第2話 秘匿の剣士は12の双翼と再度、契約を成す
銃弾と刃の連撃は静まることを知らずに夜の静けさを割ってゆく。破壊の限りを尽くすのではなく、標的、ただ一人を狙い続ける。
「コントラストにもなってないな、雲雀。 銃と__何て使いづらいだけだろ?」
「コントラスト? あぁ、芸術用語か。 雪紗との出会いはお前の思考まで変えたんだな」
「____」
開眼させたままの深紅の魔眼に力が入る。
「そう言えば、切峰さん 妙に口元を押さえてたな・・・・・吐き気でもしてたのかな。 彼女の体調の変化を気にも留めず、学園から2年も姿を消したのは何故だ?」
2年、その数字だけは絶対に忘れない。俺があの_セレクトリアで過ごした日々は絶対に忘れてはいけない。
「ゆき・・・さ・・・・・は俺の____」
本当は分かっていた。 分かっていて、忘れようとした。
「名取、お前は切峰さんの事が好きだったんじゃないのか? まぁいい、今となっては終わった事だ。 死んだ者にこれ以上は何も言うことは無い」
雪紗が死んだ? 「それは無い」と言える、確信が無かった。
不利な状況なのに変わりはなく、雲雀の攻撃は終盤を迎えていた。どうやら、《詰め》らしい。どれだけ、相手の動きがスローで見えようとも、反撃手段がないのなら、スタミナ切れの俺の負けだ。
(せっかく、こっちの世界に戻って来たというのに終わりが病院の屋上なんて、まるであの日の再演出みたいじゃないか・・・・・)
「確かに俺は雪紗の事が好きだった。 それでも、俺は彼女が死んだとは思っていない。 だって____」
言葉に被せる様に雲雀が牙をむいた。
「いい加減にしろっ____!! お前は俺達、仲間を崩したあげく、一人の女も満足に相手できなかったんだ____。 そんなやつが今更、何を言う____!」
初めてだった。 雲雀の感情に身を任せた姿を見たのは、初めてだった。
「今でも俺は雪紗のことを忘れてないからだっ________!」
嘘を吐いていた。 あっち側で生きていた時も、ずっと知らないフリをしていた。 理由は簡単だ。 死んだことにしたくなかったからだ。
自覚しないのなら、幸せでいられる。
忘れていられるなら、思い出すこともない。
そんな、自己の考えを中心に置いた考えで俺は今まで生きてきた。もし、その報いが、今、この瞬間だと言うのなら、俺は甘んじてその報いを受け入れよう____。
だが、正解は果たしてそうなのだろうか?
このまま、ここで雲雀という、一人の執行者に身を任せ、命を摘まれることが正解だと言うのだろうか?
バンッ____!
再び放たれた弾丸。 今度は胸の奥に浸透する様に響いた。
「もう、逝け____」
冷笑でこちらを見る、雲雀の不吉な違和感に強張る身体。 酷い金縛りの様な硬直が俺を襲う。助けは来ない。助けを求めようとは________。
ギィ____。
殺し殺される者の間に邪魔は入ってはいけない。けれど、今、この瞬間に亀裂を入れる音が聞こえた。雲雀は一瞬、後方に意識を向けたが次の瞬間には意識を俺へと向け直していた。
雲雀にとっては些細な事なのかもしれないが俺にとっては、大切なモノを失うかもしれないという予兆に取れた。
「____ 千歳・・・さん・・・・・・? 何で・・・ここに・・・・?」
視界に飛び込んできたのは、屋上の扉を開けこちら側の様子を不安げに伺っている、千歳 楪葉という名の少女の姿だった。
夜風が肌に染みる、この気候の中で薄着の彼女は弱々しくも、どこか満足気に見えた。
(雲雀は何故、無視をした・・・? 千歳さんはこの現場の目撃者なのに____)
嫌な未来が脳裏をよぎる。ここで彼女を相手にしないのは、その隙に俺が逃げる可能性があるから。それとも、一人の少女を手にかけるのは雲雀のポリシーに反するから?それとも、彼女一人を殺すくらい、他愛ないと言いたいのだろうか?
