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 ◆◇◆




 たっぷり下味を漬けられた骨付きもも肉が丸々ジューシーに焼き上げられて、銀皿に盛りつけられて運ばれてくる。先に運ばれてきた鳥飯と鶏がらスープをもっきゅもっきゅ食べていた鬩は嬉しそうに親鳥にかぶりつく。ぼくの手元にも親鳥が運ばれているけれど、椿狐があむあむ食べているのでしばらくそっとしておくことにする。

 骨付鳥には親鳥と雛鳥の二種類があって、親鳥は歯応えがあって噛み締めるたびに味が深くなっていく、まさにビールに合う骨付鳥だ。雛鳥は逆にとても柔らかくて食べやすくて、女性や子どもに好まれている。鬩は雛鳥を頼むかなぁと思っていたけど普通に親鳥を注文した。そして大胆にかぶりついている。


「鬩って結構がっつくよねぇ」

【──育ち盛りだからな】

「育ち盛り……」


 女の子の成長期って男の子よりも早いよね? と、ぼくは思わず鬩の絶壁をじっと見つめてしまった。睨まれた。ごめんなさい。


【ルミちゃんみたいなのが好みか】

「……まあ」


 いや、まあぼくも男だし。おっぱいはロマンだし。でも女の子にそんなセクハラまがいのこと言えない。


【僕には通用しないぞ】


 そうだった、心読むんだった。あーもー! 変なことおちおち考えられないじゃないか! いや、別にいつも変なこと考えてるわけじゃないけどさ!


【……その割には僕のこの能力、あっさり受け入れたな。斑は】

「え?」

【……僕の、この思考を読み取る能力が原因で九尾神社に預けられたんだ】


 心を読まれる。

 其れ即ち、隠し立てができないということ。こちらの全てが覗かれてしまうということ。──それを喜んで受け入れる人間が、どれくらいいるだろう。

 鬩の家族はそれをいとうて、鬩が十歳の時に九尾神社に預けた。その時すでに家族としての関係性は破綻していた。心を読めるがゆえに知らなくてもいい周囲の思惑を知り、幼い身でありながら強制的に成熟しきってしまっていた鬩。鬩を気味悪がり、極力鬩に近付こうとしない家族と友人たち。

 それを聞いて、鬩がなぜこんなにも落ち着いているのか理解した。そりゃ当然だ。当たり前だ。そんな環境にいて、精神が熟さないわけがない。──荒まなかったのが、不思議なくらいだ。


「……よく頑張ったねぇ」


 今、一緒に暮らしている人たちは鬩のことを理解してくれているんだろ? と、声に出さず問えば鬩は頷いた。

 轍さんという神主さんにその旦那さん、小学生の兄と妹。この四人とともに暮らしているらしいが、みな鬩の能力を受け入れて──鬩をひとりの人間として、尊んでくれているそうだ。


【……はとこの妹のほうがな、特に慕ってくれている。はとこの妹はちょっと……いや、かなり……結構……人外的に……アレなんだが、可愛くてな】


 人外的にアレ……?


【……みな、本当にいい人だよ。そしてお前もな、斑】


 鬩の〝字念〟に動揺こそそれどすぐ受け入れて、すぐ向き合って会話してくれたと鬩は語る。確かにあれは最初びっくりするけど、慣れちゃえばなんてことないんじゃないの? と、思ったけれどぼくのようにすんなり受け入れる方が珍しいと言われた。そうかなぁ。


「適応力低いって言わなかった? 鬩」

【適応力はな。お前、未だにあやかし一匹に絶叫するし】


 だが浸透力がありえないくらいに高い。

 そう言って鬩は鶏がらスープを一気に啜る。適応力と浸透力の違いってなに。


【適応力は環境に従する力。浸透力は存在に染まる力】


 ぼくはあの大惨劇の時に、あやかしと触れたことであやかしという存在に染まった。だからトオった。けれどトオった先の世界にぼくは未だに適応していない。


【僕の力も最初こそ適応できていなかったが、それと受け入れてしまえばもうそれはお前のものとなる】


 ──視界外(意識)の文字をすんなり読める人間なぞ珍しいぞ。

 どうも、〝字念〟で意識の中に送られてくる文字は普通の人間にとって読むのに苦労するものらしい。それはひとえに普通の人間は──健常者は、思考を〝音〟で行うからだという。


