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魔族は、人型で強靭な肉体を持ち、不思議な力を持つ種族だ。
人間と魔族とは、領土や資源の奪い合いで古くから敵対し、戦いを続けてきた。
オレが人間だった頃も、魔族の国との国境で頻繁にいざこざがあって、一番めの兄は争いが起きるたびに出陣を余儀なくされていた。だから、見たことはないけどオレも魔族に良い印象はない。
まして、その魔族たちの頂点に立つ魔王なんて、残虐非道かつ冷酷無慈悲な存在として有名だ。その姿を見た人間は皆、殺されてしまうという。子ども向けの絵本などで描かれた姿は、どれも化け物のようで恐ろしかった。
"魔王に会うなんて、怖くないの……?"
人間の頃の記憶からそんな風に問うオレに、ラスファは事も無げに答える。
「当代の魔王は面倒な奴だが、別に怖くはねェ。人間どもや普通の魔族たちと違って、魔王は話ができるからなァ」
ラスファが話してくれたところによると、魔物と魔族は、遠い昔から共生関係にあるのだという。
ただ、普通の魔族と魔物とでは、人間と同じように意思疎通はできない。
唯一、秘術を使って魔物と意思疎通できるのが魔族たちの長たる魔王で、これがとても難しい術らしい。
魔王になれる者というのは代々、この秘術を使えることが絶対条件なんだそうだ。
そんなわけで、魔王といえど魔物の誰とでも気軽に話すというわけにはいかない。魔物の中で種族ごとに古老と呼ばれる者が、代表として定期的に話に行く決まりらしい。
話を聞けば聞くほど驚きだ。
魔物と魔族の共生関係なんて、人間たちは誰も知らないんじゃないかな?
そもそも、人間は魔物のことを野生生物だと思ってしまってるし。こんな社会性のある生き物だなんて、みんな知らないはずだ。
そこまで考えて、ふと思い出した。
前世の一番めの兄が話してくれた魔族との戦いの話。何度か「戦いの最中に、なぜか大量の魔物まで現れて混戦になって大変だった」て言ってたような……。
魔物に詳しい二番めの兄は「魔物は普通、そんな大量に群れたりしないはずだけど」と首を捻っていた。
あれはつまり、偶然じゃなくて魔族と魔物が共闘してたってこと……?
……うわー、兄たちに教えてあげたい! もっとも今はオレも魔物になっちゃったけど。
「そういやァ、そろそろ魔王に定期報告する時期かァ。ビークは最近、何かあるかァ?」
ふと思い出したようにラスファが問うと、ビークが、ハッとしたようにその場で二、三度、羽を羽ばたかせた。
「そういえばこの頃、大きい岩山の向こうからこっち側へ逃げてくる魔物が増えたピルッ」
言いながら、オレの枝の上で行ったり来たりする。落ち着かない様子だ。
「大きい岩山の向こう……人間が住んでる側か?」
ビークの言葉に、ラスファも警戒するように少し身を低くした。
「すみかの近くに、人間のヘーシ?がたくさん来るようになったから逃げてきたって聞いたピルッ」
そのせいで魔物同士のテリトリー争いが激しくなっている、とビークが困った様子で小首を傾げた。
……人間の兵士かぁ。彼らが魔物を見つけたら、まず倒そうとするだろうなぁ。
住処を追われた魔物たちも気の毒だけど、人間の視点もあるオレは複雑な気持ちになってしまう。
話を聞きながら、ふと疑問に思った。
そういえば今オレが居るのって、どこなんだろ?
"……この辺りは、人間の住処から近いの?"
オレが訊ねると、ラスファがコクリと頷いた。
「ここは一応、魔族の土地だが、人間どもの土地から遠くもないぜェ」
へぇー……。となると、魔族領の国境付近ってことかな。
オレは、よく異国へ行っていた三番めの兄が見せてくれた世界地図を思い出す。
国境付近にある山深い森っていうと……前世でオレが住んでいた国の北の国境辺りに、『嘆きの森』と呼ばれる場所があったはずだ。三番めの兄からは、魔物がよく出没する危険な森だと教わった。
オレがいるのは、嘆きの森の中かもしれない。
「クギャァ……きな臭ェなァ。オレも近頃、魔族の土地の近くで、妙に人間の行き来が増えた気はしてたがよォ。人間どもが魔族の土地へ入ってきたら厄介だし、面倒だが今度偵察しとくかァ」
ラスファが悩ましげにため息をつく。
魔物には魔物の悩みが尽きないみたいだ。