第9話 すれ違いの所在 【後編】
12月17日 午前10時
「これがリストを生み出した経緯だよ。 手段はどうであれ、君の出現が私を後押ししたのは言うまでもない」
輝崎は俺にリストについての簡単な説明を淡々と話した。
「やっと確信が持てましたよ。 あなたですよね? 病院に運ばれた際、近くにいた医療関係者と会話をしていたのは____」
そう、それは俺が薄れゆく意識の中で聞いた男の声の事を指していた。
「今さら、隠しても無駄なようだね。 それで? 君はわざわざ、リストの礼だけを言いに来たんじゃないだろ?」
「____ご名答。 私はあなたに理由を聞きに来たんです」
「予想はしていたよ。 だが、それを聞いてどうする? 私と君とは目的が違うと思うが?」
「確かにあなたの考えていることと、私の考えていることは恐らく全くの別物で決して交わることはないでしょう。 ですが、その平行線上で何らかの交わりが起こるのなら、私は貴方を止めます」
張りつめた空気に拍車をかける。
それが正しいと言わんばかりに俺の言葉は輝崎の返答に真実味を帯びさせる。
「逢いたいだけなんだ。 私は私が必要とし、必要と思ってくれた一人の人間にもう一度、逢いたいだけなんだ____」
背を向け、高層のビルの窓に視線を向けた輝崎は少し黙って、再び口を開いた。
________例え、前世の記憶が無くても。
震える様な声色で感情を込めた、その一言。 これまでの数回のやり取りの中でさえ感じえなかった、感情を彼は現した。諦めと躊躇。その二つを混ぜ合わせた感情。
それが、輝崎が見せた《人》としての最低限な部分だった。
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「君もそうだろ? 君も、誰かに逢いたくて、先の見えない茨の道を歩いているんだろ?」
唐突なまでに自身の考えを押し付けた男の顔は酷く笑っていた。 「あぁ、君も私と同じか____」と言いたげな表情の奥に隠した気持ちを悟られまいと話を続ける。
「何故、そう思うんです?」
「理由は3つ。 1つ目は君が行方不明になった事。 これはあくまで推測なんだが、名取くん、君は自ら行方不明になったのだろ? そして、2つ目、数か月前、胸に重傷を負って見つかった事」
計算高く、話術にたけた解明者はその口を閉ざそうとはしない。 次第に追い詰められてゆく心の壁に俺は息が出来なくなっていた。
「最後に3つ目、それはここへ来たことだ」
単純な仮説を最後に言い放った。
「そんな事が理由になるとでも?」
俺は平常心で聞き返した。
「あぁ、なるとも。 なにせ、前者2つの推測が最後の1つを肯定するからね。
まず、最初の推測に捕捉を立てるとするならば、あれは行方不明ではなく進路の転換。 この時、君には今の生活を捨てても良いと思える何かがあったのだと私は思う。
次に2つ目、胸の中心を躊躇いなく貫通したナイフ。 これは誰かに刺され付けられた傷ではないだろう。仮に攻防の末に負傷したのなら外傷はその一点だけと言うのはあまりにも不自然。よほど、信頼できる誰かに刺されたのか、あるいは自らで刺した____」
スパッ_スパッ!と的を射抜く様に俺の心の中に干渉する男の言葉に。
反論する間もなく、立てられる仮説と言う真実。
「この2点を踏まえると君は自ずとここへ来ると安易に想定は出来たよ」
「何故?」
「人を変えるのはいつだって人だ。 そして、君はその誰かと共に居た。 胸をナイフで刺したのは・・・いや、死を選んだのはその方が最も効率的で最善の選択だと思ったからだろ」
奴の言いたいことは容易に想像できた。 悲しみの中で先の見えない暗闇が延々と続くのならその暗闇から解放される道を選ぶ。 希望ではなく絶望でもない。
解放されることのみが唯一の救い。
「____あんたに何でそんなことが分かる? ただの自殺かもしれないだろ」
「普通はそう考えるだろうね。 だが、君はそうじゃない。 君は死の間際に願ったんだ。 安らかな終焉を・・・・いや、違う・・・・君はきっと____」
________ 後を追って逝こうとしたんだ。
思わず息を呑んだ。 その動作を輝崎は見過ごさなかった。 これで、男の推測は立証されたも同然だった。
確かに俺はレイスの死を前に強く生きる事なんて微塵も考えてはいなかった。それは、彼女と出会った当初から変わらない思いだった。一日一日を過ごすにつれて、彼女との別れが迫ってくる。笑っていても、一緒に食事をしても心の片隅に《いつか来る日》が滞在していた。
いつか、夢の中で見た白髪の少女は微笑ましく草原を駆け、蒼穹の空に手を伸ばしていた。
行かないで。
そばにいて。
消えないで。
喉の奥に詰まっていた、言葉はいつもそこで吐き出していたことを思い出した。
思い出作りと言わんばかりに筆を取り、結果的に彼女を死なせてしまった。
ささやかな風が吹き抜ける、陽だまりの下で相違する様に冷たくなった華奢な体を今でも覚えている。柔らかい肌の白さ、吐息の聞こえてきそうなまでに深い眠りに少女の顔。閉じた瞳に真っ白な髪がかかる。
