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第4話 秋風に冷たさを教えて

 ビューっと音を立てて吹き抜け通り過ぎた風が空へと消えてゆく。天高く上ったそれの行方を俺は知らない。

 そして、この俺に《リスト》を渡した人物と経緯、理由もだ。


 銀色のリング状のそれは薬指に装着する様に設計されており、見かけだけで言ってしまえば白金プラチナの婚約指輪と見間違えるほどだった。


 「見たところ、電源は入っていないみたいだな。 ゲームの発売日まで起動しない様に設定されているのか? それとも、装着することで起動する仕組みか?」


 上下左右、ありとあらゆる角度から眺めてみたものの、これと言って気になる点は無く、俺はそっとポケットの中にしまった。


 「千歳さんには悪いけど、彼女を俺の私情に付き合わせることは出来ない。 当日は適当な理由を作って、行くのをやめよう」


 今日は10月27日、、イデアル・アブソリュートの発売日の12月25日まで多少の猶予ゆうよはある。

 それまでに、彼女を納得させられる理由が作れれば良いのだが。


 寒空の下で陽が落ちてゆく街を眺めながら俺は物思いにふけっていた。


 このままここ(現実)で生きて逝くのも1つの答えなのかもしれない。けれど、1度でもあちら側を見てしまったら、嫌でも心が揺らいだ。不思議なことに俺はこっち側の世界の方が異世界に思えてしまっていた。

 

 「ゲームだって、決めつけられるなら こうはなってないよ 千歳さん」


 仕方ないんだよ____と言い聞かせる様に俺は風にささやいた。

 病院の屋上には自分以外の人はおらず、四方を囲むフェンスと灰色の地面が広がっていた。


 「そろそろ、戻るか____」


 行く当ての無い、俺に唯一残された居場所。真っ白なシーツが覆ったベッドと簡易的な生活設備が備え付けられた仮初の部屋。正直、居心地は良くなかった。

 しかし、贅沢は言ってられない、理由はどうであれ、俺をその場所へと繋ぎ止めてくれたのは紛れもなく《千歳 楪葉(ちとせ ゆずりは)》という1人の少女の優しい心なのだから。


 きぶすを返した身体が出入り口に向く。夕日を背にした俺の体の輪郭をぼんやりと照らす。顔にかかった前髪をゆっくりと目をつむり払いのけた視線の先には1人の少女が立っていた。いつからそこに居たのか、少女は恥じらう様に目を逸らし、伸ばした手を絡めていた。


 (・・・見た所、入院患者ではないよな・・・・・・私服だし・・・・)


 少女は出入り口付近に立っており、部屋へと戻る俺にとっては避けるに避けられない障壁となっていた。意味ありげな雰囲気と声をかけずにはいられない、その様は必然的に俺からのアクションを起こさせた。


 「あの・・・・・・・・・?」


 無難ぶなん台詞セリフを投げかけた。この場において、《無難》ほど、心強いモノは無い!!っと俺は心の中で言っていた。

 

 (これ・・・声届いてるよな・・・・・?)


 こちらのアクションに対して、暖簾のれんに腕押しの様なリアクションが返ってくる。シーンとした時間が流れ始める。


 (このまま、帰ってもいいよな・・・別に俺に用があるわけでもなさそうだし・・・・・)


 ____と、微妙な安心感を覚えた俺はゆっくりと歩き出し少女の横を通り過ぎようとした。



 バサッ________!!



 だが、俺の安心感を置き去りに少女は大胆な行動に出ていた。背を包み込む様に伸ばされた左手、そしてその上から覆い隠す様に添えられた右腕。その両手が俺の体を静かに包み込んだ。


 不吉な感覚がぬぐえきれない。


 顔に視線を落とすと、不敵に微笑み、可愛く笑った。密着したこともあり、嫌でも伝わる体温と柔らかな体。入念に手入れされた繊細な髪の1本1本。自分よりも少しだけ背の低い少女に俺は目に見えないオーラで押されていた。


 「え、ちょっと・・・・!」


 咄嗟に体を離そうと力を込める。

 だが、俺の行動よりも、ほんの少しだけ早く少女の方が動いていた。それはまるでこうなることを分かっていたかのように____。


 踏み切った足で体重を俺に預け____。


 「なっ________!」


 予想外の出来事に驚くすきも与えられないまま、体は後方へと押し寄せられた。ガシャッ_!っと音を立てて俺の背中がフェンスに触れ、凹凸の感触が伝わる。

 そうして、ようやく体の動きは静止しもう一度少女を見る、タイミングが生まれる。


 (・・・・・・なんだ?! 新手の殺しか・・・!?)


