魔力、売ります〜テレポートの落下地点のサービスもあるよ〜
一万字ちょっとあるので時間がある時にでも。
俺には膨大な魔力が宿っている。
歴代の勇者や賢者と比較しても、その膨大と言う文字が取れない程の量を有しているのだとか。
魔力は力だ。
線が細い女性であっても、屈強な男を魔力によって組み伏せる事が出来るほどの可能性を秘めている。だから俺も歴史に名を残す程の人物になると思われ、片田舎から「ジャスティン魔法学院」に連れてこられたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば俺は落ちこぼれであった。それは何故か? 俺は膨大な魔力を有しながら、それをきちんと扱う事が出来なかったのだ。
あまりにも膨大で手に余ると言うわけではなく、単純に「出口」が狭かった。俺がいくら魔力を放出させようと頑張っても、せいぜい初級魔法が行使できるくらいの魔力しか出てこないのだ。これではいくら膨大な魔力があっても意味がない。
「ノア・ストレージに魔力」
「大きいだけで中身がない木のモンスター(ボリテハ)のノア・ストレージ」
「針穴のノア・ストレージ」
などなど。
これは俺がジャスティン魔法学院にいた頃に周りから言われていたあだ名、いや蔑称だ。元々貴族も通う由緒正しき学院であるため、無能な田舎者はいじめの対象となる。逆に力ある者はどんな身分だろうが認められる、そんな学院であったが。
膨大な魔力の他にも俺には「転送地点」と呼ばれるスキルを持っている。指定した物体を自分の頭上に移すと言う微妙な能力。指定出来る数も十程度がやっと、あまりにも大きな物は転送すら出来ないと、引っ越しには便利かもしれないスキルだ。「収納箱」と言う魔道具がある限り、羨む者はいないだろう。もちろん、こんなスキルではみんなは認めてくれず、逆に「いつか自分で指定した岩で潰されそう」と、笑いの種にされていた。
俺は連れてこられた事もあり、容器の中身が空っぽだと知られても、しばらくは学院に滞在できた。おかげで読み書きには困らなくはなったが、性格は少し歪んだと思う。今だから感謝はしているが、当時は何でこんな所に居るんだと、境遇を恨んですらいた。そのうち学院にも行きたくなくなり、寮に閉じこもりがちになるの言わずもがなだろう。しかし、俺は立ち直る事が出来た。それはある言葉がきっかけであった。
「魔力でも売って生きれば?」
嘲りの言葉。
ニヤニヤと嘲笑を浮かべながら言われた言葉だ。しかし、俺にとってはそうではなかった。
──その手があったか!
少し明るすぎるが、概ねそんな気分だったと思う。
当時の俺は直ぐに行動に移した。
「吸魔族」と言う、魔力を吸う種族の先輩のところへと向かったのだ。
黒い、吸い込まれそうな魔性の魅力を放つ長い髪。長く反った睫毛に他者を圧倒する金色の瞳。しかし、ひとたび笑えば花が咲いたかのようにその場が明るくなる、そんな人。俺とは違い、天才と呼ばれるほどの実力と男女問わない幅広い人気も兼ね備えている。「吸魔族のスキルで魔力を譲渡するものはないか」そんな無茶な質問などに初対面──一方的にこっちが知っている──であった先輩は真摯に耳を傾けてくれた。
今でも覚えている、先輩が口角を上げて「面白い」と言った瞬間を。
それから俺は先輩に魔法を教えてもらいながら、独学でも勉強をするようになった。先輩と話をしている姿を見られ、妬み嫉みを買って遂には直接的ないじめにも発展した。しかし、俺はそれでも学院に居られるのも成績的には残り僅かである事は理解していたため、図書館にこもって必死に勉強した。
そして、俺が退学になるその直前に魔法は完成した。
◇
薄暗い路地を見つめ、立ち止まっている女性が一人。
彼女の名前はアマーリ。
引き締まった身体は一本の棒が入っているかのように真っ直ぐ伸び、腰にぶら下げている長剣の鞘には「騎士団」の象徴である、一角獣が描かれている。女性としても起伏に富んだ体型をし、間違いなく美人であるのだが、その凛とした立ち姿と、すっとした輪郭、鋭くつり上がった目つきによって騎士としての印象が先行してしまうだろう。
そんなアマーリが何故、脛に傷でもありそうな連中がたむろするような場所に立ち止まっているのか。それは彼女が握りしめている紙に答えがあった。
「魔力、売ります」
そんな言葉がデカデカと書かれ、下に店の位置と周辺の地図が小さく記されている。他にも細々としたものもあるが、どちらにせよ怪しい事には変わりなかった。
魔力は力だ、生命力だ。
生まれつきその人に宿る魔力は決まっている。成長しているように見えるのはただ上限に達していないだけ。それなのに魔力は理不尽なまでに人の資質を決定付ける。
アマーリは模擬戦で敗れた。
技術もない、努力もしていない、ただ魔力があるだけの人間に。その時の彼の言葉とヘラヘラとした表情が蘇る。
『オバさんその程度?』
──私はまだオバさんじゃない!!