「名取くん・・・? こんな所で何をしてるの・・・・? その人・・・誰・・・?」
恐る恐る、不安げに声を発した彼女の眼差しが俺へと突き刺さる。何も知らない人をこんなことに巻き込むかもしれないという罪悪感と雲雀を止める手段を何一つ持ち合わせていない自分への怒り。その、どちらもが混ざり合い、俺はある一つの決断を下した。
((おい、居るんだろ?))
瞳を閉じて、心の深層意識へと言葉を投げかけた。
『____久しいな、お前が我に語り掛けてくるとは』
反射する様に応えた声の主は俺の中で話をする。
((今の状況、お前には分かってるのか? もしそうだとしたら、頼みがある。 ________【もう一度、《契約》を交わしてくれ】))
『____《契約》? まぁ、いいだろう。 だが、しかし、今のお前に《契約》は必要ない』
((何故だ・・・!? この状況を打破するには、あの時の・・・あの黒ローブを撃退した時の様な能力が____))
そこで俺は契約により、与えられた能力の真価を知った。
『____どうやら、気づいたようだな。 そうだ、お前に渡した【栞】は物や時間と言った、モノだけが対象物ではない』
((つまり、自身にも栞を挟むことが出来る________))
『____そう言うことだ』
俺は心の対話と折り合いをつけると、左手を天高く つき上げ、人差し指と中指を重ね薬指と人差し指を軽く曲げた。着ていた衣服の袖が肘まで落ちる。吹き付けた風が前髪を靡かせた。
「再契約だ」
言葉の発動と共に左手に現れた、青い栞。
「何だ」
未知なる動作に眉を細める、雲雀は持っていた銃を握り直し警戒を強める。
そして、深層意識に俺は改めて問いかけた。
((いいよ____。 好きに使っていい。 俺の身体の3分の2.5をお前に渡すから、残りの0.5だけは俺に____))
『____2.5? それ、繰り上げたら、《3》だろ。 まぁいい、ならばお前に新たな能力を託そう』
((新たな能力・・・?))
『____いづれ、その瞬間がきたら教えてやる。 だから、今は眼前の敵を倒せ』
そこで俺の中から、何者かの気配は霧の様にスゥッと晴れ、澄み切った気持ちだけが残った。やるべきことが一つに絞られ、勝ち目の無いと思っていたことに勝機の光が指した。
振り払う様に動かした左手の青い栞は風に溶け、綺麗な鱗粉を残した。
俺はこの動作が栞の発動条件なのだと再確認した。そして____
勢いよく地を蹴り雲雀へと距離を縮める。風を切り裂き、音を置き去ってゆく。4発の弾丸が頬を掠めた。飛び散った血が目に入る。微弱な痛みと制限された視界が行く手を遮る。
しかし、そんな痛みも不十分な視界も数秒後には消え去ることを俺は知っていた。
「傷が治っている・・・? 名取、お前____」
この現象は流石に想定外だったのだろう。 雲雀は見開いた目をすぐさま細め、顔に影を落とす。
「悪いな、雲雀。 俺はもうお前の知っている、《名取 絵人》じゃないんだ」
外見だけをいくら取り繕ったとしても、内面を人の手で変えることが出来ない。
だが、《人ならざる者》による干渉があったとすれば話は別だ____
そう________【反転の呪い】だ。
千歳に渡されたノートに字を書く際も、消しゴムを右手で使おうとしていた。あの時は無意識で気づかなかったが俺は左手でペンを持っていた。俺は右利きで左手でまともに字を書けるはずがない、それなのにノートにはいつもの様にペンを使えていた。綴られる文字も数字も何もかもが自身の筆跡だった。
「なら、これでどうだ」
油断した。完全に油断した。思考を逆手に取られた。
雲雀は俺の反撃に驚きは見せたものの、それは僅か数秒の事であり、次の瞬間には新たな一手を人質という形で取っていた。
