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十数人の議員から一斉に撃たれた議長は、一瞬で蜂の巣になり、全身のいたるところから紅い鮮血を噴き出し、議長席の上で物言わぬ屍と化した。
議場のあらゆる場所に潜んでいたヘリオスの兵隊は、全権委任法に反対した野党議員や、造反した愛国党の議員、〈本物〉の衛視たちにもその銃口を向け、次々と発砲。議場はあっという間に血の海と死体の山の地獄と化した。国会の衛視たちは一般の警官とは違い、銃の携帯を許可されていなかった。おかげでクーデターは一瞬で完了した。
「今一度、諸君に問おう。全権委任法に反対する者は、今すぐ起立せよ」
鷹条総理が、大きな声で叫んだ。
ヘリオスの兵隊が銃を向けているこの状況で、起立する議員は、誰もいなかった。
かろうじて生き残った反対派の議員たちは、すでにそのほとんどが議場の外へ逃げていた。鷹条総理はそのまま続けた。
「よろしい。全権委任法成立だな。では、ただ今をもって愛国党以外の政党の存続・結成を禁止する。そして我が国をふたたび偉大にするため、日本国を一度解体し、再編する。永年政権与党・愛国党の総裁として、ここに〈日本帝国〉の建国を、宣言する。より強く、より豊かで、秩序ある国を、この儂が築いてやろう」
「そうはさせない」
不意に白い髪の長身の女性が二階の公衆席から飛び降り、鷹条総理目がけて発砲した。
が、総理は素早く身を低くし、机の影へと隠れた。ヘリオスの幹部は、そのほとんどが現場のエージェントとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の猛者たちだ。暴力と恐怖による世界統治を目指す以上、力なき者は上に立つことを許されない。
「反逆者だ。殺せ」
総理が叫ぶと、周囲にいた愛国党の議員の何人かが白髪の女に一斉に拳銃を向け、発砲した。
女は議席の影に身を隠し、這うように地面すれすれを素早く駈け抜けた。
「ひゃっはアー。皆殺しだア」
村正は悪魔のような笑みを浮かべ、議場の扉を乱暴に蹴破り、飛びこんでいった。ドラムマガジンを装備したAKMSカービンを乱射し、逃げ惑う議員や国会議員、一般人にも構わず七・六二ミリ弾のシャワーを浴びせた。罪もない人々まで殺すのはひどいと読者諸君はお思いかもしれないが、もはやヘリオスに手段を選ぶ余裕はなく、あくまでも反逆者の粛清、そして何より勝利こそが最優先なのだ。
まだかろうじて息のあった者、足が竦んで動けなくなっていた者、記者として命がけで職務を全うしていた者たちが、次々と弾丸の餌食となり斃れ、物言わぬ屍と化す。当然だ。ここはもう戦場――強者こそが法律であり、弱者は何をされようが文句を言えない。圧倒的な暴力の前では人の命など紙切れ同然なのであり、世界を変えてきたのはいつも暴力なのだ。
「やめろ」
白髪の女が咆哮し、村正へ向けて小ぶりの拳銃――ワルサーPPKを、発砲した。
「おっとオ」
彼女の存在に気づいた村正は、フルオート連射中のAKMSの銃口を、そのまま女へと向けた。いや、こいつは女じゃない。たしか黒獅子組組長宅で鷹条宮美を奪還しにきた、白金機関のもやし野郎。あの憎きクソババア、白金ヒヅルと同じ人造人間、白金ヒデル。まさか女装癖があるとは思わなかったぜ。
兵士たちの注意がヒデルに集中したせいで、議場から逃げ遅れていた標的の何人かは脱走してしまった。
「逃がすか。反逆者は全殺しにしてやる」総理が身を低くしながら、出口へ向かって脱兎のごとく駈け抜けていった。
それを追跡せんとするヒデルを、当然ながら村正が妨害する。
「もやしイ。ここで会ったが百年めだア。今度こそ逃がさねえ。ぶち殺してババアに首を送りつけてやんぜ」
「まったく、野蛮な男ね。あなたは」ヒデルは黒獅子組の時とはまったく別の、女性の声と口調でそう言った。断っておくがヒデルの変装は完璧で、声すらも自在に操る彼の女装を見抜けるのは村正のように特別鋭い勘を持つ者だけである。
「気持ち悪い声出してんじゃねえぞ、オカマ野郎がア」
村正は脊髄反射的にヒデルにAKMSを乱射したが、すでに多くの人間を仕留めてきたせいで七十五発もの装弾数を誇るドラムマガジンもさすがに弾切れとなってしまった。
敵も然るもの、ヒデルは弾倉の再装填の隙を見逃すことなく、ワルサーの残弾を撃ち尽くす勢いで弾幕を張り、出口に向かって横っ飛びした。
「逃がすか、こら」
怒号とともに村正は議場を飛び出し、後を追った。
