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 ピチチ……。


 可愛らしい泣き声とともに、空から青い小鳥がやって来る。

 甘い匂いを嗅ぎつけた鳥は、深い森の中のやや開けた場所にある大樹へと辿り着く。

 その白く細い枝に止まると、芳しい甘い小さな実を啄み始めた。


 "おはよう。可愛い小鳥さん"


 オレは、小鳥に向かって声をかけた……つもりだった。

 でも、相手に聞こえている様子はない。真っ赤な木の実に夢中だ。


 そう。オレの声は、オレの内側でしか響かないのだ。

 わかってはいるけど、生き物を見るとつい話しかけてしまう。


 "……いい子だから『オレ』を食べちゃダメだよ"


 小鳥の動きは止まらない。

 やがて、一心不乱に木の実を啄んでいた小鳥の動きが止まった。

 そのままぐらりと身を傾げると、枝の上から転がり落ちた。樹の根元で、鳴き声も上げられずにピクピクと痙攣している。


 "――天を統べる尊き冥府の女神よ、御許へ……"


 死の国へ旅立つ小鳥に、祈りの言葉をかける。

 こんな光景を見るのも、もう何度目だろう。

 小鳥が食べた木の実には毒がある。この実を食べた小動物は例外なくみな動けなくなり死に至るのだ。そうして、その死体をこの大樹の根は取り込む。


 樹であるオレの、養分として。


 そう、オレは樹だ。

 気づいた時にはこんな姿になっていたが、樹になる前は人間だった。

 病弱ではあったが人間として生きて……死んだときのことはよく覚えていないが、十五歳の成人まで生きられなかった、と思う。死んで……何の因果か、樹に生まれ変わってしまった。


 自分が置かれた状況を理解するまで――正確には認めざるを得ないと諦めるまで――には、かなりの時間がかかった。

 そもそも樹に生まれ変わったなんて信じられるはずがない。病床で見ている悪夢ではないかと何度、自分の意識を疑ったことか。

 けど、何度自分の身体を見下ろしても、そこには手も足もない。大地に深く根を下ろし直立した身体だけだ。身体の中心となる幹からは、にょっきりといくつもの太い枝葉が伸びている。

 必死に己の身体に動けと命令しても、どこもぴくりとも動かない。雨に打たれても風に吹かれても雪が積もってもなすがまま。

 病弱だった生前よりも、ひどい。


 人間だった頃、オレは頑強な身体に憧れていた。一番上の兄がもつ丸太のように太い腕が理想だった。

 この身体も頑丈ではある。白い樹皮に覆われた幹の一番太いところは、大人三人の腕を回しても足りないだろう。

 けれど、いくら頑丈でも動けないのでは全く意味がない。


 "……人間じゃなくても、せめて動物に生まれ変わりたかった……!"


 オレの枝の先から薄い緑色の葉が、はらりと一枚落ちる。それを眺めながら、オレは絶望するしかなかった。


 自分が樹になってしまったという理解不能な事態に加え、人恋しさもオレを苦しめた。

 会話が出来なかったとしても、せめて近くを誰か人が通りがかってくれないかとも期待したけれど、それも今では望み薄に思える。

 オレが樹に生まれ変わったのが、雪が積もっていた頃。季節は次第に暖かくなり、今ではあたりの雪もすっかり解けたが、人間なんてこれまで一度も見かけない。


 周囲を見渡しても背後には大きな山、それ以外は樹々ばかりだし、どうやらここはかなり深い森の中のようだ。見かける生き物といえば、虫や鳥、リス、ウサギといった野生生物ばかり。

 それすらも、うっかりオレに近寄って実を食べれば、あの小鳥のように死んでしまう。


 試しに、視界に入る周囲の樹々(といっても、なぜかオレのそばには何も生えていないけど)に向かって懸命に話しかけてもみたけれど、何も反応はなかった。


 前世では、寝台の上から離れられなくても、周囲が気遣って誰かが話し相手になってくれた。例えば、一番めの兄は、戦場での武勇伝を。二番めの兄は、謎に満ちた魔物たちのことを。三番めの兄は、異国の面白おかしい話、四番めの兄は可愛い女の子たちとの恋話を聞かせてくれた。


 おかげで、思うように身体を動かせなくても淋しさなんて感じたことがなかった。

 今頃、みんなはどうしてるんだろう。


 樹だから睡眠も必要ない。毎晩、真っ暗な森の中で夜明けまで一人立ち尽くしていると泣きたくなってくる。けど、樹だから涙は流れない。オレの身体感覚では、とっくに目から大量の涙が溢れているはずのに。


 "……ふぐっ……うえぇ……。誰かぁ……"


 深い森の奥、オレの泣き声に気づいてくれる者はやっぱり誰もいなかった。

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