違った、違わないけど違った。
自分のこれまでの努力を否定された気がした。ただ幼子が木の棒を振るかのごとく、稚拙で力任せな剣に手も足も出なかった。今まで己が培ってきたものは何だったんだ? そんな自問自答に日々苛まれた。結局のところ、魔力と言う絶対的な才能がどんなものかを正しく理解していなかったのだ。
アマーリは自身への悲嘆や絶望もあったが、騎士団の部下たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。あれほど口酸っぱく「努力努力」言ってきた自分がこんなザマでは彼らはどう思っただろうか。失望や嘲笑の類なら良い、夢を持って取り組んでいた者が諦めてしまうのが一番怖かった。
そんな折、アマーリの頭上からこの広告の紙は降ってきたのだ。もし、この紙に書かれている事が本当なら、魔力の差を埋める方法があるなら……そんなふうに考えてしまうのは仕方の無いことであった。
──行こう。
アマーリは薄暗い路地に光を求めて歩き始めた。
◇
二階建ての民家。
それが魔力を売る店を見つけた時の率直な感想であった。特に大きく看板が置かれているわけでもなく、特別な装飾が施されているわけでもなく、ただただそこに佇んでいた。
アマーリは何度も広告の紙を見て、この場所で間違いないのかと確認した後、ゆっくりと扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
店主だろうか、アマーリが店の中に入るなり、男が笑顔で出迎えてきた。
思った以上に若い。
少し癖のある黒髪に黒い瞳。上背は女性にしては長身のアマーリより、少し高いくらいで男性としては平均的だろう。ピシッと背広で決めているが、若さもあって少し着られているようにも見える。物腰は柔らかく、荒事に通じている様子や人を騙すような人物には見えないが、決めつけてしまうのは早計だろう。
「ここは、本当に魔力を売っているのですか?」
自分でも馬鹿な質問したと思った、ここで首を振るわけはないだろう。対して店主は相好を崩すことなくこたえる。
「もちろんです。お客様に合わせた様々な計画をご用意しております」
様々なプラン? どう言う事だろうか?
店主の曖昧な言い回しに思わず興味を持ってしまう。
「魔力回復薬とは違うのですか?」
マジックポーションは魔力を回復しているように見えるが、実際は身体から絞り取っているようなものなのだ。そんな物を多用すれば、身体に支障をきたすのは言わずもがなだろう。
「マジックポーションは一切使用いたしません。どうでしょう、詳しい話は座りながらと言うのは」
店主が店の奥を示す。
騙されていると思うなら、此処で立ち去るべきだ。逡巡する事しばし、アマーリは彼の後について行く事に決めた。そもそも、路地裏の時点で怪しさは極まっていたのだ。今更信用ならないと帰るのは違うのでは無いか。
しかし、それでも騎士としての警戒は怠らない。
──この身に何が起ころうとも屈するつもりはない!!
