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「一先ずは怪我を治すことを優先しろ。人手はすぐに足りなくなる。その時までに完治させておくように」
「わかりました」と頷く俺に少佐もまた頷いて返す。
ズキズキと痛む体だが、痛みに強い体であることはわかっているのでそこまで気にならない。
そんなことより全力でぶつかって相手は無傷という結果には笑うしかない。
正に「お話にならない」とはこのことである。
基本的なスペックに差がありすぎて勝負にすらなっていなかった。
これで見た目はサイズと色が違うだけなのだから、プロジェクトの差が戦力の決定的な違いであることの証明となった。
つまり遺伝子強化兵計画の最終版であるタイプゴライアス――つまり俺がキメラ計画の被験者相手には勝って当然だったというわけだ。
蜘蛛男の毒は少々危なかったが、力技に持ち込めば先に息絶えるのは相手であったことは明白であるため、やはり後期型になればなるほどスペックが上がるのは間違いない。
だからと言ってこの性能差は如何なものか?
「少佐は……タイプゴライアスではないのですか?」
思わずそんなことを聞いてしまうくらいにはボコボコされたのが悔しい。
実は見た目だけで中身は違います、なんて可能性もなくはないので一応で聞いてみたのだが……その返答は俺の予想通りのものだった。
「厳密に言えば違うのだが、タイプゴライアスをベースに調整された遺伝子強化兵計画に続く究極生物計画の完成型だ。基本的な性能はベースとなったタイプゴライアスの凡そ三倍となっているが……」
カタログスペックなので当てにはならん、と少佐は鼻を鳴らす。
「まったく、実戦に持ち込む兵器の正確な性能を実戦で知ることになるようなことが起こるから、兵器開発部の連中の言うことは信用がならんのだ」
この愚痴には俺も「ああ、うん」とやらかし実績のある帝国珍兵器の数々を思い出し少佐に同情する。
しかしカタログスペックで三倍差とのことだが、体感で倍くらいの差はあってもおかしくはないとみている。
「ベースとなった最初の成功例である彼の貢献の元、私の体は作られているが……暴走という結果に終わったのは残念でならない」
そう言えば遺伝子強化兵について「制御不能が相次ぎ凍結された」とレイチェルが言っていた。
これが本当であった場合、タイプゴライアスの中にも俺が眠っている間に活動していた被験者がいたということではないだろうか?。
それならば覚醒直後なのに少佐が自然に動くことができていた理由も説明できる。
(必要なデータが揃ったから俺の番に回らず放置されていたってことか?)
キメラ計画に遺伝子強化兵計画自体が、その先である究極生物計画のためのものであることはラークから聞いている。
それをこのような形で実感することになるとは思わなかった。
もっとも、そのお陰であの研究施設の中で俺一人だけが生き残ることができている。
人生何が起こるかわからないものだな、と何とも言えない感情をどうにか整理する。
「帝国時代にその姿で活動なされていたのですか?」
「ふむ。今が二百年後という実感はないが……その通りだ。調整のために眠りについたのが最後の私の記憶になる」
とは言え確認をしてしまったのは迂闊だった。
下手な発言が疑われる切っ掛けとなることは定番。
ましてや俺のような凡人ならば尚更気を付けるべきなのだが、少佐はあっさりと当時の状況について語ってくれた。
「この力があれば戦線を戻すことも容易いと思ったのだが……投入されることがないとは思わなかった」
他の被験者もそうだったのか、という疑問に対しても少佐は「そのような話は聞いたことがない」と否定。
結局、遺伝子強化兵は戦場に送り出されることなく眠りについたというのが少佐の知る結末である。
「理由としては制御が不完全であったこと。戦場に出すにはデータが不足していたと聞いている。タイプベヒモスのデモンストレーションを見た時には『すぐにでも実戦投入するべきだ』と主張したのだがな」
「あ、そう言えばその話聞いたことがある」とラークの言葉を思い出す。
タイプゴライアスは最後の遺伝子強化兵であり、その中でも勧誘時のセリフから残り僅かの枠に滑り込んだ俺はそういった対象には選ばれなかったということだろう。
もしかしたら同型の中でも評価が低かったという可能性も捨てきれないが、ここでも運が良いのか悪いのかわからない判定を潜り抜けていたようだ。
「最も厄介だったのが、この遺伝子改造技術の生みの親であるゼータ博士が残したプログラムだったそうだ。それをどうにかしない限り、実戦投入は無理だと言われた」
この言葉に俺は首を傾げた。
これは何かのブラフだろうか?
