239 とあるエルフは忘れない
(´・ω・`)本日一回目の更新です。
人払いを済ませた一室にて「共犯者となってもらう」と私に告げたアルゴスから話を聞き終えた私はその内容を整理する。
己の命を犠牲にして目標を殺す――それは一言で言えば「道連れ」だった。
「あなたはそれで良いのですか?」
生きることを諦めたわけではない、と言ってはいるが、生存の可能性は極めて低く、己の命を消費することを前提とした作戦とすら呼べない玉砕。
それも「後のことを我々に託す」という形で終わるこの提案は確かにエルフにとって最良と言ってよい終わりである。
「なんてものを帝国は生み出したのか」と思わなくはない。
しかしそれ故に彼はこの事実を広めないよう封じることを選んだとも言える。
(全ては祖国の悪評が広まらないため? それとも他に理由があってのことなの?)
彼が語ったのは自分の素性と敵の正体。
それと黒いアルゴスを殺す段取りである。
私の最後の確認の言葉に彼は頷いた。
我々の敵となった彼の同胞を排除する本当の理由を口にすることはなかった。
ただ、いずれ本当のモンスターになった場合を考えれば、彼がここで自らの命を使い、同胞と共に果てる道を選ぶその心情を察することはできる。
全てを秘匿して未来に起こるであろう惨状に目を背けても、事実が明るみになれば、その爪痕で生まれた怨嗟の矛先が祖国へと向かう。
それともその惨劇そのものを忌避しているのだろうか?
結局彼は何も語らなかった。
故に私と彼は共犯者となる。
彼が望む結末のため、我々が目の前の脅威を排除するため、私は選択した。
「いいでしょう。あなたの提案を受け入れます」
彼がモンスターであったならば、私の願いは叶ったかもしれない。
如何に知性があろうとも「人とモンスターが共存できるはずなどない」とあの狂った連中の前で証明できたかもしれなかった。
だが彼は、我々がアルゴスと呼んだ新種のモンスターは人だった。
ならば私が固執する理由はもうない。
「ユーノス」
教えてもらった彼の名を口にするとその大きな顔がこちらに向けられる。
「何か必要な物はありますか?」
それでも、何かしてあげようと思うくらいには彼の在り方に好感を覚えた。
死に行く者への手向けではなく、生きようと足掻くための手段を与えよう。
「では武器を」
その大きな手で使える武器などあるのだろうか?
ユーノスの要望に私は少し困ってしまったが、そこは男衆が何とかしてくれた。
後はこの結末を見届けるだけなのだが……ユーノスが難色を示した。
どうやら我々の想像以上に感知能力が高いらしく、危険な真似をしてほしくはないそうだ。
しかしこれについては譲るつもりはない。
距離を取り隠蔽の魔法を使うことで納得してもらうことはできたが、戦闘範囲がどの程度になるか想定できない以上は危険が伴う。
また彼らの会話は帝国語となるため、声を拾うことはできても理解することはできない。
幸いなことに都合良く普段から仕事を与えることに躊躇する人材が帝国の流れを汲む評議国の言語に通じている。
最近は少しマシになってきたと聞いているが、ここらでしっかりと働いてもらうことにしよう。
ユーノスは全て抱えて死ぬつもりなのだろう。
でも一人くらいはそのことを知っている者がいてもいいはずだ。
夜明けが間近となった肌寒い森に潜む。
後ろで「寒い寒い」と文句を言っているアーシルーを一睨みで黙らせ、私は隣で警戒に当たっているアズールを見る。
アズールはこちらの視線に気がつくと頷いた。
どうやらこの距離ならば彼に感知されることはないようだ。
「で、俺の出番はいつになるんだ?」
少し粗野に感じる風貌――若き頃の先々代剣聖の生き写しとまで言われた新たな精霊剣の使い手が退屈そうに聞いてくる。
剣聖シュバードが死に、その後を継ぐかのように別の精霊剣を手に取った若き天才。
交流はあったようだが詳細は知らず、ただ彼が精霊剣を手にしたことで黒いアルゴスと戦いたがっていたことはわかっている。
「その時になればこちらから言います。それまでは決して動かぬよう」
はいよ、と短く返事をする彼に不安になる。
「安心しな。先約があるってんで共闘を拒まれたんだ。向こうが終わるまでは手は出さねぇ」
それが礼儀ってもんだ、と詰まらなさそうに腕を組む。
「頼みますよ。精霊剣に認められし者、フォーガス・コーナー」
私の言葉に鼻を鳴らして返事をする彼を不思議そうに見るアーシルーがおずおずと手を挙げる。
「あのー、何をしにいくんです?」
話を聞いてなかったのか、それとも聞き流していたのか?
