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(1/3)── 参 ── 七人同行


 海の季節と言うには時季外れで、けれど映える写真を撮りたいというルミちゃんたちの要望に応えてぼくは車を走らせていた。

 フィットシャトルじゃあ七人も乗らないから、ママさんのワゴン車で風を切っている。ママさんを助手席に、後ろに五人の女の子たちを乗せて。


「まだらちゃん、うちらのワガママ聞いてくれてありがとねぇ~!」

「いいんだよ~。ルミちゃんたちにはいつもお世話になってるしね~」


 ルミちゃんはぼくの行きつけ、〝ラウンジ毒の手〟の女性キャストのひとりだ。とても明るくてさばさばとしていて、日焼けした小麦色の肌がとても健康的な女の子だ。きゅっとくびれた腰には不釣り合いな、悩ましく突出している大きな胸が非常に魅力的である。

 昨日ラウンジで呑んでいたらルミちゃんたちキャストが三豊の父母ヶ浜(ちちぶがはま)に行きたいって話になって、じゃあぼくが足役になるよと申し出たのだ。そして今に至る。そう、いわゆるハーレム状態だ。まあ隣にいるママさんはいささか熟れすぎているけれど。


「何か言ったかい、真田羅」

「いえっ、なんでもっ」


 〝ラウンジ毒の手〟を取り仕切るママさんにして繁華街の女帝。おっかないけれど人情に溢れている、頼れるママさんだ。

 ──そんな風にたわいもないことを駄弁りつつ、車が三豊市に入った時のことだった。


「そぉいえば知ってるぅ? この近く、心霊スポットあるんだってぇ~」

「えっ」

「あ~、知ってる! 〝いもんた〟でしょ?」

「えっ」

「そぉそぉ、廃神社なんだけど、ヤバいんだってぇ」

「ちょっ」

「あたし知らな~い。どんなの?」

「待っ」

「なんかねぇ、呪われた神社らしいよぉ」


 待って、待って待って!!

 やめて! 怖い話はやめて!! 怖いからってのもあるけど、今のぼくにはフラグにしかならないから!!

 くぅん? とぼくの膝元で椿狐が首を傾げてきてほんの少しだけ恐怖心が和らぐ。椿狐はママさんたちには見えていないから下手に撫でることもできないけれど、でも太ももに感じる椿狐のぬくもりだけでも少し安心できる。


「寄り道はしないよ」

「えぇ~、けちぃ」

「真田羅の言う通りだよ、お前たち。干潟のピークを過ぎるよ」

「あっ、そうだった! まだらちゃんまだらちゃん、急いでぇ~」

「急いでるよ」


 父母ヶ浜は香川県西部にある海水浴場である。沖合まで何百メートルも浅瀬が続くビーチで、夏には家族連れで賑わう場所だ。

 けれどこの父母ヶ浜、干潟になると絶景の撮影ポイントとなる。干潟になればただでさえ浅瀬だった海から潮が引いて、五百メートルくらいの砂浜ができるのだ。そこに潮だまりもできて、その潮だまりを利用することでこの世のものとは思えない美しい風景を映すことができる。

 ゆえに、父母ヶ浜は〝香川県のウユニ塩湖〟と呼ばれている。世界的にも有名な、空をそっくりそのまま写し取る水鏡で有名なウユニ塩湖──それを父母ヶ浜で再現できるのだ。

 干潟であること。無風で水面が波立たない時。いろいろ条件が重ならないと美しい写真を撮るのは難しいけれど、それでも撮りたいと全国から人が集まってくるスポットだ。

 今日は快晴。無風。夕暮れ時。──きっといい写真が撮れるだろう。と、そうこうしているうちに父母ヶ浜に着いたぼくらは車から降りて浜辺に下りていく。


「わ~!! すっかり干上がってるね~!」


 潮が満ちている時の父母ヶ浜はただの海水浴場だけれど、干潟の今は美しい砂紋さもんを描く砂浜が果てしなく続く神秘的な空間となっている。


「じゃあ真田羅、カメラマン任せたよ」

「はい。任せてください」


 とりあえず撮影スポットに行こうと、みんなで裸足になって潮だまりを避けながら砂浜を進んでいく。さもそれが当然であるかのようにぼくが先頭に立って、ママさんたちが後ろに並ぶ。まあ干上がったとはいえ元は海の中だった砂浜だ。どこに隠れ潮だまりがあるか分からない。ぼくを犠牲にしようという魂胆だろう。うん。

 まあぼくの前には椿狐がいるけれど。ぽてぽて足跡を付けながら砂浜を駆け回っている。けれど、ママさんたちにはやはりその姿も──足跡さえも、見えていないんだろうな。


 (トオ)るとは、そういうことだ。


 そんな風にゲームばりに七人一列になって歩いていると、やがて一際大きな潮だまりに辿り着く。

 ちょうど夕暮れ時で世界は茜色に染まっている。背後に夕陽もあって、絶好のシャッターチャンスだ。ママさんたちをその場に残してぼくは潮だまりの反対側に回る。事務所から持ってきたデジカメを低く構えて位置を調整して、大声でママさんたちに合図をする。

