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盗賊からニートへ

 目が覚めると街の喧騒の中にいた。

 軽い頭痛と目眩がする、吐き気もあるかも知れない。


 そうだ俺はネット喫茶でVRMMOをプレイしていて強い揺れに襲われたんだ。

 意識が途切れる直前のことを思い出そうとする。


 強い揺れ、それに続く激痛、VRMMOのゴーグルが外れ、崩れた店内と手足がへんな方向に曲がった自らの手足、血に塗れた床、誰かの悲鳴と埃の臭い、天井の亀裂からは強い光が……。

 そこまで思い出して吐き気が強くなる。


 あぁ、ダメだ。吐くにしても今の寝そべった状態だと、気道に吐瀉物が詰まるかも知れない。

 せめて上半身を起こしてから吐こう。


 地面に手をついたとき沢山の砂の粒の感触があった。


 ログインしていたVRMMOである魔法学園トリスティア・アカデミー、略称魔トリは特殊なゴーグルを装着することで脳波に干渉して、擬似的な五感を再現することに成功していた。

 ただそれでも技術的な問題で再現性には限界があって、触覚は柔らかいか硬いかくらいしか分からなかった筈だ。

 砂の粒一つ一つの感覚まで伝わるような複雑な触覚は未実装、その予定も告知されてない。


 手についた砂を見ると、砂の粒まで再現されていた。

 もしかして気を失ってる間にアップデートされたのか?

 或いはゴーグルが取れて現実世界に戻った?

 

 慌てて周囲を見渡すとそこは魔トリのホームポイントに定めていた街の只中にあった。

 街には様々な店舗があり、そこの店主らが大声で客引きしている。道には馬や鳥のような家畜に牽引された多くの車が行き交う。

 その鳥から抜け落ちていった羽毛を拾ってみると、その毛の細部まで見事に表現されてる。


 「バカな……。ありえないだろう、こんな現実世界と変わらない精密なグラフィックなんて再現不可能だ。いったいどうして……」


 そこまで独り言ちて周囲の視線が痛いことに気づく。

 俺の身体は何故かアバターのドロシーではなく、現実世界の俺の身体(30代男性)になっていた。

 しかもドロシーが着ていたクラロリの衣装を身につけていた。


 慌ててアイテムボックスから先ほど入手した、歩兵銃や軍服などに着替える。

 職業の盗賊も解除されていて今のゲーム内職業はニート。


 ニートは現実世界では無職とほぼ同義だが、魔トリの世界では職業を選択してないプレイヤーがデフォルトでついている仮の職業扱いなのだが、ニート専用スキルもあって、辛うじて職業扱いされてる。

 ニートの利点はほぼ全ての武器防具を装備できることにある。

 なので盗賊が装備できない装備もニートなら着れるのだ。


 「夢だか現実だか分からないが、ゴーグルが外れて俺自身が大怪我していた記憶がある。ゲームの状態を調べたい気分があるが、我が身の怪我の確認を先にすべきだし、今は早々にログアウトを……」

 設定ウィンドウを開いてログアウトしようとするが、その文字が半透明になっていて押しても反応しない。ゲームのサポートに緊急事態として連絡しようとするも、その欄も半透明で押すことができない。

 ショックで気が遠くなってくる。


 「パトリ緒さんはどうなったのだろう。あの揺れのときにログアウトして状況確認するみたいなことを言ってたから、無事に現実に帰還してるのだろうか」


 パトリ緒さんが無事に現実に帰れてるといいと思う反面、一緒にいたいという気持ちも溢れて、なにやら複雑な気持ちになってくる。彼はオタク的な人物であるし何か詳しい知識を持ってるかも。

 そのとき背後から声をかけられる。


 「拙者ならここにいるでゴザルよ。ドロシーがブツブツ独り言する癖は健在でゴザルなぁ」


 振り向くとキレイな黒髪を腰まで伸ばした美少女が立っていた。

 今の自分と同じく小銃と軍服を身につけた細身の女の子、歳はパッと見た感じ高校生くらいだろうか。

 全体的にキリっとした清潔感があるが口元だけはニヤニヤしててだらしない。


 「え、パトリ緒さん?パトリ緒さんは30代くらいのおっさんなんじゃ?」

 「いやぁ、本当の年齢をプロフィールに書いておくと、ナンパ目的で声をかけられてウザいのでゴザルよ。なので男避け目的で、ボイスチェンジャーで声をおっさんっぽくして、口調を拙者とかオタクっぽい感じにしてたのでゴザル」

 「えぇ……、気の合う男友達だと思ってたのに女の子なんてショック」

 「そんなことよりドロシーに見てもらいたいものがあるでゴザル」


 パトリ緒さんは真顔になるとウィンドウを開いて、いくつかのスクリーンショットを俺に見せてくる。

 ちょっとだけ読むと大地震に関するニュースばかりだった。


 「まさかあの揺れは現実空間での大地震……、それと俺らがゲーム内に閉じ込められてることと関係はあるのだろうか」

 「拙者らはかなり厄介な状況に追い詰められてる可能性があるでゴザル、まあ、ここで会話するのもアレなので、我々の拠点に行くとするでゴザル」

 「そう言えば、あまり使ってなかったですけど、俺らのパーティーの拠点として三階建ての家を、都市の郊外に購入していましたよね」


 歩いて拠点まで向かう途中、本当に様々なものがあった。

 ゲームとは思えない緻密なグラフィックと、日差しや風などの自然現象。それらが五感に伝わってくる様子はここが現実であると訴えていた。

 俺たちは歩き出してから到着までほぼ無言だった。


 「お帰りなさいませ、ご主人さま&お嬢さま」


 拠点の玄関で俺らが設定したエルフメイドのリサがお出迎えしてくれた。

 メイドはAIなので挨拶する必要もないので、二人してそのまま横を通り過ぎようとすると、ガシっと背中から抱きつかれてしまう。


 「はわゎ、ここ何日かご主人さま達が帰ってこないので心配してました。不安を感じつつも家の管理をしてたのに、無視するなんてあんまりですぅ……」


 メイドは顔を真っ赤にして目には大粒の涙を浮かべている。

 

 「えぇ……、正直なところリサってAIじゃないの?仕草がなんか固定パターンしかないAIっぽくない」

 「AIってなんですか?」


 俺とパトリ緒さんは驚きのあまり顔を見合わせた。

 メイドという幻想が現実に昇華しているようにしか見えなかったからだ。

 この世界も案外悪くないかも知れない。

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