異世界転移したかった、だけ
よろしくお願いします
オレの周りにはただ森が広がっていた。
目の前は緩やかな下り坂であり眼下には田舎で見た森とはまた違った雰囲気の森が広がっていた。
小鳥や小動物の鳴き声が聞こえ木々は風に揺れざわめく。空を見上げれば、時折鳥にしては大きい影が横切る。
森特有の香りが漂い、綺麗な空気が無駄な考えを霧散させる。
「これって…異世界…異世界なのか!?」
オレは一人叫び、先程までのことを思い出す。
時は遡る────
「異世界転移したいなぁ」
今しがた読み終えたライトノベルを枕元に置き、ベッドに体を投げだしながら溜息混じりに呟く。
オレは神代 莉久。高校1年生15歳だ。ラノベの主人公のように不登校なんてことはないがあまり外出はしないインドア派だ。
ラノベが何よりも好きなオレは休日はラノベを読む事に費やしている。
ラノベを読むようになってもう4年、中学1年生の時からずっと読んでいる。部屋の本棚には合計30万円分以上のラノベがズラーっと並んでいる。
オレは全ての小遣いやお年玉をラノベに只管に費やしているのだ。おかげで友人と遊ぶ金は無い…友達はいないが。
そんなオレはいつか異世界転移する事が夢である。
ラノベは何もすべてが異世界系ではないがオレは特に異世界系のラノベが好きなのだ。
異世界に行けたらどれほど楽しいのだろうか。嬉しいだろうか。
異世界転移出来た日の事を考えるとつい笑顔になってしまう程に。
行けないとわかっていても行って見たいのだ。
そんな、叶うはずの無かった願望を呟き、数秒目を閉じ、瞼を上げると──
ここで冒頭に戻る訳だが…
「え、待って待って。さっきまでオレは部屋に居たよね?んで今森にいるよねっ。それで何か飛んでるよね!頬は…痛い!本当に異世界転移したんだ!やったーーー!!!」
頬を抓り夢じゃないことを確認し、異世界転移した事に対しての嬉しさにはしゃいで跳びはねる。
4年もの間ずっと望みながらも無理だと諦めていた異世界に今オレは居る!もうそれが堪らなく嬉しかった。
オレは5分ぐらいずっと騒いでいた。靴下が土で汚れているが知ったことでは無い。それこそ近所迷惑も知ったことでは無い。もうご近所はいないけれども。
ふと両親の姿が脳裏を過ったが、異世界転移に備え実は遺書的な物もこさえてある。子供のイタズラと思うかもしれないがおそらくオレは突然消えた様になっていると思うしきっと信じてもらえるだろう。
そして、一頻り喜びの舞を踊ったオレは気付いてしまった。気付いてしまったのだ。
激しい運動に乱れた呼吸を整えたオレはその場に尻を付き、気付いたそれをポツリと口にした。
「そういえば…異世界転移してから何がしたかったんだっけ」
オレは異世界転移したかっただけだった。
つまり、異世界に来れたその後は全く考えておらず、どうでもよかったという事に気付いてしまった。