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「憑訳者さま、私どうすれば……」

【実はさして珍しいことではない。目目連からの依頼も多くてな──視たくもないのに視させられてる、ってな。普通の人間は目目連に気付かないからいいが──お前は百々目鬼だ。だから目目連の存在が視えてしまって、互いに困っているといったところか】


 九尾神社で目目連に〝視たくもないアイドルの部屋に無理矢理引き摺られるんだけど〟って悩み相談されることが多いらしい。えぇ……。


【これも根本的な解決は無理だ。人間の監視社会をどうにかしないと難しい──目目連から依頼を享けた時も一時的に切り離すしか方法がない】

「まあ……」

【百目木さんが動画クリエイターを辞めない限りは切っても離せない関係だと思ったほうがいい。今、一時的に切り離してやることはできるが──時間が経てばまた感情に引き摺られて目目連が来る】

「動画クリエイターは……続けたいですわ。最近は動画編集のスキルも上がってきて、とても楽しいのです」

【ふむ。ではどうするか──】

「……えっと、鬩?」


 目だらけの部屋に嫌でも慣れてきて、強張っていた体が弛緩してきたぼくは締め上げてしまっていた鬩の体を改めて抱え直し、膝にちゃんと乗せる。

 ぼくに締め上げられていても無表情な鬩はすごいけれど、そんなぼくらを見ても動じない百目木さんもすごい。あやかしだから?


「目目連……も、百目木さんもお互いを認識してるんだよね。百目木さんが動画投稿を続ける限り、目目連は百目木さんの動画視聴者の感情に引き摺られてやってきちゃう……んだよね」

【ああ】

「じゃあ……共存することって難しいのかな? 普通の人には目目連が視えないんでしょ? ならお客様が家に来ても大丈夫だろうし……あっ、でも百目木さんの関係者だったらやっぱりあやかしなのかな……」


 百目木さんも目目連も〝目〟のあやかしだし……。


【……共存】

「まあ……それは、考えたことありませんでしたわ」


 あやかしとは人に紛れ、隠れ住むもの。

 あやかし同士で助け合いひそかに生きることもなくはないが、多くのあやかしは独立しているのだそうだ。百目木さんのように〝ヒト〟に転じることのできる強力なあやかしともなるとなおのこと、あやかしと関わることを控えて人に紛れ込むらしい。


「けれどどうしましょう? 私、目目連の言葉が分かりませんの」

【いや。おい、目目連。お前ら人文字──じゃない、目文字を作れ】


 はーい!


 と、壁に目が並んで陽気な返事を作った。軽いな。


【目目連、お前らも望まぬ形で百目木さんを視張っているだろうと思うが──百目木さんとの共同生活は嫌か?】


 視ても気付かれないのはさみしいし、とかいって視ても気持ち悪がられるだけなのはかなしいから、おしゃべりしてくれるならいいよ~


 軽い。いや、軽くないかこの目目連。妖怪って……こんなんだったけ?


「まあ。目目連さんって……思ったよりもカワイイのね」

「えっ」

【では、とりあえずしばらく共同生活を送ってみてはどうだ。それで相性がよくなければ僕のところに来るといい】

「はい。ありがとうございます」


 百目木さんは綺麗なお辞儀をして、ぼくに依頼料を支払って目目連と一緒に事務所を後にしていった。

 ゲシュタルト崩壊しそうな勢いで目に埋め尽くされていた部屋がいつもの、愛しいぼくの家に戻ってほうっと息を吐く。


「…………ぼくが依頼料貰っちゃったけど、鬩が解決したようなものだしはい」

【いや、お前のアイデアがなければ解決しなかっただろう。お前のおかげだよ】


 鬩はそう言ってふよふよとぼくから離れて、向かい側に座り直す。温もりが消えてちょっぴり寂しくなった膝に椿狐が乗ってきたので、とりあえずモフる。


「じゃあ一緒に何か食べに行こうよ」

骨付鳥(ほねつきどり)


 ……真っ昼間から。若いなぁ……。

 骨付鳥というのは香川県の名物のひとつだ。丸亀市のご当地グルメで、鶏の骨付きもも肉を焼く、まあいわゆる山賊焼きの料理である。香川県というとうどんのイメージが強いけれど、うどんだけじゃない。うどん県と自称するくらいうどんを売り出しているけれどうどんだけじゃない。ぼくもうどん好きだけれど、好きだけれど。


「じゃ、近くの支店に行こっか」


 骨付鳥の創業店は丸亀にあるけれど県内にいくつか支点があって、県外にも大阪と神奈川に支店がある。ぼくらは瓦町近くの、商店街内にある支店に向かうべく事務所を後にした。

 頭上にいつもの如く椿狐を乗せて、隣に鬩を従えてまばらながらも人の行き交いがある商店街の中を進んでいく。そしてふと、浮遊していない鬩とこうしてゆっくり話すのは初めてかもしれないと思い当たる。以前、父母ヶ浜に行った時もママさんたちの前では浮いていなかったけれど、あの時は水浸しで混乱していたということもあってあまり意識していなかった。