ヒデルは殺した敵から奪ったのか、いつの間にか二挺となった拳銃で応戦してきた。
「ぶっとびやがれ。オカマ野郎」
AKMSの下部。そこには銃口よりもひとまわり大きな〈砲口〉。
酒瓶からコルク栓を勢いよく引き抜いたような、ぽん、という発射音。
硝煙の尾を引きながら、敵を粉砕すべく飛んでいく破壊の死神。
GP30グレネードランチャーから放たれた榴弾は、ばあんと派手な音を立てて外壁もろとも粉々に爆砕した。
粉塵。炎。絶叫。閉ざされし視界。崩落する壁。炎。悲鳴。肉。肉。内臓。炎。落ちる女。
「仕留めそこねたか」村正は舌打ちした。
そう。爆発の直前、白金ヒデルは超人的な反射神経で窓ガラスを突き破り、外へと脱出していたため、致命傷を与えるには至らなかったのだ。
「くたばりやがれ」
村正はヒデルに追い討ちをかけるように、二階の窓からAKMSを乱射した。周囲にデモ隊がいたが、お構いなし。ヘリオスにとっては勝利こそすべてであり、敵の抹殺は一般市民の保護より優先する。ここで敵を仕留めなければ白金ヒヅルが日本を征服し、一億二千万の日本人が彼女の家畜と化すのだ。
「くそ。やめろ。このきちがい。人殺し」
なりふり構わずデモ隊の連中を足蹴にして必死に銃弾から逃れるヒデルの姿が、村正には何だか滑稽だった。しかし結局ヒデルを仕留めるにはいたらず、彼は国会の一階正面ロビーへと飛びこんだ。
『村正。聞こえるか。私だ』村正の耳に仕掛けられた無線機から、今作戦の司令官である高神の声が聞こえた。『敵のドローン兵器を複数発見した。おそらくそっちにも向かっているはずだ。気をつけろ』
「了解。こっちは白金ヒデルのもやし野郎を追っている。ぶっ殺していいんだよな」
『いや。やつにはまだ利用価値がある。なるべく生け捕りにしろ』
「簡単に言ってくれるぜ」村正が深いため息をついた。
『お前とクローディアなら、できるはずだ。ヒヅルは身内に甘い。白金ヒデルを捕らえれば、ヒヅルをおびき寄せる餌として利用できるかもしれん。期待している。私はこのまま鷹条総理を議事堂の外へ護送する。何かあれば、無線連絡を』
「へいへい」村正は弾倉を交換し、周囲の様子を伺った。ドローンや敵兵の気配はなかった。「おい、クローディア。連中の狙いは総理だ。俺様が適当にあしらいながら連中を中央塔の三階まで案内する。お得意の狙撃で何とかしろ」
『わかった』無線機から、今度はクローディアの声が聞こえてきた。『死ぬなよ。村正』
「その言葉、そっくり返すぜ」
村正はヒデルよりも先に国会議事堂の中央塔の階段に回りこみ、待ち伏せした。
全身に防弾アーマーを着こんだ坊主頭の、警察官と思しき男が一緒にいた(そう、白金機関のスパイに煽動され、国家を裏切った反乱分子のひとりであり、彼らのことを高神は警察反乱軍と呼んでいた)。
「ぎゃはははは。弾幕は火力だぜエ」
ぱぱぱぱ、という騒々しい音とともにM240機関銃から吐き出された七・六二ミリ弾の大群が、横殴りの雨のようにヒデルと坊主頭の男を襲う。
「くそ。これじゃ進みようがない」
階段を背にして後ろからの襲撃に備えていた〈坊主頭〉がぼやいた。
あちこち割れた窓ガラスの向こう側から、微かにヘリのローター音が、聴こえてきた。鷹条総理が援軍として手配した自衛隊のヘリだろう。
ヒデルと坊主頭は互いの背中を守るようにして短機関銃MP5で弾幕を張っているが、多勢に無勢。包囲して捕らえられるのも時間の問題だ。あの〈悪魔の太陽〉白金ヒヅルのクソババアがこんなもやしひとりのためにわざわざ出向いてくるとは思えないが、姉御がそう言うなら意外とそうなのかもしれない。何せあのクソババアがまだヘリオスにいた頃、姉御が教官として長いこと指導していたと聞く。
ふいに、ぶうーん、と、野太い羽音が耳に入ってきたため、村正は反射的に横へと飛んだ。
鈍重そうな空飛ぶゴキブリの大群が隊列を組み、まとめて壁に突っこみ、ぱあん、と、乾いた音を立てて爆発した。爆薬を搭載した、白金機関のドローン兵器だろう。
「ち。ゴミ虫どもめが」
村正がぼやいた直後、ヒデルと坊主頭が脱兎の如く階段を駈けあがる。背後から六、七人の衛視になりすましたヘリオスの兵士たちが援護にやってきたが、坊主頭の放つ弾幕に阻まれ、足止めをくっていた。
その隙に、と、ヒデルが階段を四段飛ばしで跳ねあがり、飛びこんでくる。
かかったな。馬鹿が。
計算通り、とでも言わんばかりに村正が口角を吊りあげた。
たーん、という疳高い発砲音とともに、ヒデルの身体が跳ね飛ばされた。