 雲雀ひばりの件が脳裏をよぎった俺は警戒心を強め、少女の今後の動向に目をやった。例え、相手が女の子であっても力に差はないと嫌でも知っていたからだ。

 唾を飲み込み、額を伝う汗を気にも止められないまま、目を合わせた俺の瞳に映るのは赤く透き通った瞳で敬愛の眼差しを向け続ける先程の少女の姿だった。


 「ようやくお戻りになられたのですね。 ル・・・・・・・いえっ、名取様」


 何故、俺の名前を知っているのかと言う疑問はこの際、どうでも良かった。それよりも、彼女が向ける俺への忠誠心にも似た愛情が妙に気になった。


 「君は誰? もしかして、誰かのお見舞い? 人違いとか?」


 可能性は薄いが万が一のこともある。


 「いいえ、違いますよ。 私は名取様にお会いしにここまで来たんですよ」


 「でも、俺は君の事を知らないんだ」


 「知らない・・・ですか・・・・・・。 ____黙れ」


 その時、彼女の顔が一瞬、暗くなった。


 「あっ、いえ・・・! 何でも無いです!」


 身振り手振りで言葉の綾を無かった事にしようとする少女に俺は質問を投げかける。


 「どうして、俺がここの病院に居るってわかったの?」


 「あ、それですか・・・それはですね・・・聞いたんですよ」


 「聞いた・・・・・? もしかして、千歳さんから?」


 「・・・・・・千歳」


 「あれっ? 知らない? てっきり俺は千歳さんから聞いたんだと____」


 「知ってますっ____! 千歳さんですよね!? はいっ! そうなんです。 私、千歳さんから名取様の場所を聞いてここに来たんです!!」


 「____そうか」


 あからさまに彼女の言動には嘘が混じっている。直感的に俺は、その事を理解した。


 「はい。 ところで名取様?」


 「ん? 何だ?」


 「名取様は随分と異性との交遊関係が広いようですね。 別に悪い事じゃないんですよ? 私は名取様だけに好意を持ち、他の者になど興味は微塵もありません」


 ガラッと変わった少女の雰囲気は言葉では表せられない程にドスが効いていた。嫉妬や執着心、そんな生易しいモノではなく、もっと違った感情に取れた。


 ぐっ_!


 体を包み込んでいた少女の手の締め付けが強くなる。それに伴って、呼吸が苦しくなる。

 少女が俺へと顔を近づける。微かな息遣いが肌に伝わる。温かな風。逃れようのない拘束をされた俺の足と足の隙間に少女は、あざとく左足の太もも挟ませた。


 「あぁ、何て愛おしいんでしょう____。 私の名取様。 全てを取り戻せば、もっと愛してあげられるのに____」


 気候の寒さも相まって、徐々に荒くなる彼女の息遣いは白く霧の様に視認できた。

 熱の上がる身体を抑える事が出来ずに俺は主導権を少女に奪われた。


 「異性と接することは許してあげます。 会話をすることも、一緒に居ることも____でも、好意を寄せる事は許しません。 あぁ、でも()()()は別に好きになさってくれても良いんですよ? 私が好きなのは、()()()ですから」


 「君・・・は・・一体・・・・・・」


 「だから、もし、先程の事をお守りいただけないのなら・・・・そうですね、あの女子高生に____なんて、ふふっ、冗談ですよ」


 サッ____!


 少女の乾いた笑いを皮切りに背中に感じていた枷の様な拘束感が消え失せた。途切れ途切れの呼吸を数回繰り返した後、正常な呼吸へと整えてゆく。


 「それでは私はこれで____。 続きは、またの機会と致しましょう 名取様」


 「____待て」


 告げる様に去る彼女の背中に俺は声をかける。


 「____次は・・・次はいつ君に会うことになるんだ」


 不本意な問いかけをする。


 「________そうですね。 これはあくまでの話ですが、あなたが以前、私を見つけ声をかけてくれた時の様に不意な再開と致しましょう。 けがれの無い、あなたを墜としてしまった私が言えた義理ではありませんが、あの時のあなたは、とても優しくて純粋な御方でしたよ。 ですので、もし、また会う時があるのなら、その時はあなたが答えを出してください。 全てを知ってもなお、今の・・・出会ってきた人たちとの人生を生きるのか、それとも本来のあなたが帰るべき場所で生きるのかを____」


 「それってどういう____!?」


 続けざまに聞いた、問いは発せられただけで届くことは無かった。瞬きをしたほんの一瞬で少女は俺の視界から消えていた。と言うよりも、最初からそこに存在していなかったかのように____。

 虚しさだけの心の中に残っていた朧かな記憶の中で一番知りたかった事があった。問いかけようのない、永遠の謎。




 ________雪紗、君がもし、生きていたら あの子に何て名前を付けようとしていたの。



 

 孤独な心情を抱えたままの自分自身と10月の街に吹き抜ける秋の風がそっと吹いて景色の中に消え去った。


 (つづく)


 

 


 



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