12 邪神の揺り籠
「ねーちゃん。明日山にいくから付き合ってよ」
夏の暑い日。朝からだらけてるねーちゃんに声をかけた。
「え~~ヤダ~~」
と、拒否まっしぐら。
まあ、わからないではない。猛暑と言ってもいい状況だ。オレも気化熱下着を着てなければ暑さで参ってるだろうからな。
「そっ。ならいいよ。シルバーといくから」
あっさりと引っ込んだ妹に訝しんだお姉様。勘がよろしいことで。
「そう言えばあんた、この暑いのに汗一つかいてないよな?」
その詰問を無視して外へと向か──おうとしたらお姉様に後ろから抱きつかれてしまった。ヤン。
「冷たい」
魔法による気化熱構造ですから。お陰で調整に苦労しましたよ。最初は危うく体の熱を奪われて凍死しかけたしな。マジ死ぬかと思ったわ。
「あんた、また変なもの創っただろう。なに創ったんだ? 白状しろ!」
くすぐっちゃイヤーン! はふぅ~ん。
「おっ、暑くない!? スゴいな、これ!」
下着姿で騒ぐねーちゃん。誰も見てないとはいえ女の子なんだから恥じらいを持ちなさいよ。
「慣れると下着っていいよな」
姉がノーパン派にならなくて妹として嬉しいよ。んじゃ。
「待ちな。まだ隠してるだろ?」
まったく、勘のよい子に育ったもんだ。誰だ、我が姉をこんなのにしたヤツは? ハイ、オレで~す!
「それは山へいってからのお楽しみ。いく?」
なんて問うのは愚問。満面の笑みを見せたねーちゃんは、山刀を研ぎ始めた。殺戮しにいくんじゃないからね?
まあ、やる気があるのはいいことだ。護衛兼荷物持ち、よろしくね。
「……なんか異様だよね……」
「なにが?」
次の日、シルバーに跨がり山へ入ると、ねーちゃんがなんとも言い難い顔でそんなことを言って来た。
「熊に乗るあんただよ!」
「しょうがないじゃない。この体じゃ山に入れないんだから」
四歳児の体力ナメんなよ。一キロも歩いたらおんぶーって言うくらい体力ねーんだからな! 山なら十メートルもしないでギャン泣きだわ。
「あ、いや、そうなんだけど、猟師が見たら一緒に射られるぞ」
そのためのねーちゃんなんだからしっかり守ってよね。今のねーちゃんなら矢くらい叩き落とせるでしょ。
「そう言えば、最近ゴブリン出て来ないね? 全滅した?」
ってか、最近ねーちゃんうちにいること多いよね。暑いから出かけないと思ってたけど、違った?
「ああ。前に透明の玉をぶっ壊したらゴブリンが出なくなったんだよ」
透明の玉? なにそれ?
「よくわからないけど、それがゴブリンを生み出してたんだよ」
……もしかして、神様が言ってた邪神の揺り籠か……?
生活が苦しくて忘れてたが、この世界は邪神の侵攻を受けてるとかで、魔物を生み出す邪神の揺り籠なるものが世界にばら撒かれたそうな。
魔物が増えすぎて邪が満ちると、邪神が降臨してくるそうだ。なので世界に魔物が溢れる前に邪神の揺り籠を壊せとオレらは転生させられたのだ。能力を一つだけもらって、な。
「ねーちゃん、もしかして、レベルアップした?」
「レベルアップ? なんだそれ?」
「体力や魔力が前より増えることをレベルアップって言うんだよ」
基礎知識がない者にレベルアップをどう説明していいかわからんので、大雑把に説明しておく。
「それでか。なんかやたら体が軽くなったり疲れ難くなったのは」
なぜオレが知ってるか疑問に思わないお姉様がステキです。
「たぶん、その透明の玉を壊すとレベルアップするんだよ」
生み出された魔物を倒すと熟練度が上がり、邪神の揺り籠を壊すと基礎値が上がるってことだ。
「ねーちゃん。能力開示って言ってみて」
「なんだい、いったい?」
「いいから、能力開示って言ってみてよ」
ほらほら、早く。
「わかったよ。能力開示──うわっ!? なんだこれ?!」
オレには見えないが、ねーちゃんの前に能力欄が出たのだ。
「リ、リン、なんだいこれ?」
「それはねーちゃんだけに見えるねーちゃんの能力値、力や体力、魔力なんかを数字で表してあるんだよ。あと、下の方に特殊能力がなんなのかが書かれてるはずだよ」
神様の弁では転生者に与えられた能力のはずなんだが、ねーちゃんにも現れたってことは邪神の揺り籠を壊すことで発動するようになってんのか?
「レベルはいくつ?」
「え、えーと、8だな」
答えたってことは能力値がわかるってことだ。
体力値、魔力値、精神値、魔力抵抗値、異常対抗値、精神異常対抗値とあり、ゲームのステータスとは違うからはっきりと言えんが、一般的ロールプレイングゲームで換算するならレベル20くらいはあると思う。
「特殊能力はなに?」
「ソードロードとマギロードだ」
言葉からして剣と魔法に特化した能力ってことだな。
「つまり、魔法戦士だね、ねーちゃんは」
「魔法戦士? なんだいそれ?」
「剣と魔法が得意な戦士ってことさ。その二つを鍛えればもっと強くなるってことだよ」
まあ、魔法戦士職は育てるの大変だと思うけどさ。
「……魔法戦士か。うん、いいな、それ! あたしは魔法戦士! 最強の魔法戦士になるんだ!」
なにやらねーちゃんのツボに入ったらしい。
「ねーちゃんならなれるよ!」
将来の夢ができれば人は強くなるもの。魔法戦士を極めて魔物を殲滅してくれ。オレの代わりによ。