173 ボルシチ
なんのイベントもアクシデントもなく朝を迎えてしまった。
「攫い宿と思ったのに。残念」
「残念なのはリンの頭の中よ。これだけの都市で攫い宿なんてやったらすぐに噂が立つわよ」
「いや、地元のギャングや役人とグルならワンチャンあるかもよ?」
敵は巧妙で狡賢いもの。侮ってはいけないでござる。
「ないわよ。この都市の治安のよさが証明してるでしょうが」
クソ。オレの世直し旅が最初から崩れるとは。幸先悪いぜ。
「常日頃文句言ってるのに、なんでわざわざ面倒事を望むのよ?」
「邪神の使徒と戦うのは面倒この上ないが、都市の犯罪者なんてクソ雑魚。オレのストレス発散の道具でしかないわ」
こちらは市長や議員を取り込んでいる。高々犯罪者の十人や百人ぶっ殺したところで揉み消せるわ。
「……リンの思考がもう犯罪よ……」
失敬な。人には人権はあるが、ケダモノには人権はないんだよ。神様もそう言ってたじゃん。
「主の教えを勝手に解釈しないで」
発信者の思いが受取側にちゃんと伝わるなんてお伽噺である。ちゃんと意図を知って欲しければ時間をかけ、言葉を使って説明しやがれってんだ。
……まあ、人なんて自分の都合のよいほうに解釈するけどな……。
無駄になったトラップを片付け、モーニングなミルクティーを飲んでいると、ドアがノックされる。
「ボス。わたしだ。罠は外してあるか?」
伝えてないのになぜわかった!?
「寝る前に悪そうな顔してたからじゃない?」
え? 顔に出てた? これまで感情を顔に出さないでいたからその反動かな! スズだと抑える必要がないからさ~。
「どーぞー」
入室を許可すると、イビスとジェスが入って来た。
……今さらだけど、イビスってジェスのことは嫌わないよな。なんでじゃ……?
「おはよー。よく眠れた? ボクはちょっと寝不足だよ!」
いつ来るかな? と興奮して一睡もできなかったよ。
「……その割には元気だな……」
「魔法で軽減してる~」
一日二日眠らなくても起きてられる優しい魔法を創ってみました。
「悪魔のようなボスだな」
なんでよ? 睡魔と戦わず済む魔法だよ。喜ばれることじゃないのさ。
「まあ、それをわたしに使わないでくれたらなんでもいいよ。コーヒーをくれ」
「おれも頼む」
オレ、なんか雑用係にされてね? とか頭の隅で過ったけど、まあ、それも今さらか。家事全般不能な二人と旅をするんだからな。
二人に極上のコーヒーを出してやり、モーニングなタイムをまったり過ごした。
「そんで、今日はどうするんだ?」
「冒険の旅に出るよ!」
買い物を続けたい気持ちもあるが、どうしてもって気持ちでもない。旅に必要なものは十二分に揃ってるしな。
「勧誘はいいのか? 人にスラムいけと言ってたクセに」
「それはジュアたちにやらせるから」
昨日、夕食が終わってからジュアたちとおしゃべりして伝えてある。スラムを訪問して炊き出しとかして孤児を受け入れろってな。
「そうか。よかったよ。わたしには無理そうだったから」
こいつのコミュニケーション能力では無茶振りだったな。
「本当は、イビスには部隊を率いて欲しかったんだけどね」
「少人数なら構わんが、十人以上は無理だ。隊長とか不向きな性格だからな」
ほんと、ワンマンアーミーは使い難いわ~。
そんなこんなでボーイ的な少年が朝食を知らせにきて、三人で食堂に向かった。
食堂には商人風の者たちがほとんどで、冒険者風なのはオレたちだけだった。
……もしかしてオレたちって場違いだったかな……?
なんて昨日も思ったけど、気にしなければ気にならない。我が物顔でテーブルにつき朝食をいただきます。あー他人が作る料理は美味しいでござる。
「シチューよりボルシチが食いたいよ」
イビス、たまに東側の食べ物を口にするよな? 武器は西側なのに。ほんま、こいつの前世が謎すぎるわ。
「なら、今度作ってあげるよ」
「ボス、ボルシチ作れるのか?」
「作ったことはないけど、創れはするよ」
手のひらの創造魔法は全能ではないが万能ではある。もちろん、魔力次第ではあるが、前世の記憶を頼りに創れることは可能だ。
試しにと、ボルシチを創ってやる。結構、美味しかった記憶がある。
「う~ん。美味いのは美味いけど、なんか違うな~。なんだ? ビーツか?」
ビーツってなんや? 東側特有の食材か?
イビスの頭をつかみ、記憶の中からビーツなるものを探る。あ、野菜か。初めて見たよ。カブの一種か?
「……また変な魔法を……」
「ボクの魔法は変じゃないよ。人を幸せにする魔法さ!」
自慢じゃないが人を不幸にしたことはない。苦労はかけた自覚はあるけどな!
イビスの記憶からボルシチを出してやる。どや?
「これだよ、これ! 懐かしいぜ……」
なんとも美味そうに食べている。どれほどのものかと自分とジェスの分を創り出して実食。なんか独特な味がした……。
「美味しいの、これ?」
「ああ、美味しいよ。毎日食いたいくらいだ!」
お袋の味的なものなんだろうか? ってか、プロポーズだったら「NO」と答えておくぜ。
「おれもこんなに美味いなら毎日食いたいな」
ジェスも美味しそうに食っている。あれ? オレの味覚が変なんだろうか? 結構舌には自信があるんだけどな~。
「なら、旅の間は作ってあげるよ」
大した手間でもないしな。
「ああ! 頼むよ!」
朝食をしっかり食べてから宿をあとにした。




