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「よォ、また来たぜェ、喋る樹さんよォ!」
"!"
初めての出会いから七日ほどして。
明るい声とともに、宵闇色の羽を広げたラスファが上空から舞い降りてきた。
"わぁ、いらっしゃい、ラスファ!"
待ちに待った声を聞き、オレは歓喜の叫びを上げてしまう。
実はラスファが帰ってからずっと、忘れられてしまったらどうしよう……と不安に駆られていたのだ。
だって、オレのところへ来たって美味しい木の実をご馳走してあげられるわけでもないし。食べたら死ぬ実しか実ってないなんて、オレはなんて役立たずな樹なんだろ……。
でも、約束してくれたんだから来てくれるかも……と、この七日間は期待と不安が入り混じってソワソワする毎日だった。
ラスファがちゃんと約束を守ってくれたことに安堵する。その明るい声を聞くだけでも嬉しくてたまらない。
その時、高い声が響いた。
「ピッ! 本当に喋ったピルッ!」
その声でラスファの背後に、ラスファより一回り小さな薄茶色の鳥が飛んでいることに気づく。
「だから言ったろォ? ビーク」
言いながら、オレの枝の一つにラスファが優雅に止まる。
その隣にもう一羽の鳥も、ちょこんと降り立った。ラスファは(口を開かなければ)、どこか神秘的にさえ見えるけど、この鳥は見た目も仕草もごく普通で、どこかの庭先にでもいそうな雰囲気だ。
「初めましてこんにちはピルッ。喋る樹、初めて見たピルッ。会えて嬉しい、ビークと仲良くしてほしい、よろしくピルッ!」
そんなことを思っていたら、いきなり一息でまくし立てられて、オレは面食らう。
隣のラスファが、ため息を吐くようにクギャア……と鳴いた。どうやら苦笑しているらしい。やれやれといった様子で紹介してくれた。
「あー、コイツはビーク。そうは見えないだろうがコイツも一応、鳥の魔物でよォ。お前さんの話をしたら『会いたい』てうるさいもんだから、連れてきたぜェ」
"そ、そうなんだ。会いに来てくれてありがとう。よろしくね、ビーク"
ビークの勢いにはびっくりしたけど、話せる相手が増えるのはありがたい。オレが挨拶を返すと、ビークは目を輝かせ、嬉しそうにピルルルッと鳴いた。
ビークはラスファの知り合いで、ここから山を二つほど越えた辺りがテリトリーで住処も近いらしい。
ラスファがここへ向かう途中で偶然会い、喋る樹に会いに行くと聞いて即、付いてきたのだという。
互いの挨拶が終わるなり、ビークに実を食べてもいいか聞かれたので、毒だよと教えた。ビークの首がしょんぼりと下がる。
うっ、何だか申し訳ない気分だ。
しかし、すぐにビークは気持ちを切り替えたらしい。クィッと頭を上げる。
「お話ができると、毒があるって教えてもらえていいピルッ。ビークは前に蔓木蓮の魔物に会ったことあるピルッ。あの魔物もお話できたら、ケンカにならなかったかもしれないピルッ」
何でもある時、森の中で石の上に森ネズミの死体が転がってるのを見つけたそうだ。ビークが持ち帰ろうとしたところ、それは蔓木蓮の魔物のものだったらしい。
蔓木蓮の蔓に襲われて死にそうになったそうだ。
「その時、助けてくれたのが古老様ピルッ」
"古老様……?"
「ラスファ様は、鳥の古老様ピルッ」
ビークが尊敬の眼差しでラスファを見る。
お爺ちゃんなのは知ってたけど、ラスファって魔物の中でも様づけされるような偉い人……じゃない、偉い魔物なの?
魔物の中にも上下関係や格付けがあるんだろうか?それでいくと、身動きすらできない樹の魔物ってどう考えても下っ端だよね……。
"えっと、よくわからないけど、オレも『ラスファ様』って呼んだほうがいいの?"
「よせよせェ」
オレの問いに、ラスファは嫌そうに片方の羽だけを少し広げてバサバサ振った。
「古老なんてただのご意見番だぜェ。鳥どもはともかく、樹にまで様づけされたら、擽ったくなっちまわァ」
そんなことを言いながら、カカカッと片足で後ろ頭を掻いている。
ラスファって、面倒見が良さそうだもんなぁ。ビークを助けた話もそうだし、同族じゃないオレとの約束もちゃんと守って会いに来てくれた。きっと鳥の魔物たちから頼りにされてるんだろう。
でも、ラスファ自身がそう言うなら、今まで通りでいいのかな。
"古老ってどういうものなの?"
「古老様は偉いピルッ。鳥の魔物の中で魔王に会えるのは、古老様だけピルッ」
自分のことのようにフンッと胸を張って、ビークが答える。
"魔王に……?"
魔王って……魔族たちを統べているっていう、あの?