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蝸牛角上の戦い

 野戦病院は意外と和気あいあいとしていた。


 普段ならありえないニューエムデン中心街での戦闘も、運営が仕掛けたレイドバトルのイベントと考えるのが自然な考えだからだろう。

 ログアウト出来ないバグが続いてるものの、VRMMOでそのようなバグが発生した場合においては、休業分の補償金が運営会社から支払われるのが一般的と言うこともあって、合法的に休めると嬉しがっている連中すらいた。


 魔法学園トリスティア・アカデミー初の大規模レイドバトルイベントと解釈する向きもあり、野戦病院はヒーラーや金瘡医、修道女やナースなどの職業の人々が、状態異常やダメージを受けた戦闘員をジョークを交えながら治療していく。


 「おっしゃ!!大火傷が一瞬で治ったぜ!!ありがとうナースちゃん!今度デートしようずwww」

 「残念、わたしは夫がおるゆえにデートはムリ中のムリなのでしたwwww」

 「ひええ!!ケガの他に貧乏を治せる人はいますかぁ!」

 「ああ、それは残念ながら現代医学では治せないんだ」

 「恋の病も現代医学では不可能なんだゾ!!」

 「状態異常に水虫ってのが……」


 つぎつぎと運び込まれる怪我人らを、キラキラしたエフェクト付きの回復魔法やスキルなどで、回復役のヒーラーたちが癒していく。むしろどれだけ派手なエフェクトで治療できるかを競う合戦に成りつつあり、野戦病院の中は目がチカチカするくらい眩しい。


 俺はパトリ緒さんを病院内にいる聖女のユン・リーさんの元へと連れて行く。

 聖女とは属性的にはヒーラーの一種で、主に回復を担当するが神の加護を身に宿すことで、補助効果魔法などを使うこともできる。

 さらにメイスなどの鈍器の扱いに長ける他に、拳による打撃もそこそこ得意という話だ。


 「ふふふ、状態異常の気絶ですか。神の祝福を身に宿す私にとっては、赤子の手をブレイクするような容易い治療となりそうですね」


 パツキンで巨乳という肉体的特徴の聖女さまはお姉さんぶった笑みを浮かべつつ治療に自信満々だ。

 ただブレイクは捻るという意味ではないので、頭の方はちょっとアレかも知れない。


 「さあ神の恩名の前に集え奇跡の欠片たちよ!失われた希望、失職した彼氏、金の切れ目が縁の切れ目、ニートなんて大っきらい、金持ちのイケメン彼氏ほしい、我が祝福のサウスポーは今まさに燃え上がらん!いざ回復のオープンブロー!」


