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 ひとり鬱々(うつうつ)とした日々を過ごしていた、そんなある日。

 森の上を飛んでやって来たその鳥は、変わった見た目をしていた。

 漆黒の羽の中に、藍と紫が混じり輝いている。まるで宵闇のような色合いだ。つぶらな黒い瞳。尾羽も長く艶やかで美しい。

 ……こんな綺麗な鳥、図鑑でも見たことがない。

 ただ、オレはまたいつものパターンだろうと思っていた。つまり、オレの実を食べ、オレの根に食べられる養分直行コースだ。

 その美しい鳥がふわりとオレの枝に止まる。こんなに優美な鳥が死んでしまうのは勿体ないなと思いながら、オレはいつものように声をかけた。


 "こんにちは。綺麗な鳥さん"


「うおォ!?」


 ……あれ?

 今……この鳥「うおォ!?」て叫ばなかった……?


 "鳥が喋った……?"


 オレは呆然としたが、それは相手も同じだったようだ。

 宵闇色の鳥は、黒い目を大きく見開く。バサバサと羽を羽ばたかせながら、見た目に似合わぬ甲高い声で叫んだ。

「……樹が喋ったァ!?」



「喋る樹なんて初めて見たぜェ。長生きはするもんだなァ!」

 オレの枝の上で羽を休めながら鳥はクギャァクギャァと、その神秘的な見た目にそぐわない、けたたましい笑い声を上げている。

 いや、よくよく感覚を澄ませてみて気づいた。鳥はずっとクギャァと鳴いているだけだ。なのに、同時に通訳されているかのように、オレにはそれが笑い声や言葉として聞こえている。


「俺はラスファだ。よろしくなァ!」

 鳥は、明るくそう名乗って挨拶してくれた。

 ずっとひとりぼっちで過ごし、会話に飢えていたオレは喜んで名乗り返そうとして……ふと気づいた。人間だったオレはもう死んじゃったわけで。樹になったオレが、前世の名前を名乗っていいものかな……?


 "えーと。オレは……樹だよ。よろしく"


 悩んだ挙句、我ながら情けない自己紹介になったけど、ラスファは気にしていないようだ。おォ、と鷹揚に答えてくれた。

 そもそも樹が個人名を名乗ったら、それはそれでおかしかったかもしれない。


 "オレ、話が通じる相手に会ったの初めてだ……"

 自分の話した言葉に返事がある。これまでの孤独な日々を思い出すと、感無量になってしまう。たとえ相手が鳥という動物だろうと。

 オレが少し興奮しながら呟くと「ん?」と鳥が小首を傾げた。


「何だァ、お前さん。他の魔物と会うの初めてかァ?」

 ……魔物?


 "えっ、ラスファは魔物なの?"

 驚いて訊き返す。

 前世で、魔物というのは特殊な野生動物の一種だと教わった。もちろん、病弱だったオレはほとんど外に出られなかったので、本物の魔物を見たことはない。魔物に詳しい二番めの兄に図鑑を見せられながら教えてもらったくらいだ。

 魔物と普通の動物との違いは、死ぬと身体が黒い金属のように変わってしまうこと。それは火をつけても燃えないらしい。空へ還ることができない、天を統べる冥府の女神に拒まれた忌避すべき生き物、というのが人間の間での定説だ。しかも性向は、凶暴で残忍という話だった。

 魔物と会話が出来るなんて聞いたこともないし、ラスファみたいに綺麗な魔物もいるなんてことも全然知らなかった。


 でも、ラスファは平然と言う。

「おォ。お前だってそうだろォ?」

 "オレも!?"

 さらに驚くことを言われてしまった。


 "オレ……オレは、樹じゃなくて魔物なの?"

 正直、自分自身のことは何もわからない。前世の記憶を持つ樹なんておかしいってことぐらいは分かるけど。


「いやァ、樹は樹だろ、どう見てもよォ。樹の魔物って意味さァ」

 オレが、鳥の魔物ってのと同じでよォ。

 そう言いながら、ラスファは寛いだ様子で胸毛を(くちばし)で毛繕いしている。


 "樹の、魔物……"

 何故だろう。その言葉はストンと心の中に(はま)って、オレを納得させた。

 なにせ、自分がかなり特殊な樹だって自覚はある。普通の樹より危険だという意識も。


「魔物同士なら、種族が違ったって話ができるからなァ。まァ、それにしたって普通は動物同士だがなァ。喋る樹の魔物なんてのは、オレも二百年生きてきて聞いたこともなかったぜェ」


 に、二百年?ラスファって意外とお爺ちゃんだったんだ……。

 実はお爺ちゃんだったラスファによると、植物の魔物自体は普通にいるらしい。生き物が近づくと蔓や根を伸ばして襲いかかって捕食するのだという。ただ、植物で言葉がわかる魔物というのは聞いたことがないそうだ。


 それと、ラスファが今日この森を飛んでいたのは、本当に偶然のことだったらしい。離れたところで暮らす孫に会いに行った帰りで、普段のルートに近頃人間の往来が増えているという噂を聞き、この森へ迂回したのだそうだ。

 ラスファの一族はその見た目の美しさから、人間に見つかると狩られそうになったりすることも多いのだとか。


 ラスファは初めての孫が可愛くて仕方ないらしい。孫娘はまだ幼いから飛べないそうだけど、巣の中でピィピィと懸命に鳴く姿がそれはもう愛らしいのだと力説された。

 魔物にも家族とか孫とかいたんだ、とオレは初めて知る事実に内心で驚く。でも。


 "……オレも会ってみたいな。ラスファの孫なら、きっとすごく可愛いだろうね"


 ラスファを小さくしてピヨピヨ鳴く可愛い雛を想像すると微笑ましい。オレの言葉に、ラスファは小さな鼻の穴を膨らませて得意げに「おうよォ!」と答える。嬉しそうに両羽をバサバサ動かした。


 魔物は長命だが繁殖率はとても低いと、二番めの兄から聞いたことがある。子どもや孫が大切で可愛いという気持ちは、人間とあまり変わらないのかな。


 そんな話をするうちに日が落ちる気配を感じたようで、ラスファが(いとま)を告げてきた。魔物とはいえ、鳥らしく鳥目らしい。


 "あのね……。また、ここへ遊びに来てくれないかな……?"


 久々に誰かと交わす会話は、とても楽しかった。知らなかったことも、たくさん教えてもらえた。

 だけど、オレは樹だから自分から誰かに会いに行くことはできない。ラスファがいなくなれば、また誰とも話せないひとりぼっちの日々に戻る。


 オレの声は、かなり沈んでいたと思う。ラスファは、オレの白い幹を黒い目でジッと見上げた。

「……また、顔出すぜェ。俺のテリトリーからはちょいとばかし離れてるから、しょっちゅうは難しいけどよォ。あァ、お前さんが望むんなら、知り合いの魔物にも声かけるかァ?喋る樹なんざ、見たがるヤツもいるだろうしなァ」


 "!!"

 オレが人間だったら、めちゃくちゃ目を輝かせていたに違いない。

 "うん! お願い! 歓迎するよ!!"


 帰り際に「お前の実、貰ってもいいかァ?」と尋ねられたので、死んでオレの養分になってもいいならどうぞと答えた。「ちィ、美味そうなのは匂いだけかよォ…」とがっかりされたけど、こればかりはオレにもどうしようもない。

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