アマーリはそう固く固く決意してから頷いた。
「では、こちらへ」
店主の後へ着いて行くと、長机と二人がけのソファーが二つ置かれた部屋へと案内された。周りには本棚やとりあえず置きましたと言ったふうの観葉植物がある。ぱっと見た限り罠の類はないようだ。
「こちらにお掛けになってお待ちください。あ、何かお飲み物は?」
「いえ、お構いなく」
アマーリは手を振って断る。
飲み物に何かを入られる可能性もあるのだ。
「そうですか。では、少々お待ちを」
店主が本棚のほうに向かうのを確認すると、アマーリは警戒しながらもソファーに腰掛けた。革張りのソファーはアマーリの大きなお尻を受け止め、適度な弾力でもって出迎える。なかなかに良い素材の物を使っている事から、儲かっているのかもしれないと想像出来る。
剣は少々邪魔であるが、直ぐに抜ける位置に置くと、アマーリは何となしに周りを見渡す。飲みかけのコップ、読みかけの本、部屋の隅には脱いだ服と、ところどころ生活感もあるので、もしかしたら店主は此処に住んでいるのかもしれない。
──悪事を働くような場所には見えないな。
そんな部屋の様子や隙だらけの店主の背中を見ていると、どうも気が抜けてきてしまった。妙に落ち着くのは何故だろうか。
「お待たせしました」
そんな事を考えているうちに、店主が数枚の資料らしき紙を片手にこちらへと戻ってきた。
「あ、はい」
アマーリは背筋を伸ばして気を入れ直す。
「えーと、こちらが魔力の譲渡プランの一覧です」
そう言って差し出された資料には、譲渡プランとやらの具体的な数字や説明が書かれていた。
「先ず、魔力は『契約魔法』と言う形でお客様に譲渡する事になります」
「契約魔法ですか?」
アマーリの顔が険しいものになる。
契約魔法とは使いようによっては危険な魔法になりかねないものだ。その中で最も有名なのが「服従」である。精神的にも肉体的にも弱らせる必要があるものの、一度契約してしまえば相手を思いのままに出来る、今は禁じられた契約魔法だ。
「安心して下さい。契約魔法をかけられるのはお客様ではなく、私ですから」
アマーリの顔は驚きで染まる。
店主はそんな事は慣れっこなのか、淀みなく続きを口にしていく。
「正確にはお客様も契約をしていただくのですが、契約印を刻むのは私です。契約も簡単に破棄出来るようになっています」
契約印が無いのは安心出来る要素だ。
契約魔法にとって、それが決め手と言っていいほどに重要なものなのだから。しかし、アマーリにも知らない魔法は多く存在する。いや知らない魔法の方が多いはずだ。もしかしたら、契約印を刻まなくとも良い方法があるのかもしれない。そもそも、そんな方法で魔力を受け取る事が出来るのかもわからない。それに……。
──いや、そんな事を言っていたら何も進まないか。
アマーリは頭を振って思考を切り替える。結局のところ、自分が店主を信頼出来るかどうかなのだ。もう少し彼と話してみようとは思えていた。
「その、先ほど言っていたプランを聞かせてもらえませんか?」
「ああ、申し訳ありません。料金もわからないのに契約なんて出来ませんよね」
先ほどからあった資料に再び目を向ける。正直言って、見たからといってあまり理解は出来ていない。従量制とか定額制とか書かれているが、どう言う事なのだろうか、そう思っていると店主から説明が始まった。
「従量制はあまり魔力を使わない方にお勧めですね。わかりやすく言うと、使った分だけお金をいただくプランです。お客様は一月でどれほど魔力をお使いになりますか?」
「えっと、どれくらいだろう」
一応考えてみるがわからない。
魔力の使用頻度を明確にはかったことなど無いのだから。そんな困った様子のアマーリに店主は助け舟を出す。
「お客様は一日に上級スキルや魔法一回分の魔力くらいは使いますか?」
「……使うと思います」
訓練であってもそれくらいは使うだろう。休日となると疑問符は浮かぶが、もったいないと思うなら素振りをする際に少しスキルの練習も混ぜれば良い。
「ああ、それなら定額制がお勧めですね。定額制は月々の料金は決まっていますが、魔力を使い放題になるんですよ」
「使い放題か」
ほお、とアマーリは感心する。
つまり、従量制はレベルの低い者が使うのに適しているのだろう。