【〝言葉〟を認識する脳と〝文字〟を認識する脳は違う】


 聴覚と視覚とでは認識の仕方が違う。聴覚野は脳の側頭葉にあり、視覚野は後頭葉にある──ブロードマンの脳地図によればもっと細かく一次、二次と情報伝達に段階があるらしいけれど……って鬩中三だよね? なんでそんな詳しいの?


【側頭葉は言語・記憶・聴覚を司るのに対して後頭葉は視覚と色彩を司るのみだ】


 視覚と色彩しか司らない後頭葉だけでは〝文字〟を〝言葉〟として認識できない。健常者はここで〝文字〟という視覚的情報を脳内で〝音〟に変換し、〝言葉〟として認識していく。それは確かに、そうだ。新聞を読む時とか脳内で自分の声で再生してる感じだもん。


【だが僕は〝音〟を知らない】


 生まれつき聾唖の鬩は〝音〟の存在を知らない。知ることができない。だから鬩の脳は、ぼくらと少し違う動きをする。視認した〝文字〟をそのまま側頭葉で〝言葉〟にする。鬩は思考の全てを文字で行う。鬩にとって思考は文字であり、文字こそが意識であり、音とは文字だった。


「なんか……すごいね。耳が聞こえない人たちみんな、そんな感じなの?」

【いや。僕のような全聾(ぜんろう)は珍しい。補聴器や人工内耳を着ければある程度は聞こえるという者が多い。だから大半の聴覚障害者は斑、お前と同じで思考を〝音〟で行う】


 先天性の聴覚障害者は幼児期に発音指導・聞き取り練習を行うからその時点で〝音〟による思考が身に付くのだそう。今では生後六ヶ月から聴能訓練を始めるらしい。すごいな。

 それにたとえ鬩と同じ全聾の人でも、思考を〝文字〟で行う人は滅多にいないのだそうだ。手話を脳内に思い浮かべて思考したり、ただビジョンを思い浮かべるだけで明確な言葉を作ることはしなかったりと様々とのこと。


【話を戻すぞ。僕は〝音〟を知らない。〝文字〟しか知らない。そんな僕が思念で会話しようと思うのなら必然的に〝文字〟に偏る】


 ──そりゃそうだ。知らないものを使うことはできない。


【だが先ほども言ったように〝文字〟はたとえ後頭葉に送り込んだとしてもそれ単体では理解することができない。側頭葉と結びつけないと意味がない】


 だから鬩は〝字念〟を使う際に、後頭葉ではなく側頭葉に直接送り込んでいるのだそうだ。後頭葉に送り込めば視覚をジャックすることになるから、らしい。後頭葉と繋がっている網膜に文字が映り込んで、実際の視界にも文字が出てしまう。

 ──ああ、そうか。だから視界外(意識)なんだ。


【そう。視界に文字がどばーって並んでみろ。邪魔な上に見えない】

「確かに」

【さらに厄介なことに、視界に文字を映したとてそれは網膜に文字を刻み込んでいるようなものだから──焦点をずらしても一緒に文字が移動してしまうだけで読めないんだ】


 〝よろしくお願いします〟の文字を後頭葉に送り込んで、〝願〟の文字が視野の中心部に来る。その前後の文字を見ようと視線を左右に動かしても一緒に文字が移動してしまって、結局〝願〟の文字が中心部にあるまま。


「ああ……なるほど……」


 あれだ、ぼんやりしててふと目に糸くずとかミミズっぽいのが映って、それを目で追いかけるんだけど追いつかない。あれと同じだ。何だったけ、飛蚊症(ひぶんしょう)って言うんだったけ。


