(1/3)── 拾弐 ── 鎌鼬
丸亀城周辺で行われる、丸亀お城まつり。
かなり大規模なお祭りで、全日本うどん選手権やら獅子舞競演やらライブやら海上自衛隊の入港やらのイベントが盛りだくさんなほかに、フリーマーケットやお化け屋敷(行くもんか)なんかも盛大に行われている。
だから屋台も犇いていて、夕暮れ時を過ぎて夜の帳が落ちた今はことさら、人が多い。人の津波を掻き分けるように、けれど右手に握ったいちずちゃんの手は離さないようしっかり握りしめて進んでいく。
《大丈夫?》
《だいじょぶ、です! せめぐ、くん、どこ、だろ?》
小さいいちずちゃんはすぐ人の波に埋もれて流されてしまうから、しっかり握ってぼくの後ろを歩かせる。
ライトアップされた丸亀城がとても美しいが、今のいちずちゃんにそれを楽しむ余裕はなさそうだ。
「きゃん!」
「見えたかい?」
「ぉん!」
頭上でフンフン鼻を鳴らしていた椿狐がてしてしとぼくの頭を叩いて道案内してくれる。わぶわぶ溺れてるいちずちゃんを庇いつつ、どうにか人の波を抜けて少し開けた場所に出て、さっそくぼくらに気付いた戦ちゃんがまだらだ! と元気な声を上げる。
「こんばんは真田羅さん。久しぶりね、いちずちゃん!」
「あっ! こんばんはです、せめぐくんの、おかあさん! まもるくんと、いくさちゃんも、こんばんは!」
「こんばんはっす」「にくのにおい」「挨拶しろよ戦」「にくばんわ」
石垣に座って飲食する人が集まっているそこで、鬩と暦さんを除いた神社一家が飲み物を片手にたむろっていた。
護くんと戦ちゃんの兄妹コントにくすりと笑いつつ、鬩と暦さんはどうしたのかと問う。
「屋台飯を買いに行っているところなんです」
「なるほど」
今日は神社一家に丸亀お城まつりへ行かないかと誘われて、いちずちゃんを迎えに行ってやってきた。いちずちゃんの家は高松港近くにあって、ぼくが迎えに行く方が早かったから送り迎えに名乗りを上げたのだ。
……いちずちゃんのお宅に伺った際、いちずちゃんのお母さんに妙に、こう、わくわくとした目で見られたのは……気のせい、だろうか。ちなみにいちずちゃんのお母さんはいちずちゃんをそのまま大人にしただけだろうってくらい、いちずちゃんと似ていた。
「やー、このお祭り来たの久々だなぁ。昔よりずっと色んな催しがありますね」
「お小さいころに来たことが?」
「ええ。祖父母に連れられて来ました。ここの屋台で食べるステーキ串がたまらなかったっけなぁ……あ、祖父母の家は綾南町──いや、綾川町にありましてね」
「あら、そうなんですか? 夫の実家も滝宮にあるんですよ」
綾南町というのは町が綾川町に合併される前の名前で、滝宮はその町内にある地域名のひとつ、といった感じだ。香川県のちょうど中央部あたりにある田舎町で、都市部への交通の良さからベッドタウン化が進んでいる。
「夫の旧姓は日向なんですよ」
「日向さん……う~ん、さすがに長期休暇にしか来てないからわからないなぁ」
轍さんは神社の跡を継ぐ立場にあったから、暦さんが婿入りする形で結婚したんだそうだ。あと、轍さんの方が年上らしい。わからなかった。
「いちずねえちゃん、あまいにおいするぞ!」
「あっ、このきゃんでぃかな? たべる? いくさちゃん」
「うん!」
「うんじゃなくてありがとうな、戦」
「ありがもぐもぐ!」
「礼はちゃんと最期まで言い切る!」
いちずちゃんたちもいちずちゃんたちで和やかに会話していて、ぼくと轍さんは顔を見合わせて微笑み合った。
「そういえば今年のお化け屋敷、すごいらしいですよ」
「ソウナンデスカ。ゼッタイニイキマセン」
「ふふ、相変わらずですのね。──ぽんぽこ一座という著名な雑技団によるホラーハウスとか」
「ぽんぽこ! ほんとですか?」
轍さんの言葉を聞いたいちずちゃんがぴこんっと反応して、目を輝かせる。対するぼくは、目を淀ませる。
《刑部さんたち、ここに、いるんですね! 斑さん!!》
《行かないよぼくは!! イルミネーションに変わってから会いに行くよ!!》
《えー》
えーじゃない! そりゃ八兵衛くんに会いたいけれど、怖いのは死んでも嫌だ!! お化け屋敷になんて絶対に行かない!!
