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第5話 偽りの同級生

 「うえぇー・・・・今日ってテストだっけ」


 脱力した声で一人の女子生徒がもう一人の女子生徒に尋ねる。


 「当たり前の事、聞かないでよ。 と、言うかそれ、朝も私に聞いてきたよ? どれだけ聞いたって、事実は変わらないんだから、今日は諦めて、テスト受けなって」


 脱力とは正反対に割り切った声色で話す、もう片方の女子生徒。


「いつもの道が工事してて、こんな遅刻ギリギリに登校したんだよ・・・・・・着いた瞬間、いきなりはないよ・・・・・・」

 「テストってそういうモノよ」

 「いや、意味わからないから・・・・・・」


 テストという言葉の三文字を私は一時間目の前に実に数十回は耳にしている。正直、聞き飽きた。教室の端々で楽しそうな雑談、試験範囲の確認や、ヤマの予想。テスト週間特有のクラス風景が見て取れた。

 かと言う、私は廊下側から一番遠い端の席、縦5列の前から4番目の席で静かに読書をしていた。別に試験を放棄したわけではなく、この程度なら普段の予習と復習で十分に理解できたからだ。(名取とかいう、異分子は例外である・・・・・・)。


 (____って、何で私、こんな時にアイツの事を考えてるんだろ・・・!?)


 跳ね上がりそうになる気持ちを抑え込み、私は机の上で本の角をトンッ_!と鳴らした。気持ちを切り替える意味でもこれは良い動作だった。


 教卓の上の時計の針が9時を指そうとしていた。先生が前のドアからガラガラッ_っと音を立てて入ってきた。手には白く分厚い紙が握られており、それを教卓に置いた。


 (一時間目は数学。 二時間目は国語だったけ)


 どちらも思考を疲労させるにはもってこいの科目だった。

 

 私は深く息を吸うと、配られた答案用紙を前にシャーペンを持った。



 一時間目終了_10分間の休憩時間


 休み時間も相変わらず、テストの話は続いていた。前例通り、試験は比較的簡単で私には小テストを解いている感覚だった。しかし、他の生徒にはそうではなかったらしく、会話の中には不純物を混ぜっていた。


 「さっきのテスト 分かった?」

 

 「全っ然・・・途中から諦めた」


 「だよね・・・・・でも、千歳さんはスラスラ解けてたみたいだけどね。 あんな、難しい問題がそんなすぐに解けるのかしら」

 「もしかして・・・あの子、家が かなりの名家らしいから、権力的な部分では学校よりも上なのかもね」


 「え、それってどういう・・・?」


 その話を耳にしただけで察しはついた。大方、私は学校側への支援の見返りで試験範囲を他の生徒よりも有利になる様に教えられていると言いたいのだろう。だが、そんなことはこれまでに一度も無く。そう言った、根も葉もない噂が囁かれるのもこれが初めてではなかった。

 

 気にしなければいい。たったそれだけのことが出来ずにいた。締め付けるように痛む、胸と閉ざしそうになる感情が悲鳴を上げていた。


_____________________________________



 二時間目のテストも終わり、学校自体もそこで終わりだった。テスト週間は1週間ほど続き、毎日2時間のテストが恒例だった。ホームルームを終え、私は机の上の物を鞄に詰めると、そそくさと教室を後にした。逃げる様に立ち去る自分に苛立ちを覚える。何も悪い子とはしていない。後ろ指を指されることはしていないのに何で?と____。

 

 下駄箱に差し掛かった時、私は他のクラスの生徒に声をかけられた。


 「・・・あの、千歳さん・・・・」


 「なに?」


 「・・・・その、校門の前で千歳さんを探している人がいます・・・よ。 えっと・・・確かに伝えましたから・・・・! それじゃ____」


 おどおどした声で駆けて行った生徒をよそに、私は私を呼んでいる人の事を考えていた。学校の生徒なら他の生徒を使わずとも自らの足で話に来ればいい。やましいことが無いのなら、尚更だ。


 「はぁ・・・そんなに私って怖い____?」


 溜め息と共に吐き出された、外的影響(コンプレックス)にテンションを下げつつ、私は下駄箱の靴へと手を伸ばした。


 放課後と言うには明るすぎる時間帯に鞄を持った生徒が校門を出て行く。この光景を私は後、4回は目にすることだろう。

 

 (ところで、私を探している人ってどこなの・・・見た感じ、そんな人はいないようだけど)


