174 お約束がない
何事もなくアルイン都市を出発した。
空は良好。風もなし。道は整えられて歩き易い。これと言った感慨もないが、まずまずの出だしに気持ちは上々だ。
隊商や旅人はもっと早くに出発したようで、オレら以外に旅立つ者はいない。いるのは近隣に暮らす者らだけだった。
「山賊でも出ないかな~」
「なにいきなり物騒なことを口走ってるんだか。魔物がいる世界で山賊とかやるメリットってなんだよ? リスクしかないわ」
異世界転生の醍醐味を否定するイビス。戦争の人にはロマンがないから嫌になるぜ。
「暇なら魔物でも狩れよ。人数が少ないと襲って来るって話だから」
もう五時間近く歩いているが、野鼠一匹現れないのですが。魔物はどこにいったんでしょうね。
「傭兵に駆逐されたのだろう。魔石が不足してるからな」
「不足している原因はここにいるんだがな」
いや、オレが原因なのは認めるよ。けど、なんか違う意味で責めてるよね? オレ、いいことしかやってないよ!
日が暮れるまで歩くと、最初の町──ビーグに到着した。
「……こんなに順調でいいの……?」
何度か遠征したが、ここまで平和な道のりではなかった。一日一回は魔物が襲って来たものだ。
……まあ、すぐに狩られて野望のエサになってたけどさ……。
「順調ならそれでいいだろうに。そんなに波乱が欲しいのか?」
「波乱は欲しくないっ! けど、あまりにも魔物がいなすぎるのが嫌なの!」
魔石を採るために魔物が乱獲されている。
これだけ聞けば人類に取って望ましいことだろう。だが、災害竜を仕掛けたヤツがなにもしないでいるとは思えない。オレなら絶対なにか仕掛ける。オレを野放しになんかできないわ。
「邪神の使徒は絶対なにか仕掛けて来る」
今は準備時間。災害竜にも匹敵することを練っているはずだ。
「なにかってなによ?」
「それがわかるなら全力で阻止するよ!」
どんな犠牲を払ってでも計画を根絶やしにしてやる。
「自分が犠牲にならないところがリンらしいわね」
オレが死んだらそこで試合終了なのだから、オレが死ぬとしたら最後なんですぅ~。
「今日の宿はどうする? おれはビーグにはよったことがないんで宿の場所も知らんぞ」
まだウェルヴィーア教の教えが行き届いてないようで、獣人たるジェスに嫌悪の目を向けているヤツが多くいた。
「なら、情報収集をしなくちゃね!」
「……嫌な予感しかしない……」
そう? オレは楽しい予感しかないけど。
で、やって来たところは酒場が多く建ち並ぶところ。やっぱ、情報収集と言ったら酒場でしょっ! レッツらゴー!
「おいおい獣風情が酒とはいい身分だな!」
「獣クセーな、おい!」
「ガキの来るところじゃねーぞ!」
とある酒場にお邪魔してすぐの大歓迎。オレが求めていたのはこれだよ!
「アハハ! クズどもがゴミのようだ」
「……また意味のわからん煽りをする……」
楽しい雰囲気を邪魔するんじゃありません。酒場で絡まれる初イベントや! ノリノリでいこうじゃないのよ!
「ゴミ虫はゴミ虫らしく地面で這いつくばってればいいんだよ!」
安酒とは言え、人様が飲むものを飲んでんじゃねーよ。ゴミ虫は死骸でも食ってりゃいいんだよ!
「……もう、因縁つけに来たとしか思えんよ……」
当たらずとも遠からず。ただ、先に因縁はあちらから。それを買ったまでだ。
オレに迫るゴミ虫の手をジェスがつかみ、ミシリと音がするくらい握り締めた。さすがレベル9は伊達じゃない。
「仲間に手を出すなら容赦はしないぞ」
レベル9ともなれば気迫も凄いものになる。オレはないけど。
ジェスの気迫に飲まれたゴミ虫ども。からっきしかい! そこはふざけるなと殴りかかるところじゃないか!
「ボス。もう止めろよ。逆にみっともないわ」
フム。確かにがっつきすぎたな。酒場の因縁にもシチュエーションを求めなければならんか。
「わかった~。ジェス、お酒飲んでいいよ」
オレはまだ飲めない(まだ舌が幼いので)が、ジェスはがっつり飲むタイプ。オレらに構わず飲んじゃって~。
「いや、リン様が出してくれた酒を覚えたら他の酒など飲む気もおきんよ」
「不味いの?」
「ゴブリンのしょんべんと思うくらいにな」
それはまた酷い表現で貶すこと。そんなに不味いのかよ。
カウンターにいる酒場のマスターらしきおっちゃんの前に、手のひらの創造魔法で創ったバーボンを三十本ばかり並べた。
「おっちゃん。騒がせてゴメンね。お詫びにこれをお客さんに振る舞ってよ」
ここに来たのは情報を得るため。ゴミ虫を潰しに来たワケじゃない。
「……さ、酒か……?」
「うん。ウェルヴィーア教で扱ってるお酒さ。大量に仕入れたからお裾分けさ。まあ、味見してみてよ」
一本開けて、おっちゃんに突き出す。
「あ、アルコール度数が高いから気をつけてね。濃いなら水で割ったり、氷、があるかわからないけど、氷で割って飲むのもいいらしいよ」
オレの説明に訝しく思いながらもバーボンを口にする。
「──キツいな! でも美味い!」
さすが酒場のマスター。酒の味を知っている。
「気に入ったら何本か売るよ。ボク、収納の魔法が使えるからいっぱいあるんだ」
さらに何本か創り出してやる。
「いくらだ?」
「十本で銀貨一枚でいいよ。ウェルヴィーア教から味を広める依頼を受けてるから安く卸せるんだ」
市場での感覚からして銀貨一枚二万円くらいだと思う。ちなみに、銀貨は爪先くらいで結構小さいです。
「なら、三十本ばかり頼む」
「はぁ~い! 喜んで~」
これで酒場は制圧され、オレらのことも知れ渡るはず。これが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る、だ。
「……主が知ってたらリンなんて選ばないわよ……」
知ってる。神は全能ではないってな。でなきゃ逆らおうなんてしないよ。




