主教側にノイエン公が付いたから、武門に名高いカークモンド公も追従したとも言われているんだ。一人息子のデルバートは九歳くらいからカークモンド公の元へ小姓に出されていて、面識があった。十五歳の初陣の時の武具や馬の用意もカークモンド公がしてくれたと、本人から聞いたことがある。カークモンド公の弟であるナキサ侯爵のところは、馬の一大生産地だ。お陰で生き延びられたのだろうとあいつは言っていたが、それが納得できるほど、ナキサの軍馬は良いぞ。大型で、よく走り、滅多なことではひるまない」


 最後は馬のことで興奮したように話すサイラスに、タオは驚きつつも相槌あいづちを打った。面白いと評すのはどうかと思うほど、デルバート本人にとっては大変なことだっただろうと思う。


「それで、何故なぜ今は、ただのデルバート、なんですか? 後釜がいたって、正当な跡継ぎが帰ってくれば――」

「そう思うだろう? だがあいつは、養子を追い出さずに自分が家を出る形を取った。まぁ、どっちを跡継ぎにするかで家臣たちの分裂を怖れたんだろう。ノイエン公爵夫人が弟に息子を一時的に預けている、なんて言われているがな。さて、どうなることやら」

「弟? って、大主教様か!」


 合点がてんがいったように、エリュースが声を上げた。


「ああ、大主教もおいを随分と可愛がっているようだ。付属学校出身がほとんどと言ったのは、あいつが例外だからな。ノイエン公爵領へ度々《たびたび》帰ることを容認されているのも、大主教の甥であるがゆえだろう」

「かなりの特別待遇ですね。周りの反発もありそうな……」

「さてな。だが、あいつはなかなか怖い奴だぞ」

「え?」


 怖い、と言われ、タオはあの夜のデュークラインを思い出した。

 しかしサイラスの顔は、好敵手を前にした時のようだ。


「あいつが初めて騎士団本部ここに来た時だ。見慣れないあいつを前にして、うちの若い従士が不審者と勘違いして、剣を抜いてしまってな」

「ああ――」


 似たようなことがあったのか、エリュースが顔をしかめた。


「俺は丁度その場に居合わせたんだが――考える前に叫んでいたよ。従士が殺されると思った。間に合わない、とな」

「師匠、それは」

「あいつは結局、剣を抜かなかった。それでも、俺が叫んでいなければ、うちの若いのは殺されていただろうと思う。あの従士との間合い、剣を抜かれても全く動じていなかった冷静極まりない視線、僅かな動きだったが、次の瞬間には剣を抜き従士を斬っている光景が、俺には見えた」


 サイラスの話に、タオは唾を呑み込んだ。


「侍従たちは皆、帯剣をしているが、飾りじゃなく本当に剣を扱える奴っていうのは、動きを見ていれば分かるものさ。何かに剣がぶつかりそうな時なんか、剣を使える奴は自然と柄に触れて遣り過ごす。デルバートは、かなりの使い手だ。カークモンド公爵自身が大剣使いの凄腕と聞いているからな。小姓時代から鍛えられたんだろう」

「なるほど、それでは反発もしにくいですね」


 そう言うと、サイラスが少し眉根を反らして笑った。


「あいつも、苦労したと思うぞ。当初は、偽者だと糾弾きゅうだんするような奴らもいたからな。司祭の中にもそういう奴はいた。身の証を立てるといっても、限度があるだろう? 俺としては、生みの親であるノイエン公夫妻が認めていれば、それ以上疑うことはないと思うんだがな。親だけが知っている特徴もあるのだろうし、勿論もちろん、それも調べられただろうしな」

「大主教様は、疑わなかったのでしょうか?」

「それは分からん。ただ、決定的に大主教の信頼を勝ち取っただろうと思う出来事はあったな。四年ほど前の話か、フォルトン侯爵領へ大主教が行かれた時のことだ。俺は同行していなかったから、その時の護衛だったアレクスの話だがな。刺客に襲われたんだ。大主教が狙われていたが、おとりを使われて、アレクスは抜かれてしまった。その時、大主教の傍に控えていたデルバートが、刺客を仕留めて大主教を護ったんだ。その時に初めて、奴が剣術にけていると知った者も多かっただろうな」

「初耳ですよ? そんな話」


 疑わしそうに言うエリュースに、サイラスが困ったように頬杖をついた。


「そりゃあな、刺客に襲われたなんて、アスプロス教団としても聞こえが悪い。内々に処理されたさ。それに、アレクスとしても面目を潰されたように思ったんだろう。感謝すべきなんだがな。だから、その場にいた奴か、一部の人間しか知らないことだ」

「なるほど……」


 納得したように、エリュースが呟いた。

 タオは、さすがに強いと感じたデュークラインだと感心していたが、どうもエリュースの様子がおかしいことが気になっていた。どこがとは言い難い。言い難いが、長年の付き合いで、彼が何かを『考えている』ことは分かる。


「ありがとうございました、おじさん」


 話を切り上げて立ち上がったエリュースに、タオもならった。


「ああ、何でまたデルバートが気になったのかは知らんが、話したいなら紹介してやるぞ?」

「それは、大丈夫です。ちょっと目立っていたので気になっただけなんで」


 軽く笑ってエリュースがそう言うのを聞き、タオも頷いた。

 紹介も何も、もうすでに会っているのだ。デルバートはほぼ間違いなく、デュークラインなのだろう。いや、デュークラインの正体が、デルバートだと言うべきか。


「じゃあ、気を付けて帰るんだぞ。タオ、頼むぞ」

「はい」

「じゃあね、お父様! ありがとう」


 娘を気遣ったサイラスに、サイルーシュが明るい笑顔を向ける。

 片手を上げて応えたサイラスに、タオは軽く頭を下げた。





「――もう、関わらない方がいい」


 エリュースが、真剣みを帯びた声で言った。

 羊皮紙を透過して入る陽光のお陰で、室内がなんとか見えている。タオはいつものように自分のベッドに腰かけ、サイルーシュが隣に腰を下ろした矢先のことだ。エリュースはベッド脇の床に腰を落とし、胡坐あぐらを組んでいる。


