第1話 意味深な瞳と静寂の殺意
走馬灯の様に思い返される記憶は脳内で勢いを増して、俺を襲った。見慣れた風景に聞き馴染みのある声が留まることを知らず、目覚める。かかり過ぎた負荷から身を守る様に俺は頭を押さえ、次第に強まる 言い様の無い気分を押し殺そうとする。
「あっ・・・・・・・・・・」
深い深い、心のどこかで何かが起きた。
「・・・・・・ははっ。____そうか、そう言う事か・・・・・・・・・」
どうやら、俺は未知の部分までをも引っ張り出してしまったようだ。
「名取くん・・・・・?」
女の声がした。聞き覚えのない、女の声だ。
「____誰だ」
何を言っているんだ、と自分自身が問いかけてくる。おかしい、何かが おかしい。
「・・・まさか、もう 忘れたって言うの・・・・・・?」
失望、絶望、虚妄。
そんな感情を混ぜ合わせた顔で視界に入った女は呼吸をしていた。
「____ 千歳・・・さん?」
何でだろう? 何で、千歳さんはそんな顔をしているのか?俺は空っぽになった、頭で状況の整理をする。
「どうかした・・・? 何かあったの? ねぇ____」
「何かあったのはそっちでしょっ____!? 何で、何で《誰だ》、なんて言うの? 冗談になってないよ! それ・・・・・・」
俺にはこの、変わりようの意味が分からなかった。
「・・・・・・ごめん。 私、帰るね」
唇を噛み、顔を見せない様にして彼女はそう言った。向けられた背中が少しだけ震えていた。手を伸ばせば、届きそうな距離がもどかしい。ベッドから出て彼女の腕を取れば、何かが変わるのだろうか?取ったとして、俺は彼女に何かできるのだろうか?
そんな、移しもしない行動を考えている間に千歳は鞄を手に、足早にその場を去っていた。出会って数時間の関係、そこまで親密な間柄でもない、だから気に留めることもない。
だが、そんな関係だからこそ気づけることに目を背けてしまう。
俺はしばらくの間、音と温度の消えた病院の個室のベッドに体を預け、取り戻した記憶と取りこぼした気持ちに思いを馳せていた。
(これから俺は何をして生きて行けば・・・・レイス、君はあの時、本当に死んだ。 そして、俺も・・・・・・。 何故・・・俺だけ・・・・・・それにさっきのゲーム____)
病室を見渡した、閉じたカーテンの隙間から見える景色。
高層ビルと車のライトが空を照らす。景観を悪くする、それらはこの世界の人間にとって、あって当たり前で、以前の自分にも言えた事だった。
「うん・・・・・?」
ベッドの横に備え付けられていた棚が微かに開いていた。
「閉め忘れか?」
夜!
それは朝なら軽く流せることも、恐怖に変わる時間帯!!
ならば、今のこの状況にもわずかながら、恐怖があった!!
ギィッ____・・・・・・。
「!?」
「これって・・・・・・」
ドンッ____!
戸棚を開け、中を確認したと同時に静寂を破る衝撃音が聞こえた。
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ガチャっと開けた扉の先で私を待っていたのは、白と黒のコントラストが目立つ召使いだった。視界に入るや否や、私に近づき心配そうな目で口を開く。
「楪葉様・・・! ご無事で何よりです。 帰りが遅いので心配していたんですよ?」
演技じみた悲痛な声は私には届かなかった。これも役を与えられた人間の義務なのだからと、私は割り切っていた。誰も私に心からの言葉はくれない。
「少し病院に行っていたの。 大したことじゃないから心配しないで」
「そう・・・ですか・・・・・・。 ですが、楪葉様の近辺を任された身である以上、何かあれば相談してくださいね」
「わかったわ」
「それと、今後はあまり勝手な行動はお控えください。 楪葉様に何かあれば、当主様が心配成されるので____。」
氷の様にあしらった私にメイドが釘を打つ。
お父様が心配?そんな事、あるわけないじゃないっ・・・・・・!
