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奪われたもの

「返してくれよ」

「何なんですか一体」

 俺は近くにいたTシャツに英語で文字が書いてある男に話しかけるが、相手から無視される。

 誰かが盗んだのは確かだ、それは間違いはない。

 でも、誰が盗んだのか分からない。

 俺は辺りを見回す。

 そこにはカップルや団体の観光客や外国人まで歩いている。

 たくさん人がいすぎて俺はめまいがしてきた。

 この中から探さなくてはならないのか?

 でも、早くしないと俺の魂を盗んだやつはどこかに逃げていってしまうだろう。

 俺は10分前に魂を抜かれてしまった。

 魂を抜かれてもすぐに死ぬことはない。

 徐々に意識が遠のき、そして肉体が腐り始めるんだ。

 そして完全に意識がなくなると、俺の身体はゾンビになってしまう。

 そうなると、もはや手遅れだ。

 後は近くにいる人間に手当たりしだいに襲いかかることになるんだが、ゾンビは知能というものがないので、すぐにまわりの人間たちに殺されてしまう。

 俺が魂を抜かれたことも気づかれてはならない。

 もし周りの人間に気づかれてしまったら、まだ意識があるうちに俺は殺される。袋叩きにあうんだ。痛みを感じながら、半分生きていて、半分死んでいる状態で苦しみながら死ぬんだ。

 そんなのは俺はごめんだ。

 早く魂を取り返さなくてはならない。

 俺が完全にゾンビになるまでだいたい30分が限度だろう。

 それまでに何とかしなくては。



 俺の名前は町田守、21歳の大学生だ。

 友達の北田照久と一緒に地方の繁華街に遊びに来ていた。

 そこは観光地で戦国時代に建てられたお城がある。

 戦国マニアの照久につきあわされて、俺は城を見に来たんだ。

 照久のやつは「ここは伊達家の城の一つなんだぜ」と色々な雑学を披露しながらスマホで写真を取っていた。たぶんあいつは物を知らない俺に自慢をしたかったんだろう。

 照久とは高校時代からの付き合いで、昔から人にウンチクを語るのが好きなやつだった。

 しかし、その照久は……

 俺は繁華街の道路の赤いシミに目を奪われる。

 15分前、ゾンビになった照久が通行人に襲われて殺された場所だ。

 そこは照久の赤い血でまだ濡れている。

 俺は路肩にしゃがみ込んだ。

 どうしてこうなったんだろう。

 さっきまで、あんなに元気だった照久がゾンビになったなんてとても信じられない。

 そして殺されたこともだ。

 今から40分前には俺たちは喫茶店で楽しく話をしていたはずなのに……



「置いてきぼりパスタを2つお願いします」

 照久が店員に注文を言う。女子店員が注文を復唱した後、店の奥に引っ込む。女子高生のバイトか何かだろう。まだ接客態度がどことなくぎこちない。

「おい、俺の意見も聞かずに勝手に決めるなよ」

「いいから、いいから」

 照久のやつは俺の意見も聞かずに勝手に注文を決めてしまう。

 こいつはいつもそうだ。

 勝手に注文して驚く俺の顔を見て喜ぶのが、飲食店に入った時の照久のいつものパターンだ。

「俺、まだ飲み物も頼んでいないんだぜ」

「あっ、俺も頼むの忘れた」

「だろ」

「クリームソーダ2つお願いします」

 こいつは、また俺の意見も聞かずに勝手に注文する。

 まあいいさ、俺はクリームソーダが好きだからな。

 照久は俺の食の好みを知っていて、俺の嫌いなものは頼まない。そこが俺とこいつの仲の良い所だ。ケンカをしているようで、お互いのことが分かっているのだ。

「さっきの城凄かったな」

「いや、あんなの普通だろ。観光地にある他の城も似たようなもんだろ」

「いや、違うさ。お前は気が付かなかったか? あの城の窓が閉じていたこと」

「そうだったっけ?」

 確かに言われて見ればそんな気もするが、それは普通だろ、たぶん。

「お前、俺があんなに城の前で説明してやったのに忘れたのか」

「お前の話が長すぎるから、飽きてしまって途中から聞いていなかったんだよ」

「お前、人が一生懸命説明してやったのに……」

 照久のウンチクは長い。こいつの知識はインターネットのWikipediaで集めた知識だけじゃなくて、昔の明治とか大正時代のあやしげな書物に書かれたこともきっちり調べているから、やたら学問的で俺にはよく分からない。