 写真にトラウマのあるぼくとしては極力カメラに触りたくないんだけれど、現像せずデータだけルミちゃんに渡しさえすればいいから今日は堪える。ルミちゃんの笑顔のためだ、頑張れぼく。


「じゃあいっぱい撮るから、いっぱいポーズ取って──」




 しゃん




 え、と思った時にはぼくの右腕に暗褐色のやせ細った、骨のような手が絡んでいた。手は潮だまりの、澄んだ水鏡から伸びている。空を映し出す水鏡には、水鏡を覗き込むぼく以外に──こちらを見下ろすように水鏡の向こう側で立っている、七人のお遍路へんろさんがいた。

 〝境界〟というのは惹きやすい場所だから気を付けろ。扉、窓、鏡、水面──そういった境界線というのはトオりやすい。

 いつだったか、鬩がぼくにそんなことを言っていたのを思い出して──ぼくは、絶叫する。




「せめぐぅぅぅうぅぅぅぅ!!」




 ── 参 ── 七人同行(しちにんどうぎょう)




 温かく、それでいて柔らかい感触が口に押し当てられる。かと思えばものすごい勢いで空気が送り込まれてぐっと肺が詰まる。


「──ごほっ!! げほげほっ、ごほっがほっ」

【……無事だったか】


 逆流する塩辛い水を吐き出しているぼくの視界外(意識)に、そんな文章が映ってぼくははっと顔を上げる。

 ぽたりぽたりと髪から水滴をしたたらせている鬩が、ぼくの体を抱え起こした恰好でそこにいた。相変わらずの無表情だけれど、血濡れた虹彩が心なしか安堵しているように見える。


「せめぐ……」

【また厄介なのを惹き寄せたな。本当にお前というやつは……】


 そう言いながら鬩はぼくごと浮き上がって、潮だまりから抜け出た。ちゃぷちゃぷと波だっている水面は空を乱してしまっていて水鏡としての役割を果たしていない。と、そこでぼくははっとしたようにママさんたちのほうに視線を向ける。


「……あれ?」


 潮だまりの向こう側でポーズを取っているはずのママさんたちが、いない。

 きょろきょろとあたりを見回す。けれどどこにもママさんたちの姿はない。何の変哲もない夕暮れ時の父母ヶ浜があるだけ──って、あれ?


「……あ、れ? なんか……様子、が」

【鏡面世界だからな】

「あっ」


 そうか、反転してるんだ!! 右手に見えるはずの岩場が今は左手に見える。駐車場に停めてあるワゴン車も向きが反転してしまっている。


【お前の連れなら向こう側にいる】


 そう言って鬩が指差した先の潮だまり、その水面──そこにはママさんたちの姿が映し出されていた。こちら側には誰もいないのに、水面の向こう側にはママさんたちがいて、何か叫びながら潮だまりの中に入ろうとしている。

 そうか、ぼくあの手に引き摺り込まれたんだ。こっちの──水鏡の向こう側の世界に。


「あの手は一体……」

七人同行(しちにんどうぎょう)だ】


 七人童子とも、七人ミサキとも。

 生前に罪を犯し、けれど正当に裁かれることなく死を迎えた極悪人の集合霊であるのだという。


「ひぅっ、ゆうれいっ」

【幽霊というよりは、魂の呪縛だ。〝悪行を犯した人間が裁かれず安穏とした人生を送り、平穏に死を迎えるなど許せない〟──そういう人間たちの想いが魂を縛り付けるんだ】


 七人の集合霊というのは全国各地で目撃例があるらしく、地域によって伝えられている話は異なるらしい。女子供を殺めた殺人鬼であったり、辻斬りであったり、はたまた悪政を敷いた代官だったりと始まりの七人は様々だが──いずれも七人一列となって、己の罪を悔いながら歩き続けているのだそうだ。


「なんで七人なの?」

【〝八〟の字は末広がりで解放を意味するからだ。七人までしか集まれないのさ。八人目が来てもひとり解放されてしまって結局七人になる】


 だからお前を引き摺り込んだんだ、と鬩は言う。

 新たなひとりが七人同行に加われば、七人のうち誰かひとりが解放される。だからこそ七人同行は常にその〝新たなひとり〟を追い求めて彷徨っているのだという。なんというとばっちり。


【お前たち七人で来ていただろう? それも惹き寄せる要因になったんだな】


 ──そういえば父母ヶ浜に入った時、七人一列になって歩いていた。そのせいか!!


「ぼく何も悪いことしてないのにっ」

【──……ああ、そうだな。この七人同行は……些か、様子が違うようだ】


 鬩はそう言うとぼくを放り投げた。


「え?」


【お前を取り込み損ねたせいで七人同行は何処かに消えてしまったからな。まずは呼び寄せる】

「え……」


 どぼん、とまたもや潮だまりに落ちる。


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