キッ_!と噛んだ口で溢れ出そうになる感情を押し止めた。このまま、ここにいれば、きっと私は私じゃいられなくなりそうだから。
「お食事は____」
「いらない____」
階段を上り、自室へと戻るさなか、私は凍てついた感覚に体を捕らわれた。
「・・・・・・お父様」
硝子の様な偽物の瞳で私は前を向いた。これから、何を言われ、何を制約されるのか おおよその展開が予想できたからだ。
「随分と遅い帰りだな。 心配したよ。 お前に何かあれば、困るのは私だけではない事を忘れるな。 お前はこの《千歳家》の後を繋ぐための《血筋の鎖》なのだからな。 しばらくは、お前の行動に監視を着けさせてもらう」
完璧なまでに当たった予想。苦笑いが零れそうになる。
「・・・・・・はい」
一択だけの返答を返すと足早に部屋へと戻り、制服を脱いだ。脱力した体と右手に持ったスマホをベッドに預け、目を閉じた。
頭の中がグチャグチャで吐き気がする。学校では優等生、家では劣等生。その真逆のギャップに私はいつしか、諦めを付けていた。規則を守り、己を殺せば、優等であり続けられ、自分を出せば、劣等生と言われるこの現実に____。
足先が冷たい。微かに開いていた窓の隙間から入った風が音を立てて吹く。夜だというのに外は明るく、妙な妖しさがあった。
私は体を静かに起こしベッドから離れた。素足で歩く自室の床はひんやりと肌にその冷たさを浸透させる。
靡いたレースの隙間から一瞬だけ月が見えた。明るさの正体は満月だった。
顔を覗かせた窓から伸ばした手が月を覆い隠す。
「どうして、遠く離れている物に限って 手に入ってしまうの・・・?」
ポエムじみた、出だしの文章を口にする。
「いっそのこと、私をここから連れ去って」
脳裏をよぎった、不思議な人との時間。数時間程度のモノだったけど、何故だか それが恋しく思えた。胸に手を置いて考えてみる。出会いはあの、放課後の帰り道。学園祭の準備で遅くなった私は気まぐれで寄り道をした。いつもの、私からは考えられない行動だ。
だけど、その気まぐれが私を彼_名取くんに巡り合わせてくれた。
(別に特別な思いがあるとか、そう言うのは無い・・・・・・はずっ!)
「何であんなこと言っちゃたんだろ・・・・・・。 次合う時、会いづらいな・・・・って! 会う前提になってるし・・・・・・!」
時間は経過し、時計は午後11時46分を指示していた。ネットに手を伸ばす気も起きなかった私は、またしても物思いに ふけり始めていた。
気づけば、部屋を出て灯りの消えた薄暗い廊下に立っていた。広いだけに余計に恐怖心を増す雰囲気に深呼吸をし最初の一歩を踏み出した。
幸い、使用人は寝静まっており、聞こえるのは床を歩く私の足音のみだった。
(今日はまだ、監視されてないわね。 だとすれば、夜の外出もこれが最初で最後か・・・。 怒られるだけで済むかな? まぁ、その時はその時で・・・・・・)
周囲への警戒を怠らないようにして降りた階段。静けさは今も健在でそれが逆に不気味だった。
微調整を繰り返しながら玄関の鍵に手を掛ける。少しずつ、少しずつ、時計回りに回転する鍵。
ガチャッ____!
最新の注意を払ったつもりでも、この状況では微かな物音にもアクセントが加わる。ビクッ_!と縦に弾んだ方と早くなる鼓動をそのままに私は玄関を出た。
「ふぅ・・・・・・出るには出たけど、これからどこに行こうかしら?」
普段、家の決まりは絶対に守る千歳にとって夜間の外出は未知なる体験だった!
そして・・・それは、彼女にとって《家出》とも呼べる行為で後先の事を考えない、捨て身の行動でもあった!