「前に説明したよな。この地方に伝わる伝説を」

「何だっけ」

 俺はテーブルの上に運ばれてきたクリームソーダを一口、口に含む。やっぱりクリームソーダはうまい。

「この地方では人の魂を取る妖怪がいるっていっただろ」

「ああ、ゲゲゲの鬼太郎か何かに出てきた話か?」

「それはアニメだろ。俺が言っているのはこの地方に伝わる伝説の話をしているんだよ」

「そう怒るなよ」

 照久はウンチクを語り始めると妙に真面目になる。そんな照久の話を適当に聞き流すのがいつもの俺の役割だ。

「……真面目に聞けよ。この辺りでは人の魂を盗む妖怪がいるんだ。『置いてきぼり』っていう妖怪の話だよ」

「それは『おいてけ堀』じゃなかったのか?」

「違うよ。『置いてきぼり』だ」

「ああそうだったな。『おいてけ堀』のパクリの話だったな確か。田舎とかだと有名な話をパクったりするんだよな」

 照久が呆れたような顔で俺を見る。

 おっと、ちょっとふざけすぎたな。あんまりふざけて怒らせるといけない。前にそのせいで照久が怒って途中で帰ってしまったからな。

「それで『置いてきぼり』ってどんな妖怪だ。……いや、そう睨むなよ。本当に忘れてしまったんだよ、すまん……」

 俺が手を縦に立てて、ごめんと合図をする。

 照久はため息をついて、仕方がないといった顔をする。

「じゃあ、もう一度説明するぞ。『置いてきぼり』っていうのは、この辺りに昔からいる妖怪で、人の魂を抜き取る妖怪のことなんだよ」

「それで」

「魂を抜き取られた肉体は、気づかずにそのまま自分の家に帰ろうとするんだ。でも、魂を抜かれているから肉体の方はだんだん弱って、最後には腐ってくるんだよ」

「ふむふむ」

 俺がクリームソーダを飲む。

「異変に気がついた肉体の方は、魂が盗まれたことに気がついて自分の魂を探しに戻るんだ。そして魂を抜き取った『置いてきぼり』の所にいって『返せ』と言ったら魂を返してもらえる」