 面倒な嫌がらせかもしれない。そう思った。探していると言った以上、私の顔を知らないはずはない。だとすれば、視界に捉えた瞬間に手を振るなり、声をかけるなりの何かしらの行動(アクション)があってもいい所だ。


 「まぁいいわ。 時間の無駄だし、帰ろ」


 気持ちを切り替えて、再び歩き出した。今度は単純に下校をする為に。


 「千歳さん、待ってたんだよ」


 その瞬間ときだった。足早に歩く私を一言で止めた人物がいた。右を向き、数秒の誤差で視界に写したその人物に私は目を丸くして、次に迷惑そうに目を細めていた。


 「・・・・・何で、君がこんな学校とこに居るの____? それに、そのシャツ、うちの学校の制服じゃない? 君は少なからず、ここの生徒じゃないはずだけど・・・・・」


 襟元に黒の十字模様があしらわれた、白のカッターシャツに千歳と同じ紺のブレザーを身に纏い、彼女の前に姿を現していた。


 「そこらへんは話せば長くなると言うか・・・ま、そんなことより、今から暇? もしよかったら、この後付き合ってほしいんだけど____」


 言い終える前に少女は視界から消えていた。

 タッタッタ____ッ!っと足音を立て、遠ざかってゆく彼女のその行動だけであからさまな拒否の意思表明が伝わったのは言うまでもない。


 「って、この流れは付き合う流れじゃ・・・・・・」


 遠回しに、呼び止めようとした。


 「____」


 否、千歳という少女は微塵も気にせず我が道を行く。


 (怒らせたか・・・・・? いや、でも特に何か言ったわけじゃないし・・・・・・)


 この時の俺は彼女の行動の意味をイマイチ理解していなかった。ただ、単純に機嫌が良くなかったのだと解釈していた。本当の所は彼女自身の立場に関係していることを知らずに____。


_____________________________________




 ____学校から徒歩数十分の場所にある、ファミレス。


 何とか彼女《千歳》を説得し話に付き合ってもらう事に成功した。____と言っても、彼女の機嫌が依然として直っておらず、むしろ悪くなる一方だった。それもそのはずだ、何故なら校門の前で振り払う様に歩く彼女を他生徒に聞こえるくらいの声で呼び止め、注目を浴びせてしまったのだ。

 この行動に彼女はビクッと肩を震わせ、仕方ないと言わんばかりに俺の手を取り最寄りのファミレスへと逃げ込む様に駆け込んだのだ。


 (傍から見れば、千歳が積極的な行動を取った様にも見えなくはない・・・・とは、口が裂けても言えない)


 眉間にシワを寄せ、向かい側に座る彼女は決して目線を合わせず右手をテーブルの上に置き人差し指を小刻みに上下に動かし、苛立ちをあからさまに表に出していた。


 「____えっと、千歳さん・・・・?」

 「____」

 

 案の定。 その言葉がピッタリとこの状況にあっていた。


 「話は聞いてくれるかな・・・・・・?」

 「____」


 無言。 と言うより、無視。


 「じゃ、じゃあ・・・・一方的に話すから聞いてて」


 俺は伝えるべきことを正確に話すことにした。


 「一応、断っておくけど、これから言う事は全部俺の都合で俺の判断だから。____だから、千歳さんが気に病むことはないから」


 そう言って、俺は少しの間を空けてから再度口を開いた。


 ________リストはもう要らない。 だから、君の助けも要らない。


 この瞬間ときだけは、声のトーンを少しだけ落とした。優しく聞こえない様に、気づかっていると思われない様に____そう、悪魔の様な口調で審判しんぱんを下す。


 そうして彼女は閉じていた唇を少しだけ開け、微かな呼吸をした。「えっ____?」っと聞こえてきそうな驚いた表情と眼差し。


 ________伝えたいことは伝えた。 もう、会う事は無いから最後に言っておく。


 ________俺の命を繋ぎ止めてくれてありがとう 千歳 楪葉(ちとせ ゆずりは)さん。


 別れるときは他人のままで深くなく情を込めずに過ぎ去ってゆく。これが、俺のできる彼女への最善の別れだと思った。


 緩やかな静曲が転調する様に置かれていたテーブル上の透明なグラスがカランッ____と音を立てて、小さな波紋を作った。


 罪悪感の残る後悔と相対して感じたのは静かな怒りだった。


 「・・・・に・・・・よ」


 発せられた少女の声はどこかしら震えていた。恐怖や寒さからくるものではないことぐらい分かっていた。今までの彼女の言動や行動から考えれば当たり前の反応だった。

 そんな、彼女を俺は冷たくて芯の温かい瞳で受け止める様に見つめていた。


 「何よそれっ____!! 自分勝手なのもいい加減に____」


 そこで彼女は黙り込んでしまった。それはきっと、俺の顔を見てしまったからだろう。一番辛いはずなのは俺自身でそれ以外は無い。決断を下すのも、リストを諦めるのも____。