【そう。だから〝字念〟を側頭葉に送るしかないんだ】


 鬩が思念で会話しようと考えるならば、側頭葉に〝文字〟を送り込んで直接認識させる──それしかない。けれど、それは普通の人間にとっては苦行にほかならない。〝音〟を感じるはずのそこに〝文字〟を送り込まれて、整合性が取れなくなる。混乱し、人によっては錯乱する。──ぼくも最初の時、頭痛を覚えたっけな。


【慣れれば平気なのだが、それでも轍さんたちとは斑、お前のようにスムーズに会話はできないよ】


 鬩はそう言って噛み千切った親鳥の肉片ごと、鳥飯を掻き込んだ。豪快だねぇ……。しかし家の人たちとの会話がスムーズにいかないって?


【理解するのにタイムラグが生ずるんだ。文字を読んで、それを音に変換して、言葉として理解して──だが斑、お前はすんなり文字を言葉として受け入れている】

「……そう?」


 う~ん……あんま、意識したことないなぁ。視界外(意識)の文字は確かに最初、読めなかった。視界にあるように見えてなくて混乱した。でも視界とは別の場所にあるのだと理解して、〝音〟を聞くのと同じように〝文字〟を巻き取って引き寄せてちゃんと理解しようとすれば読めるって分かればあとは簡単だった。〝音〟だってちゃんと聞いてないと理解できないからね。


【……その恐ろしいまでの浸透性の高さがお前の長所であり、短所だな】


 ──僕は好きだが。

 付け加えるように小さく文字が流れて、ぼくはう~んと首を傾げる。


「器用か不器用かって言われると器用なほうだけれど──」


 がぶり、と親鳥にかぶりついて噛み千切ろうと歯を立てる。けれどぼくの歯が肉を千切り取ることはなかった。

 ぼくと鬩の間に置かれている、新鮮な千切りキャベツが積まれている銀皿。

 その、真横。


 ぎょろり、と視線が合う。


「きゃモガァ!!」

【……さっきのとは違う目目連だな】


 絶叫しかけたぼくの口を鬩が張り手するように塞いできて、鬩は冷静に周囲を見回す。この鳥料理専門店は夜が一番繁盛するけれど、正午を少し回ったころの店内はそこそこお客様がいる。そして、いつの間にかそこかしこに目目連がいた。ひしめいていた。勘弁して。


【……斑、右を見ろ】

「むが?」


 右。右のテーブルにはカップルのお客様がいる。大学生かな。若いカップルだ。女の子のほうはちょっと明るい茶髪をしてて、どことなくルミちゃんっぽ──あれ?

 カップルのさらに向こう側のテーブルに着いているおじさんが、テーブルの下でスマホを弄っている。そこでぼくははたと気付く。カップルの女の子のほう、むちゃくちゃ短いスカートを穿いていて、足を組んでいるものだからちょっとめくれちゃっている。おまけにここはテーブルとテーブルの間隔は狭い。


「ちょっとおじさん、何してんの?」


 テーブルの下でスマホを弄っていたおじさんの背後から手を伸ばして腕を掴み上げる。スマホの画面を確認すればやっぱり、カメラ画面で──動画撮影モード。

 その後はまあ、店長さんが引き継ぎしてくれてとんとん拍子で盗撮魔は裏に連れていかれた。警察も呼ぶことになって、カップルのおふたりには感謝されて店長さんにも感謝されて、なんか無料券くれた。

 そして気付いた時には、店内に犇いていた目目連が綺麗さっぱり消えていた。


【〝視線〟を司るあやかしだからな。視線在る(トコロ)に目目連在り、だ】


 (よこしま)な目的を持つ視線であればあるほど、それは強烈な感情となって目目連を惹き寄せる。あの盗撮魔と、そしてぼくという御馳走。それが合わさったことも大きいと鬩は語って、コーラを飲み干して手を合わせた。


【ごちそうさま】


 かっこよかったぞ、斑。

 ほんの少しだけれど口を吊り上げて称賛してきた鬩に、ぼくはなんだか照れ臭いやら嬉しいやらで思わずはにかんでしまった。




 ── ストーカーの自覚がない人間は怖い ──


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