城の中
俺は立ち止まって、外から城の中の様子を眺めていた。
逃げた店員が城の中に入っていって見えなくなったからだ。
さっき城を見学したときには確か入り口は閉じていたはずだが、なぜか今は入り口が開いている。
店員を追いかけて俺も中に入るべきだろうか?
あいつが城の中に入ったのは、俺を待ち伏せして襲うつもりなのかもしれない。
城の中は相変わらずシーンとしている。
考えていても仕方がない。
俺は魂を奪われたんだ。
魂を奪い返さなければ、そのうち俺もゾンビになって照久のように殺されるんだ。
そうだ、こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。
さっきから頭がズキズキして、頭がよく働かないような気もする。
口の中も渇いてベタベタくっつく。
魂が抜けたせいで生体反応が鈍くなってきているのかもしれない。
俺の意識がなくなる前に行動するべきだ。
どうせ、このまま黙っていても俺の身は危険にさらされるだけだからな。
俺は城の中に入った。
「お前気がついていたか」
「何がだ」
勘定を済ませて俺と照久は喫茶店の外に出た。
「さっき城の窓を覗いた時に一番奥の窓だけ開いていたことにさ」
「いや。そんなことお前は言わなかっただろ」
「気のせいかと思って黙っていたんだよ」
そう言えば、城の前で照久のやつは城の方をじっと眺めていたな。俺がもう飽きたからどっか他の所に行こうぜといっていたのに。
「その開いていた窓の中に人影が見えたんだ」
「そうなのか」
こいつはまた俺を驚かそうとして適当な作り話をしようとしているんじゃないだろうな。
こいつはウンチク好きで嘘つきでもあるからな。
「窓の中に誰がいたかお前は知りたくはないか」
「教えてくれるんならな」
「喫茶店の店員を覚えているか」
「ああ、今の店の子だろ。さっきのことだから覚えているよ」
「あの子が城の中にいたんだよ」
照久が窓から店の中を覗きながら小声で言う。
店の中から店員が怪訝そうな顔でこっちを見る。まるで俺たちの話が聞こえているみたいにだ。
こいつは真顔で言って俺を怖がらせようとしているようだが、どうせこいつの見間違いだろう。こいつは普通の犬を見て人面犬を見たと言うようなやつだからな。
窓が締め切ってあるんだから当然のことだが、城の中は真っ暗だった、
俺が手探りで城の中をゆっくり進む。
俺が立ち止まって彼女の足音でも聞こえるんじゃないかと聞き耳をたてるが、物音はしない。
入り口の部屋を過ぎ通路を曲がると、壁からかすかに光が漏れている。
俺はその部分を押してみた。すると壁が動いた。隠し扉になっているみたいだ。
俺が中に入ると、その先には地下に降りる階段があった。
俺が後ろを振り返る。
物音がしたように聞こえたからだ。
何者かが俺の後ろからゆっくり近づいてくる足音がする。
店員の女の子の足音ではない。ここまで一本道だったので彼女が俺の後ろに回り込むことは出来ないし、明らかに女の足音ではないからだ。何かが足を引きずるような足音に聞こえる、何の足音だろう?
どうしよう、このままここで足音の主を確かめるべきか? それとも階段を下りて地下に向かうべきか?
辺りに武器になりそうなものは何もない。
もし足音の主が俺の後をつけてきているのなら何が目的だろうか? 俺が魂を抜かれてゾンビになりかかっていることを知っているのなら、相手は俺を襲うことが目的だろう。だとしたら何かゾンビになった俺を襲う武器を持っているに違いない
争いになると素手の俺が不利だ。それに地下に何があるのかが気になる。
俺は隠し扉をぴっちり閉めてから階段を下りて地下に向かうことにした。
照久が頭を抱える。
「やられた」
「何がだ」
俺が照久の顔を見る。
照久の顔色が悪い、何か腐ったものでも食べたのか? そうだとするとさっきの喫茶店で食べたものが原因だな……ってことは俺もじゃないか。俺も照久と同じものを食べたんだから、照久がお腹を壊したのなら俺もじゃないか!!