 全部、辛いのは俺なのだと彼女は察してしまったのだろう。本当の事を言えば、千歳の態度は変わるのだろうが今はこのまま、何も無かったかのように事が進んでくれることを俺は願った。


 単にリストを手に入れ、叶えられなかった悲願を叶える事を止めた。

 そう思ってくれていれば、今はそれだけでいいと思った。たった数日の関係の彼女に不安定な道を歩かせることは俺にはできなかった。

 

 俺は席を立つ。


 失いそうな瞳で俺を見つめる彼女の顔が胸に突き刺さる。それでも歩みを止めることはない。襟元を正した俺は振り返らない様に一歩を踏み出す。


 その時、後方で複数人の声がした。


 「あっれぇー、千歳ちゃんじゃない。 さっきの声、もしかして千歳ちゃんの?」

 「それ以外ないと思うな~だって、嫌でもあの声は耳に残るもん」

 「だ・よ・ね、生徒会長さん?」


 明らかな、嫌がらせだった。強張った自身の体にとどまれと言われた気がした。もし、ここで彼女を庇うような事があれば、俺は彼女に情を生み出すことになる。それは、断絶した関係を束の間のモノにするに等しい行動だった。

 見捨てて、店を去れば彼女はきっと、忘れてくれる。それでもって、俺は____。


 俺は本来の目的へと、気負いすることなく________。


 割り切れなかった。千歳を他人と割り切ることが出来なかった。


 店先の硝子ガラス張りに置かれた洋風の人形の様に気品に満ちた容姿をしながら、意思を持たない硝子の瞳へと自分を固定した千歳の姿。陰湿な嫌味や遠回しな嫌味を口々に浴びせられていた彼女。

 荒らしが通り過ぎるまで、感情を捨て、あたかも最初から持ち合わせていない様に振る舞う彼女の姿を見た今では、見捨てることは出来はしなかった。


 「あのさ、あんた調子乗り過ぎなんだよ! 家が金持ちだからって、いい気になるなよ!?」

 「それにさっきの何? あんたに男がいたのには驚いたけど、まさか、こんな所で、しかも試験期間中に遊んでるなんて、よっぽど今回のテストは余裕なんでしょうね?」

 

 言いがかりに次ぐ、ありもしない虚偽の発言。千歳は何も喋らず、何も思っていない様に見えた。


 「何か言ったらどうなのよっ____!」


 ぐっ____!!


 千歳の横に居た一人の女子生徒が抵抗しない人形の髪を力強く引っ張り、それが力無く傾いた。最初はただの無視なのかと思っていた。千歳は千歳なりの対処で無視をしているのだと。

 しかし、それは大きな間違いだった。俺の視界から見える、テーブルの下には彼女の足が見えた。正した姿勢に比例する様に規則正しく揃えられた両脚。太ももの上に添える両手。

 そして、震えていた。


 だから、俺はゆっくりと彼女の方へと歩みを始めた。これで最後。そう言い聞かせながら氷の気持ちを暖める。


 「ちょ・・・ちょっと、流石に言いすぎなんじゃない?」

 「はっ? あんた、こいつの見方をするって言うの?」

 「そうじゃないけど、あんまり言い過ぎると・・・・・・その、自殺・・・とかされた困るじゃない・・・・?」

 「あーなるほど、あんたやっぱり、そういう面では頭いいわ」

 「うんうん」

 

 この時、一人の女子生徒が気づかれない様に千歳のテーブルに置かれていたグラスに指を伸ばしていた。


 「確かに、言葉ではいつ死ぬか、分からないものね!!」


 ガシャンッ____!!