「返すって? 盗んだ金を返すみたいに魂も返すことが出来るのか?」

「それは知らないよ」

「そうか、お前にも知らないことがあったんだな」

 俺は右手を上げてクリームソーダのおかわりを頼んだ。こいつの話が長いので全部飲んでしまったよ。

 照久が俺のことをまた睨んでいる。

 そうだった。こういうウンチク大好き野郎は知らないことがあるってことを認めたくないんだ。だから怒り出すんだよな、めんどうくさいやつだ。取り敢えず話題を変えるか。

「それで、魂を返してもらえなかったらどうなるんだ」

「……そうそう、それがこの話の一番大事なポイントなんだよ」

「そうか、よかった。じゃあ言ってくれ」

 俺が興味があるふりをして言う。

「驚くなよ。魂を返してもらえなかった人間は、動く死体になるんだ」

「……」

「どうだ、驚いたか」

「それって、ただのゾンビだろ」

「……まあ、ゾンビと言えばゾンビかもな」

「やっぱり、こういう昔話ってパクリばかりなんだな」

「ゾンビが流行る前からこの話はあるんだよ」

「ふーん。でもパクリはパクリだろ」



「お待たせしました」

 店員がテーブルの上にスパゲティを置いていく。

「何だ? イカスミのパスタか?」

 パスタの上に黒いソースがかかっている。他に具というものが何もない。あえてイカスミパスタと違う所を探すとすれば、ソースの色が黒ではなくて灰色に近い黒という所だ。

「ずいぶん色の薄いイカスミパスタだな。水で薄めているのか?」

「お前なあ」

 照久が頭を抱える。

 こいつ何も分かっていないと思った時に照久がいつもやるポーズだ。

「それはイカスミじゃないんだよ」

「違うのか。じゃあ、何だ?」

「それがこの地方の名物『置いてきぼりパスタ』なんだよ」

「さっきの話のあれか」

「そうだ。この地方でも2つの喫茶店でしか供されていない貴重なパスタだ。本当なら行列が出来て食べることが出来ないほどめずらしいものなんだぞ」

 俺が店内を見渡す。

 俺たち以外に客は窓際に座っている女の子が1人だけいるだけだ。

「行列が出来る? そうは見えないが」

 照久も店内の客の少なさに気がついたようで、しまったという顔をする。

「……い、いや、そうでもないんだけれども。日本ではここと他の喫茶店『忘れ物』の2箇所以外では食べられないんだ。レアだぞ、レア」

 照久はレアという言葉を異常に強調して、プレミア感を出そうとしているが、俺にはただのまずそうなパスタにしか見えない。

 とりあえず俺が一口食べてみる。

「どうだ?」

「なかなかうまいな。何の味だこれは、まるで泥のような味だけれども」

「お前、それってまずいって言っているようなもんだろう」

 照久もパスタを一口食べる。

 一瞬、照久の顔の表情が変わるが、何事もなかったかのようにふるまう。

「……まあ、なかなかいけるな」

「ウソつけ。今『うっ!!』って吐きそうな顔をしただろ」

「そんなことはないよ」

 額に冷や汗をかきながら照久が平然とパスタを食べ続ける。

 俺にはどう見ても照久が無理をしているようにしか見えない。

 こいつはたまに無理をする。



「あいつ――」

「――だよな」

 俺の方をチラチラ見ながら電信柱のあたりに立っている若者の2,3人のグループが話しているのが俺の耳に入った。

 まずい。

 さっき俺が騒いでいたので、俺が魂を奪われてゾンビになりかかっていることを気づかれたのかも知れない。

 このままではまずい。

 俺はゆっくり立ち上がり、携帯電話にでるフリをしながら歩く。

 俺は彼らに気づかないフリをしてその場を急いで立ち去った。



「それで、何で魂を奪うんだ?」

「何の話だ」

 パスタをほおばりながら照久が言う。

「『置いてきぼり』がだよ」

「ああ、あれね。」

「なんか興味なさそうな言い方だな」

「それはそうだよ。知らないんだからな」

「知らない?」

「そうだ」

 こいつは、そこがこの話の一番大事な所だろう。

 何の目的もなく魂を奪うというのなら、通り魔と同じじゃないか。

 ある日突然現れて警察に捕まりそこで終わる。それだけだ。後には何も続かない。せいぜい真似をして犯行を犯す人間がいるだけだ。

 しかし、照久の話では昔から伝わる話のようだから通り魔とはわけが違う。

 昔からこの辺りで語り継がれているってことはそういうことだろ。

「本当に知らないのか?」

「いや、知っているけれども色々な説があるんだよ」

「どんな」

「魂を奪ってそれを欲しがっているやつに売り飛ばすとか、死んだ肉体に魂を入れるだとか、魂を交換するだとか、そういう話だよ」

 こいつは色々な話を持ち出してきたな。

 それってようは、良くわからないから憶測が色々飛んでいるってことじゃないか。

 だから、照久は知らないっていったのか。

「それで、お前はどれが正しいと思っているんだ」

「おれは――」 



 俺はあの喫茶店の前に来ていた。

 照久と昼に置いてきぼりパスタを食べた所だ。

 しかし、店は閉まっている。

 おかしい、まだ昼間だ。

 それなのに、閉まっている、どういうわけだ。

 さっき俺たちが店を出たときには、店は営業中だったはずだ、それも20分前の出来事だ。

 それなのに『closed』の看板が玄関のドアにかかっている。

 俺は窓から中を覗いてみたが誰もいない。人の気配も感じない

 いや、待て。今店の中で何かが動いたような気がした。

 店の床を何かが這って動いているようだ。

 入り口のドアのノブを回すが鍵がかかっている。仕方がない、裏に回ってみるか。


 俺は店の裏口のドアから店の中に入った。

 裏口のドアはなぜか開いていた。 

 誰かが店の中にいるのだろうか?

「すみません」

 俺は一応挨拶をしてみるが、返事がない。

 仕方がない、勝手に店の中に入ろう。

 俺が入ったのは厨房で、そこにはテーブルの上に料理の材料、流しには客の使った皿が置いてある、さっき俺と照久が食べたやつだ。

 俺は右手にある店内へのドアをくぐって中の様子を見回した。

 誰もいない。

 俺は耳をすますが音も聞こえない。

 さっき、何かが動いていた場所にも何もない。

 いや、床が濡れている。

 これは何だ?



「俺が正しいと思うのは魂の交換だな」

「どうして魂の交換なんだ。魂を抜かれたんなら交換する必要なんてないじゃないか」

 俺はまずいパスタを少しだけ口に運ぶ。

 腹が減っていて、なおかつ育ち盛りだから、こんなものでも食べれる。

「それにはわけがあるんだよ」

「どんな」

「妖怪って知っているな?」

「ゲゲゲの鬼太郎のならね」

 あくまでアニメの話題にこだわる俺は、アニメオタクではない。

 照久が嫌そうな顔をする。こいつはアニメとかが嫌いだ。おそらくウンチク好きのやつはアニメというだけで軽い感じをうけるので、偏見をもっているんだなきっと。

「妖怪ってのは普通のやり方では殺せないんだよ」

「そうなのか」

「そうだよ。だから奴らの魂を他のものに入れてやるんだよ。例えばワラ人形に妖怪の魂を入れて川に流してやるとかな」

「そうか。……でもそれなら、わざわざ人間の魂と交換する必要なんてないじゃないか」

 照久が辺りを見回してから俺の方に顔を近づけて小声で言う。

 こいつは自分の言っていることが、とても大事なことを言っているように見せかけようとして、いつもこんなことをする。

 男同士が顔を近づけて小声で話していたら気持ちが悪いだろう、女じゃないんだからな。それをこいつは分かっていない。いつかホモのカップルか何かと間違われないか、それを俺は心配している。