事前に説明していたはずなのにこの娘は早くも忘れていた。
仕方なしに要約して「アルゴスが同種のモンスターを倒すため戦うことになったが、勝算が低いので戦闘の結果を待って介入する。そのために距離を十分に取って森に潜んで戦闘を監視する」と返したが、これにはアーシルーが露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
「いやいやいや、私戦闘とか無理ですから」
「あなたがやるべきことは私が拾う音声を書き留め、記録することです」
説明を聞いていなかったのか、と彼女に渡したメモとペンに視線を移動させる。
この娘に構っている猶予はもうあまりない。
距離があるため魔法を使用しても視認はできず、大まかな位置の特定をアズールに任せて音を拾うのが精一杯。
全ての会話を拾えるかどうかは運次第。
その上で頼りないアーシルーに任せるのだから溜息の一つも出てしまう。
彼女以外動かせる人材がいないのが今の私である。
つくづく私は自分の境遇を利用していただけなのだと実感する。
だがそんな感傷もすぐに吹き飛んだ。
私が広範囲に仕掛けた「音拾い」が会話と思しきものを捉えたのだ。
直ぐに範囲を絞って会話をここにいる全員に聞こえるように調整し、手を動かすようにとアーシルーを睨みつける。
すぐさま彼女はメモにペンを走らせ始めたことから、私には理解できない会話の内容を理解していると判断する。
時折理解できない言葉が混じるのか、手を止めることがあったが、その度に記録し続けるように命令する。
後程彼女には全て忘れてもらうつもりでいるが、その必要もなく覚えていない可能性が頭を過る。
もしかしたらある意味完璧な人選だったのかもしれない。
会話の内容はわからないが、時折アーシルーの持つメモを横目に見る。
断片的では理解が追い付かず二人の話を把握することは諦めた。
ただ、それでも聞こえてくる声と戦闘音からは一方的な戦いになっていることが予想できた。
しばらくそのまま音拾いの位置を調整しながら事の推移を見守っていたが、不意にアズールが私を呼んだ。
「近づいて来ています。ここから離れましょう」
「いいえ、下手に動けば気取られる危険があります。このままここで隠蔽の魔法をかけ直してください」
私の言葉にアズールが不承不承といった様子で従ってくれた。
だが、ここで距離を取らなかったことを私は後悔することになる。
距離が近づけば見えなかったものが見えるようになる。
となれば、見ようとしてしまうものである。
遠見の魔法を併用し、争う二人の姿を確認した。
聞こえてくる声は最早人のそれではなく、獣のような咆哮は魔法などなくともこの耳に届いてくる。
つまりこの状況は終わりが近い。
二人の姿を探し、ようやく見つけた時には私は「遅かった」と反射的に思ってしまった。
ユーノスに馬乗りになり、その顔に拳を打ち込み続ける黒いアルゴス。
抵抗もできず、伸ばした手がビクビクと震える姿に私は思わず目を逸らしかけた。
だが次の瞬間、ユーノスの手がパタリと倒れるような挙動を見せたかと思えば、黒く染まったその腕で黒いアルゴスの顔面を殴り、その巨体を蹴り飛ばしたのだ。
満身創痍に見えた彼が立ち上がる。
その姿は対峙するアルゴスと同じ黒。
全身真っ黒な姿へと変貌したユーノスが獣のような咆哮を上げた。
「いずれ理性を失いモンスターとなる」
彼の語った言葉通り、そこには二体のモンスターがいた。
互いに食らい合う姿は正に獣そのものだった。
そして自然界同様にそこにあったのは食う者と食われる者。
押し返してみせたと思ったのも束の間、両者がぶつかるとユーノスは吹き飛ばされ、木に背中を叩きつけられたところでダメ押しの一撃で動かなくなった。