「おい、さっきのやつが腐っていたのか?」
「……くそう、どうして気が付かなかったんだ。あの時だ。それ以外に考えられない」
「何を言っているんだ」
どうも照久の話は要領を得ない。
照久が冷や汗を流し始め、膝に手を付き身体を震わせている。
「おい、大丈夫かよ」
照久が急に走り出す。
俺は照久の後を追いかけたが途中で見失ってしまった。
その後だ。
ゾンビになった照久を見つけたのは。
人が集まって何か騒いでいる。
俺が近寄ってみると、そこには変わり果てた姿の照久がいた。
「おっ、おい……」
俺が照久に声をかけようとすると、周りの住人たちが照久を取り囲んだ。その手にはバットやら斧やら物騒なものを持っている。
俺はその異様な出で立ちに気後れしてしまって黙り込んでしまった。
「こいつはもう駄目だ」
「ああ、ここで始末してしまおう」
それからの光景は無残なものであった。
俺は目を背け、ただ人々がなすことを黙って見ているしかなかった。
友人がそんな目にあっているのに、俺は黙ってみていることしか出来なかったんだ。
彼らは照久が動かなくなると車に載せてどこかへ連れて行ってしまった。
ドンッ、ドンッ。
奥の方から音がする。
俺は身をかがめて、壁を手探りしながら奥に進んでいった。
階段を降りると、そこは地面をくり抜いたかのような大きな洞窟で天井からは水が滴り落ちてくる。
地下にあって風通しが悪いので湿気がたまり、床は水で濡れて歩くとピチャッピチャ音がした。
洞窟の奥には古めかしい大きな木の扉があり、所々腐っている所が年代を感じさせる。
俺が扉の前に行くと、扉が開き、中からあの店員が出てきた。
「あっちに行きなさいよ」
ひどく慌てたような声を出し、扉の中に向かって手を振って追い払うような仕草をしている。
うめき声のようなものが聞こえ、中から人形が出てきた。
それは喫茶店の中で地面を這いずり回っていた人形そっくりの出で立ちで、店員に向かって掴みかかろうとしていた。
逃げようとして後ろを向いた店員が俺に気が付き「あっ!!」と声を出し、その後に言葉を続けようとする前に、水に濡れた床で足を滑らせて転んだ。
そこに扉の中から出てきた人形が彼女の足にしがみつき、彼女の身体を自分の方に引き寄せようとする。
「離しなさいよ」
もがいて店員が暴れるが、人形の木で出来た腕は彼女のズボンにしっかりつしがみつき逆に彼女の身体をさらに強く掴む。
「何をしているんだ、その人形は一体何だ?」
俺の問に対して、店員は無言で俺から目をそらす。
俺がもう一度同じ質問をすると、店員がため息をついて「分かったわ。あなたの勝ちよ」と言った。
「何を言っているんだ」
「あなたは奪われた自分の魂を返してもらいにきたんでしょう」
彼女が人形から逃れようとして掴まれていない方の足で人形の頭を蹴る。
「やっぱりお前が盗んだのか?」
「そんなことよりもこいつを何とかしなさいよ」
人形の頭を蹴り続けているので、人形の頭がへこんきた。しかし、それでも人形は手を離さず彼女の足にしがみついている。
「それで俺の魂はどこにあるんだ」
彼女が俺の顔を見て、そして足にしがみついている人形の方を見る。
「決まっているでしょう。今私の足にしがみついている人形の中よ」
何だって? 人形の中に俺の魂があるだって?
彼女の足に捕まっている人形を俺が見る。
彼女に頭を蹴られてへこんだその顔は人形なので当然だが無表情そのもので、彼女の足に機械的にしがみついているようにしか見えない。
あの中に本当に俺の魂が入っているのか?
「早くしなさいよ」
彼女が俺を急かす。
何を早くすればいいのか要領を得ず、俺は立ち尽くす。
さっきよりも俺の頭はぼやけてきて、心なしか息も荒くなってきているような気がする。まるで自分の身体ではないような気分だ。
そんな俺を見て彼女が壁の方を指差す。
見るとそこには斧がかかっていた。
斧で俺に何をしろって言っているんだ、この女は。
「まったくトロいわね。魂を抜かれているんだからしょうがないけれども。そこにある斧でこいつの頭を叩き割るのよ」
彼女がしつこく人形の頭を蹴り続けたせいで、人形の頭に所々穴が空いている。長い間城の地下に放置されて木材で出来たその頭が腐っているようだ。
「……何で?」
さっきから俺は質問をするばかりで身体は上手く動かすことが出来ない。まるでマヌケにでもなったかのような気分だ。
「あんたの魂が完全にその人形の中に入る前にそいつの頭を叩き割れば、あなたの魂は元に戻るわ」
完全に――何が?