「・・・・・・よりにもよって、何で最初に思い浮かんだのが、あそこなのかな」
千歳はやれやれと息を吐くと、仕方ないと言わんばかりに歩みを再開した。
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暗く太陽の沈んだ暗黒の闇に息を潜め、それは現れた。
音を立てて吹き抜ける風が肌に染みる。
病院の屋上はだだっ広いだけでなく、
「久しぶりだな、名取」
懐かしくも聞きなれた声が俺の名を呼んだ。
「名取・・・・・・? もしかして、病室での会話を聞かれてたんですか?」
「何を言っている? お前の名前は今も昔も、《名取》だろ・・・?」
《名取》、それは千歳さんが俺に考えてくれた仮初の名。
だと言うのに今、俺が対峙している相手はあたかもそれが本当の名であるかのような口ぶりで会話を進める。
(・・・・・・まさか、千歳さんが同じ名前を考えるとは思わなかったな。 だが、これはある意味好機なのかもしれないな)
「まぁいい・・・そんなことより、名取 お前には聞きたいことが山ほどある。・・・・・・付き合ってもらうぞ____」
(簡単には逃がしてくれないな。・・・確かに、あいつには悪い意味での貸しがあるしな)
相手の目の色が変わった。これは、俺も見たことの無い戦闘態勢だ。しかし、攻撃パータンと手段は変わらずで俺は、そこに勝機があると考えていた。
カチャッ_!
同じタイミング、同じ素振り、同じ銃で放たれた弾丸。銃口に火花を起こし、繰り出されたそれは強い銃声を、この夜に轟かせ火花を散らした。消炎の臭いが鼻に香る。俺は紙一重で避けた初撃の弾丸を横目に地面に残った弾痕を見た。
「実弾か。 容赦はしないってことか____」
「当たり前だ。 お前を相手に容赦何て出来るわけがない。 なにせ、俺の銃を交わす様な奴にはな____」
「生憎、俺もこれまでに いろいろと銃を使う相手と対峙してきたもんでね」
言葉を交わす間も相手側の銃撃は絶え間なく続いた。対抗する武器も無く、ただ回避する事しか出来ない俺は隙を見定め、銃を奪う作戦へと思考を変えた。
バンッ_!
バンッ_!
バンッ_!
一発一発が精密機械、並みの正確さを誇り、次第に体力と精神面を削られてゆく。
「そう言えば、裏亜姉が言ってたな。 名取、お前が居なくなった 仲間は墜ちてしまったって」
「____」
「まだ、彼女の事を引きずっているのか? お前が、救えなかった____切峰さんのことを」
頭が痛い。 激しい頭痛だ。
いくら記憶が戻ろうと、その名前だけは思い出せずにいた。
だが、今、こうして名を呼ばれると、同じ痛みが襲った。
「しら・・・ないっ____! 俺はその名を知らないっ____!」
「____そうか。 記憶を消したんだな」
「・・・・・・」
「____なら、いっそのこと楽になれ。 俺の刃で____」
黒い影が狙撃手の周りを絡めるように出現した。次第に収束しうる、影は一つの形へと形成を整えてゆく。その形は剣でもなく弓でもない。
「____まさか、お前に使うことになるとはな」
圧倒的ない威圧感に身動きが取れない。俺は攻撃に備えるわけも無く、立ち尽くすことしか出来なかった。あの攻撃を受けてしまえば、致命傷だけでは済まない。
それだけが明確な結論だった。
振りかざされた、大振りのそれは風を置いて、時間を斬った。疾風、吹き荒れる絶大な殺意と裏腹に俺は、ある種の悲願を思っていた。
________ここで死ねば、今度こそ レイスに。
そう思わざるを得なかった。
回避不能の死を前に願わざるを得なかった。
刹那、左眼に燃え上がる様な痛みが走った。
________キット あんた、こんなとこで死ぬんじゃないわよ。
声がした。
ポンッ_と体を後方へと押された。
「____!?」
そうか、俺は・・・俺はまだっ____!
遠い過去の遠い人。大切で大好きな人。
そんな人の声がした。夢にしてしまうには現実味があって、幻にするには儚すぎた。
例え、どれだけの時間が経ってしまったとしても、俺は君を忘れない。
俺は君と過ごした、あの時間を忘れない。だから、俺がいつかそっちに行くまでは見守っていてほしい。
もう逃げはしないからさ____ディセル。
制御が効かなかった左眼を抑え、深く深呼吸をした 俺は左右で色の違う_異色両眼を眼前の敵、鶫谷 雲雀へと向けた。
(つづく)