「それってネメシスコードのことですよね?」
考えなしに口から出てしまった言葉に「しまった」と思うが表情は変わらず。
仕事をしない表情筋もたまには役に立つ。
「……そのネメシスコードについて詳細を聞かせてくれ」
少佐が俺の言葉を知らない単語のように説明を求めた。
(待て。どういうことだ、これは?)
考える時間はない。
だから俺はラークから聞いた表向きの理由だけを話すことにした。
「ネメシスコードはゼータ博士の作った自壊プログラムです。遺伝子改造技術は本来は医療目的のものだったらしく、軍事転用に反対していたとのことです」
「それを何処で知った?」
下手なことを喋れば俺が他の被験者を食っていることに気づかれる。
それが良い方向に転ぶ理由などないことくらいは俺でもわかる。
「……本来の目的で使用された人物が他の研究施設で目を覚ましておりました」
「それは誰だ?」
「ラーク・アダマス伯爵です」
知っている人物の名前なのか、少佐が大きく目を見開いた。
「彼が生きているのか?」
少佐の言葉に俺は黙って首を横に振った。
そして語った。
彼の最期を、彼は最後まで帝国貴族として相応しい人物であったとラークを評した。
「……そうか。ラークはそのような最期を迎えたか」
「お知り合いでしたか?」
俺の言葉に少佐は「ああ」と頷いた。
「これでもキメラ計画から始まった初期段階からプロジェクトに関係している。その出資者の一人であり、同じ帝国貴族として、目的は違えどこの計画にかける熱意は互いに認め合っていた」
初期からかかわっていながらネメシスコードについては知らされていない。
それは軍人だったからか?
それとも、最初から少佐が究極生物計画の候補者だったからか?
だとすれば少佐にはネメシスコードが存在するのか?
様々な憶測が頭の中を飛び交うが、それをまとめるだけの脳みそがないことが悔やまれる。
「二百年という歳月は長すぎた、か……」
少佐の呟きに俺は黙って頷く。
しばらく無言のまま黙祷するように顔を伏せる少佐。
「少佐は何故……」
言いかけた言葉を俺は噤む。
何故被験者となったのか?
下手な言葉は疑われる切っ掛けとなる――そう心掛けた矢先に早速やらかしてしまいそうになったが、別段おかしな流れでもないと黙ってから気づく。
「……何処にでもある話だ。負傷を理由に前線から下げられた。戦友はまだ戦っているというのにな。だから逸った。この技術が進めば、人であることを捨てたとしても戦場に戻れる、と」
そこまでは聞いていなかったのだが、語ってくれたことで彼の人物像が俺の中で定まりつつあった。
(非常にまずい。最初に感じた通り、帝国軍人を絵に描いたような人物だ)
この時代で戦争を再開しかねない。
そしてそれに俺は巻き込まれる。
だが、この流れはある意味で都合が良い。
今なら聞ける。
そう判断した俺はもっとも聞きたかったことを少佐に尋ねる。
「他の、キメラ計画や遺伝子強化計画の被験者の研究所について教えていただけませんか?」
少佐は人手が必要だと言った。
ならば今この瞬間ならば、同じ遺伝子強化兵を集める目的としてその所在を聞くことができる。
この意図を察した少佐は頷き周囲を見渡す。
そして近くにあった床の破片を集め始める。
「ここを帝都とする」
それを最初に置いた場所が帝都とし、次々に破片を設置していく。
「キメラ計画は言わば実験だ。最早人としての理性すら残っていない可能性が高いのでそちらは除外する」
「いえ、知っている範囲で教えてください」
床に座り、破片を手にした少佐がこちらを向いた。
その目は「何があった」と無言で問い詰めている。
「キメラ計画と思しき被験者と戦闘となり、それに気づかず殺害しております」
続く相手の説明で少佐は顎に手をやり、少し考える素振りを見せると口を開く。
「タイプゴーゴンだな。キメラ計画の被験者となったシリアルキラー。殺して正解だ。気に止むな」
「民間人を狙い、人を甚振ることを楽しんでおりました。あのような者が帝国軍人であるはずがない、と……」