呆然とたちつくす俺を見て彼女が舌打ちをする。
「あんた、魂をもうほとんど抜き取られそうだから頭の回転が遅くなっているの? さっさとやりなさいよ、魂を返して欲しいんでしょ」
どうやら彼女は嘘を言っていないようだ。
とりあえず俺にはそう見える。
しかし、俺の魂はいつの間にこの人形の中に抜き取られることになったんだ。まったく記憶がない。
俺は重い身体を動かし、なんとか壁にかけてあった斧を手に取り、未だに彼女の足にしがみついている人形を黙って見る。その姿は悲しげなようでもあり、ただ必死のようでもある。人形の心なんて俺には分からない。
本格的に頭がぼやけてきて、息も苦しくなってきた。
もう駄目だ。
早く何とかしないと俺の魂が本当に全部抜けてしまう。
こうなったら考えている暇はない。
とりあえず彼女の言うとおりに人形の頭を斧で叩き割ってみよう。それによって俺の状況が悪くなるとは、今の俺には思えない。
俺がふらつく身体を動かし、斧を振り上げて、振り下ろそうとするが斧が動かない。
何でだ? 俺が振り返るとそこには人形が斧を掴んで立っていた。
「なあ、人って生まれ変わったりするとどうなるか知っているか?」
「知らないよ」
学校の昼休み、照久が哲学的な話題を振ってくる。こいつはたまに意味不明な話題を振ってきて、真面目に言っているのか冗談で言っているのかがよく分からないことがままある。
「そもそも人は生まれ変わったりするものなのだろうか」
「するんじゃないのか? そうじゃないとあの世は死んだ人間でいっぱいになってしまうだろう」
「そうか」
「そうだよ」
照久が学校の窓の外を眺めながら指差す。
「おい!! 今モグラが穴から顔を出したぞ」
「ウソつけ」
「本当だよ」
こいつは生まれ変わりについての議論はもういいのか? 飽きっぽいという所がこいつの欠点なんだ。だから色々なことを知っているが知識が浅いので人からバカにされたりするんだ。
まあ、俺は照久のそういう所は嫌いじゃない。
何でも完璧にやる人間よりは欠点がある人間のほうが一緒にいて落ち着くからな。
「あっ、今モグラが顔を出したぞ」
「だろっ。だから俺が言ったんだよ」
「ああ、そうだな。でも大丈夫か? こんな所をモグラが穴を掘っていて。うちの学校はもう古いから地盤沈下を起こすんじゃないか」
「いや、それはない」
急に照久が真顔に戻る。
「どうしてだよ」
「学校はモグラが地面に穴を掘ったくらいじゃビクともしないように出来ているんだよ」
「分からないだろそんなこと。欠陥住宅とか何もしなくても地面に沈んで崩れていくじゃないか」
「いやいや、建築基準法というものがあってだな。そもそもモグラというのは……」
やれやれ、またこいつのウンチクが始まるのか。今回は何分話すつもりなんだ? こいつの話は浅いから10分は超えないだろうけれどもな……
「何やっているのよ、早くやりなさいよ」
女店員が大きな声で怒鳴る。
彼女は足にしがみついた人形を引き離すのに夢中で、新しく現れた人形にはまだ気がついていない。
俺は斧を奪われないように腕を引っ込めようとするが、まるで万力で掴まれたような力で、まったく斧を動かすことが出来ない。
頭がクラクラしてきた。もうそろそろ俺の魂は完全に抜かれてゾンビになってしまうのだろう。何とか斧を取り返したいがこの弱った身体では無理のようだ。
しかし斧を奪われたら人形に斧で襲われるかもしれない。その恐怖が俺を動かすがどうやっても無理だ。
俺は諦めて斧から手を離した。
まあ、いいさ。身体の感覚も鈍くなってきて何かどうでもよくなってきた。もし人形に斧で切りつけられても大した痛みも感じないだろう。これが俺の最後になるのかもしれない
まあしょうがない。照久がゾンビになって街の人たちに襲われたときも、たぶんこんな感じだったのだろう。だとすればあいつはあまり苦しまずに死ねたんだ。それは良かった。もし苦しみながら死んだのだとしたら気の毒だからな。
あの世ってどんな所だろう?
ぼやけた頭で俺は地面に座り込んだ。
「何やってんのよマヌケ。年寄りみたいに地面にへたりこんでいるんじゃないわよ!!」
彼女が俺の方を見る、そして斧を持った人形を見る。そして彼女の顔色が変わる。
彼女が慌てて足にしがみついている人形を振り放そうとするが、人形は彼女の身体を這い登り、彼女の胴体にしがみつき、もはや逃げられそうにはない。
「……くっそー、何で、もう少しだったのに。あんたがノロノロしているから悪いのよ」
彼女が俺の方をギロリと睨みつける。
それを俺はぼやけた頭で見つめる。
仕方がない、もうどうなっても仕方がない、運が悪かったんだ。
彼女の責めるような目にも、もはや俺の感情は何も興味を起こさない。
ただ俺にとって不思議なのは、斧を持った人形が何もせずに黙って彼女の様子を見ていることだった。
なぜあの人形はなにもしないんだ? 俺に襲いかかってくるでもなく、彼女を襲うつもりでもないようだ。
なら、何で俺から斧を奪ったんだ?