悠然と立つ勝者は敗者を前に勝利の雄たけびを上げる。
だがまだユーノスは生きていた。
その彼を食らい始める黒いアルゴス。
遠見でその光景を見ていた私は抵抗にすらならない足掻きを見ていることしかできなかった。
目を逸らすこともできず、私は彼が食われ続ける様を見続けた。
その命が尽きる間際、彼と目が合った気がした。
動かす口が何を言っているかはわからない。
既に音を拾うことは止めている。
だがそれでも、その口の動きが「助けてくれ」と言っているようにしか見えなかった。
ずっと無言のまま見続けた。
顔を伏せ、書くことに集中させたアーシルーは状況がわからず困惑しているようだ。
男二人は黒いアルゴスが食事を終えるまで黙っていた。
「終わったな」
決着が着いたならばフォーガスが動かない理由はない。
しかしそれでも私は彼を押し留めた。
ここからが重要なのだ、と音拾いを再度用いて黒いアルゴスの声を拾う。
「これはどういうことだ?」と文字に起こすアーシルーの手が止まる。
黒きアルゴスとなった男は思考を口出すようなタイプではなかったらしく、時折漏れ出る単語をアーシルーが書き留めている。
そんな中、不意に黒いアルゴスが膝を折った。
何か言っているがその内容を確認する気はない。
恐らくは自分に起こっている現象に驚いている驚愕の言葉だろう。
彼はこのまま眠りにつく。
周囲には隠密に特化したフォルシュナの精鋭がおり、何処に逃げようと位置情報を共有できるように準備をしている。
後は精霊剣を持つフォーガスさえいれば――二百年の時を超えた帝国の軍人を排除することができる。
このためにユーノスは賢人と取引を行い、私を事実を隠蔽する共犯者とした。
自分の身に起こっている現象に困惑しながらも最適な行動を取るのは軍人故か?
ユーノスは彼を「優秀な軍人」と評していたことから、こうなると見越して隠密に優れる彼らを用いたのだと思う。
エルフの里――つまりは敵地から全力で遠ざかり始めたことを知り、私たちも動くことにする。
逃げる動きは徐々に精彩を欠き、動き始めた当初は振り切られる可能性が頭を過った。
しかしすぐにその動きは衰え、走ることすらままならなくなったことでフラフラと歩き出したと思えば片膝をついた。
何かを叫んでいるようだが、それももう聞く必要はない。
這いずるように動く元人間の姿を見ながら私は空へと向かい合図を飛ばす。
夜が明けた空では視認が難しいが、それを見逃すようでは精鋭と呼ばれることはない。
赤い光の玉が消え、別の場所で青い光が空に上がった。
「行きましょう」
そう言った私の見る視界には動かなくなった黒いアルゴスの姿があり、遠見の魔法を解除すると私たちは目的地へと急いだ。
やはりというべきかアーシルーはついて来れないようなので待機を命じ、途中無残に食い殺されたユーノスの亡骸を見つけたが、彼を弔うのは全てが終わった後だと頭を振って先を急いだ。
目的の場所に辿り着くとそこには数名の見知った顔が待っていた。
どうやら熟睡しているのか近づいても反応がないらしく、這ってでも移動しようとしていた姿そのままに眠っている黒いアルゴスの姿がそこにはあった。
その状況を確認して私は頷く。
得心が行ったとばかりフォーガスは精霊剣を鞘から引き抜き、無警戒に歩いて眠る黒いアルゴスに近づく。
「ジジイの仇だ。悪く思うなよ」
振り下ろされた精霊剣はいとも容易く眠りについた黒いアルゴスの首を刎ねた。
果たしてこれは最良の選択だったのだろうか?
どうしても食われるユーノスが助けを請う姿が脳裏から離れない。
あれが「そうではなかった」と言い切れない以上、私はずっとあの光景を忘れることはないだろう。
(´・ω・`)次の更新は本日22時を予定しております。