 なんか凄い痛々しい呪文詠唱を聞きつつ、俺はユンさんがパトリ緒さんの腹部を強撃するのを眺めていた。光るユンさんの拳は何度も何度も、パトリ緒さんの腹にめり込む。

 ユンさんはいつの間にか、身体を規則正しく振り子のように左右に揺らしつつ、神の祝福が宿った連撃をデンプシーロールのように腹部に叩き込みつづける。

 いや、これ大丈夫なのだろうか。


 気が済むまで打撃を繰り返したせいかユンさんが凄いいい笑顔になる。

 逆に俺は本当にこの聖女さまは大丈夫なのだろうかと嫌な顔になった。

 パトリ緒さんは気絶したままで変化はなし。


 「なんか回復特化型デンプシーロールは効果ないみたいなので普通に回復魔法しますねー」

 「いや、さっきのは単に元彼へのグチとストレス発散だったのでは?」


 ユンさんはテヘっと笑いながら小さくピンク色の舌を出す。

 こっちは真剣なのに、妙に可愛い子ぶった仕草にイラっとするが、回復して貰う立場なので堪えた。やはりリサをメイド職からヒーラーに転職させることを検討しよう。

 身内にヒーラーがいないのは煩わしい。


 ちなみにリサはメイドなので、今は野戦病院の天幕の外で炊き出しをしている。

 メイドが配膳したご飯は身体能力向上などのバフ効果が得られるのと、美しいメイド姿のリサが飯を配るのは、士気向上にも望ましいと蝸牛電之介が主張したからだ。

 リサも両腕の力こぶをアピールしながら「炊き出しは任せてください!」と、鼻息荒くしながら答えたので、お願いすることにした。

 そんなことを考えてると目の前のユンさんの詠唱が始まる。


 「よーし、大いなる神々の意志よ!傷つきし迷い子らに新たなる希望を授けた賜え!聖なる祝福の鐘は今まさに鳴り響かん!現世に降誕する命の息吹よ!ホーリー・ヒール!」


 聖女は回復職の中でもヒーラーとして優秀な方だ。

 ただ回復魔法は優秀な反面、上記のような長めの呪文詠唱が必要なケースが多く、すぐにHPが枯渇してしまう弱小パーティーだと、使いにくいので避けられる傾向がある。

 魔トリはサービス開始から一か月も経過してないので、ほぼ初心者パーティーだらけという事情もあって、職業としての聖女は不遇を経験していた。


 だからなのか野戦病院に集ったユンさんを始めとする聖女らは、初めての活躍の場とばかりに張り切っている。張り切りすぎてユンさんのように暴走する人もいるけど。

 呪文詠唱で紫色に光る両手を、ユンさんはパトリ緒さんの胸に当てる。


 ホーリー・ヒールは、聖女系職で現在確認されてる魔法の中で、最強クラスの回復能力を持っている。

 MPの消耗率は高いが、回復の他にも全ての状態異常を治せる上に蘇生まで行える、劣勢な戦況を一気に覆す手立てになる強力な魔法。

 初見の敵モンスターが見慣れない状態異常攻撃をしてきたときも、とりあえずホーリー・ヒールを唱えれば少なくてもパーティー全員を持ち直せる。

 聖女にとってのホーリー・ヒールは現在最強の切り札と言えるものだ。

 しかしその魔法を持ってしてもパトリ緒さんは回復しない。


 「え、なんで? ホーリー・ヒールでの気絶の治療成功率は今まで100%だったのに……。もしかしてキミの相方は魔法無力化アイテムを持っているとか?」


 パーティー管理ウィンドウを開いて、俺はパトリ緒さんの装備や所持アイテムを確認する。

 ただパトリ緒さんが現在身に着けてる装備は、布の服だけだった。


 最近のアップグレードによって、装備も体感として重さを感じるようになったので、普段から冒険用の重装備を身に着けるのは、俺やパトリ緒さんにとっても負担になっていたからだ。

 なので初心者がデフォルトで装備してる布の服は、防御力が1しかない代わりに軽量で着心地もよいのが受けて、今ではオークションで値段が高騰している。

 もちろん布の服の魔法防御力は0だ。


 「うーん、ちょっと私の聖女の加護では効かないみたいだから、他の回復職の方々何人かにお願いしてみるわね」

 「お願いします」


 だが聖女の他にも、白魔法使い、薬剤師、ハイプリースト、ダークプリースト、ナースエンジェル、巫女、精霊使い、山菜取り、邪教徒、歯科医、保健体育の先生、駄菓子屋のおばちゃん、などの各種ヒーラーに回復魔法やスキルをかけて貰ったが、パトリ緒さんは気絶を続けている。

 今までなかった事態に野戦病院では騒ぎが大きくなってくる。

 それを聞きつけて天幕の中に蝸牛電之介が入ってくる。


 「魔法やスキルで気絶が治らないでありますか。うーん、そもそもキャラクターが気絶状態でもプレイヤー自身は、寝落ちしてない限り会話やチャットが出来るはず。呼びかけの方にも返事はないと?」