「あれを被験者としたのは私だ。お前が思い悩む責任の先は私にある。それ以上は思い詰めるな」
そう言って少佐は俺の肩を優しく叩く。
それから聞かされた全ての研究所の所在――一言で言えば聞かなければ良かった。
「――これで全部だ。まず私は人員確保のために帝都周辺の施設を回る。数日は戻ることはないが、タイプゴライアスならば五日は食事をしなくても支障はない。水はここで使えるものはないか探しておく。しばらくの辛抱だ、堪えろよ」
立ち上がった少佐を見送り、俺は寝そべったまま床に置かれた破片を横目に腕で顔を隠すようにして息を吐く。
希望は潰えた。
少佐は全て知っていると言った。
その中に俺が知らない研究施設も確かにあった。
「帝都周辺じゃ、意味がない」
無事な腕が視界を塞ぎ、キメラ計画の被験者は全滅し、残された遺伝子強化兵は俺で最後となっていた事実を知った。
それからしばらくして飲料用の水をポリタンクに入れて運んできてくれた少佐に感謝の言葉を述べ、俺は彼を見送ることなく眠りにつくことになるのだが……今眠るわけにはいかない。
研究所から離れた頃合を見計らい、俺は立ち上がって歩き出す。
治すことが優先だと言われたが、しなくてはならないことがある。
「この施設なら、必ず何かあるはずだ」
少佐はネメシスコードを知らなかった。
まだ痛む体を引きずり廊下を歩く。
探すのは人間用の入り口しかない資料室――そこに当時の記録が残っていることに期待し、俺は廊下をゆっくりと進む。
そして見つけた部屋を片っ端から調べ、ようやく見つけた狭い資料室で紙束を集めて廊下で読み始める。
必要なものは究極生物計画の詳細と少佐自身の情報。
読み進めていくうちに明らかになった究極生物計画の目的。
「新人類……遺伝子を操作し、強靭な肉体を持った寿命すら克服した新たな人類」
正気の沙汰じゃない。
だが、そこに書かれていた「戦争は正気でやるものではない」という言葉。
何が引き金となってここまで帝国を狂わせたのか?
読み終わった書類が積み重なるほどに気が重くなっていく。
究極生物のスペックを確認できたのだが……見た目は確かにタイプゴライアスだった。
しかし中身はどちらかと言えばタイプベヒモスを基準にしていると判明。
俺のようにモードを切り替える能力はないが、純粋な戦闘能力のみを追求しており、ベヒモスのパワーとタフネスにゴライアスのスピード、そして俺の知らないタイプである「エンジェル」の特性の幾つかを追加したものが究極生物計画の完成系のようだ。
「何だそのいいとこどりは?」と文句が出そうになる。
最新の帝国技術で生まれた遺伝子強化兵とはいったい何だったのか?
そして、俺は手にした書類の束を読み進めていくうちにある一文を目にした。
「……被験者となるエストーク大尉に反意の疑いあり?」
あのガチガチの軍人と思しき少佐……この場合大尉の時に何かしらの不祥事があったということか?
しかしその先を読み進めていくうちに嫌な予感がこみ上げてくる。
そしてそれは的中した。
「――以上を以て、究極生物計画にもネメシスコードを適用させることに決定した」
そこにあったのは確かな希望。
しかし天秤は絶望へと大きく傾く。
勝てる見込みなどない。
それどころか負けて食われる未来しか見えない。
「……そうじゃない」
問題は、いずれ少佐が理性を失いモンスターとなることが確定したことだ。
キメラ計画から続く遺伝子改造技術に用いた帝国の生き残りは俺と少佐のみ。
俺が少佐を食い殺し生き残るか、それとも少佐が俺を食らい、やがてモンスターとなって世界を蹂躙するか?
あの少佐に勝てる存在がいるならば――希望を抱くためのその前提が想像できなかった。
「俺に、どうしろと言うんだ?」
死ぬ前に生まれた新たな目的。
だが、その達成はあまりに困難であり、そもそも可能なものなのかすらわからない。
「俺は、どうしたらいい?」
天井を見上げ、呟く俺の手から紙束が滑り落ちた。