そこで夢は終わった。
「____そう、だった」
確認は済んだ。 すれ違っていた心の攻撃も今、重なった。
「____私・・・・・・俺はレイスの為ならどれだけの犠牲もいとわない」
いつの間にか口調が元に戻っていた。 必死に演じていた大人びた人格が崩れ始める。
「覚悟はできたようだね。 なら、私から1つ質問をしよう」
________君はこのリストが本当に本物のだと思うのかな?
「たかが、ゲームだって言いたいんなら。 それは違う。 だって、輝崎秀一、あんたは俺に
____「君の出現が私を後押しした」
____と、言った。 これは紛れもない事実だ。 何故ならあの日、あんたは病院で運ばれる俺の衣服からあるモノを抜き取った」
________あんたは俺からあの世界との繋がりを奪ったんだ。
レイスは俺と過ごした日々の中で度々、服の手直しをしてくれたことがあった。それは些細なほつれであったり、魔物との戦いで出来た破れであったりと、損傷の原因はそれぞれで毎回、レイスに怒られていた。
しかし、最期の日 レイスは俺の服を選び着せてきた。今思えば、あの行動はおかしなものだと思えた。だが、彼女との別れがそんな事に気を向ける余力を遮ってしまっていた。
「【転移の魔法陣】の模倣紙。それをあんたは利用した」
「そこまで分かっているなら、偽っても仕方がないな。 そう、私は君からソレを奪った。 そして、リストに仕込み開発を進めた。 本物だよ。 これは、紛れもなく 異世界転生もとい異世界転移を可能とする、どんな最先端電子機器よりも優れたモノだ」
「それを聞けて安心した」
用は済んだ。 俺はただそれだけを聞く為にここへ来たのだから。
輝崎がこの先にどんなことを企んでいようと、俺には関係ない。 俺はただ、1人の人にもう一度会えればそれだけで良いのだから。 その為には些細な犠牲には目を瞑り、目的を見失わないようにする。
【仮に数日の付き合いだった。、彼女がリストを手にしたとしても俺には関係無い。】
無言で立ち去る俺は決意を決めた覚めた眼差しでノクターナルの一室を後にする。
「だが、君の求めた世界に君の求めた人はいるとは限らない」
呟く様に脳に響いた声に俺は返答した。
「その言葉、前にも誰かに言われましたよ」
「君は君を取り巻く環境を呪っているんだね。 まるで、呪わなければ生きていけないような」
「あなたもでしょ? 逢いたい人が死んだから可能性に賭けた。 元を辿れば、その人が死ななければあなたはここまで来れなかった。 どうするんです? もし、あっちの世界にあなたが望むモノが無かったら、それこそ、輝崎さん、あなたは自分の人生を呪わずにはいられない」
輝崎秀一という男はまるで、俺の鏡だった。自分の為なら他がどうなっても構わない。 そして、その事に何の責任も感じえない。 あまりにも身勝手で、とても許されるようなものではないと思えた。
反面教師。
思わず苦笑してしまう。
「____その点に関しては考えがある。 それに、私の結末がどうなっても、リスト使用者の辿り着く場所は変わらない。 決して、変わることはない。 それに____最悪の事態は想定内だよ。 だからこそ、この世界には法があるのだから____」
意味深に含みを覚えた男の言葉に俺は全てが分かっているのではないかと思ってしまっていた。
「その言い方だと、俺達はまるであんたの駒のようだ」
「駒・・・・・そうとらえてもらって構わない。 けれど、名取くん 君には話しておこう」
「何をです?」
「1人の命を重要視するという事は他のそれ以外を軽視する事なんだ」
「____つまり、輝崎秀一 あなたは俺に救える数には限りがある。 それは重要視する人間が居いばいる程、減っていくって言いたいんですね」
「考え方は自由さ。 でもね、それは別段、君だけに言ったんじゃないんだ。 これは私自身に刻み込んだ事なんだ」
輝崎は黙り、俺は部屋を出た。
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30分程の会話は終わり、俺はこの後の予定を決めていた。外は寒空が世界を包み、小さな雪が肩に落ちた。払おうと伸ばした右手が左肩に当たり、指先に水滴を作る。体温で解けた雪は脆くて冷たい。
まるで、俺の心の様だと思った。曇り空の下で深々とアスファルトを包む白に目を向け、かじかみかけの手の平に息を吹きかけた。すぐに無意味になると分かっていても反射的にそうしていた。
いつまでもここに居るわけにはいかない。
行動を始めないと。
いつか終わる、その瞬間まで俺は俺で在り続けられる為に____。
そして、向き直った視線の先に1人の人物が映っていた。