 パトリ緒さんは俺たちの呼びかけにも一切応じてない。

 そのとき急病患者が何人も天幕に運び込まれてくる。

 その患者らを見て誰もが言葉を失った。


 患者らは頭部が切り落とされてる、胴体から身体が千切れている、腕と足が四本ともない、腹がえぐれて内臓が飛び出している、などの者ばかりだった。

 しかもその全員がチャットなどでの会話に全く応じないのだ。


 「ユン殿は聖女でありましたな。ならホーリー・ヒールで一気にこの患者たち全員を治せるのでは?」

 「わかりました。電之介さん。ではホーリー・ヒールをかけてみます」


 天幕全体がホーリー・ヒールの神秘的なエフェクトで満ちはじめ、神の加護としての奇跡が患者全員に降り立つ。それでも誰一人として回復しなかった。

 動揺が天幕全体に広がっていく。


 「ログアウトできないし運営にも連絡がつかないし、魔トリはデスゲームと化したんじゃ?」

 「たかがVRMMOでしょ?仮にログアウト出来なくても俺らの肉体は無傷のはず……」

 「でも現実世界では隕石落下や大地震のニュースが流れているって話だが」

 「わたしログアウト不可になる直前、自分自身が死ぬ光景をみた」

 「俺もVRMMOのゴーグルをしたまま自宅で死んでた」

 「目の前の死傷者らはリアルでも死んだのでは」

 「怖い怖い怖い怖いよ……」


 天幕のすぐ近くで爆音がした。

 外の様子を見にいくと、野戦病院周辺に配置されてた木慢や竹束などの防壁が、巨大な暴力によって吹き飛ばされている。そこには両生類のような巨大な多数のモンスターがいた。

 天幕周囲に配置されてた鉄砲足軽たちが直ぐに種子島や棒火矢などで反撃を開始。

 だがモンスターにはほぼダメージを与えられていない。


 「あれはレベル50の蛙型モンスターであるフロッグマンですな。レベルストッパーがまだ一つも解除されてない魔トリの世界では、最強の敵の一角と言える。ヒーラーたちは吾輩らの後ろに隠れて欲しい。ヒーラーは兵站の要、失えばニューエムデンは総崩れになる」


 電之介を始めとする鎧武者や足軽らが俺らとヒーラーを守るように前に立つ。

 彼らのレベルはサブリーダーの電之介でも35に過ぎない。平均だと凡そ25前後と言ったところ。

 モンスターは一部のボスを除いて、ワンパターンな攻撃しかしないので、レベル差が大きくても勝ち目はなくはない。ただこれだけレベル差が大きいと厳しいが勝機はある。


 電之介は太刀を構えるとフロッグマンに突撃していく。


 「喰らえ!吾輩の必殺の剣、蝸牛角上のギルドスキル軌道流星斬りぃぃ!!」


 ギルドスキルとはギルドメンバーたちの、スキルポイントを消費することで発動する大技だ。

 複数人のスキルポイントを使う分、通常のスキルよりも威力は桁違いに大きい。

 ギルドのレベルに応じた使用回数はあるが危機を脱出できる強みもある。


 だが電之介のギルドスキルは、無残にもフロッグマンの鞭のような舌に弾かれる。その後のスキル発動直後の硬直状態中に、電之介はフロッグマンの口の中に電光石火で飲み込まれた。野戦病院中のヒーラーたちから悲鳴が上がる。

 やがてそれが恐怖をまとった集団敗走になるのに時間はかからなかった。


 俺はパトリ緒さんを背負い、リサの手を引きながら同じように逃げ始める。

 さっきまで戦っていた鎧武者たちも既に集団敗走によって陣形が崩れている。もうここに留まっていても長くは持ちこたえられない。

 そしてゲームで死亡することは直接的な死につながってる恐れすら分かった。

 パトリ緒さんを揺すってみるが起きない。


 フロッグマンが放った火球が野戦病院を焼き尽くしている。逃げ遅れたヒーラーたちが絶叫しながら火に犯されて沼田打つ。やがてヒーラーは地面に倒れて動かなくなる。

 いったいこの世界はどうなってしまったのだろう。


 パトリ緒さんは今も眠っている。

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