序章 思い出の残り香と、いつかの心象風景
________私が好きになった人は、人間ではありませんでした。
数多の戦場を駆け抜け、散った命。
剣戟が奏でた音色は今でも瞳を閉じると聞こえてきます。
出会い方は異質だったけど、それでも私はこの出会いを大切にしています。
だから、ここに私と たった一人の戦友の記録を記します。
この先、どんな未来になっても忘れてしまわない様に________。
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遠くにサイレン音が木霊する。真っ黒な意識の中で聴覚だけが働いていた。身体は動かない。酷い拘束気分だ。
意識不明、心肺、停止しました・・・! このままでは病院に着くまで、もつかどうか____。
嘘・・・・嘘ですよね・・・・・・!?
分かりません・・・。ですが、状態はは非常に良くありません____。 連絡が速かったのがせめてもの救いです。
声が聞こえた。 察するに2名はいるだろうか?
一人は成人男性の声。 そして、もう一人は女学生だろうか・・・・・・。
深く考えていると、強い眠気が襲い意識が無くなった。
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なるほど。 彼がその____。 これは・・・・・・!? そうか、君が・・・。
どうかしましたか?
いや、何も。 私はそろそろ帰るとするよ。 これ、彼に渡しといてくれないか。
次に意識が戻った時には人が変わっていた。 依然として、使えるのか聴覚のみだった。
あ、はい。 ・・・・・・しかし、何故、あの人がこんな所に・・・・・。
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それからどれだけの時間が経ったのか分からない。次第に明確になる意識をそのままに、俺はゆっくりと重たい瞼を開けた。霞がかかった視界が、ぼやけて見えづらい。目を擦ろうにも、思うように手が動かない。背中に感じる、絶妙な硬さを備えた柔らかさ、少し重い、体に被せられた何か。
(・・・・・ここは?)
自分の置かれている状況を掴めず、ただ時間だけが過ぎてゆく。
カチ カチ____と音を立てて、時間を刻む、時計の秒針が聞こえた。どうやら、ここは病室らしい。そして、天井の白さと恐ろしいほどの静けさに大体の予想はついた。
(ここは病室・・・でも、何で? 俺は何でこんな病室に居るんだ・・・・・・?)
身体を強引に動かし、ベッドから起こした肉体は、とても気だるく不自由さは振り払えなかった。せめてもの救いはここが個室だと言うことぐらいだろう。
全身を白に覆われた衣服に気味の悪さを覚える。締め付ける様に体に纏わりついた、それをはだけさせると、胸の部分に違和感が生じた。
(なんだこれ・・・?)
定かではないが胸の大半を巻き付ける様に施された、包帯が目に入る。
(怪我? それとも、手術の後・・・?)
思考が混乱してくる。 クラクラと貧血気味にフラついた、頭を左手で押させていた。
(一体・・・・・・一体、何が____)
コンコンッ____。
突如として室内に響いた、ノック音に前意識が集中する。幸も不幸も、この後の展開で明確になる。この場所に自分が居る経緯、胸の包帯の意味。そして____
________自分が誰なのかと言う事。
ドアの開く音がする。
俺は病み上がりには程遠い、体調で緊張感を増し始めさせていた。
足音が聞こえる。最初の一歩から次の足音までの感覚が短く、一定であることから どうやら部屋に入ってきているのは一人だろう。
(医者、それとも看護師。 見た感じ、俺はかなりの間、眠っていたはずだから、これはただの巡回? ・・・・・・寝ているふりをしてやり過ごそう)
などと、思っていた俺だったがそれは一人の観察眼からは容易に見破られてしまう。
「意識、戻ったんだね。 寝てるふり、バレてるよ? だって、あんな重傷を負ってる人が寝返り何て、打てるはずがないもの」
「________!?!?!?!?」
ビクッ!と飛び跳ねた意識。依然として、俺はベッドの布団を被り、自己防衛に徹していた。
「あの、私 そんなに暇じゃないんだけど? 容態を確認しに来ただけだから・・・一応、第一発見者だし・・・・・そのままってのも、いろいろと罪悪感が・・・・・・。 大丈夫そうなら、私はこれで帰るから。 お医者さんには私から伝えといてあげるから____」
話から分かる様にどうやら、声の主は病院の関係者ではないらしい。だとすれば、俺はこの状況でどうするのが良いのだろうか?嘘はバレているし、向こうもそこまで気にしていない様に思える。だけど、このままじゃ何も分からないままだ。
バサッ____!
