小さな談話室で
自室で朝食をとった後、身支度をして、屋敷の東側の自室にほど近い北側の小さな談話室にむかった。落ち着いて話がしたいとララに言ったら、その部屋が良いと言われたからだ。南側にあるメインの談話室と違いあまり使われておらず長く使っても問題ないとの事だった。身支度を手伝わせてくれとララに言われたが、丁重に断って、その代わりにと、紙とペンを用意するようお願いした。絵を描いた方がわかりやすい事もあると考えたからだ。紙は貴重なので、黒板とチョークでいいかとララに聞かれ、構わないよと答えた。
ララが用意した黒板とチョークをシングルソファー脇のサイドラックに置くと、母さんが入ってきた。
「もう大丈夫なの?リチャード。」
「大丈夫だよ、母さん。心配かけてごめんね。看病してくれてありがとう。」
「あなたが元気になってくれてよかったわ。」
「本当にありがとう、母さん。あと、少し奇妙な話をするけど、聞いてくれる?ララと一緒に。ララもそれでいいかな?」
「もちろんです。」
とララ。
「ええ、それはいいけど、奇妙な話って?」
と母さん。
熱病で寝ていた時に見た夢のことを母さんとララに話した。別の人物、それもエルフではなく人間の記憶の夢を見たこと、その中でみた日本という国のこと。その記憶の中の身近な人の名前が思い出せないこと。その話を聞いた母さんが口を開く。
「リチャードはもしかしたら、渡り人かもしれないわ。たまにそういうエルフ、いいえエルフだけでなく他の種族にもいるわ。」
「母さん、渡り人って?それにエルフと人間以外の種族がいるの?」
「渡り人というのは、私たちがいる世界とは違う世界の記憶を持っている人の事をそう言うの。渡り人の記憶を思い出す事を目覚めるというけど、目覚める時には大抵熱をだすのよ。はやり病でなくて本当によかったわ。それと『人間』は種族の名前ではないわ。エルフも人間よ。夢の中のあなたの種族はこちらの世界ではユグドというの。」
「そうなんだ。」(気を悪くする人がいるかもしれないから、気をつけよう。)
「ちなみにエルフとユグド以外の種族には、ダークエルフとドワーフ、獣人、魔人がいるわ。ちなみにここにいるララもダークエルフよ。私は用事があるからここで失礼するけど、他に何か聞きたいことがあったら後はララに聞いてね。それから、病み上がりだから、あまり起きていない事。分かったわね?」
「分かったよ。母さん。」
「それじゃあね。ララ、後は頼んだわよ。あまり長くならないようにね。」
「かしこまりました奥様」
そう言うと母さんは談話室を出て行った。
「坊ちゃんは、3人の姉君が全員嫁いでしまったこと、兄君が大公様に仕えてからお仕事にかかりきりでなかなか戻ってこないこともあって、奥様がさみしい思いをされていたところに、お生まれになったのです。お母様を大事になさいませ。」
「ああ、もちろんさ。父さんは忙しいのかな?」
「ええ、失礼を承知で申し上げれば、兄君は旦那様に似たのでしょう。お仕事も大事ですが、奥様がかわいそうです。月に1、2回はお戻りになられますが、兄君にもう少し任せてしまえばもっとお戻りになれるはずなのにと思ってしまいます。」
「ララは優しいけど厳しいんだね。ララからおこなれないようにしないと。」
その後、ララからストックウィン家の事やストックウィン家の仕えるスウェール大公家ルウェリン家の事などを教えてもらった。
「さあ、坊ちゃん今日はここまでにしてお部屋に戻りましょう。でないと奥様が心配なさるので。」
「うん、そうだね。今日は本当にありがとうララ。明日からは別の仕事もあるだろうと思うからそちらの方を優先してね。」
「いいえ、とんでもございません。私は奥様から坊ちゃんを最優先にと仰せつかっております。別の仕事は他のメイドがやっていますからご心配なく。」
「母さんは過保護すぎ何じゃないかな」
リチャードはエミリーの言うとおり、自室に戻っておとなしく安静にベッドに横になった。