「はい。ですが月々の利用可能魔力容量を超えた場合、魔力を送る速度に制限がかかってしまうので注意して下さい。具体的に言うと、上級スキルを一回放つために二十分ほど待つ事になると思います」
「なっ! それでは使い放題ではないだろう!」
思わず、アマーリは大きな声を上げてしまった。確かに使えるは使えるが、二十分もかかっていたら実戦では無意味だし、まるで騙された気分だ。
「そう言われましても、私にも限界はございまして」
苦笑いを浮かべる店主。
アマーリも対象が魔力であった事を思い出し「すみません」と謝りを一ついれた。
「いえ、こちらこそ説明不足でした。毎月一日に速度制限は解除されますし、お客様方に合わせた幾つものプランをご用意しております」
そう言いながら、店主はもう一枚の資料を取り出した。そこに書かれていたのは「毎月上級スキル/魔法〇〇回分。料金金貨〇〇枚」といったものがずらりと並んでいた。
騎士団の副団長であるアマーリであれば最高のプランでも何とか払いきれるが、一般的な冒険者や騎士団員では中程度のプランが限界か。いや、生活の事を考えるともっと低いプランではないといけないか。
「ん? このテレポートサービスとは何ですか?」
ふと、抱き合わせ商法のように「今ならテレポートポイントサービスを五回分契約したお客様には──」と、書かれた文に目が止まった。テレポートと言えば、超一流の魔術師しか使えない貴重な魔法のはずなのだが。
「こちらはテレポートと言っても、私のスキルでして、転移場所は私の頭上のみと限定されています」
「それは、何の意味が?」
「ダンジョンなどで危険な目にあった場合など、緊急時の脱出手段としてご利用いただければと」
アマーリは成る程とうなる。
非常に心強い命綱となるだろうが、騎士団に所属する、それも副団長としての地位にいるアマーリにとっては、どんなに窮地であっても使う事はないものだろう。
「ただ、使用時間によっては手数料がかかってしまう場合もございますし、使用のたびに更新の必要があります」
アマーリが黙る様子を見て、店主は悩んでいると思ったのか更に資料を出して説明を始める。
「一回の更新料金がこちらです。まとめてお買いいただくとお得ですよ。手数料は時期にもよりますが、基本的に夜から早朝にかけて発生します」
資料に「今なら百回分ご購入のお客様には、更に二十回分のおまけが!」などと書かれている。料金も一回ずつ買うよりも安く設定されており、ついついまとめて購入したくなるものとなっていた。
手数料に関しては深夜が更に割高になっている。夜や早朝は寝ていたり、食事や入浴をしている時間帯であるからだろう。店主の大雑把な予定表も書かれており、入浴時間などを避けられるように配慮されていた。しかし、常に誰かが突然やって来る可能性があると言うのは、気が休まらないだろうなと、アマーリは思った。
「いや、大丈夫です」
一応一通り説明を聞いた後、アマーリは断りをいれた。
「畏まりました」
店主も無理には勧めようとしない。
「これで、一通りの説明は終了となります」
店主は「ご契約は──」と言う言葉を口にはせず、アマーリが考える時間を与える。
さて、どうしたものか。
腕組みをし、これまでの店主の言動や契約について考えようとした矢先、それは起こった。
「ほっ」
そんな声とともに女性が降ってきたのだ。おそらく、テレポートポイントサービスによるテレポート。突然の事にアマーリは面喰らう。
女性は店主の膝の辺りにふんわりと膝立ちするようにして着地した。長い少し癖のある茶色い髪に、体型を隠すようなローブを着ているが、その起伏の良さは隠しきれず、逆に扇情的な雰囲気すら醸し出している。杖を携えている事から彼女は魔術師だと思われた。しかし、店主の顔の位置にちょうど彼女の胸があるのは気のせいだろうか。
「新しい人?」
気だるげな声と、眠たげで幅広な瞳がアマーリをとらえる。発色の良い小さな唇に、小顔で少し丸い輪郭から、可愛いらしい女性にみえるが、瞳の奥には叡智が見え隠れしており、単なる美女と言うわけではなさそうだ。
そして、体勢を変えた事により、彼女が店主の顔を抱えるようにして胸に埋めている事がわかった。店主は何とか抜け出そうともがいているが、大きな胸は底なし沼のように飲み込んで離さない。