勢いよく被った布団をめくると、俺は覚悟を決め現実と向き合った。
「____っ!」
息を呑んだ。 胸を射抜かれた様な感覚が襲った。 いつしか、俺は目の前の伏目がちな一人の少女に意識を奪われた。紺色のブレザーに白のラインが入った制服を着ていることから、恐らく高校生だろう。繊細な肌に伸ばした黒髪は透き通る様に靡いた。それは、まるで黒い月の様に____。
「やっぱり・・・。 こうゆうのって思った通りに、ハめられてくれると 以外と気持ちいのね」
その言葉を聞いた時、俺は脳内で「ハめられたーーーーーーーー!!」と叫んでいた。
「顔色もいいみたいだし、回復に向かってるって考えてもいいのよね・・・これ? ・・・・・・・って、何か言ったらどうなの? ずっと、私を見つめてるけど、聞きたいことがあるなら、言って」
(・・・・って! 何なのこの人・・・? ずっと、私を見つめて何も喋らないってことある・・・・・・? いい加減、目線を離してよっ____!)
聞きたいことは山程あった。 と言うか、ここでこの子に聞かないで誰に聞けばいいんだ?と思った。
それでも、それでも俺は黙り込んでしまっていた。
「はぁ・・・・・・何で私、こんな面倒ごとに巻き込まれちゃたのかな・・・・?」
(それらしくは振る舞ってみたけど、手ごたえ無し・・・! なら____)
トンッ____!
小加速で距離を詰めてきた少女に俺はベッドの限界まで後ずさった。怖いわけでもないの条件反射的に動いた身体。
「埒が明かない。 せめて、一言ぐらい、話してくれても良いモノだと思うけど? 私が連絡しなきゃ、あなた 確実に死んでたのよ?」
________・・・・死んでた? 一体、どういう事。
「やっと喋ってくれた。 そうよ、あなたは死にかけてたんじゃなくて、死んでたのよ。 あのまま、誰にも気づかれずに血を流し続けていたらね」
(よしっ、会話の主導権は私にある。 この場で優勢なのは明らかにこっち・・・!)
「そう・・・だったんだ」
なんとなくだが、今 自分が置かれている状況に合点が言った気がした。この胸に巻かれた包帯が原因だろう。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・・・えっと・・・」
「別に、お礼なんて。 それに、私が今日来たのはあなたの事が心配だったというより、関わった以上はある程度、キリが良い所まではって思っただけだから」
「・・・うん」
「だから、私はこれで帰るね。 多分、もう会う事は無いかな」
話を聞く限りでは彼女は俺と本質的な関りを持っていない事は、はっきりと分かった。しかし、何故だかこの出会いに思う所があったのは本当だ。
「あの」
「何?」
「君はどうして、俺なんかを助けてくれたの? 聞いた感じ、出血も酷かったそうだし・・・その、女の子は《血》とか苦手なんじゃないのかなって・・・?」
「苦手も何も、直視できないわ。 臭いを嗅いだ だけでも気持ちが悪くなる」
「君は・・・君はそんな・・・・・・」
「後、その君って呼び方やめてくれない? 私にもちゃんと名前があるから・・・・・・・・千歳、__【千歳 楪葉】。 それが私の名前」
「千歳 楪葉」
「私が名乗ったんだから、あなたの名前も教えてくれるよね」
(その、運命的な出会いを果たした少年みたいな眼差しは・・・・・・なに?!)
その時だった。 俺の心が深い深い、海の中へと浸された。
「____」
「人には名乗らせておいて、あなたは言わないの・・・? どうしたの?」
「・・・ない」
「え・・・・・・? 今、何て?」
「・・・・分からない。 自分の名前が分からないんだ。 それよりも、ここに来る以前の記憶が無いんだ」
バタッ____!