彼女の身体にしがみついていた人形が彼女の頭をつかみ、彼女の頭を自分の顔の前に引き寄せる。
何だ? キスでもするつもりか? 人形なのに?
「やめて!!」
彼女の口から黒い泥のようなものが出てくる。
あれは……どこかで見たことがある。あれは……確か――。
彼女の口から人形の穴の空いた口に向かって黒い泥がゴポゴポと音を出しながら流れていく。
俺はその様子をじっと見つめていた。
しばらくすると彼女の口からは何も出てこなくなった。
彼女の身体はまるで抜け殻のように力がなく、目からは生きている証である目の光が完全に消えてしまったかのようだ。
彼女にしがみついていた人形が彼女の身体を離した。そして人形が出てきたドアの方に向かって這っていく。まるで何かから逃げていくかのように。
斧を持った人形が急に動き出した。
その足取りはゆっくりではあるが確実に一歩一歩進んでいく。そして逃げる人形とドアの間に立つと、その頭に向かって斧を振り下ろした。
「お前将来の事とか考えたことがあるか?」
「ああ」
それはあるだろう。将来金持ちになりたいとか、どんな女性と結婚したいかとか、そんなことは高校生ならみんな考えたことがあるような話だ。
「将来のお前は何になりたいんだ」
「何だよ急に先生みたいなことを言い出して。俺の進路相談でもするつもりか?」
「いや、そうじゃないよ。ただ興味があったから聞いてみただけだよ」
「…………そうだな。俺は将来ハリウッドスターにでもなるかな」
というのは冗談だ。別に俺は役者になんかなりたくはない。ただ今は特に将来なりたいものなんかないから、普通の人間が言いそうなことを言っているだけだ。
……そうか、俺も高校生だからそろそろ進路のことを真剣に考えなければならないな。やっぱり収入が高くて安定した職業でも選ぶんだろうな。それで普通の嫁をもらうんだ、同い年ぐらいの女を。そして普通に生きて、普通に死ぬんだろうな。
ていうか、普通って何だ?
「お前はハリウッドスターになりたいのか。そんなことをお前から今まで一度も聞いたことがなかったが」
「いやよければの話だよ。もし俺の運命がそういう風になるように回っているのだとしたらハリウッドスターにでもなるっていうことで――」
「成り行き任せってことか?」
「まあそうだな。かなり成り行きがよくなければハリウッドスターになんかなれないだろうけれどもな」
ハリウッドスターになんか別になりたくないのに俺は何を言っているんだろうな。また無駄話ばかりをしている。こうやって俺は無駄に年をとっていくんだろうか――。
「そんなことよりも照久。お前は将来何になりたいんだよ」
「俺か? 知りたいのか?」
いや別に知りたいわけじゃないけれども一応礼儀として聞いているだけだ。俺のハリウッドスターの話をこれ以上続けるのもアホらしいからな。
「ああ、知りたいね」
「そうか。そんなに知りたいのか。なら教えてやろう」
「教えてくれよ」
「それはな――」
斧で頭を真っ二つに割られた人形の頭から煙が吹き出す。
その煙は真っ黒に近いよどんだ色で、その煙が辺り一面に広がり、そしてドアの内側に向かって吸い込まれていく。
「あともう少しだったのに」
女性店員の声が俺に聞こえたような気がしたが、魂が抜けかけている俺のぼやけた頭ではそれをはっきり認識することは出来なかった。
「ぐはっ!!」
俺の口から何かが出る。
さっきの煙だ。その煙が人形の頭から出ている煙と合わさってドアの方に向かって飛んでいく。
斧を持った人形がドアの所まで歩いていって俺の方を振り向く。
そして斧を地面に放り投げてから、人形が俺に敬礼をした。
――あの敬礼はどこかで見たことがある、どこで見たんだったっけな。
人形が奥の部屋に入り、辺りに漂っていた煙が部屋の奥に吸い込まれるとドアがバタンと閉まった。
そして辺りはシーンと静まり返った。
天井からしたたる水の音だけが俺の耳に聞こえてくる。
俺はそのまま地面に座りながら眠ってしまった。
「俺の将来の夢は車掌になることだよ」
「……社長になる?」
俺の発言に照久が笑う。
「社長じゃなくて車掌だよ。列車の車掌になりたいんだよ」
「社長の方がいいんじゃないか? 給料だってたくさんもらえるんだし」
「――いや俺は車掌がいいんだよ」
「どうしてだよ」
「社長なんかつまんないだろ。社長なんて金だけのために生きているみたいでいやなんだよ」
こいつは何を言っているんだ。金がたくさんもらえるんならいいじゃないか。そうすれば好きなことだって色々出来るだろ。
いやそうでもないか。
社長みたいな人間は高級車に乗ったり大きな家に住んだりしたりはするが、好きなことをして生きているとはいえない。人よりも値段の高いものを手に入れることが出来るいうことは好きなことをしているというよりは、人に金を持っているということを見せびらかして自慢をしているだけだからな。
好きなことをするって何だろう?