「え、ええ、まぁ」
そんな状況に戸惑いながらもアマーリは頷く。彼女はアマーリから机に視線を向けると、親指を立てながら、
「……テレポートポイントサービスはお得。コレで手数料はタダ」
そう言い放った。
アマーリの顔が引きつる。コレとは、つまり今の店主の状況だろうか? もしかして、いつかこんな事を要求されてしまうのだろうか? そんな想像を膨らませ、アマーリは自身の身体を抱くようにして守った。
「──そんなサービスしてませんから!!」
声を張り上げる店主。
彼女が親指を立てる仕草をしたため、拘束が弱まったのだ。真摯な声音であったが、体勢が体勢だけに説得力は低い。
「……ケチ」
「アリスなら手数料くらい払えるだろ」
「私は常連客。優遇するべき」
「特別プランは検討中だけど、絶対にこんな事では割引はしない」
「……ノアって不能?」
「何でそうなるんだよ! てか、早く退いてくれ、こっちは仕事中だ!」
「……やだ」
「このっ! 申し訳ございませんお客様! 少々お待ちください!」
あーだこーだ言い合う若い男女。
うん、これは完全に痴話喧嘩である。独り身である自分への当てつけか? と、アマーリは段々と腹が立ってきた。
「早く退けって! 契約してもらえないだろ!」
「私が今の倍払う。最高のプランだから損失はない」
「いや、そう言う問題じゃ──」
流石にこれ以上は、とアマーリが声を上げようと思った瞬間、店主が目を見開き、魔術師の彼女を自分の腕の中へと抱え込んだ。ついには店主まで血迷ったかと思われたが、その数瞬後に全身鎧の男が机の上へと落ちてきたのだ。
「……危なかった。もう少しで死ぬところだった」
轟音とともに男が呑気な声でそう呟く。
アマーリは唖然とする。そんな事を言っているのだが、彼の額には深々と杭のような物が刺さっており、明らかに間に合っていなかったのだ。金色の髪と端正な顔立ちは赤く染まり、おびただしい量の血が流れ出ている。
「だ、大丈夫ですかっ!」
何とか正気を取り戻したアマーリはすぐさま腰につけたポーチからポーションを取り出して、回復を試みようとする。だが、それは当の本人によって止められた。
「ああ、大丈夫です。これくらい唾をつけておけば治りますよ」
杭を抜きながら男は「あはは」と愉快に笑う。
「お客様、彼は少しばかり特殊な体質ですのでご心配なさらず」
店主も笑顔だ。
──私が間違っているのか!?
呆然とポーション片手に立ち尽くすアマーリ。店主によって守られた彼女は、真っ赤な耳だけ出して静かにしている。どうやら、彼女は攻撃力は高いが防御力は低いようだ。
「あ、そうでした。あまり汚されると、追加料金をいただきますのでご注意ください」
「おお、ノアすまない。契約中だったか。僕が言うのも何ですが、血の汚れは落ちにくいので危ないと思ったら怪我をする前にテレポートをすべきですよ」
ニコニコと男は微笑みながら言う。
血まみれでなかったら、さぞ絵になっていただろう。
「失礼」
男は机の上からおり、立ち上がる。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「この通り、もう大丈夫ですよ」
アマーリは言葉を失う。
良い笑顔を浮かべながら男が前髪を上げると、そこには穴など存在しなかった。確かに少し前まではそこに杭が突き刺さっていたと言うのに。
「ノア、洗面所借りるぞ」
「タオルは自分のを使えよ。あ、テッド、この前のはそっちに置いたからな」
「了解」と、片手を上げながら男は部屋を後にした。
アマーリは倒れ込むようにソファーに腰掛ける。いきなり痴話喧嘩は始まるし、血まみれの男は不死身だし、もう何が何だかわからなくなっていた。
「よっと」
店主は大人しくなった魔術師の彼女を隣に座らせると、スーツをピシッと整え、仕事モードになる。
「すみません。色々とバタバタしてしまいましたね。それで──」
「す、少しきゅう──」
休憩をさせてくれ、と言おうとした瞬間、ドタバタと後ろの廊下で騒がしい音が聞こえてきた。今度はテレポートポイントサービスからでは無く、店の扉を開けてきちんと闖入者はやって来た。
──今度は一体なんなんだ!