俺の発言が彼女の手から鞄を床に落とさせた。シーンとした空気が頭を貫いて、何も考えられなくなっていく。
その後、千歳と名乗る少女は この後入っていたであろう用事を全て中止し、俺の病室に居続けてくれた。どうして、そこまでしてくれたのかは分からかった。けれど、善意からくる行動を否定はできなかった。
ベッドの机に広げられた無数のノートと転がったシャーペン。無造作に置かれた教科書と本。彼女は俺の記憶を取り戻そうと、出来る限りの手段で記憶干渉をしてくれた。握られたペンでノートに適当に文字を書く。意味も無く、ただこなす様に何かしらの事柄を書く。
そうして、書き間違えた文字を消そうと右手を消しゴムに伸ばそうとした。
「私が消しといたよ。 どう、何か思い出せた?」
「____」
首を横に振った。
「そう____」
「____ごめん」
「ねぇ、せめて名前だけでも決めておかない?」
「え?」
「いつまでも、あなたって言うのはおかしいでしょ?」
「そうだけど・・・・・でも。俺には」
「あだ名でも何でもいいから、記憶が戻るまでの限定って事で」
「そう言っても、いい名前が思い浮かばない・・・・」
「名前が思い出せないってことは、名がない・・・・・・今後の事もあるし、何かあればいいんだけど」
「そもそも、俺に名前何てあったのかな・・・記憶が無いにしても、不確かなことが多すぎる」
「名前を誰かに取られた・・・・・って考えは飛躍し過ぎかな。 あっ! 名を取られたっ____! そうだ、君の名前、【名取】って言うのはどう?」
「【名取】・・・? うん・・・・・・? ・・・・なんかしっくりくる」
「うん、じゃあ今日から君は名取。 よろしくね、名取くん」
初めてだ。初めて彼女が笑顔を見せた。さっきまでの伏目がちな彼女の姿はそこには無くなっていた。現状は何も改善されてはいなかったが俺は今は、今だけはこれで良いと思っていた。きっと、彼女には苦労をさせることになる。
だから、頃合いを見計らって記憶を取り戻したフリをしようと思った。
「考え事、ばっかりしてると頭が疲れちゃうね。 糖分を取らないと・・・・・・。 そうだ! テレビでも見ようよ。一応、ここ個室だし____少しくらい、イヤホンしてなくても怒られないよ」
点けられたテレビにはCMが流れていた。聞きなれない、サウンドと見慣れない景色が映し出され____
「それ最近 流行ってるんだよ。 クラスの男子が話してたっけ、えーっと確か、《イデアル・アブソリュート》だったかな。 今週末に発売予定のゲームらしいよ。 名取くんはゲームとかに興味ってあったりする?」
ゲームソフトのCMからナレーションが聞こえてきた。
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「「 現実世界を異世界に____。 今とは違った別の世界での生活 」」
真っ白な画面に青で映し出された文字。 魅力的なキャッチフレーズが印象に残る。
「「 瞳に映る景色を新鮮に____。 その身を手放し悠久の空へ 」」
蒼穹の青に澄み切った草原。 ここではない どこかの世界はゆっくりと流れる様に季節を変え移ろいでゆく。
「「 【イデアル・アブソリュート】 今週末発売!! 」」
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映像が終わり、ニュース番組に切り替わった。ありふれた事件を淡々と読み上げるニュースキャスター。報道している事のほとんどが事件で見ていて、あまり良い気分はしない。当事者も聞かされる側も、お互いに気持ちを相殺し合う事は出来ないのだと私はいつも思っていた。
時折、私は自殺の話を耳にする事がる。聞いてて吐き気がした。別に死体が怖いとか過程を想像したからではない。そんなことが出来るという事実と自分が置かれている状況の冷たさに絶望したからだ。
私は自殺を考えない。何故なら、自殺は無意味だと悟ってしまったからだ。私が消えても、きっとあの人は何も思わない。私はただの《血筋の鎖》でしか、意味をなさない存在。
だから私は死んだように生きると決めた____。
私は切り替える様に隣にいた少年を見た。
「ねぇ、名取くん? どうかしたの・・・・・・? もしかして、何か思い出したの?・・・____!?」
千歳の瞳には一人の少年が映る。
両目を青に染め頬に一筋の光を伝わせた少年が____。
そして____
________レイス。
たった一言、そう呟いた。
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そう、これが私と名取くん____
________かつて、キットと呼ばれていた剣士との長い長い、戦いの始まりだった。
はじめまして、真冬 白雪です!
この度は私の小説を読んで頂き、ありがとうございます。前作の【Last Rotor - Resurrected as Kit -】の正当続編?・・・詳細はあまり言えないのですが、そこから読んで頂いている方なら楽しめるんじゃないかなと思います。
いつもの事ながら、更新は【超不定期】なので期待はしないでくださいね。
後、【超不定完結】も予想されますので、軽い気持ちでいることをおススメします!
それでは、【END:Revise -剣士服の行方不明者と機械仕掛けの首謀者-】をよろしくお願いします。