「千歳さんっ________! 逃げてっ____!!」
大振りな刃が少女の胴を捕らえていた。紙一重で交わすには、あまりにも時間とタイミングが無さ過ぎた。
「名取、これはお前への見せしめだ。 正直、女に手を出すのは気が乗らないな。 これとはどういった関係なんだ?」
事情が分からない千歳は雲雀の言葉の意味を汲み取れないままだった。
「そんなんじゃない! 彼女はただの____ただの・・・・・・何だ?」
「ただの、はけ口か?」
その言葉で俺の内心が乱れ狂った。無くしてきたモノ、失くしてきたモノ、亡くしてきたモノ____その全てを否定された気分だった。過去の記憶の中にある、雲雀との日々。異質な悪友だと思っていた。けれど、その考えはあの日、消え去った。だから____
「____雲雀、お前はここで倒す』
瞳に力が入るのが分かった。 神々しく燃えがる蒼い炎が両眼を染め上げる。紛れもない真意の感情だ。
「その前にまずは、この女の《死》を否定してからだ。 いくらお前と言えど、何でも斬れるこの刃には体一つでは不十分だろうがな」
薙ぎ払う刃は黒い霧に覆われていた。 三日月に闇が侵食したかの様な、それは明確な殺気を漂わせていた。そして、何でも斬れると豪語するそれに見覚えがあった。
「____《殺刃》」
「____気づいたか」
気づいたところで意味は無い。分かったところで対処のしようが無い。
少女は雲雀の薙ぎ払った、刃に恐怖することも逃げようとする事も無く、ただ立ち尽くしていた。あまりの非現実的な光景に目を奪われていたのだ。それは自身に死が迫っていることを忘れる程に____。
そうして、刃は千歳の身体を横一直線に切り裂いた________
キイイイィィィィンッ________!!
鼓膜を貫く金属音が夜の屋上に鳴り響いた。そして、その音は千歳の半催眠状態にあった、意識を完全に回復させていた。
眩い閃光と金属同士が競り合う剣戟が木霊し続けていた。
千歳は、その音の正体を知るべく。腕で覆ていた、顔を前へと向けた。
「えっ・・・? どうして、名取くん・・・・・・君は一体何者なの____」
少女の瞳には背中に12枚の青き双翼を広げ、左手で黒き三日月の刃を受け止めている名取の姿が映っていた。
『____死ぬのは千歳さん、君じゃない』
背後で声を出し名を呼んだ少女に振り返り、俺は口を開いた。もしかしたら、彼女に俺は雪紗の面影を感じていたのかもしれない。懐かしい雰囲気と面倒見の良い性格。そして、時折見せる儚げな表情は彼女そのものだった。
『____少し、目を瞑っていて』
頷き、瞳を閉じた彼女を確認すると、俺は左手に力を込めた。
栞を挟むことで過去の左手を持続させる。つまり、栞を挟んでいる以上、俺の手は崩れる事を知らない刃____《手刀》になりうるという事だ。
鍔迫り合いは依然として継続し続け、お互い 一歩も退かない攻防が続いた。
「____名取」
『____何だ』
「____いつか、お前が全ての苦しみから解放され、切峰さんの事も忘れ、どこかで誰かと幸せを掴んだ時、俺はお前の前に再び現れる。 そして、お前と その全ての大切なモノを殺す」
『____悪いが俺は雪紗の事を忘れようとは思わない。 彼女は今もどこかで、生きているから』
「____勝手にしろ」
刹那、夜空を照らす閃光が辺りを包んだ。 戦闘での疲労と精神的ショックが相まって、俺は崩れる様にその場に倒れた。その時、千歳さんの声が微かだが耳に届いた。
「________名取くん、私のこと覚えていてくれたんだね。____ありがとう」
少しだけ声色の違ったその優し気な声と共に俺は深い深い眠りの海へと意識と体を投げ出した。
(つづく)