「どういうことだよ? デュークラインさんがデルバートっていうのは分かったけど、それで?」

「デュークラインがデルバートでも何でも、それは問題じゃない。問題は、あの時、塔に来ていた男が大主教の可能性が高いってことだ」

「大主教様だって言うのか!? カイに、あんなことをしていた奴が大主教様だって?」

「デルバートは大主教の侍従だ。あいつが従う相手が、大主教以外に誰がいる? それに、俺は今日の行列に見たんだよ。あの時、俺を殺そうと裏の台所に出てきた奴の顔を」


 タオは驚き、エリュースを見つめた。


「風でフードが脱げたんだ。偶然、俺の前にいた。間違いない。枢機卿の一人は、奴だった。会話内容から、親子だって言っていたよな、タオ? 大主教の息子はアルムの主教で、枢機卿なんだよ。あの時は正装じゃなかったが、俺は小妖精ピクシーのお陰で、真正面からあいつの顔を見ているんだ」

「エル……でも、それで、カイを見捨てるって言うのか?」


 声が震えたかもしれない。

 タオには、エリュースの言うことが納得出来なかった。


「考えてもみろ、タオ。大主教が関わっているんだぞ!? 教団の一端の司祭じゃないんだ。その大主教が、禁忌の娘を隠してる。もし俺たちのことが知られれば、俺やお前だけじゃない、ルゥやサイラスおじだって、無関係だって言っても許されない。それだけやばいんだよ、この案件は!」

「落ち着いてよ、エル!」


 珍しく取り乱した様子のエリュースに、タオは彼の前に両膝をついて肩を掴んだ。

 真剣なエリュースの瞳には、悲しみの色がにじんでいるように感じられる。


「今の大主教は二十七年前、一人の魔導士の反逆を理由に全ての魔導士を処刑するよう指示を出したような男だ。そんな大主教が何故なぜカイを生かしているのかは分からないが、きっと、ろくな理由じゃないさ」

「でも、デュークライン――デルバートさんは、俺たちのことを大主教には言わなかったし、言うつもりもないと思うよ。本来なら言わなくちゃいけないところだろうけど、彼が伝えたのは、あの貴婦人の方だ。だから、俺たちは生きてる。デルバートさんは、どうにかしてカイを護ろうとしているんだ。俺はそう思う。そう信じる。カイが何だって、俺は絶対に見捨てられない!」


 タオはエリュースを真っ直ぐに見つめ、言い放った。

 父フォクスからの手紙を読んで、改めて心を決めたのだ。相手が教団関係者だろうと、ひるんだりはしない。カイを傷付けていたのが大主教ならば、尚更だ。あんな非道なことができる人間が、教団の頂点に立っていて良いわけがない。何も知らず彼をあがめている人々のためにも、彼のしていることを明るみにすべきなのだ。


「エルだって、カイを助けたいと思ってるんだろ? だって、今も泣きそうな目をしてるじゃないか」


 そう言うと、エリュースが眉根を寄せた。そんな彼に、タオは笑ってやる。

 彼は先を読むことにけている。自分のように単純な頭の構造はしていないだろう。それゆえに、これほどまでに自分たちのことを心配してくれているのだ。


「ここでカイを見捨てたら、俺は自分を許せないと思う。だろ? そんな俺を見たい? エル」

「お前……、言うじゃないか」


 顔をしかめたまま口元をゆがませ、エリュースがようやく頬を緩めた。


「ルゥ、お前はいいのか? まぁ、顔を見たら分かるけどな」

「ええ、だってカイは大切な友達だもの!」


 当然のことのように、サイルーシュが言った。


「これでカイを見捨てるなんて結論になったら、張り倒すどころじゃ済まないわよ。確かに大主教様が相手なんて大ショックだけど、怒っているのよ、私は!」

「あ――」


 腹の底から上げるように、エリュースが声を吐き出した。そのまま力が抜けたかのように、その場に背が倒される。組まれていた両足も、床に大きく投げ出された。


「分かったよ。とりあえず、デルバートを見つけたら取っ捕まえて、事情を喋らせる。もう隠し事なんてさせておけるか」

「うん」

「なんとかして、貴婦人カリスの方に繋ぎを付けておかなきゃな。何かあった時、大主教に対抗できる可能性があるのは、彼女だけだ」

「うん、そうだね」


 エリュースらしさが戻ったことを、タオは嬉しく思った。

 腕に触れてきたサイルーシュに振り向くと、満足そうな笑みがたたえられている。そんな彼女が、とてもいとおしい。


「そうだ、エル。後で相談したいことがあるんだ。エルの意見が聞きたくてさ」


 手紙に書かれていた母親の件を、エリュースには伝えておこうとタオは思った。博学のダドリー・フラッグと繋がりのある彼なら、何か分かるかもしれないからだ。


勿論もちろん――」

「あ、それと、俺たち、婚約したんだ。エルには言っておこうと思って」

「待て。そういう重要なことをさらっと言うな」


 慌てたように上体を起こしたエリュースが、サイルーシュの方に視線を上げた。それから、視線を戻される。安堵したような笑みが、彼の頬に浮かんだ。


「おめでとう」

「うん、ありがとう」


 信頼する友人からの祝福の言葉に、胸が温かくなる。

 タオは差し出されたエリュースの手を、しっかりと握った。





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