18 卵
春が来れば思い出……って、あれは夏か。夏は暑いくらいしか思い出さんわ。尾瀬、いったこともねーよ。
なにはともあれ春である。野に山に命が咲き誇る春なのである!
雪解けとともに雪ウサギは消え、代わりにゴブリンが現れる。え、ゴブリン!? 全滅させたんじゃなかったっけ?! なんで出てくんのよ!?
「アハハ! ゴブリンだー!」
山刀片手にゴブリンの群れに突っ込むお姉様。春の穏やかさに血の雨を降らせちゃってくれてます……。
「春、台無し」
まあ、この世は弱肉強食。通常運転だ。
「ゴブリンぶっ殺すの楽しいな!」
そんな同意求められても困ります。オレは殺戮愛好者じゃねーつの。
「ってか、このゴブリン、武器持ってるね」
全滅させたゴブリンは木の枝が精々で、フル〇ンだった。自主規制でモザイクかけてたから気にはならんかったけど。
「冒険者から奪ったものかな?」
「ボロい剣だな。こんなので人は殺せないだろう」
「ボロくても全員が持ってれば脅威だよ」
弱くても群れれば強敵になる。ねーちゃんには雑魚だったけどね。
「ボロくても鉄は鉄だよ」
いや、前世と同じ鉄かは知らんけど、剣にできる金属なのは間違いない。なら、いろんな道具が創れるってもんよ!
「スコップにノコギリ、ハサミも創れるよ」
畑仕事は木の棒だし、ナイフでちまちま木を削っていた。布を切るのもナイフとか仕事が捗らないことこの上ない。
魔力がなくて金属系には手出しできなかったが、素材があれば魔力は抑えられるし、大きくなければ二日分の魔力で創れるはずだ。
まずはフライパンだ!
──スコップにノコギリ、ハサミはどこいった!?
創れると言っただけで欲しいとは言ってない! スコップもノコギリもハサミも後回し。まずは調理器具が優先されるのだ!
鍋二つじゃうちの食いしん坊どもの胃には勝てない。フライパンを投入しなければいかんのだ。
「と言うか、竈増やすほうが先か」
狭いながらも我が家には竈が二つある。一つは家の中でもう一つは外だ。
外の竈は簡易的な屋根があるが、基本、雨が降ったら使えない。どうしたらいいっぺな?
まあ、どうもこうもない。幸いにしてシルバーの働きで薪には困らない。外竈の横にもう一つ創るか。石を集めて形を作り、創造魔法で竈へ創り変える。
「これで竈三つフル稼働よ!」
つってもレパートリーはいつもと同じなんだけどね。食材豊富じゃないし魔力も別なことに使わなくちゃならんしな。
「卵があればな~。オムレツ作れるのにな~」
野鳥の卵じゃ大したもん作れんし、苦労に見合わない。この世界、鶏いねーのかよ?
「卵? あるわよ」
夕食時、かーちゃんに愚痴ってたらそんなセリフが返って来た。マジっすか!?
「コハオ地区の牧場で飼ってるそうよ。卵も宿屋に卸してるわね」
あるのは嬉しいが、サルモネラ菌とか大丈夫なのか? こんな不衛生って言葉もない時代によ。
「生み立てなら大丈夫そうよ。一晩過ぎたものは茹でて食べてるって」
不衛生って言葉はなくても長年の経験や知恵はあるか。
「ねー。買って来て」
オレがいけるのならいきたいが、五歳児の脚では陽が暮れるし、シルバーに乗っていったら大騒ぎだわ。
「……イヤ……」
まったく、このねーちゃんは。他人と接しようとはしないんだから。コミュ症では生きていけないぞ。
「卵、美味しいのに」
オレの呟きにピクンと体を揺らすお姉様。
野鳥の卵でコロッケを作ったことはあるので、その美味しさを思い出したのだろう。ちなみに油の採れる実があったので油には事欠きませんです。
「……わかったよ……」
長く険しい葛藤があったようだが、食い意地が勝ったようで、不承不承ながらいくことを了承した。
次の日、手提げ篭と銅貨五枚を持たせていってらっしゃ~い。どうなることやらと待っていたら意外と早く帰って来た。
「ちゃんといって来た? 逃げて帰って来たら怒るよ」
そう言ったら、なんかドヤ顔された。
「ふん。簡単だったよ。ほら」
と、手提げ篭を受け取ったら藁が入っていた。
なんやこれ? と探ったら卵が出て来た。あ、緩衝材代わりね。でもこれ、ねーちゃんの知恵ではないな。
「ちょっと出かけて来る」
山ではなく来た道を戻っていってしまった。なんやねん?
牧場でなんかあったとは読めるが、今は卵だ。なに作ろかな~?
「まずは玉子焼きで味見だ」
二個使って玉子焼きを作る。
「……記憶にある玉子焼きとなんか違うな……?」
では実食。モグモグ。うん、ちと薄いな。
「種か? 餌か? オレの舌か?」
前世と同じものを求めてもダメだが、諦めてもダメだ。手のひらの創造魔法で栄養と味を追加しておくか。
魔力の消費は豆一つ分でまあまあ満足できるレベルにはなった。美味い美味い。
厚焼き玉子を作り、ねーちゃんの帰りを待つが一向に帰って来ない。なにやってんだ? いつもなら欠かさず昼には帰って来るのに。
「ガウゥ~」
「そうだな。先に食うか」
ねーちゃんには四丸をつけてるし、なんかあれば呼びに来るだろう。ねーちゃんの分を残していただきます。