「お前は車掌の何がいいんだよ」
「別に」
「別にって何だよ」
「何かかっこいいだろ車掌って」
こいつは格好だけで車掌がいいって言っているのか? こいつは頭が良いんだか悪いんだかよく分からないやつだな。
照久が敬礼のポーズを取る。腕を二回くるくる回してわざと大げさなポーズを取る。
「車掌ってそんな敬礼とかするんだったけか?」
「さあ」
「さあって何だよ」
「何かかっこいいだろ」
やっぱりこいつはバカだな。
ウンチクを語ってばかりいるけれどもこいつはバカだ。
こいつは他人の目ばかりを気にして、人に頭がよいと思われるようにウンチクを語ったり、人前で変なポーズを取って格好よく見せようとする。
この前もカレーライスの店に行ったら、店員の女の子がかわいかったから急に髪型を直し始めたんだよなこいつは。こいつがまるで女みたいに前髪をいじり始めた時は俺は笑ってしまった。
照久はそんなやつだった。
……何で俺はこんな昔の事を今思い出しているんだ?
ほんの1~2年前の出来事なのに、すっかり昔の出来事のように思える。
なんでだろうな?
俺は気がつくと城の外に倒れていた。
あの後、俺は事情を話して警察を連れて城の中に戻ってきた。
しかし、通路の途中にあった秘密の入り口はどこにもなくなっていた。
必死に説明をする俺を警察はまったく信じずに、頭のおかしい人間でも見るような目つきで見た後、警察は帰っていった。
しばらく途方にくれて、城のあたりやあの喫茶店の辺りをうろうろしていた俺は何の手がかりも得ることも出来ずに地元に帰ってきた。
普通であれば人が一人いなくなったんだから大騒ぎになっているはずだったが誰も騒がなかった――俺を除いては。
「照久って誰?」
地元の他の友人に照久のことを聞いても誰もそんなやつは知らないという。
俺の携帯の登録番号の中からも照久の名前は消えていた。
照久なんて人間ははじめからこの世に存在していなかったかのように、照久の痕跡はすべて消えていた――俺の記憶を除いて。
俺は頭がおかしくなったのだろうか?
いや、確かに照久は存在した。
俺はあいつと一緒に学校にいったり、遊んだり、そしてあの観光地に城の見物に行ったりしたんだ。
それは間違いない。
もしそれが幻覚か何かだとしたら、あの照久との楽しい思い出は何だったんだ。俺がつまらない人生を送っているような人間だからありもしない空想でも頭の中でつくっていたとでも言うのか?
あの出来事からずいぶん時間がたった。
あれから時間が経つごとに、俺の中の照久の記憶はどんどん薄れていく。そのうち完全に忘れてしまうかもしれない。
でも、そんなことは年をとったら誰にでも起きることじゃないか。だからといって俺の頭の中の記憶が間違いだとは言えないはずだ。
俺はあれからたまに疲れたりすると、あの城の前までやってくる。
そこはいつものように窓が閉ざされていて中の様子は窺い知れない。
もし、城の中で何かが起こっていたとしてもそれは俺にも他の誰にも分からない――。
もうここに来るのはよそう。
まるで『置いてきぼり』に魂を奪われた人間みたいに戻ってきては辺りをさまようゾンビのようじゃないか。
あの出来事の後から、俺の中では自分の中の失われた何かを探してさまようような感覚がなくなることはない。
でも、そんなことは生きていれば誰にでも起こるようなことじゃないのか。
大人になって自分の中にあった何かが失われたような感覚になって、自分の子供の頃の友人たちにあったり、昔の思い出の場所をさまよったりするのは。
それでも人は前を向いて生きていかなくてはならない。
なぜなら人は前を向いて歩く生き物だから――。