「ちょっとノア! 今月の料金なによこれ!」
闖入者は部屋の扉を開けるなり、料金明細らしき物を店主に突き出した。
今度は小柄な女性。
短めのポニーテールが彼女の気性を表しているかのように左右に大きく揺れている。鋭い目つきに大きく開く口、肌には化粧気は一切無く、一見すると男性のような見た目をしているが、光るものを持っていた。髪を下ろし、少し化粧でもし、口を閉じて居れば誰もが振り向く美少女となるだろう。
軽装鎧を装備し、背中には大きなカバンを担ぎ、腰には短剣とポーションの入ったポーチを携え、首からは鉄のプレートを下げている、この事から冒険者であろうと推測出来た。
「お客様たびたび申し訳ございません。少々お待ちください」
店主はため息をついてから立ち上がり、少女の方へと向かう。
「何って、料金は料金だろ」
「額よ! 額の話をしてるの! なにこのぼったくりは!?」
「従量制なんだから、使えば料金がかさむのは当たり前だろ」
「はあ!? そんなに私使ってないから!」
再度ため息をつく店主。
すると、なにやらぶつぶつと呟き始めた。
「……初級スキル105回、中級スキル363回、上級スキル2回。一日には初級スキルを──」
少女はそれを聞いてギクリと肩を震わせる。驚くべき事に店主はスキルの使用回数を把握していたのだ。初級、中級スキルに関しては数は多いため少女も覚えてはいないだろうが、上級スキルには心当たりはあるはずだ。
「──昨日覚えたての上級スキルを2回。以上、今月のお前の魔力使用明細だ。きちんと、その明細書にも書いたはずなんだが。俺はそろそろ定額制に変えろって言ったよな?」
「…………」
ぐぬぬ、と少女は何も言えなくなってしまった。成る程と、アマーリは従量制の怖さを思い知る。
「期限は今月の半ばだからな」
「……払えなかったらどうなるの?」
「そりゃ、な」
店主が悪い顔をする。
「お前の魔力で払ってもらう」
「ひぃ!」
少女は悲鳴をあげる。
魔力は生命力、つまりは枯渇してしまえば死に瀕する事と同義だ。
「まぁ、それはじょう──」
「ごめんなさい! 許して下さい! 何でもしますからあっ!!」
少女は錯乱したように店主へと泣きつく。しまいにはずるずると下へと向かい、足に縋り付くようにして懇願し始める。これだけ見ると悪役は完全に店主のほうだ。
しかし、アマーリは理解していた、これが演技であると。少女は謝る直前に、ちらりと此方のほうを見てから行動をとったのだ。店主が冗談で言ったことも理解しているだろうし、何とも強かな女性である。
「お、お前! お客様の前でこんな事!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 命だけは命だけは勘弁して下さいぃ!」
慌てる店主に見向きもせず、少女はぐりぐりと店主の靴に顔を押し付けたりと、やりたい放題だ。
「わかったわかったから! 今月は定額制の料金で良いから!」
「本当ですかっ! ああ、ノア様ありがとうございますぅ!」
少女はそう言って、店主に抱きつく。
おそらく、にやけている顔を隠す為にやっているのだろう。正義感の強いアマーリとしては、人を騙すような行為は見逃せないが、ここでは立ち上がる必要はなかった。
何故なら、彼女がいるからだ。
「──ねぇティト、ノアから離れて」
底冷えするような声が響く。
「ひぃ!」
この怯えは演技ではない。
少女はすぐさま店主から身を引き、姿勢を正した。
「ノア、足りない分は私が払うから」
「いいのか?」
「うん」
「わかった。アリスに感謝しろよ」
店主が少女の肩を叩き、反省するようにも促す。
「姐さんありがとうございます」
「行くよ、ティト」
「へい、姐さん」
まるで子分のように少女は後について行く。これでようやく、店主とアマーリだけの部屋へと戻った。少し間を空けて、今度こそ何も起こらない事を確認してから店主が口を開いた。
「大変、大変お待たせいたしました。ええっと何処まで……」
「いや、契約させていただこうと思います」
「ほ、本当ですか!」
店主もあのようなやり取りがあった後に、まさか契約してくれるとは思っていなかったようで、大変驚いた様子を見せる。
しかし、アマーリにとってそのドタバタが決め手であった。彼らの姿を見ているうちに、暗い気持ちがいつの間にかなくなっていたのだ。
夢にまで出てきたあの模擬戦。
これまでの全てを否定された。しかし、本当にそうだろうか? 自分の全ては力だけだったのか?
違う。
両親、友人、そして騎士団の戦友たちの顔が浮かぶ。力なんかよりもよっぽど大切なものだ。一度ボロボロに負けたからといって、それらは失われる事はない。それを彼らを見ているうちにアマーリは気づいたのだ。
「ええ、お願いします」
アマーリは笑顔でそう言った。
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