「もしワラ人形に妖怪の魂を入れてもやつらは死なないんだ。川に流されたやつが海まで流されたらいいが、たまに川下で陸に上がってその辺をうろつきまわるんだよ」

「それで」

「それでって」

「うろつきまわった後はどうなるんだ?」

「うろつきまわり続けるんだよ。その後のことなんか俺は知らないよ」

「何だよそれ」

 照久の知識は所々あやふやだ。それがこいつを底の浅い人間に見せていることをこいつは知らない。



 俺が店の中を覗くと人形が床を這いずり回っていた。

 俺の背筋が凍りつき、心臓をハンマーで殴られたような強い衝撃を俺は受けた。

 その人形は木で出来ており、人間くらいの大きさでを模型の安い人形のような形をしている。

 それが何故床を這いずり回っているのだろう? いやゾンビが動き回るくらいだから人形が動き回ったとしてもおかしいことではないのかもしれない。むしろ人形が動き回ることの方が普通だろ。

 例えば人形の場合はリモコンで動くとか、中に人が入っているとかすれば動くのはまったくおかしなことではない。

 店の中には人形しかいない、店員はどこにいったのだろう?

 人形の方から声のようなものが聞こえる。

「…………マ・モ」

 何だ、何を言っている?

 人形の口は穴が開いているだけで、見た所喋るようには出来ていないように見える。だから話すことなど出来ないはずなのだが。

「……マ・モ・ル」

 今、マモルって言ったな。

 マモル? 俺の名前を呼んだのかこの人形は。

 ガタッ!!

 人形がこっちを見る。

 俺は音を立てていない。

 俺も音がした方を振り返るとそこには店員がいた。

 俺に『置いてきぼりパスタ』を出したあの店員の女だ。

「何で、あんたがここに?」

 店員が俺の顔を見て驚いたような表情をしている。

 なぜ驚くんだ? 俺が店の中に勝手に入ったから驚いているだけなのか? それとも――。

「この人形は何ですか」

 俺が床を這いずり回っている人形の方を指す。

 床に寝転んだ人形は立ち上がろうとするが、すぐにへたり込んで倒れてしまう。どうやら上手く身体を動かせないようだ。

 人形から女性店員に視線を移すと、彼女が俺に背中を向けて裏口から外に向かって逃げ出す所だ。

「おいっ!! ちょっと待てよ」

 逃げるということは何かを隠しているようだ。

 その理由を知るために、俺は彼女を追いかけることにした。



「『置いてきぼり』が人間から魂を抜くんだよな?」

「ああ」

「妖怪と人間の魂を『置いてきぼり』が入れ替えるってことか?」

「そうなるな」

「『置いてきぼり』が妖怪で、他の妖怪の魂を入れ替えるわけだな」

 照久がうなずきながら、パスタを食べる。

 こいつはこのまずそうなパスタを全部食べるつもりなのか?

 せっかくこんな田舎まで来たのは、こんなまずいパスタを食べるためにきたんじゃないと、こいつは認めることが出来ないから必死に食べているんだな。「妖怪が妖怪に危害を加えようとするのか?」

「仲の悪い妖怪だっているだろう。人間だってそうなんだから」

「確かに」

 奥のテーブルにいた女性が立ち上がって勘定を支払おうとしているのを見ながら、俺がうなずく。

「つまり『置いてきぼり』は敵を倒すために人間を利用しているんだな」

「そうだ」

「妖怪を倒すのはそれでいいとして、人間の魂はどうするんだ? 別に人間の魂が欲しくてやっているわけじゃないんだろ」

 照久のやつは遂にまずいパスタをすべて食べきって、クリームソーダを飲んだ。

 こいつは口直しをするために今クリームソーダを飲んだな。

 俺の考えも知らずに、照久は俺の目を見て、もったいぶったような言い方で言った。

「閉じ込めておくんだよ」

「どこに?」

「城の中にさ。さっき言っただろ、城の窓が閉じられているって」

「ああ、そんなことを言っていたな」

「あの城の地下には秘密の地下室があってそこに閉じ込めておくんだよ。万が一そこから抜け出てくるやつがいないとも限らないからな。そうならないように普段は城の窓を出来るだけ閉じているってわけなんだよ」

「ふーん」




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