ちくわカレー
俺らはパトリ緒さんとリサと共に立ち話もなんなので、屋上のテラス席に移動した。
ここは俺の趣味でオートキャンプ場にあるカフェテラスをイメージして作られた。なので設置してあるタープや椅子などは現実世界にあるアウトドアメーカー猪番長のものになっている。
リサはボリュームがあるロングスカートを風になびかせながら、優雅にティーポッドからお茶を注いでる。着ているのはヴィクトリアンメイド衣装で肌の露出は少なめだ。
理由としてはパトリ緒さんがロングスカートの方がスカート捲りしたときに捲り応えがあると主張したからだ。なので健全な理由で露出が少ないのではない。
注いで貰ったお茶は現実世界でも売ってる五五ティーの味だ。
というか五五ティーそのものだった。
魔法学園トリスティアアカデミーの運営母体はリリースとほぼ同時に、某清涼飲料水メーカーとコラボを行い、その主力商品である五五ティーの味をゲーム内で見事に再現していた。
しかもリリース記念イベントとして五五ティー2ℓ入りペットボトルが六本入ったダンボールを、一ダースほどゲームユーザー全員にボーナスとして支給する。
なので魔トリの世界では五五ティーは物余りなせいで、オークションでも低価格で売買されて二束三文の価値しかない。
だからと言っても捨てるもの勿体無いので俺らはチビチビ少しづつ飲んでいる。
俺の対面に座ったパトリ緒さんは俯いて黙っていた。
VRMMOでログアウトできず、運営との連絡も途絶えてる状態では、たしかに塞ぎ込むのも仕方ないのも知れない。俺も相当ショックであるし。
「リサ、ちょっと悪いけど席を外して貰えないか。パトリ緒さんと立込んだ話があるから、聞かれるとあまり芳しくないんだ」
「はわゎ、そうなんですね。ではこれから私は買出しに行って、今日の晩御飯の準備をしますね。なにかリクエストはございますか?」
「ええっと……、俺はとくに食べたいものないけど、パトリ緒さんは何かある?」
「ちくわカレー」
優雅にリサは畏まりましたと言うと思いきや、「ガッテン承知の助!」と叫び腕の力瘤をアピールしつつ、下の階に降りていった。
あぁ、今日はちくわカレーかぁ……。
視線をパトリ緒さんに向けると彼女はなんか微妙な表情をしていた。
なんというか下唇を噛みながら、じっとりを汗をかいて目を細めて、照れてるというか変態的な興奮を堪えてるように見えつつも、少女のようなか細い両手で自らを抱きしめてる。
「あのパトリ緒さん?」
「ああああああああああっ!!リサまじ可愛すぎるだろうがああああああああああああぁぁ!!いやややややあああああああああっ!!コポォ!!わたし今までリサのスカートの中に入って下着とかクンカクンカスーハースーハーして鼻息荒くしてたよオオオオォォォォォォ!!リサのスカートの中を私の部屋にする!!とか言っちゃってたし、嫌われちゃう!!嫌われちゃうよおオオオォォォォォォ!リサたんリサたんはぁはぁ・・・カポォ!!」
なんかパトリ緒さんが凄い叫びだした。
しかも意外と変態的なことをしでかしていた。
そもそもどうやらネットスラングらしいコポォ!やカポォ!みたいな単語はなんなのだ。
聞いてもよい言葉なのだろうか。
あとナンパ避け目的でわざと痛々しい発言をしていたというパトリ緒さんの言い分が、どうやら女の子としての見栄に過ぎなく、素の発言だった可能性が出てきた。
パトリ緒さんは本当に残念な子なのだなぁ……。
顔だけだったら求婚レベルなのになぁ。
涙と鼻水を垂らしながら叫ぶパトリ緒さんの肩に、俺はポンっと手を乗せた。
「いや、話が進まないし地震の話しようぜ」
「そうだね、うん」
渋々とパトリ緒さんはウィンドウをを開いて、あの揺れ直後に見たニュースのスクリーンショットを、幾つも俺の前に展開する。
というかいつの間にかパトリ緒さんは、自らのことを拙者という言い回しはしなくなっていた。
まあ、顔が見えないネットなら兎も角、人と対面しつつあの言い回しは恥ずいしな。
「このスクショは私の自宅のPC内にあるキャッシュから出してるの。どうも現状ではインターネットには繋がらないのだけど、PC内のデータだったらアクセス可能みたい」
「そうなのかどれどれ……、本当だ。ネット喫茶のパソコンにデフォで入ってた飲食物のメニューなどにはアクセスできるぞ」
ダメ元で飲食物メニューのうどんをクリック。
目の前にうどんが出てくる。
「なんで目の前にカップうどんのどんべぇが出てきたの?」
「メニューをクリックしたら出てきた」
「えぇ……(困惑)」
しかもどんべぇにはお湯が注がれた状態だった。
注がれてない状態なら後で食べるとか選択肢はあったものの、3分で出来上がるものを放置してしまうと、麺がグデングデンに伸びて不味くなってしまう。
勿体無いの習慣がある日本人としては食べるしかない。
仕方ないのでパトリ緒さんと半分こして啜る。
「リサが私のために、ちくわカレーを料理してくれるのに、こんな間食なんて……」
「まだ晩御飯まで時間があるし、話が終わったら家の周りをランニングしよう」
「そうね……、食べ過ぎると肥るし。というかこの世界って肥るのかしら」
男女で一つの容器から割り箸で麺を啜り合う。
正直ちょっと興奮するシュチュエーションだったが、口に出すとバカにされそうなので言わなかった。
カフェ風テラスなのでテーブルに割り箸入れを置いていて助かった。
なかったら食べる方法で右往左往していたところだ。
俺らは汁まで飲み干した容器を端に退ける。
「やっと本題に入れる。では俺らが経験した揺れのことだが……」
「ねぇ、このスクショを見てよ、北米に巨大隕石落下?という記事が」
そこでバシンっと乾いた音が響かせ、下の階へと続くドアが開く。
出てきたのは満面の笑を浮かべたリサだ。
「ご主人さま&お嬢さまぁー!ちくわカレーが出来ますたー!」
どんべぇを食べたばかりで腹が減ってないのに……。
しかも本題もほぼ全く話し合ってないのに。
このメイドは間が悪いなぁ。
横を見るとパトリ緒さんが目を星にして「カポォ!!」と叫んでいた。
カポォ!!は喜びとかそんなニュアンスなのだろうか。
世界は微妙な謎で満ちている。