 女子生徒がその腐った言葉を言い放ったと同時に千歳の座っていた、席のテーブルから水の入ったグラスが滑り落ち、衝撃音と共に床に硝子ガラスの破片を霧散させた。

 空気の流れが変わった。これには千歳も驚き、目を丸くし辺りを見渡す。ある意味、彼女の催眠状態を解除する良いきっかけになったのかもしれない。


 「____確かに言葉じゃ、人をいつ殺せるか分からないよな」


 風の様に違和感なく、歪な人の関係性に話しかける。


 「あんた、千歳の・・・!? 何、今更、現れて彼女の仕返しをしようって言うの?!」

 「____そうだったら、これほどの演出は無いな。 だが、俺はそこの女になど興味はない」

 

 演じる。無関心な闇を演じる。その度に傷つく心の痛みも、演じる役柄で隠し通す。


 「じゃあ何よ!! 関係ないなら、どっか行きなさいよ!」

 「____一つだけ、教えておくことがある」


 緊迫した状況の中、俺は割れたグラスの破片を拾い上げ、流れる様に鋭利な先を向けてゆく。


 「な・・・に・・・・・・よ・・・」


 触れてはいない。首も絞めてはいない。けれど、たった一つの動作がいとも簡単に一人の人間の全てを掌握する。


 「____言葉には確かにある程度の殺傷力はある。 だが、効き目は目に見えない。 でも、物理的なモノは結果がすぐにでる。 現に今のこの状況がその事を明確に証明しているだろ」


 フワッとシーツで覆い隠す様に女子生徒の背後に回り込んでいた俺は右腕を彼女の前に出し、すかさずその手を首元に差し向けた。わずか数センチ手前で止められた、硝子ガラス片が標的を硬直状態におとしいれる。


 「____ 頸動けいどう脈。 それさえ切れば、結果はすぐに出る」


 詰め。決定的一打が決まった感触があった。実演に勝るモノは無かった。

 

 ドサッ____。


 女子生徒は力なく膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまっていた。発する言葉も途切れ途切れの一語ぐらいで、呼吸もままなってはいなかった。残りの二名は、そんな姿を見て恐怖を覚えたのか、ただ立ち尽くすだけでその場を離れようとはしなかった。


 (過呼吸か。 それで死なれでもしたら、俺の言った事は本末転倒だな)


 そこで俺は飽きた玩具おもちゃを捨てる様に、地面に破片を落とした。


 「____これで貸し借りは無しだ」


 千歳を見て、俺はそう言い残した。彼女の顔を見るのはこれで最後だろう。振り返りはしなかった。


 _____________________________________


 陽が沈む。夕焼けに染められた街並みが青く黒い静寂の街へと姿を変えてゆく。秋の雰囲気も、もう少ししたら消え去ってしまう。


 「制服なんて、いつぶりに着たんだろ」


 袖、襟、物珍しそうに俺はそれらに触れた。


 「でも____」


 確かにあった、記憶の中で俺はレイスとの日々を思い出した。同じ制服でも、今の服装とは似ても似つかない制服。彼女と剣を取った日々に着ていた制服の感触は今でも思い出すことが出来た。


 (____ん? 確か俺はこの世界に戻って来た時は剣士服を着ていたはずだよな・・・・・・? 病院で服を取り換えられたって考えるのが妥当だろうな・・・)


 だが、それだけの推測では照明の使用の無い疑問が残った。


 (____じゃあ、俺が自分に刺した短剣は今どこに・・・・・・)


 何かがおかしい。普通、剣士服で胸に短剣の刺さった人間がいれば、何かしらのニュースになっているはずだ。それなのに噂どころか、俺の存在自体も何もなかったかのように扱われている。

 そんな気がしてならなかった。


 仮に存在が何者かに隠されてるのだとしたら、唯一の目撃者である人間に危害が及ぶかもしれない。


 「____千歳さん」


 真っ先に脳裏によぎったのは彼女の顔だった。これ以上、関わればどんなことになるか分からない。そう考えれば考える程、俺はファミレスでの別れは正しかったのだと痛感した。


 でも、運命は俺を離してはくれなかった。


 「名取くんっ!!」


 突き刺す様に俺を呼んだ悲痛な声。思わず背後に振り返ってしまう。


 「・・・・・・千歳さん」


 乱れた髪とクシャクシャになった制服をたずさえて彼女はそこに立っていた。切らした息を整えようと、荒く吸い込んだ空気を吸っては吐いてを繰り返していた。彼女の様子から分かるように日が暮れる、今の今まで俺を探し続けていたことが手に取る様に分かった。

 何でそこまで、俺に関わるんだと言い放ちたい気持ちを飲み込み、ただ、突き放す言葉を考える。

 

 「自分だけ言いたいことだっけ言ってっ____! そんなに1人でいたいなら1人でいればいいわ! でも、私もあなたに、言いたいことは山ほどあるわ!!」


 純粋な怒りの感情が伝わってくる。


 「____あぁ、どんな?」


 受け入れる。 何を言われても、受け入れるつもりだった。 それがきっと、彼女の思いへの最後の応えだから。



 