「まあ。知り合いなの?」
「はい! このまえ、せめぐくんと、まだらさんと、さんにんのだぶるでーとで、れおまわーるどにいったんです!」
ダブルデート? と轍さんが首を傾げるけれど、そこを深く突っ込むことはしなかった。うん、突っ込まないでくれてありがたい……。
《斑さん、行きましょうよ。この前は、はじめのところだけで、リタイアしちゃったし》
《やだ!! 絶対、絶対、ぜぇったい行かない!!》
「そう言わずおいでだぬ」
ぽん、と肩を叩かれて反射的に振り向く。
死体が立っていた。獣にでも食べられたのか肉がぐちゃぐちゃに引き裂かれている、明らかに死んでいるとわかる死体が。
ひうっと、喉が痙攣する。
「──せめぐぅうううぅぅぅううぅ!!」
── 拾弐 ── 鎌鼬
【何をしているんだ、お前は】
いちずちゃんにしがみついてえぐえぐ泣いていたぼくを、両手いっぱいに袋を引っ提げた鬩が冷たい目で見やってくる。
《鬩くん、こんばんは! あのね、さっきぽんぽこ一座のひとがね、来ていたの》
【ああ……お化け屋敷やっているんだったな。それで脅かされたか】
《うん。ぴいぴい泣きながら鬩くんを呼んでいて、可愛かったよ》
にこにこ笑ういちずちゃんを恨めしく思いつつ、鼻を啜りながら離れた。
「や、真田羅さん。いちずちゃんはじめまして、鬩の父です」
鬩の後ろからひょっこりと、虎のような強面の男性──暦さんが出て来た。こちらも同様に大量の袋を引っ提げている。
「はじめまして、あまがみいちずと、いいます! せめぐくんには、いつも、おせわになって、います!」
いちずちゃんがわたわたと、暦さんに頭を下げる。現役刑事なだけあって強面が過ぎる暦さんだけれどそこはさすがいちずちゃん。怖がっている様子が微塵もない。むしろ、鬩の父親に挨拶するという緊張しか感じてなさそうだ。
「にく!!」
「ふたりともありがとう。遅かったわね?」
「ちょっと待て戦……ああ。ちょっとクレーマーに絡まれてる屋台がいてなあ」
戦ちゃんに袋を五つほど渡してから、暦さんが軽く肩を竦めて事の顛末を教えてくれた。どうも、子どもは無料にしろって恫喝しているお母さんがいたみたいだ。明らかによそのお祭り用であろう子ども向けの屋台券を出して、拒否するお店の人にしつこく食い下がっていたそうで、暦さんが仲裁に入ったと。強面暦さんに間に入られたならすぐ収まっただろうな、と思いきやそうでもなく、むしろ仲裁に入っただけの暦さんを脅迫罪で訴えるって警察に電話しようとする始末で。
「だから遅かったのね」
「ああ。手帳出しちまったよ──おい戦、一度に食べる串は一本にしなさい」
それからぼくらは屋台飯で軽く夕食を取った。八割がた戦ちゃんが食べ尽くしたけれど。
《鬩くん、さっきね、射的のお店で、すっごくかわいいぬいぐるみあったんだ。あたし、チャレンジしてみたい!》
【ん、じゃ行こうか。護と戦はどうする】
「行く」「たりない」
まだ食べ足りないのか戦ちゃん。
若干遠い目になっている暦さんに同情的な視線を向けつつ、子どもたちだけで送り出すわけにもいかないから保護者役を買って出ようとした、その瞬間だった。
「アンタ何してんのよ!! そんなジャラジャラアクセサリーつけて!! うちの子が怪我したじゃないの!!」
人で犇いているお祭り会場に上がる、甲高いヒステリックな怒鳴り声。一瞬の静寂ののちに、喧騒としたざわめきがまた戻るけれど、そしたら他の場所でも怒鳴り声が上がった。
「てめぇ何しやがる! 子ども蹴っ飛ばしただろ今!!」
喧騒が強くなる。また上がる怒鳴り声と、子どもの泣き叫ぶ声。
「ガキ放置してんの誰だよ!! コイツのせいでツレ怪我したじゃねぇか!! 親は何してんだよ!!」
「なんで子どもが転んでるのに起こさないの!? 踏み潰されそうになってたの見てたでしょ!?」
「この子誰の子!? ストッキング敗れたんだけど!! サイッテー!! 親はちゃんと見てなさいよ!! てか血出てるんだけど!! 最悪!!」
「泣かないで、大丈夫よ。誰!? 子どもにこんなひどい傷負わせたの!! 何でみんな無視してるの!?」
「そっちに責任あるに決まってんやろが!! てめーのガキはてめーでしっかり管理してろやボケ!!」
「こんなところに連れてくる方が悪いんだろうが!! 子どもは家で大人しくしてろや!!」
「お祭りなんだから子どもがいるってことくらいわかるでしょう!? ブラブラ傘振り回さないで!!」
「誰か、誰か救急車をお願いします! ドミノ倒しに、ドミノ倒しになってうちの子が! なんでみんな逃げたの!? うちの子が、うちの子が」
喧騒が喧騒を呼ぶ。さざ波のように喧騒が広がる。罵声が罵声を呼び、怒号が怒号を呼び、吹き抜ける風のように伝染していく。
ふわりと、風が吹く。
すぐそばで石垣に腰掛けながらスマートフォンを弄っていた母親の足元で、ポテトを頬張っていた幼稚園児くらいの子どもの頬が突然、裂けた。
噴き出る血。泣き叫ぶ子ども。顔を上げる母親。母親の視線に停まる、通行していく男の鞄からぶら下がった金属製のアクセサリー。
風が、ぼくらを撫で上げて吹き抜けていく。
「──!」
戦ちゃんの黒真珠のような目が野生児のように細められた。かと思いきや、次の瞬間には駆け出していた。
【待て戦!!】
それを追って鬩が駆け出す。同時に、暦さんにこの場を収めることをお願いした。
「鬩! ぼくもちょっと行ってきます!!」
明らかにこれは異常事態だ。
何が起きているのか全然わからないけれど、明らかに何か異変が起きている。ぼくが行ったところでどうにかなるとは思えないけれど、せめて戦ちゃんの保護くらいはぼくがしておかないと、万が一の時に鬩が動きにくくなる。