 背丈は百六十くらいだろうか。ぼくより二十センチほど小さいけれど、女の子にしては少し高めだ。セーラー服だからちょっと分かりづらいけれど、全体的に体の起伏が薄い。顔もどちらかというと中性的で、前下がりのショートヘア―ということもあってとてもボーイッシュに見える。背筋もピンっとまっすぐ伸びていて、女の子らしさをあまり感じない。なんというか、かっこいい。全体的にかっこいい。きりっと吊り上がっている眉も、猫のようなアーモンド型の目もかっこいい。血濡れた虹彩がかっこいいのは当然だけれど、ただ無表情なだけじゃない、真摯に引き締められた唇がまたかっこいい。

 それに比べてぼくときたら。今日も今日とて錆色のぼさついた髪だし、眉尻はいつだってへにゃんって垂れている。垂れ目は垂れ目でも全然可愛くない垂れ目って妹に酷評された垂れ目も情けない。黒縁の眼鏡がどことなく芋っぽくて、そのくせ体だけは無駄に大きいから……そのギャップがまたひどい。


【僕からしたらその体格が羨ましいが】

「えっ」


 ちょっとやめてよ鬩。一瞬ぼくの体格をした鬩想像しちゃったじゃん。


「鬩はかいらしいままでいいよ」

(はなは)遺憾(いかん)である】


 ちょっ、遺憾のほうはルビ振ってくれなくても読めたし!

 ……まあ、甚だのほうはちょっと怪しかったけどさ。ぼく、本あまり読まないからなぁ……大学入試の時には必死で勉強したけれどもう忘れちゃったし。


「なんでよ? 鬩は本当にかいらしいよ。女の子にしてはボーイッシュでストイックなところあるけれどそこがまた魅力的というか」

【お前、独り言になっているって気付いてるか?】


 そう言われて一瞬目を丸くし、はっと慌てて周囲を見回す。──よかった、別に見られてはいないみたいだ。

 そうだった。鬩の文字はぼくの視界外(意識)にしか映らないんだった。鬩もぼくの心読んでるから別に声を出す必要はないんだけど……。


「無言ってのもちょっと寂しいな……」


 傍から見たらぼくだけ一方的に喋ってる怪しいおじさんだろうけどさ。

 鬩って家の人や学校の人とはどうコミュニケーション取ってるの?


【家の人とはお前と同じように字念で会話している。学校では普通に手話を使っている】


 憑訳者、鬩を知っている人間とは字念による会話で──憑訳者、鬩を知らない人間とは手話か筆談で、らしい。なるほど。

 手話か~。教えてって言ったら教えてくれる?


【それは別に構わんが……使わんと忘れるぞ】


 ……確かに。字念のほうが楽だから何だかんだこっちに流れちゃいそうだし。

 そこでふと、ぼくは大惨劇の時のことを思い出す。

 本当に唐突だけれど、あの時の鬩は霊能力を多用していた。多用して、疲弊しきっていた。摩耗しきっていた。血まみれでぼくを庇いながら、必死に霊能力を使っていた。


「──鬩」


 いっぺん思い出しちゃったら、もうだめだ。気になってしまう。心配になってしまう。不安になってしまう。だからぼくは足を止めて、鬩をじっと見下ろした。


「こうやって能力を使うのに代償、あるよね? ほら、魔法を使うのにMP消費するとかさ」

【……消耗するといえばする】


 人間は〝魂〟と〝肉体〟、そして〝精神〟の三つから成り立っているらしい。〝魂〟とは命。〝肉体〟とは器。そしてそのふたつを結わうのが〝精神〟なのだそうだ。この精神というのはつまり心であり、消耗すればするほど魂と肉体の接続が覚束おぼつかないものになる。それは鬩のような霊能力者でなくとも同じで、ストレスや病気などで心を病めば魂と肉体の接続が途切れがちになり──精神を保てなくなれば最期、死ぬ。


「手話、覚えるよ」

【この程度はなんともないぞ。むしろ手軽な方法があるのにわざわざ面倒臭い方法を取る方がストレスになる】

「うん、だろうね。でも覚えるよ」


 いつもふよふよ浮いてたし、何かと転移してくるし、鬩の〝精神〟は相当強いだろうし、本当に大したことないんだと思う。でも、霊能力に〝精神〟を摩耗すると聞いちゃった以上は何もしないなんてできない。

 せめてこんな風に、周りに人がいて堂々とぼく独り言吐けない時とか、鬩が疲れて霊能力使いたくない時とか、それくらいはね。


【……ありがとう】


 ──お前は自分を卑下しているが、いい奴だしやる時はやるし、かっこいい時もあるよ。

 そう綴って、鬩は笑った。


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