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 ◆◇◆




 鳥取県、八頭町。

 廃トンネル前。


「…………」


 船岡ひまわり園?

 十六年前に食中毒でほとんどが死亡してもうてな、廃墟になっとるよ。


 八頭町役場で船岡ひまわり園について問い合わせたところ、返ってきたのはこんな言葉であった。

 山菜狩りで採ってきたキノコ、それに当たってひとりの幼子とひとりの保母さんを遺して全員死亡してしまったらしい。

 生き残ったふたりについての詳細は分からない、けれど施設は当時のまま放置しているから書類とか残ってるかもしれない、とのことだったので──こうして船岡ひまわり園へと通じるトンネルの前に立っているのである。


「ちょっと怖いですね……」


 たぶんきみよりもぼくの方が怖い。なんで椿狐いないんだろう。


「もう日も暮れる。急いで確認して、今日は香川に帰ろう」

「はい」


 車から持ち込んできた大振りの懐中電灯を手に、廃トンネルの中を進んでいく。船岡ひまわり園が閉園された時にこのトンネルも使われなくなったようだ。人の手が全く入っていなくて、道路はひび割れているしトンネル内部もつるで覆われている。

 震える手で光が揺れそうになるのを押さえながら、今にも死にそうな心地でトンネルの中を進んでいく。ああ、鬩。鬩来てほしい。いっそあやかしに出てきてもらって──いややっぱり出ないでください。ううううう、怖いよお。


「きゃっ」「ぎゃあっ!」


 安治さんの悲鳴に心臓が飛び出そうになる。コウモリにびっくりしたみたいだ。ああ、死ぬかと思った。

 トンネルは思ったよりも短くて、船岡ひまわり園もトンネルの出口から数分ほど歩いた場所にあった。

 ネットで見たかいづか養護園はガス爆発のせいで見るも無残な姿だったけれど、この船岡ひまわり園はまだ綺麗なほうだ。草木が生い茂って、中まで侵食されているけれど。


「ん~、ちょっと藪がひどいな……安治さん、ここで待っていてくれる?」

「いえっ! ここまで来たんです。私も行きます!」


 やる気に満ちている、という顔で拳を作る安治さんにぼくはくすりと笑い、気を付けてねと言ってから先んじて船岡ひまわり園の中に入って行く。

 軍手をはめた手で蔦を引き千切っては奥に進み、老朽化で崩れているところは遠回りして、園長室ないしは職員室らしき場所を探す。随分草木に浸食されているけれど、内部の様子は当時のままのようだった。園児たちが過ごしたであろう部屋には色褪せたポスターが何枚も壁に飾って合って、小さすぎるほどに小さい椅子が何十個も錯乱している。きっと当時は、子どもたちの笑い声で溢れていたのだろう。


「──ああ、ここかな。ちょっと調べてみよう」


 事務机が数個並んでいる、事務室らしき場所を見つけたぼくらは手分けして、当時の園児についての資料がないか探す。


「あ、名簿あった。えぇっと……」

「こっちも職員日誌みたいなのありました!」


 さすがに十六年経っていたこともあって色褪せていたけれど、机の中にあったからかそれほど劣化はしていなかった。ぼくらはさっそく〝くぅちゃん〟の情報、あるいはヒントがないか探す。


 ざり、ざり、ざりざり。


「……あれ?」


 十六年前の園児名簿。

 その一部分が、切り抜かれていた。おまけに、こんな埃っぽいところに入ったからか混信(ノイズ)みたいなのも入って少し頭痛がする。


「真田羅さん、これ……」


 職員日誌をめくっていた安治さんがふいに声を掛けてきて、視線を職員日誌に移す。

 黒塗りされていた。

 それも、〝けんすけくんと■■■■■とゆかちゃんが一緒に滑り台で遊びました〟というように、ピンポイントで一部分だけ。


「…………」


 ぞくりぞくりと、違和感(ノイズ)が背筋を駆け巡る。


「なんでだろう……なんでどこにも、く■■ゃ■の情報が、ないんだろう」


 不協和音(ノイズ)

 

 ざり、ざりざり、ざりざり。


 テレレレッテッテッテー♪

 嫌な予感がじわりじわりと脳を侵食していたところ、レベルアップして正常に戻った。──じゃない、着信だ。──あれ? 貝塚さんからだ。


「はい、もしもし」

『ああ、真田羅さん。あれから色々調べてみたのですが……く■■ゃんは船岡ひまわり園をすぐ出て、岡山県の遺原(いはら)市に移ったようです。国の保護記録によれば遺原の児童養護施設に移る手筈となっていたみたいなんですが……そこへの入所記録はなく。遺原市に移る際に何かあったのかもしれません』


 ──今度は岡山県か。

 随分、波乱万丈な人生を送っているようだ。〝くぅちゃん〟とやらは。


 ざり、ざりざりざりざり、ざりざりざり。


 異常(ノイズ)


「…………」


 ──もうここまで来れば、ぼくでも分かる。

 ()()だ。これは、明らかに異常だ。


「……安治さん、〝くぅちゃん〟はここを出て、岡山県に移ったみたいだ。……どうする?」

「ここまで来ましたから……お疲れでなければ、お願いしたいのですけれど」

「……大丈夫。帰り道すがら寄ってみようか」


【   】


「……せめぐ?」


 ──何か、伝えようとしている?

 けれど何を伝えたいのか……それが分からない。

 鬩……どうしたんだ?




 ◆◇◆




 岡山県遺原市遺原町、旧役場前。


「すっかり暗くなっちゃったな……遺原養護園によれば、〝くぅちゃん〟はここで事故に遭ったらしいけれど……」

「……亡くなっちゃった、のかな」

「わからない」


 遺原町は十五年前、大規模な鉄道の脱線事故が起きて、列車が丸ごと役場の中に突っ込んで──多くの死者が出ている。それもあって、旧役場は今や閉鎖されていて、廃墟となっている。

 〝くぅちゃん〟の行方はここで途切れている。遺原養護園によれば、ここで手続きを行ったのちに移ることになっていたらしい。


「……どうする?」

「……行っちゃいましょう! ここまで来ましたし、最後にここだけ調べて帰りましょう!」

「そうだね──分かった。……セキュリティは……大丈夫、かな? 廃墟とはいえ不法侵入だから……こっそりね」


 〝くぅちゃん〟から奪うように取り上げてしまった、〝くぅちゃん〟の両親の形見。それを返したいという安治さんの願い。そのために手間もお金も惜しまない彼女は、本当に〝くぅちゃん〟に返したいんだなぁと思う。

 ……生きていてくれたなら、いいんだけれど。


「うわ……瓦礫の山だな……安治さん、手を」


 列車の脱線事故。その直撃を喰らったのだ──中はひどくひしゃげていて、当時の事故の大きさがありありと見て取れる。さすがに船岡ひまわり園と違ってそのまま、というわけではなかったけれど……それでも凄惨さがよく伝わってくる。


「やっぱり、書類とかも持ち出されちゃってますかね?」

「普通はそうだろうね」

「どこかに残ってないかなぁ……うんしょっと」

「あっ、無茶しないで!」


 安治さんが倒れている柱を乗り越えて奥に行ってしまった。見た目によらずパワフルな子だ。


「気を付けて!」


 安治さんの背中に声を投げかけつつ、ぼくも柱を乗り越える。うわ、飛び散ったガラスがそのままだ。危ないなぁ。


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