 ________あなたが行こうとしている世界には、まだ《大切な人》は生きているの?




 俺が真っ先に気づいて気づかないフリをしていたことを少女は真剣な面持ちで尋ねてきた。

 そんなことはとっくの昔に気づいていた。 気づいていたから_____。


 そこで、俺は考える事よりも先に拒絶を優先した。

 

 「____君との関係は終わったはずだよ。 正直、付きまとわれるのは迷惑なんだ。 だから、これ以上、俺に関わらないでくれ。 仮にあの世界に彼女の存在が無かったとしても、それでも俺は行くよ、贖罪は身をもって____」


 一語一句、震える感情を悟られない様に心を凍結させ口にする。


 「・・・・っ」


 声を押し殺した彼女の顔はどんなだったかは覚えてはいない。


 「____俺はもう行くよ」


 自然に伸ばした指先をそのままに悠々と何処かへと俺は歩みを寄せる。目の前には河川を繋ぐ、大きな橋があり、工事中なのか三角コーンやら進入禁止のバリケードがあった。

 俺はその光景を好機だととらえた。

 

 今にも崩れそうな橋は至る所にヒビが入っており、恐らく橋ごと新しいものに建て替える予定なのだろう。


 「____ちょうどいいな」


 皮肉に笑った俺は足を止めることをしなかった。


 「名取・・・・くん・・・・・・何を____」


 「____千歳さん、偽りだらけの人生でも自分が真実だと思えたらそれが本当なんだよ。 この制服だってそう 本来、俺はこの高校の生徒じゃない。 でも、さっきの女子生徒は俺を見ても何も言わなかった。 所詮、気づかなければ嘘だって本当になるんだ」


 自己肯定の例えにしては少々、軽すぎたかな?と思い苦笑する。その際に俺は気づかれない様に左手でしおりを握っていた。


 「だったら・・・・だったら、偽りでもいいっ____!! 君が偽りを本当だって言うならそれを信じる! 偽りの同級生でもいいよ。 だから、だからせめて・・・・・・・君は・・・名取くん____今度は・・・今からは・・一緒に生きようよ・・・・・・・。____何で、自分から辛い道を選ぶの____」


 聞こえていたんじゃなくて、聞いていた。 二度と見ないであろう彼女の顔を見ないままで。


 橋の中に足を踏み入れてすぐに何かがきしむ音がした。止めようとした千歳の静止を無視し、俺はひたすらに前へ前へと進んでゆく。車の一台も通っていない橋の上は壮大で、こんな機会は滅多にないだろうと思えた。

 見上げた空には無数の星が輝いた。


 「待って____!」


 ここで離れてしまったらもう二度と会う事は無いと悟ったのか千歳は右手を伸ばし、橋へと駆け寄って来る。もちろん、俺はここまでを想定していた。


 「____来るな」

 

 「名取・・・くん」


 最後に一度だけ、自分に課したルールを破った。


 泣きたい、笑いたい、話がしたい、ありとあらゆる感情が入り乱れた気持ちを鎖で繋ぎ立ち止まった。

 そうして、俺は目尻に感じた熱い何かを留め、ゆっくりと振り返った。


 「____名取くん」


 この時、彼女の瞳には俺が映っていなかったのかもしれない。もちろん、視力的な意味での話ではない。


 そして、左手に握り続けていた栞を風に散らせた。


 効果の切れた橋は徐々に異音を高鳴らせ始め、気づけばボルトが一つ足元に転がっていた。橋のもろさは自身が想定したいたよりも進行しており、すぐに俺と千歳の間を断ち切る様に橋の一部が大きな衝撃音と共に落下し、砕け散った。

 これには千歳もおののき、俺を追う事を躊躇ためらっていた。


 そう、それでいいんだ。 そうなってしまえば、彼女自身も仕方なかったと自身に言い訳をつけることが出来るはずだ。

 今の自分にとって、彼女は優先事項ではない。だからこそ、切り離すことに何の抵抗も・・・抵抗も・・・・・・・・・。


 土煙が視界をさえぎる。


 いつしか、何も見えなくなっていた。


 夜の街に鳴り響いた地鳴りの様な衝撃音。


 こんな騒音の中では何を言っても聞こえるはずもない。


 だから、俺は素直に思いを口にすることが出来た。





 ________さよなら 偽りに真実と本当の思いをくれた人。

 


 


 その日を境に俺は彼女に会う事は無かった。




 (つづく)

 

 

________季節は冬へ

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